1章
あなたの名前
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『少佐。これ今日中にお願いします。』
「えぇ。」
『では。』
必要最低限のことだけを述べ、資料を取りに行くと告げ資料室に籠もる。
目の前には記入前の書類。
本来ならさっきまで居た部屋で行わなければならないのだが、生憎あんな所では仕事がはかどらない。
外の景色でも見ようとすれば嫌でも目に付くあんな上司がいるあんな所、絶対に嫌だ。
あんな上司、あんな、あんな…上司…
『…ローザンヌ…』
はあ…と溜め息がこぼれる。
こんな辛い日はローザンヌに会いたい。
だけど俺を苦しめるその原因こそがローザンヌ。
なんて地獄なのだろう。
『はあ…』
また一つ、幸せを逃した気がした。
「おや、休憩中でしたか」
『っ!!』
突然背後から聞こえてる声。
まさか扉が開いた音にも気付かぬ程思いふけっていたなんて。
驚きながら、急いで声の主を振り向く。
幸せが、音を立てて逃げていくのが分かった。
『キンブリー少佐っ』
はい。と返事をするキンブリー。
背筋に嫌な汗が流れた。
『えぇっと…一体……』
「…資料室に資料を取りに来る以外なにかありますか?」
『……あー…』
成る程。と頷いていると奥の書棚へと歩いて行くキンブリー。
ほっと息を吐く。
「…ここで書類作業をしようと構いませんが、遅れる事は無いようにお願いしますよ。」
『へっ?』
思わず変な声が出てしまう。
お見通しか。まあそれもそうか。
「分かりましたか?」
『は、はいっ』
いつもの冷たい目でこちらを見ていたキンブリーにピッと背筋を伸ばし返事をすると満足した様に資料探しに戻る。
『…』
まさか今一番見たくない男が目の前にいるなんて。
きっと今日は占い最下位だな、なんて考える。
ばからしい。俺が占いなんて。
……けど、ローザンヌは好きだよな。
ふと、ファイルを開き何か考えているキンブリーを、バレない様に視線だけ動かして見る。
この男は、一体どうやって彼女を射止めたのだろう。
そりゃあ顔は綺麗で清潔感もある。
黙ってたら俺ほどではないが良い男かもしれない。
だが口を開けば皮肉。皮肉。皮肉。
嫌味ったらしく人の神経を逆撫でする性格最低男だ。
いや見た目だって悪い。
目つきはまるで蛇の様に冷たく鋭いし背だって俺より低い。
『何故だ…』
「なにがです?」
はああとうなだれるとキンブリーが反応する。
何でもないです、と首を振るが引き下がらない。諦めて息を吐く。
『…キンブリー少佐は好意におもっている方、いらっしゃるんですか?』
そう言うと少し目を細めるキンブリー。
『…こいつは何を言ってるんだって顔をしてらっしゃいますね』
「貴方の観察力は素晴らしいですね。」
『ほめ言葉として受け取らせて頂きます。』
誉めたんですよ、とキンブリーが笑う。
殴りたい。
そのまま笑顔で真っ直ぐ目を見てくるキンブリー。
ば、バレたか?嘘ですよ!殴りたいなんて、嘘に決まってるでしょう!
「勿論いますよ。」
『っ』
思っていたものと、キンブリーの言葉は違っていたが、それでもやはり心臓に悪かった。
「どうかしましたか?」
『いえ…何でも』
思わず俯くと顔を覗く様に見てくる。やめてくれ。
キリ、と痛む胸を抑え息を一つ吐き顔を上げるとキンブリーと目があった。
『…申し訳ありません少佐。
頼まれていた仕事があったのを思い出したので、失礼ですが先に勤務室に戻っています。』
「…そうですか。分かりました。」
『すみません』
では失礼します。
そう言って部屋から出る。
このまま一緒の部屋になんて、居られない。
俺がローザンヌを振り向かせようと必死だった様に、キンブリーは奴なりにローザンヌにアピールしていたのだろう。
なんてことは無い。
キンブリーとローザンヌは両想いだ。
『…くそ…っ』
ドンッと壁を殴れば痛みなんてなかった。
それよりも胸がキリキリと痛んで苦しかった。
こんなにも、好きだったんだよ。
心の中では、いつでも綺麗に笑うローザンヌが俺の名前を呼んでくれた。