1章
あなたの名前
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「以前一度彼に訊いたんです」
『何をですか?』
彼とはフランチェの事だろう。
あまり2人で話すイメージが無い。
フランチェは失礼な態度を取らなかっただろうか?
「何故貴方にそれ程執着するのか」
『…そんな事お訊きになったんですか?』
「彼の貴方への懐きようは異常でしたから。彼がなんと答えたと?」
突然の問いに戸惑う。
前にフランチェは俺を尊敬する理由なんてのを何故か鼻高々と語ってくれた。
それを今言うのは中々に恥ずかしいし、実際はこんなにも不甲斐なかった俺が今更言えるわけない。
すると短気なキンブリーが痺れを切らし話し出した。
「貴方が命の恩人だからだそうです」
『…俺が?』
意味が分からない。
命の恩人はフランチェの方だ。
俺は何も守れなかった。
「あの事件、覚えていませんか?」
そう言うキンブリーを話を聞く内に思い出す。
何年も前だ。
俺がまだ部署に配属されたての頃。
たった一人の士官学校生の息子を残し、家族が射殺された。
俺達は間に合わず、悲惨な現場で唯一の生存者に俺は思い切り殴られた。
周りは騒然としていたが俺はただ彼に殴られ続けた。
これは遅れてしまった俺達軍人の罪だ。
その時そう思ったのを覚えている。
だがそれもあまり長く続かず、その内に生存者は泣き崩れてしまった。
ボロボロで、風が吹けば吹き飛びそうな程弱々しい姿。それはまるで昔の自分の様で堪らなくなった。
堪らなくて、俺はその場で彼の肩を抱いて泣き出した。
酸欠で頭がクラクラする程、俺達は二人で泣き続けた。
「モイス・フランチェはその時の生存者です。尤も、親戚の元に移り姓が変わっていますが」
思い出した記憶に笑ってしまう。
キンブリーが少し訝しげに見てきた。
『名前覚えてます。でも顔、…覚えてなかった』
あんなにも苦しく、耐えがたかったのに。
同じ境遇の彼に「生きて欲しい」とあんなに願ったのに。
あいつは俺を忘れず、元気な姿を見せてくれていたのに。
『命の恩人って…大袈裟だろ、馬鹿』
自分を覚えていないと分かった時、あいつはどんな気持ちだったんだろう?
『俺ってなんも覚えてないですね』
キンブリーの事も覚えてなかった。
今までこんなにも近くにいたのに全く気付かなかった。
「そうですね。」
優しい声色のキンブリーの手が俺の頭を撫でた。
今はそれが心地良いとすら感じる。
目を閉じると色んな事を思い出せた。
両親のいた頃の家の匂いまで思い出せる。温かい日々だった。
だがその内に手が離れる。
咄嗟にその手を引き止めるとキンブリーが微かに驚いた顔をした。
「…はい?」
『…………あ』
途端我に返り俺の整った顔面に熱が集中する。
キンブリーだって固まっている。
それはそう。俺だってなんでこんな事したのかよく分からない。
『っわ!?』
急に腕を引かれ、体勢を崩してそのままキンブリーの胸板にダイブした。
急いで戻ろうとするがキンブリーの腕が肩に回ってきて変な姿勢のまま動けない。
顔を見なくて済むが不敬ではあるだろうし、これはどうしたものかと考えているとキンブリーの手が頭に被さった。
「全く。貴方にはいつも驚かされますね」
『や、さっきのは違うんですよ!いやホントに、』
「…私の手で貴方を癒せているという事がどれ程喜ばしいか分かりますか?」
そう言って俺の額にキスを落とすキンブリー。
何か当然のようにされていたけど、頭を撫でるなんて普通は部下にしない。
俺だって女の子の頭には不要に触れないようにしてる。
だってこれセクハラだし。
それにもう数えてもない何度目かのキス。
近付けばされるんじゃないかと怯えた事が何度もあった。
『……?』
だけど今は不快な気がしない。
別に絆された訳じゃないし、惚れた訳でもない。
でも、今はこのままキンブリーの腕の中で微睡むのも悪くない気がした。
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2024/03/25添削