1章
あなたの名前
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両親の死後しばらくが経ち、俺の元に辞令がきた。
同僚から貰った花と手紙を持ち、背に惜しむ声を浴びながら廊下を進む。
異動したからと言って会えない訳でもないのに、随分と可愛らしい人たちだ。
『ショスナト・クライスラー少尉であります。
本日付けでこちらに配属になりました。
どうぞご指導の程宜しくお願い致します。』
片脇に花を持ち敬礼する浮かれた俺の目の前には新たな上官が座っていた。
その男は長い髪を後ろで一つに束ね皺のない軍服に身を包み、軍人らしからぬ清潔感を纏っていた。
「私はゾルフ・J・キンブリー。
こちらこそ宜しくお願いします。」
◇
『……』
新しい部署に異動し、いきなり面倒な事件に当たってしまったものだと嘆いた。
目の前には銀行。そこに立てこもる強盗団。
既に中の一般市民は解放され強盗団のみとなっているが、その人数と向かってくる銃弾に歩を進められずにいた。
「随分怖い顔をしていますね」
『え…私ですか?』
「えぇ。初めての現場でも無いでしょうに」
『…すみません』
見られていた事にも気付いておらず、キンブリーがクスリと笑った事で気まずくなる。
着任早々使えないと思われるのは嫌だ。
現場だって初めてではない。戦地にも赴いた自分だ。
だが、こんなものはいくら経験しようと慣れるものではない。
「っぐああああ!!」
『っ』
「大丈夫だ、落ち着け!」
男の叫び声と何人かの足音。
振り向くと肩を撃たれた軍人が車の荷台へ運ばれようとしていた。
前を向けば銃弾がいまだ飛び交っている。
『……』
脳裏には父と母の姿が浮かんでいた。
銃は、慣れない。
『…奴らはどうする気なんでしょう。人質まで解放して』
乾いた唇を舐め、気を紛らわす為に隣のキンブリーに声をかける。
すると涼しい顔をした彼は肩を竦め俺を見た。
「さぁ。死ぬ気なんじゃないです?」
『…は…?』
興味ない、といったキンブリーの態度。
あまりに冷めた態度に驚いて声が掠れた。
「当初どんな計画だったかは知りませんが…市民という多くの盾を解放し軍と撃ち合うなんてまともじゃない。既に覚悟はしているんでしょう」
『盾って…!』
「違いますか?」
恐らく青ざめている俺を見たキンブリーは怪訝な表情を浮かべ、そして強盗団の立て篭もる銀行を面倒だとばかりに睨んだ。
ぞくりと背筋に悪寒が走る。
彼にとっては俺も盾と変わらないのかもしれない。
そう思うと周囲の銃声が耳に強く響き、足が竦んだ。
『…おれは…』
「……全く、キリがありませんね。」
『え?』
「貴方は下がってなさい」
『わっ』
深くため息をついたかと思うとキンブリーに突然襟元を引かれる。
何とか転けずにキンブリーに顔を向けると目の前には青い背中があった。
途端。
ドンッ!!と凄まじい音と衝撃が走る。
『なっ…!?』
ぶわっと辺りを包む土埃。
腕で顔を庇い、隙間から見える景色に目を細めた。
広がるコンクリートの瓦礫。
目の前にあった銀行は跡形もなく崩れ落ちていた。
「おや、服が汚れましたね」
静かになった一面から目が離せず立ち尽くす。
そんな俺とは違い、キンブリーは軍服の汚れを払っていた。
銀行があった場所に点々と見える、紅色。
「戻りましょうか、クライスラー少尉。」
『っ』
ドクドクと心臓が早鐘を打っている。
急かすように肩に置かれた手。
キンブリーからは何故か懐かしい香りがした気がした。
『…キンブリー少佐は、俺を盾にしますか?』
「何を…。なりたいのでしたらご勝手にどうぞ。」
一笑されもう一度肩を叩かれる。
そして1人で車へと向かって行く。
撫でつけた髪を丁寧に束ね、皺のない軍服に身を包む軍人らしからぬ綺麗な男ゾルフ・J・キンブリー。
これが、紅蓮の錬金術師。
『…少佐』
「なんです?」
『貴方の元で働ける事、とても光栄です。』
一瞬驚いたようだったが、すぐに飄々とした表情に戻り背を向けられた。
彼の中に俺はいない。
俺だけではない。誰も彼の中にはいないのだ。
「皮肉屋ですね」
『本心ですよ』
キンブリーは笑っているがそんなものはすぐに上辺と分かる。
こんなにも人の心を遠く感じる事なんて今までに無かった。
この人の元にいれば俺はただの駒になれる。
失う絶望も、失わせる苦しみも。
何も味わわずに済む。
…間違っている。
これはきっと、何の解決にもならない。
だけどもう失うのは嫌だ。
失いたくないものをつくりたくなんてない。
この人だけを見ていよう。
今はただ、この人の盾となっていよう。
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盾になる決意を固めたこの日は
キンブリーがショスナトの盾になった日でもある。