蛾と梟
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最近巷では辻斬りが有名らしい。
「昨日テレビでやってた。他にもやられてたけどホラ、隣町の美人女将が斬られたんだってよ。」
『まぁ美人女将が…それはこの美しい私も気をつけないとですねぇ』
「背中からバッサリってんだから見境が無ぇぞ。となると確かにショスナトちゃんも襲われるかもだな」
『あら…。店長ー!こちらのお客さま、串10本追加らしいです!』
厨房にいる店長の愛想のない返事を掻き消す様に、注意喚起と悪口のハイブリッドを投げてきた常連のオヤジが悲鳴をあげた。
いつもの光景。
他の常連客も笑っている。
その中を私は大量の団子を持って動き回る。
「ロクな死に方しねぇぞショスナトちゃん…」
『へい毎度。』
睨まれながらもにこりと笑う私に、呆れて同じく笑う団子に囲まれたオヤジ。
名前は知らない。
他の常連客の名前も、ほとんど知らない。
だけど私にはまるで家族みたいに大切で、この平和な日常がとても好きだった。
『あらこんばんは。』
「…アンタか。こうもすぐに会うと付き纏われてんじゃないかって不安になってくるね」
『あはは。最近辻斬りが出るって噂聞いたからさ、この辺暗いし会うかなーって。』
「なんだ。本当に付き纏われてたのか。怖いねェ。」
呆れた声を上げるのは岡田似蔵。
以前会った彼と同じく、今日も血の匂いを身体中からさせている。
手にした刀から滴る血。
暗い路地でうっすらと月明かりに照らされる足下には1人倒れているように見えた。
『今日の人斬りは終わり?』
「今日の依頼はこれだけだよ。相手してくれるかィ?」
『パス1。っていうか依頼受けたりするのか。ただの趣味かと思ってた。』
おつかれ、とまだ開けていないコーヒーを投げようとして止めた。
似蔵が盲目というのをどうも忘れてしまう。
「人斬って金が貰えりゃ良い事尽くしだろ」
『趣味じゃ腹は満たされないしね。』
「アンタ程の腕はないからね。それ程腹は膨れんが、まぁ無いより良い。」
『私だってそう依頼は無いさ。お陰で副業の方が本業みたいになってる。』
袖に鼻を近づけると団子の甘い匂いが漂ってくる。
このまま依頼がない日が続けば、団子屋一本で生きて行くのも良いかもしれない。
『…で、仕事を選ばなさそうな辻斬りさん。依頼主はまともそう?』
「さてね。俺にとっちゃそっちが本番だ。今回は特に。」
こんな仕事をしていると依頼主から命を狙われるなんて事はよくある。
証拠を消したい気持ちは分からなくもない。
私だって、顔を見られでもしたら依頼主を殺してしまう。
微かであっても疑念は残せない。
『似蔵はちょっと気に入ってるしなぁ…。死なれちゃ寂しいし、手伝う?』
「自分の尻は自分で拭く…と言いたいがそうだねェ…アンタがいりゃまだ生きられそうだ。
それにアンタの戦う姿を間近で見られるってのは中々…魅力的なお誘いだね」
どうせ断られると思っていたのに予想外の返事に驚いた。
今日で会ったのは2回目。
私達に信頼関係なんてものはないし、ただの商売敵だ。
『もしかしてそんなにヤバいの?』
「一応ボスの女に手を出した、なんて在り来りなもんだがね。…どうも臭うのさ。」
『お鼻スッキリしながら言うとか狙ってるだろ。絶対笑わないぞ。』
冗談を言い合う関係どころか真面目に話す関係ですら無いような私に、この男は何を考えているんだろう。
ぼーっと見ていると似蔵が刀の血を振り落とした。
その血が横に転がる死体に飛び、何となく見たことがある様な着流しに足が向く。
「なんだ?」
『嘘か誠か、ボスの女に手を出したとかで殺された男の顔見てみようかなって』
うつ伏せに倒れた男を軽く蹴る。
ごろん、と転がって仰向けになったその男の顔は、いつもより白かった。
『……』
「アンタのお眼鏡にかなう顔だったかィ?」
『そうだね。…なんていうか、…団子屋に週2で通ってそうな顔してる』
「なんだいそりゃあ」
見開かれた目に手を被せる。
冷たい感触に、私の身体も冷えていくような気がした。
「明日の夕刻依頼主に会う」
『分かった。…偶然とはいえこの梟を敵に回したんだ。よく学ばせてやろう。』
「オイオイ、俺の獲物も残してくれよ」
『それはどうかな』