1章
あなたの名前
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退院し、今日は久しぶりの出勤の日。
笑顔で迎えてくれる同僚達。
サボリやがってと肩を叩いてくる仲間達。
そして埃もなく綺麗な机。
『…する事なーい』
既に始業から一時間が経過している。
この時間で俺がしたのは、入院していた間の勤務変更の書類の記入。それだけ。
それが終わってから俺の元には何の書類も仕事もやってこない。
自分から仕事を見つけようにも、
『お、それ俺もするよ』
「いやこの位なら一人で大丈夫だ。お前はまだ無理すんな。」
『なぁ、それ持ってくの?俺やるから貸しなよ!』
「ありがとう。だけど平気よ。ショスナトは座ってて。」
こんな具合だ。
『…皆さん優秀ね…』
ぐたあ、と机に突っ伏す。
こんな事してたって誰も何も言わない。
俺ってこんなに仕事出来なくて頼りない奴だったっけ?
忙しなく動き回る仲間達が遠い存在に思えた。
「おや、休憩中ですか?クライスラー。」
『っ!』
突然聞こえたその声に急いで上体を起こす。
ゆっくり振り向くと、案の定キンブリーが俺を見下ろしていた。
『…えー…っと…』
休憩中ではなく現実逃避中です。
なんて言い訳しか浮かんでこない。
これは説教確定だぞと思っていると目の前の机に分厚い本が二冊置かれた。
『…はい?』
「これを一緒に資料室へ持って行きましょうか」
これ、とキンブリーがその二冊の本を指差す。
片手で持てるそれを、お前が持って行けと何故言わないのか。
しかし考えたって仕方ない。
はい、と返事をして立ち上がるとキンブリーの後についた。
「腕の調子はどうです?」
『しっかりと療養させていただいたので。痛みもありません。』
「そうですか」
ほんとは全然力入れた時とか痛むけど。
休まされたくないのでそれは心の中で呟いた。
『…そういえば明日から新人が入るそうですね。』
資料室に着いてすぐベンチ型のソファに座ったキンブリーに向き直る。
本なんて二冊しかない為すぐに片付いた。
今朝同僚から聞いた、背が低く短気な士官学校でも中々の有名人だったらしい男。
それが新しくうちの部署に配属されるらしい。
「えぇ。全く…面倒な話です」
『面倒って…』
顎に手を当てて言うその表情に、冗談じゃなくて本気なんだなと笑った。
気持ちは分かる。
『でも結構使える男らしいですよ。仕事捗りますよー』
「問題を起こす方が先でしょう」
『あー…』
流石。情報が早い。
溜息をつくキンブリーの隣に腰掛け、我ながら自虐的に笑った。
『…まあ、今の俺よりは使えると思います』
何日か休んだだけで居場所が無くなった気がしてる。
仕事は俺がいなくても回る、それを痛感させられて無力感で今ならいつでも泣けそう。
キンブリーが微かに眉間に皺を寄せてこちらを向いた。
「まさか…仕事が無いのを自分が不要で無力だからと考えているんですか?」
『う』
「貴方…普段はこれでもかと無駄に自信家なのに変な人ですね」
なんて直球な悪口なんだ?とキンブリーを見るとその視線に更に傷付いた。
見下した目は人体に有害なのでやめていただきたい。
「貴方が痛みを我慢し無理をしている事は皆気付いてますよ。」
『えっバレてる!?』
「私からも皆さんにお伝えしていますし。」
『…何をですか?』
「クライスラーに仕事は振り分けないように、と。」
『……』
どこにつっこめば良いのか。
傷の痛みを我慢しているのが何故分かったのだろう?
復帰したんだし、溜まった仕事をさせるのが普通だ。
っていうか過保護過ぎる。
皆も何故それで納得したんだ。
「安心しましたか?」
そう言ってキンブリーが立ち上がる。
少し迷って、まぁそうだと頷いた。
同僚達は俺を見放した訳じゃないらしいし、思う所はあるが心配してくれてたのは素直に嬉しい。
『俺、ここの皆が好きなんで。まだ一緒に居られそうでほっとしました』
少し恥ずかしくなり、頭をガシガシと掻く。
キンブリーが俺を見ているのが分かる。
恥ずかしくて見ないけど、人体に有害な視線ではなさそうだ。
「ショスナト」
『はい?』
名前を呼ばれ見上げると目の前に手が差し出されていた。
どうやら掴まって立てという事らしい。
『すみません』
別に1人で立てるが、今は甘やかされるかとその手に自分の手を重ねる。
ぐいっと引かれ立ち上がった。
「私が我慢強い男で良かったですね」
『は?…ふがっ!』
どういう意味かと首を傾げると口を塞がれた。
柔らかい感触。目の前にあるキンブリーの瞳。
とても長く感じたそれは多分一瞬で、触れるだけの口付けをした後キンブリーは離れた。
「ムードの無い人ですね」
『は!?』
「てっきり誘われたのかと思ったんですが」
『いや!そういうんじゃないですし!?』
一瞬でも頭の中で築かれた上司と部下の絆とやらが音を立てて崩れた。
やはりこの男には常識や友情などは通用しないらしい。
色々悪態が頭を過ぎったが、爆発されかねないので抑えた。
ああ、やっぱ職場変えたいかも。
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20230901添削