1章
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『で、どこにいんの?』
人気のない静かな路地で、俺達はただただ佇んでいた。
「通報を聞いて逃げたのでは?」
『…かもなぁ』
隣に立つフランチェはそう言いながらも周りを見渡す。
手には拳銃。
『そんな肩に力入れなくても大丈夫だ。俺もいるだろ?』
「…はいっ」
ポンと肩を叩くと、まだ強張ったままの顔で少し微笑んだ。
しかし実際のところ、この状況はあまり気を抜けない。
他の奴らも銃を構えたまま辺りを警戒している。
―今回の出動の粗筋はこうだ。
連日の雨に悩まされている中での突然の市民からの通報。
「銃を持った男達がいる。人が撃たれている。」
これが3件重なった。
それにより出動した俺達は他の班や憲兵と共に誰もいない路地で銃を構え、そして何もない事にただ呆然としている。
何も無い。その事が俺達を悩ませた。
「死体も空薬莢も転がってないなんてことあるか?」
一人の男がそう口にした。
全員が思っている事だ。
人が撃たれたならば何らかの痕跡がある筈。
血だまりは流れたにしても周囲に銃痕がないのは変だ。
「…はめられたのでは?」
『ん?』
「ここは元々人気のない所ですし…通報といいこの状況といい、我々は騙されたのでは…」
厳しい表情になっていたのか、俺を見て声が小さくなっていくフランチェ。
同僚や他部署の人間には鼻息の荒い彼は、相変わらず俺の顔色だけは気にしてくる。
『一層警戒は解けないな。イタズラだったら良いが楽観は出来ない。気を抜くなよ。』
無意識に腰に下げた銃に触れながらそう言うとフランチェは一つ深く呼吸して笑った。
「はい!」
『だから、声大きい』
呆れながら笑うと照れたように「すみません」と笑う。
顔は固いが、さっきまでよりは解れたようだ。
すると周囲に突如として鳴り響く発砲音。
溜まった雨水を散らしながら足元の石畳が削れた。
「狙撃だ!!」
誰かがそう叫んだ。
それを合図に物陰に隠れる。
撃たれたのは上からだった。
建物に囲まれたこの場所。
どうやらその屋上から撃たれている。
「…」
鳴り止まぬ銃声に舌打ちし、ふと後ろを見るとフランチェが少し青ざめた顔で立っていた。
『フランチェ。』
「っはい」
『…お手柄だ。お前って頭がキレるな。』
バン、と背中を叩けば驚きながらも表情が幾分か和らぐ。
銃を持ち直すフランチェ。
まだまだ新人。俺たちがしっかりしないと。
「こうも簡単に嵌められるとは…」
『全くです。』
後ろでキンブリーが眉間に皺を寄せ、顎に手を当て立っていた。
やはり機嫌が良くないようだ。
嵌められたなんて誰でも良い気はしないものだが、こんな状況で焦りもせず動揺も無く不機嫌になる人間も中々いない。
『これじゃあ連携が取れない…止まないかな…』
見渡すと離れた所に他の班や部下達が隠れていた。
息を吐き壁に寄りかかる。
彼らにここからでは合図が送れそうにない。
せめてこの鳴り止まぬ銃弾の雨が一瞬でも止めば違うのだけど。
「…クライスラー少尉っ」
『…あぁ』
そう思っているとピタリと合わせた様に銃声が止む。
喜ぶフランチェを余所に、俺は雨水の溜まった穴だらけの石畳を睨んだ。
キンブリーと顔を見合わせる。
「随分幼稚な罠ですね」
吐き捨てる様に言うキンブリーに頷いた。
これで出ていけば蜂の巣だ。
それかどこからか俺たちを炙り出そうと奔走しているのかもしれない。
どちらにしても身動きは取れない。
「困りましたね…」
『どうしましょうか』
「このままここにいても事態は解決しません!行きましょう!」
『動けば良いってもんじゃない、落ち着けフランチェ』
キンブリーに怒鳴るように叫ぶフランチェを制止する。
それでも苛立ちを隠そうともせずキンブリーを睨んでいる。
勘弁してほしい。
恐怖で余計に頭に血が上っているのだろうが、キンブリーは俺たちの上官。
俺に従順だとしても、キンブリーにも従順でいてくれ。
「でも、このままじゃどうにもならなりません」
『あのな、奴らは俺達を炙り出そうとしてる。今出たら助かるどころか一瞬で蜂の巣だ。』
「……じゃあ、ここで殺されるのを待つんですか」
『んな事言うな。大丈夫、お前らは俺が絶対に守る』
震える声で呟くフランチェの身体は震えている。
銃撃戦なんてものはしょっちゅうある訳じゃないけど、これから何度も経験して慣れていくしかない。
自分が傷付くことも、仲間を失うことも。
「駄目です、今度は俺が、」
『え?』
「…俺が、少尉の大切な人達を守りますから」
『何言ってんだフランチェ』
あまりに真剣な顔に、何だと肩を叩こうとするとフランチェの身体がすり抜けて石畳へと駆けて行った。
『な…フランチェ!!戻れ!!!』
割れた石畳。
その上に立つフランチェは銃を構え数発上に向けて撃った。
1人顔を隠した男の身体が落ちてくる。
油断していた人間にフランチェは見事命中させたようだ。
まだ鳴らぬ銃声。
まだ間に合う。
「少尉!もう大丈夫、安心していいよ!」
『いいから早く、』
俺の言葉を遮る様に、雨がフランチェに降り注いだ。
無慈悲に鳴り響き、圧倒的な暴力であると痛感させる音。
その音に合わせてフランチェの身体が何度か跳ねた。
『フランチェッ!!!』
「っ待ちなさい!」
倒れたフランチェを助けようとするとキンブリーに腕を掴まれ止められた。
銃声のせいなのか分からないが耳が聞こえにくいし身体も重たくなったような気がする。
腕を動かし振り払うとキンブリーの顔に当たった。
「無駄です。貴方も死にたいんですか?」
『っざけんな!うるせぇ!!』
緩むキンブリーの手をもう一度振り払うと、今度は他の人間が2人がかりで俺を捕まえた。
今度は身動きも取れない。
キンブリーが口元を押さえ近づいてくる。
「…少し頭を冷やしなさい。」
『な、っ!』
ガンッという後頭部への衝撃。
仕返しにしたって今はやめてほしい。
今は眠っている場合じゃないのに。
キンブリーを見ると視界がぼやけた。
彼の後ろには青い制服が地面に見える。
あいつは俺の仲間なのに。
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20230906添削