1章
あなたの名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
重たい瞼を薄く開くと、眩しい光が目に刺さった。
近くから誰かの話す声がする。
声のする方に視線をやるが、どうもぼやけて誰だか分からない。
白い姿。それだけ分かった。
『…あ…』
話し声が止む。遠退く足音。
俺の横に立つ白い人も、離れていこうとする。
重たい腕を上げ、服の裾を掴む。
こちらを向く白い人。
何か言って、頭を撫でてきた。
ふわりと香る優しい香り。
どこかで嗅いだ事があった。
思い出せない。
ただ、額に当てられた手がとても心地よかった。
『…ん…』
目覚めると随分眩しい蛍光灯の光に目の奥が痛んだ。
「起きましたか」
『…少佐?』
隣から声がして顔を向けると椅子に座るキンブリーと目が合った。
驚く。そして心配する。主に俺の下半身を。
「…何もしてませんよ。失礼な。」
『…スミマセン』
身を固くした俺の反応から何を考えていたのか分かった様で溜め息をつかれた。
恥ずかしい。
『…ここは…』
「病院です」
そう言われて納得する。
横を見れば点滴がぶら下がり、俺の腕へと繋がっていた。
どうなってるのか、と腕を持ち上げようとするが、突然痛みが走り不可能となった。
「…犯人の銃の腕に感謝するんですね」
『…あー』
「全く…」
思い出される光景。
銃を向けてきた犯人からキンブリーを咄嗟に庇った時、その銃弾は中々の近距離だったにも関わらず俺の腕を撃ち抜いたのだ。
それに関しては運が良かったという他ない。
ため息をつくキンブリー。
『…すみません』
本当に、と横になっている自分では頭を下げることなど出来ずただ白いシーツを見つめた。
キンブリーの手が俺の腕をさらりと撫でる。
ふわりと優しい香りがした。
「…貴方を前に出した私が悪いんですよ」
その言葉にどくんと心臓が脈打った。
俺のした事は、もしかすると余計な事だったのか?
あんなに余裕のある顔で犯人と対峙していたキンブリーだ。
何か策があったのか。
起死回生のタイミングを、俺が邪魔したのか。
妙に暗い考えに向かっていく自分に『考えすぎだ』と理性は告げるが、涙腺には既に大ダメージを与えたようで視界がジワリとぼやけた。
「自分が撃たれた方がどれほどマシか…なんて私が考える日がくるとは」
自虐的に笑うキンブリーのその声にはっとする。
倒れ込んだ俺が一瞬だけ見たその表情。
それは苦しそうに、悲しそうに、歪んでいた。
ショスナト。と何度もそう呼ばれたではないか。
なんとか耐えていたのに、涙がとうとう溢れ出した。
拭おうにも腕は上がらないし、顔を背けるのも肩が痛くて叶わない。
それでも何とか背けながら『すみません』と告げるとキンブリーの手が俺の目元を隠すように覆った。
「病人である貴方が飛び出さないといけない状況に私がしてしまった。…謝るのは私でしょうね。」
『そんな、事…』
無いです、そう続きを言おうと思っていたのに何か意味の分からない事を耳にした気がして止まった。
『…病人?』
確かに体調は優れない。だが、これは二日酔いだ。
昨日遅くまでロイやヒューズと飲んでいたから、見事に二日酔いになったのだ。
キンブリーの盛大な溜め息が聞こえた。
「風邪を引いているのにも気付かないとは…貴方の鈍感さには寧ろ尊敬の念を抱きますね」
『風邪?や、これは二日酔いで、』
「熱が何度あるとでも?」
『熱っ?』
そこで知らされる新事実。
詳しく聞けば、なんと中々の高熱だった。
『…うわー休めば良かった』
無駄に働いたよ、と小さく零すと頬を抓られた。
『いひゃいっ!?』
「貴方が休んでいたら明日から貴方の上司はあのスピーカー男でしたよ」
『あ…それは…』
嫌だ。そう言うのもそれはそれで失礼なので言葉を濁す。
キンブリーはというと口調の割に機嫌良さげな表情を浮かべていた。
『すみません』あは、と笑いながら謝ると先程の涙の跡がパリパリと突っ張った。
人は何故か熱が出ると涙もろくなるものだ。
だから最近の涙もろさはこれが原因だったんだと思う。
年ではなかったらしい。安心した。
「さて、貴方も起きたことですし、私は仕事に戻ります。」
『え、今からですか?』
既に暗くなった外へと視線を向ける。
キンブリーが眉間に皺を寄せ睨んできた。
『…あれ、な、なんですか。私ですか。私のせいですか。』
「……」
慌てているとキンブリーは小さく笑って立ち上がった。
「…愛する人に泣いて懇願されて、無視出来る人間がいますか?」
『は?……は!!?』
「また明日来ます。それまでゆっくり休みなさい。」
そう言うと椅子に掛けていたコートを取りキンブリーは出て行く。
部屋には風邪を引き腕を負傷した間抜けな俺が残された。
『…まさか…夢じゃなかったのか…?』
ぐるぐると思考をめぐらせるが、それよりも火照る顔が今にも爆発してしまいそうだった。
夢だと思っていた。
夢で俺は、ベッドサイドに立つ白い人の服を掴み言ったのだ。
『1人にしないで』
しかしどうやらそれは夢ではなかったようで。
その上ベッドサイドに立つ白い人はキンブリーだったようだ。
人生最大の汚点。
俺は痛みなどお構いなしに横を向くと、枕に顔を埋めて叫んだ。
『ちくしょう大嫌いだああああ!!!!!』