蛾と梟
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店に着くと店内がやけに寒く感じた。
『お、遅れ…ました…』
息が切れ、店内に漂う殺気となぞの緊張感で声が震えた。
店内は営業中だというのに随分静かで、普段賑やかな常連客もなりを潜めている。
誰も合わせてくれない視線を奥に向けると大魔王にしか見えないような大魔王が私を見据えていた。
まずい。
「おう、やっとショスナトくんのお出ましか。」
『ヒッ…』
団子屋侘助。
どこぞのナイーブな死神が持ってる刀みたいな名前をしているのに、その店長はこんなに客がいる中でも従業員をしっかり怒鳴りあげ息の根を止めようとくる結構やばい人だ。
以前は常連客達も「まぁまぁ、その辺で」なんて助け舟を出してくれていたが店長の矛先がその客に向くため今や誰も助けてはくれなくなった。
『すいません、本当にすいませんでしたもう本当ごめんなさい』
「以後気をつける様に」
そう言って店の奥に行く大魔王こと店長。
ホッとして近くの席に座ると肩を叩かれた。
「この前も遅刻してなかった?お前。飽きねぇな。」
『…銀こそその頭飽きないの?』
「うっせぇなこれは生まれつきなの!!!!」
耳元で叫ぶこの天然パーマの男。坂田銀時。
こいつも常連客の1人で店長の怖さを知る仲間。
「茶いれてやったってのに何だその態度。改めろ。改めて俺に団子及びその他を寄越せ。」
『ご注文の品を繰り返します。団子が20本、ぜんざいが20杯、わらび餅が、』
「オィイイ注文じゃないよ!?っていうか誰がそんなに食うんだよ!」
伝票に書きながら読み上げると慌てた銀にその伝票を奪い取られた。
ため息をついて近くの席につく常連客の皿から団子を取る。
『あのねぇ、ここは団子屋なの。
お前の様な金の無いゴミクズ野郎が敷居を跨いで良い場所じゃないんだよ?』
「辛辣過ぎない?え?いやホラ、茶出してやったろ?」
『ご自由にどうぞって張り紙してあるサーバーで注いだだけだろ』
「その人にもご自由にどうぞの張り紙でもしてあんの?」
奪った団子を頬張る。
相変わらず店長の作る団子は美味い。
『売上向上の為に頑張ってるこの看板娘に何か文句でもある訳?』
「いやいやいや!それ客のじゃん!?奪ってんじゃん!盗っ人だよ!お前よくそれで俺をゴミクズ呼ばわり出来たね!!」
『お客さん、追加した方が良くない?多分足りないでしょ』
「そうだなぁ…じゃあ1本追加しようかな」
『店長ー!こちらに2本追加で!』
「お前またこの人から奪う気じゃん!!!え!こわ!何でアンタも普通にしてんの!?怖い怖い!!」
ギャアギャアと喚き散らす銀。
貰ったお茶で喉を癒し、一息ついたところで立ち上がった。
『私今仕事中だから遊んでるヒマないの。ほら、森へお帰り』
「座って客の団子奪って呑気に茶飲むのが仕事中の看板娘のやる事っていうなら俺も今日から看板娘だコノヤロー」
厨房へ向かうと店長が丁度団子を携え出てくる所だったのでそれを受け取り1つ食べながら客に出す。
銀が看板娘。
一緒に働くのはちょっと楽しそうだが看板娘の立場は譲れない。
「おい店長、俺の方が看板娘に向いてるぜ。こいつクビにして俺を雇った方が絶対に良い。こいつ遅刻するし。俺は賄いパフェだったら何でもする。」
『ここは団子屋だ』
「看板娘?」
店長の前に身を乗り出す銀を片手に団子を持ったまま引っ張って止めるが力が強くて動かない。
事態がよく読めてない店長は笑いながら首を振った。
「ショスナトくんはうちの稼ぎ頭だからねぇ。おいそれと選手交代ってなァ無理だな」
『やったー!店長大好き!看板娘はやっぱり私ですよね!!』
「いや今店長稼ぎ頭って言ってたけど」
「ショスナトくんの出勤日は売上が良いんだ」
「いやそれ絶対客の団子こいつが食ってっからだよ」
『フッ、看板娘の名はお前にはまだ早いってことだ。出直せ。』
「お前はまずその左手に持った団子置け!!」
銀の言葉に店長がこちらを見てくるが、微笑むと微笑み返された。
これがイケメンなら恋が始まってしまう所だった。
あんなに命の危険を感じた大魔王相手にそれは危ない。
「お前ほんと、それダメだからね!?店長がいくら黙認してても犯罪だよ!?」
『店長!あなたの店に難癖をつける輩がここに!』
「ヒッ…!?」
私の声に店長の眉がピクリと動く。
さすが店長の怖さを知る男、店長の殺気にも既に気づいている。
「まてまてまて、違いますよー、俺はただこのバイトに、」
「ショスナトくんはうちの大事な稼ぎ頭だ。文句があるってんなら詳しく俺が聞こう」
「おい!やっぱり稼ぎ頭だよ看板娘なんかじゃ無、ぎゃあああ!!」
私の心を奪った大魔王が銀を投げ飛ばす。
看板娘と、それにちょっかい出してくる客と、守ってくれる大魔王。
そしてそれらをいつもの光景だと生暖かく眺めている常連達。
全くいつもと変わらない日常というやつだ。
『いやー、今日も平和だ。団子最高。』