1章
あなたの名前
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「ショスナトは退役後には立派なシェフになれそうですね」
『…なれないです。』
食事を終えナプキンで口を拭くキンブリーを睨んだ。
「おや、謙遜ですか?」
『褒めてるつもりですかそれ?つか辞めさせようとしてます?』
「褒めていますよ。それに私との婚姻後は恐らく部署異動があるでしょうし」
『ぶっ!』
グラスに入った水を盛大に吹き出す俺を見てキンブリーは冗談ですよ、と笑った。
ふざけるな。心臓が止まるかと思った。
というか突っ込みどころが多い。
『…結婚しないし部署異動しないし、部署異動になったからって辞めませんし異動ならどこでも有り難くお受けします』
テーブルや口の周りを拭く。
キンブリーはそれをただ見ている。
「一つ教えてあげますが、私は何も心の無い冷酷な人間ではない。傷付きますよ。」
『包帯でも巻きましょうか?』
「…」
ジロッと睨んでくるキンブリー。
調子乗り過ぎたか、と少し後悔した。
どうもキンブリーは何だかんだ俺に甘い様で、イマイチ今までの様に距離感が掴みにくい。
俺がこの男に慣れてきた事も一つだろう。
「…私は随分と貴方に紳士的だと思うんですがね」
『は?どのくゴホッゲホッ!』
どの口が言うか。
思わずそうつっこみかけて咳で誤魔化す。
慣れすぎだ。慣れすぎだ俺。
「何か?」
『いえ何も。』
「…。」
『俺も少佐の様に紳士的になりたいものですね』
にこりと笑みを浮かべキンブリーのグラスに水を注ぐ。
キンブリーは納得した顔ではなかったがそれ以上追及してはこなかった。
「…私が貴方を愛しているというのは本当ですよ」
『ぶっ!?』
先程飲めなかった水を再度口に含むが、しかしまた盛大に吹き出され喉の渇きは癒えなかった。
2度も吹き出したのにキンブリーは大して気にしていないようなしれっとした顔をしてる。なぜだ。気にしろ。
『何をいきなり…』
「貴方は信じていない様なので」
すました顔で俺の中々飲めない水をゆっくりと優雅に飲むキンブリーをまじまじと見る。
おかしい。
これが今まさに部下に告白してる奴の態度とは思えない。
そこらでナンパするのとは訳が違う。今後も一緒に働くし、他の奴らに言いふらされたら困るのは自分だろうに。
「信じていただけますか?」
『ひっ?い、いや!おおおお戯れは余所でお願い致します!』
ぼう、と見ているとその顔がずいっと近づいてきて驚いて声が震える。
我ながら随分情けない声が出た。
「戯れで突然キスなんて不躾な真似しません。犯罪に等しいですよ?」
『…い、いや…本気でも戯れでも犯罪では…』
「貴方があまりにも鈍感だからこんな手段に出たまで。私はもう少し段階を踏んでも良かったのに」
はあ、と残念そうにため息をついてこちらの罪悪感を煽ろうとしているがそうはいかない。
言い訳したって犯罪行為です。逮捕。
「…私自身男性に好意を抱いたのは初めてです。貴方の混乱も理解は出来ている。
そもそも恋愛感情とやらにこの私がこうもかき乱されるなんて…予想外ですよ」
『…』
こめかみに指を当て眉間にシワを寄せるキンブリーは本当に苦悩しているように見える。
やはり国家錬金術師になる程の天才は思考が違うらしい。色んな意味で。
「貴方を見ていると劣情に駆られる。貴方が女性なら、こうも複雑にはならなかったのではと考えた事もあります。」
キンブリーがまた溜め息をつく。
一瞬、俺もどちらかが女だったらどうなってただろう?なんて考えてしまったがすぐに首を振ってその考えをかき消した。
キンブリーが女だったからって何も変わらない。
彼は俺の上司だ。尊敬できて、綺麗な顔で身だしなみもいつも綺麗で、強い上に頭も良くてあの日俺を救ってくれた恩人で、
…いや待て待て。尊敬と恋愛感情は違う。
「しかし私は貴方が男であれ女であれ、この気持ちに変わりはありませんよ。」
『…それは…ご愁傷様です』
返す言葉がなく、浮かんだ言葉をそのままキンブリーに言うと少し笑われた。
間違った気もしなくはない。
恥ずかしくなり、今度こそ喉の渇きを癒やした。
「…長くなりましたね。私はそろそろ失礼しましょう。」
暫くただ水を飲む俺を眺めていたキンブリーが時計を見るなりそう言って立ち上がる。
少し驚いたあと、同じように立ち上がる。
『あ、もしかして何かご予定でも?仕事ですか?』
「そうですね…これ以上の長居は私の理性が保ちませんから」
『玄関まで送りましょう。』
冗談が通じない人ですね、と不満そうな顔をするキンブリーにコートを渡す。
普段冗談が通じないクセに何言ってんだ。
てかどこまでが冗談か分かったもんじゃない。
忘れ物なんかで戻って来られては困るので部屋を見返していると不意に頭に何かが乗った。
首だけで後ろを振り向くと、優しい笑みを浮かべたキンブリーの手が俺の頭に伸びていた。
「今日は御馳走様でした」
『…い、いえっ…こちらこそ今日は有難う御座いました』
「肩の力が抜ける素晴らしいひと時でした。食事も美味しかった」
『そう言ってもらえると嬉しいです。1人だと飯も作り甲斐ないですし…また良かったら食べに来てください』
「貴方が良いと言うならいつでも来ますよ」
にこりと微笑むキンブリー。
では、と言って扉が閉まった。
『…いや待て。何また誘ってんだ俺』
はたと気付いて頭を抱えた。
飯が美味いって言われて思わず気が緩んじまった。
『まー1人でただ引きこもってんのもつまんねぇし…な』
うんうんと頷く。
だったらヒューズやロイや女の子を誘えば良いのに。
なんて考えが浮かんだがここは気付かないフリをした。
お陰で他所にやっていたハズの先程の考えがまた頭の中でたたみかけてくる。
『……』
部屋に戻りソファに座ると眠気が襲ってきた。
今日は疲れた。
散らかった部屋は明日片付けることにしよう。
『……性別ねぇ…』
目を瞑り、ぼやぼやと理想のナイスバディな色気のある女軍人を想像する。
そう、俺の好みってこういうのだ。
でもその中身がキンブリーだったら?
…吐きそう。
なんて条件反射で拒絶してしまうが、実際考えてみるとそうでもない。
だってキンブリーは完璧な人間だ。
それは確かに人間性というか対人関係に問題がないとは言い難いが、基本的には完璧だ。
だとすれば、彼が女性だったら、俺はどうしていただろう。
『…運命ってやつか』
映画や小説ではよくある話だ。
奇跡のような偶然の出逢い、そして衝撃的で運命的な再会で結ばれる二人の男女。
正に俺とキンブリーは中々運命的だろう。
『少佐が女だったら問題ねぇのに…』
はあ、という溜め息と共に零れた自分の言葉に口を押さえた。
違う。キンブリーの性別が女だったら問題ない訳ではない。
キンブリーと結ばれたい訳じゃない。
だって寝起きにキスして髭が当たったりしたら幻滅だ。
…いや女になったら髭は無いから大丈夫か?
あれ?なんだ?問題ないのか?
『って、違う!!』
変な汗をかいた。
我ながら何をとちくるった事を考えてんだ。
『……寝よ』
これ以上考えていても仕方がない。
ソファにそのまま身体を倒した。
目を瞑ると身体がソファに沈んでいく気がした。
本当に、今日は疲れた。
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20250719添削
