その他短編
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ミッションによっては、こういう場面に遭遇する事もある。
『ねぇ、私と何する気?』
『何されたい?』
『…意地悪』
『言って。じゃないと、何もしてあげないよ』
イヤホンから聞こえてくる衣擦れの音と女の艶っぽい声。
『あなたの手、好きよ』
『俺もさ』
リップ音と混ざって聞こえる甘い吐息。
仕掛けた機器のお陰で映像も見ようと思えば見れるが、それは限界だった。
出来ることなら親友とターゲットの情事の全てが聞こえるこのイヤホンもさっさと外してしまいたい。
『…このままずっとこうしていたい』
『ショスナト…』
「……気持ち悪」
思わず本音が零れたが、そうは言っても以前に比べると慣れてはきた。
無意識に抱き合う2人を想像して変な汗をかく事も動悸が止まらないのも、前に比べれば少しは無くなってきて仕事に集中出来てる。
初めてこういった所謂ハニートラップを仕掛けるショスナトに遭遇した時の事は今でも鮮明に思い出せる。
気まずいったら無いし、とにかく衝撃的だった。
その時俺は動転してミスしまくり。
なのにショスナトは薬で眠らせたターゲットのグロスを襟に付けた姿で『変な顔。腹減ったの?』なんて訊いてきて本当に恥ずかしかった。
今だって俺や仲間達が聞いてると知ってるのにショスナトは凄く自然だ。
なんなら楽しんでるようにさえ聞こえる。
他の仲間が忍び込む為の時間を稼いでくれとは言ったけど、それはもう十二分に稼げてる。
別に切り上げる必要は無いけど、続ける必要だって無い筈だ。
そもそもショスナトならもっと他の方法でも上手くやれたんじゃないか?
▽
「ただいまー」
「うわっ」
何も聞こえないイヤホンを指で転がしていると後ろから気まずい声が聞こえて、振り向くと案の定ショスナトが立っていた。
女物の悪趣味な強い香水の匂いを漂わせながら隣の椅子に腰掛けるショスナト。
彼は何も気にしていないみたいだけど、考えないようにすればする程先程の2人の声が蘇ってくる。
「おつかれ様。今回も完璧だったね」
「ラクな任務だったよ。ターゲットは元トップモデルだったし、目の保養っていうかさ」
「……」
少し嬉しそうな声色。
モヤモヤして顔を見る気になれずモニターに視線を向けるけど、ショスナトは気にした風でもなくベラベラと楽しそうに話しかけてくる。
「でも見た?腰のタトゥーがゲルニカみたいで、」
「ショスナトってさ」
「お、なんだ?」
「…ほんと最低だね」
「えっ」
幾つかの金属の跳ねる音がして下を見たらショスナトの持っていた偽の身分証と車のキー諸々が落ちて足元に散らばっていた。
見上げたらショスナトが魚みたいに口をパクパクさせてる。
少し面白くて見てたけど、どうもこれはショックを受けている顔みたいだ。
初めて見た。
でも最低は最低だ。
俺はこんなに気まずくて胃が痛みそうなのに気を使ってるってのに。
まさか見てると思ってたなんて。コノヤロウ。親友のベッドシーンなんてどんな顔して見ろって言うんだ?
「べ、ベベンベンジー?」
「それ破損したら弁償だろうから気をつけて。じゃ、おつかれ様。」
「待て!ベンジーっ!」
我ながら大人気ないけどもう知らない。
大股で操作室を出て廊下を進んでたら、後ろからショスナトの情けない叫び声が聞こえてきた。
「ごめんって!ベンジー!ごめん!」
この感じは凄く焦ってる。
いつもはスマートにキメてるくせに。
多分きっと他のエージェント達も驚いてる。
「…いつも俺が褒めると思ったら大間違いなんだからな」
たまには調子に乗ったショスナトを諌めるのも、親友の俺の大事なミッションだ。
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20241012加筆
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