マルハナバチ
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ドン、と子供がぶつかった時、嫌な予感はした。
『あぁ、駄目だ盗られてる…』
ポケットを探るがいつも手に当る懐中時計がない。
さっきの子供だとは分かっても、既にその姿は遠かった。
『全く。ここらも物騒だな。』
そう呟くと、男は薄暗い路地へと足を向けた。
◇◇
『はい、おかえり。』
ジャラリとチェーンが手の中で鳴る。
そこには盗られた筈の懐中時計がしっかりと収まっていた。
反対の手に持っていた短い杖を内ポケットに仕舞い、懐中時計をポケットに入れ、男は満足気に辺りを見渡す。
するとゴミ箱の向こうに見える人影。
男は咄嗟に仕舞った杖をもう一度出し、少し振るとその人影を引き寄せた。
驚いた声をもらすその人物。
男は相手に微笑んでみせた。
『やあ。見られちゃったね。まさか人がいるとは思わなかったよ。』
「っあ、」
『君の名前は?僕はショスナト・クライスラー。』
終始笑顔のショスナトと名乗る男。
だが目の前の人物は目を泳がせながらたまにショスナトの目を見るだけで名乗ろうとはしない。
『ん?』とショスナトは杖を構え、目の前の彼に向け少しだけ振った。
「クリーデンス・ベアボーン」
『そうか、クリーデンス君か。』
うんうんと嬉しそうに頷くショスナト。
クリーデンスと名乗った彼は、自分の唇に指を当てて唖然とした。
『魔法だよ』とショスナトが杖を指差しながら見せ、そのまま杖の先をもう一度クリーデンスに向けた。
『さてクリーデンス君、申し訳ないが魔法を見られるのは大変まずくてね。
君の記憶を消させてもらうよ。痛くないから大丈夫だ。気分も悪くならない。』
「記憶…あま、待って下さい…っ」
『おっと?』
慌てたように1歩ショスナトに近づくクリーデンス。
杖の先が刺さりそうになり、ショスナトは一瞬焦った顔をして笑った。
『危ないよクリーデンス君、痛いのが好きなの?』
「ぼ…僕に、魔法を…」
『ん?』
「魔法を…教えてください…」
『……』
ポカンとするショスナト。
『君に、魔法を?』とクリーデンスの胸に指を差すとクリーデンスは小さく遠慮がちに頷いた。
ふと視界に入ったクリーデンスの手は震えており、ショスナトは杖を仕舞って意地悪く笑った。
『君は魔法使いが恐ろしいかい?それとも僕が恐ろしい?』
「…あ、貴方の…ようになり、…なりたい…」
思っていた返答と違った言葉に固まる。
しばし考え、唸った。
そんなショスナトをじっと見つめ続けるクリーデンスは落ち着かないのか手を胸元に当てている。
ショスナトはその様子にもう一度唸り、そして『分かった』とクリーデンスの肩に手を置いた。
「、」
『クリーデンス君。君の記憶は消さないでおく。
だけど誰にもこの事は言っちゃいけない。この約束が守れる?』
「はい」
『よし。良い子だ。』
満足したように肩を叩くショスナト。
クリーデンスは表情が幾分か和らぎ、それを見てショスナトも微笑んだ。
「また………会え…ますか…?」
『もちろん。君は僕を忘れてないからね。』
笑ってショスナトはクリーデンスの横を通り過ぎる。
クリーデンスが振り返ってその背を見ていると、ショスナトは風の音と共に姿を消した。
「………」
その場で立ち尽くすクリーデンス。
触れられていた肩にまだ何か触れているような、違和感。
それが嫌ではなく、寧ろ心が落ち着く感覚。
目を瞑ると、彼の名前を胸の中で唱えた。
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20161130
20230908添削