1章
あなたの名前
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俺の上司はどうやら煙草が嫌いらしい。
眉間に薄く皺を寄せて言われる「臭いがうつる」の一言。
そんな事で、俺は人生をかけている煙草を辞める訳にはいかないのだ。
見つかる度、臭いがバレる度。
長い説教をされ溜まる俺のフラストレーション。
俺がなんと言い訳しようと所詮言い訳なので上司は「禁煙しなさい」以外の命令を口にしない。
そして俺は今日も屋上なんていう定番の喫煙スポットで至極の時を過ごしていた。
この葉っぱが無くなる時が俺の死ぬ時だ、なんて流れていく煙を見ながらフェンスに寄りかかり考えた。
すると突然背後から声がかかる。
「クライスラー」
葉っぱより俺が死ぬのが先だった。
その声はとても聞き覚えのある声で、毎日毎日嫌でも間近で聞いているためか、その顔を見なくても相手がどういう表情をしているのかが分かった。
『…キンブリー少佐…』
振り向けば、案の定眉間に皺を寄せた上司の姿。
目つきは鋭く、明らかに機嫌が悪い。
予想通りの上司の表情に内心やっぱりな、と笑った。
内心である。
本当に笑っていたら今頃俺は風に舞う塵になっていただろう。
「煙草、辞めたんじゃありませんでしたっけ」
『…えーと…』
ニコリと音が聞こえてきそうなほど綺麗な笑顔だ。
この人はこんなに綺麗な顔をしているのに、向けられるとまるで悪魔か悪魔か悪魔の様に恐ろしいのは何故なのだろう?
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
しかし俺だってただ叱られるばかりじゃない。
「たしか先日『申し訳御座いません!!』
勢いよく頭を下げると、揃えた両足の端から青空が見えた。
こんなにも良い天気に煙草を吸わないでいられるキンブリーはやはり人間じゃないと思う。
『無論キンブリー少佐のご命令通り禁煙は固く決意しております。しかし箱には数本ありまして…吸える物を捨てるのは良くないのでは?と考えこちらで残りを消費しておりました。』
真面目ぶった顔で思いついた言葉を並べてみる。
よくこんなウソ咄嗟に言えたものだ。
キンブリーは黙っているし、やはり俺は天才らしい。
『このような所にまで御足労おかけし申し訳ありませんでした。さ、戻りましょう少佐。』
このまま勢いで押せば大丈夫。
そう考えてキンブリーの横を抜けこの場から逃走を図る。
場所さえ移動すれば多分いける。やっと勝てる。
「待ちなさい」
『っ!』
安心したのも束の間で、通り過ぎる際腕を掴まれる。
ミシリと骨が鳴った。気がした。
人間怖い時は怖い方へ視線を向けてしまうもの。
ちらりとキンブリーの顔を見ると変わらず綺麗な微笑みを浮かべていた。
多分だが、最初から今までずっと怒ってる。
『すみません少佐ホントすみませんでした!もうしませんから!』
「何度その言葉を聞いた事でしょうねぇ」
『ひっ…!』
ぐいっと腕を引かれ階下へと足を運び出すキンブリー。
やはり最後に笑うのは人間ではなく悪魔だ。
腕力は俺の方が格段にあるし振り解けないもので無いのに動けない。
それは上官だからとかではなくて、動物としての本能だ。
もし少しでも抵抗すれば、俺の命の灯火が先程まで吸っていた煙草の様に簡単に消されてしまう。
「早く歩きなさい」
『ハイ……』
これからまた、長い説教が始まる。
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