1章
あなたの名前
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いつもの様に扉を開け、くるりと見渡し目当ての人を見つけて笑いかける。
「ショスナト」
俺に気付いた彼女はフワリと柔らかい笑顔になり、真っ直ぐ俺の元へとやって来た。
『こんにちは、ローザンヌ』
俺より頭2つ分程小さな彼女。
こんにちは、と小さな唇が動き、そのままローザンヌによって奥の席へと案内される。
「今日は何にする?」
『そうだなぁ今日のオススメは?』
うーん、と顎に手を当て悩むローザンヌ。
彼女は、この店の可愛いウエイトレスだ。
あぁ、と思い付いた様に手をたたき、いつもの最高に可愛い笑顔になる。
「今日は海鮮パスタかな」
『いつもじゃん』
この店に来て毎度交わされるやり取り。
あはは、と俺とローザンヌの笑い声が店内に響いた。
じゃあそれで。と言うとローザンヌは注文をシェフに伝えるべく去ってゆく。
『…かぁわいいなぁー…』
去ってゆく彼女を見て呟く。
小柄な身体でパタパタと動き回る姿は小動物のようでで、だが決して騒がしくなく、優しく心配りが出来、可憐で、冗談を話しよく笑う、そんな褒めだすとキリのない彼女はこの店のマドンナだ。
周りを見れば同じように彼女に視線を送る男共の姿。
見慣れた青い軍服も目に入る。
「…」
『…』
その内の1人と目が合う。
相手は眉間に皺を寄せ睨む様な格好をするがそれも一瞬で、すぐにサッと逸らされる。
どうやら今ここにいる軍人達の中で、一番上の階級は俺らしい。
そして俺のこの容姿。
彼女の、他の客と俺との対応の差。
『ふっ…認めざるを得ん様だな、己の敗北を』
「わっるい顔ー」
『うわっ、びっくりしたっ』
にやりと笑っているとローザンヌが突然顔を覗いてきた。
微かに香る石鹸の香り。
それは香水の様に派手なものではなく、飾り立てる必要もない美しい彼女にとても似合っていた。
ローザンヌの手によって置かれる料理。
今日も旨そうだと見ていると正面の席にローザンヌが座った。
どうやら昼休憩の様。
我ながら良い時間に来たものだ。
それから2人で他愛もない話をして笑って、冷たくなった食後のコーヒーを飲んでいた時だった。
「ねぇ、ショスナト。」
『ん?なんだい?』
「…えーと…」
『なんだよ』
んー、と少し俯くローザンヌ。その頬は薄く色付いて、照れているのが分かった。
まさかと思い高鳴る鼓動を誤魔化す様に、残ったコーヒーを一気に飲み干す。
とうとう来たのか。
ローザンヌが俺のものになる日が。
「…実は好きな人が、出来ちゃって…」
『へぇ?どんな人?』
「それは…」
『話してくれよ。俺の可愛いローザンヌの好きな男がどんな奴か知りたいんだ。』
「…ショスナトが一番知ってると思う」
『俺が?』
驚いた顔を作る。
やはりか。頭の中でガッツポーズをし、やったと叫ぶ。
ローザンヌの好きな男はこの俺だ。
思わずにやける口元を右手で隠す。
『誰だろう…ノートン?』
「ちがう」
『じゃあ…』
適当に名前を挙げていく。違うというローザンヌに、他に誰の名前を挙げようかと考える。
そして思い付いた。有り得ない人間の名前を。
『じゃあ…キンブリー少佐』
「…」
『ちがうかーじゃあ……あれ?』
真っ赤になったローザンヌ。
覗くとぷいっと背けられる。
え?
『……いやまさか』
「…」
ちがう、と続いてこない声。
これは、まさか、いやそんな、だが、
『…まじでキンブリー少佐…?』
「……うん」
かあっと耳まで赤くなるローザンヌ。
頭の中で、子供には聞かせられない罵倒の言葉を叫ぶ。
憎きキンブリー。おのれ。おのれ。
先程の「ショスナトが一番知ってる」は俺が奴の部下だから。
仕事の話を嬉しそうに聞いてくるのも、今こうして休憩を俺と過ごしているのも、全て奴を知る為。
分かってしまえばそれまでの事。
真っ白になった俺に、ローザンヌは心配そうに声をかけてくる。
「ショスナト…?気分悪いの?」
『…や、何でも…』
「大丈夫?」
『あぁ…平気だよ、俺の天使…』
「天使だなんてショスナトったら」
うふふ、と照れた様に笑って俺の肩を叩くローザンヌ。凄く可愛い。
とても楽しそうなのに、俺は眼中に無かったなんて。
あはは、と笑い返したが、どうにも乾いた笑いにしかならなかった。
『…君の幸せの為なら……くっ!
やっぱ許せねぇし認められねぇ!!』