Brinicle
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私が生まれた時。
眼前には数名の科学者と生みの親であるアイザックス博士がいた。
私は忘れない。
私が生まれたその時、博士はとても誇らしそうに優しく服を着せてくれた。
だが、博士は私が生まれたのはもっと以前の事だと言う。
その時の記憶は私には無いし、まだ知能指数が赤ん坊と同等だった時の事らしいので私とは全く別の者の話だと感じる。
必要がない記憶。思い出せない記憶。他人の記憶。
そんな記憶を、博士の部下ウェスカーは「美しい」と忘れないでいる。
◇
「テストとは違う。噛まれても平気だからと言って気を抜かない事だ」
『テストでも気は抜かない』
サンプルを取ってくるように博士に命じられた私は、ウェスカーと共に既に生存者のいない山奥の研究所に来ていた。
ウェスカーにとっては何度目かの出動。
私にとっては初めての外。
テストとは違うという嘘をわざわざ指摘する程気分は悪くなかった。
だからなのか、気を抜いたのか、私の身体は空を舞った。
吹き飛ぶ身体。
腕から腹部にかけての激痛。
壁に打ち付けられた背中は軋んだ。
目の前で挑発する様に舌を伸ばすリッカーが私の血が付いた足でゆっくりと近付いてくる。
私の頭には、数多の兵士の戦闘記録がインプットされている。
そのお陰でどこを狙うべきかも狙われるかも熟知していた。
だが、傷というのがこんなにも痛いものだとは知らなかった。
『間に合わないのに律儀な身体。』
ウイルスのお陰で驚異の回復能力と再生能力を得ておりじわじわと治っていく身体。
だがそれでも身体はビクとも動かず、目の前のリッカーから助かる術はない。
大人しく目をつぶって、最期に自分の至らなさを博士に詫びた。
だが、最期の血飛沫をあげたのは目の前のリッカーの方だった。
その死体を踏んで近づいて来たウェスカーは、私を易々と抱えまた歩き出す。
「放っておけば治るのだから便利が良いな」
隠しているようだが容易く見破れる程には酷く疲労しているウェスカー。
大体他のフロアに行った筈のウェスカーが此処に居ることもおかしい。
『私の回収は死んだ後でも良かったでしょう』
「望みは死か。博士も驚くだろうな。」
『お前まで死んだらデータを誰が博士に届ける?使えない私は不要品だ』
「不要品?何を言ってる。使えないお前だろうが私には必要だと教え込む為に助けてやったんだ。」
それで全て答えたとでも言うように、ウェスカーはすっかり回復した私を下ろし任務を遂行しに向かった。
―ウェスカーは私という個体にある感情を抱いている。
それは多分好奇心に似たもので、好奇心なんてほんの少しの事が原因で湧き起こる人間のバグみたいなもの。
!人間である証。
だからウェスカーのそれは何も特別だと思わない。
今まではそれで何とも感じなかった。
今も、何とも感じない。
彼は私に、"私"を重ねている。
私の思い出せない私。他人の物に感じる私。
ウェスカーは"私"が生まれた時、誇らしかったのだろうか。
待ちに待ったと喜んだだろうか。
そして私を見て、"彼女"を失ったと憎んだのか。
考えた所で答えは出ない。私は彼とは違う。
それに私は"私"を忘れてしまったのだ。
それでも、ウェスカーは私を見つめるのだ。
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2017
20230831添削
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