その他短編
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不覚をとったと気付いたのは、背後で氷漬けになったチタウリの兵が崩れ落ちた時だった。
その氷の残骸の向こうからこちらに歩いてくる冷たい瞳の青い彼。
彼の歩く跡は凍りつき、後ろには原型も留めない多くのチタウリが氷漬けにされていた。
思わずゾッとするような光景に息を飲む。
そんな私に、歩いてくる彼はまるで子供に見せる様な優しい笑顔を浮かべる。
いつだって変わらない優しい声で、『スティーブ、平気かい?』と囁いてくる。
そんな彼が、私は嫌いだった。
…なのに、最近は何故か彼の少しだけ低い声が耳に響く度、ドクンと心臓が脈打つ。
今だって「平気だ」と答える声が震えて、周囲を警戒する振りをして目線を逸らした。
『慌てたから少し軌道がずれたんだ。当たらなかった?』
「いいや。…助かった。」
「ありがとう」
そう続けると視界の端で捉えているショスナトの顔があからさまに喜びの表情を浮かべた。
彼は私のこんな上辺だけの言葉にさえ機嫌を良くする。
冷酷で非情なこの男は、まるで子供みたいに反応を示して何度だって告げるのだ。
私を愛してる。と。
「…君はここに攻めて来たのがチタウリじゃなかったらどうしてた?」
『へえ?嫌な訊き方だなスティーブ。お前らしくない』
ショスナトはそう言いながら、近付いてきていた敵を凍らせた。
そして続けて、
『俺はヨトゥンヘイムが攻めてきても同じ事をする。』
そう言って照れくさそうに笑った。
『スティーブがいなければこの世界の全てに価値なんて無いからね。守るよ。』
「…地球を?」
『お前が望むのはそういう事だろ?』
否定すると思って敢えて地球なんて言った。
「ちがう」「スティーブを」そう言うと思った。
なのに彼は肯定して、真剣な顔で私を見つめた。
その目が悲しそうに見えたのは、気の所為だと思う。彼はすぐにいつもの笑みを浮かべている。
『俺が生き延びてても、この星の人間が皆死んでたらスティーブは死ぬんだろ』
『俺を残して』そう言った彼の笑顔が胸を締め付ける。
一体、どんな言葉を期待している?
何故だか無性に腹が立つ。
まるで愛された事がなく、なのに本当の愛とやらを自分だけが理解しているようだ。
それはつまり私の事を考えているようでいて実のところ全く考えていない。エゴだ。
「…君とは分かり合えそうにない」
『俺はお前とだけ分かり合いたいけどね』
いつもの屈託の無い笑顔を浮かべる彼がそっと私の頬に手を伸ばした。
触れれば凍りつく彼の身体は、私の肌に触れはせず空気を撫でる。
ゆっくりとその手に自分の手を重ねてみると、確かに冷たかった。
こうしていれば、彼の手は暖まるのだろうか?
それとも私が凍りつき、永遠に彼のものになるのだろうか?
そんなことを考えていると彼の手が離れた。
『続きはベッドで』と冗談を言って、敵の元へと駆けて行く。
残るのは、手の中の冷たさ。
グッと握り締めると熱が戻った。
彼の温もりは、跡形もない。
あぁ、やっぱり私は彼が嫌いだ。