その他短編
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仕事を終え帰宅したショスナトは部屋に入った途端感じる人の気配に身を固めた。
そして、小さな溜息。
『今日は何の用?』と照明を付けながら男の座るソファに目を向けた。
「なんだ、今日は驚きも俺をソファに押し倒しもしないのか?」
『お前が喜ぶような真似はしない』
「俺はお前が鍵を変えなかった事に何より喜んでるよクライスラー」
ニタァ、といつものイヤラシイ笑みでショスナトを見上げる東。
ショスナトは面倒だと顔に全面に出しながらコートを無造作に椅子へ投げた。
ポンポン、とソファを叩く東。
「まぁ座れよクライスラー。今日は土産もある」
『…』
東を睨みつつ、近くの壁に寄りかかり動きを止めるショスナト。
「つれないな」と東は大して残念そうにもせず立ち上がるとキッチンへ行き箱を持って戻ってきた。
腕を組む振りをして内ポケットのナイフを握るショスナト。
東は知ってか知らずか、ショスナトを見て微かに笑うと箱を開けた。
中から出てきたのはホールのケーキ。
『…何のつもり?』
「鍵を変えなかった御褒美さ。お陰で俺はすんなりこの部屋に入れた。」
『変えた所ですんなり入って寛いでいたくせに』
「クライスラー…お前のくれた鍵で入れる喜びに勝るものがあると思うか?
それにお前は倉木にも津城にも話さなかった。随分一人立ち出来てるじゃないか。
可愛いお前に御褒美をあげたくなったって、仕方無いだろ?」
いつの間にか持っていたフォークをケーキの真ん中に勢いよく突き刺す。
ゆっくりと持ち上げ、先に刺さったケーキをショスナトを見ながら舐めとった。
微かに眉間の皺を濃くするショスナトに向けられるケーキの刺さったフォーク。
「食べろ」との意味は理解した上で、ショスナトは微動だにしない。
東は微動だにしないショスナトから目を離さず、フォークを投げ捨てると乱暴にケーキを手で掴み取った。
立ち上がりショスナトに近づく東。
『…同じ質問は嫌いらしいけど、目的は何?』
「ムードの無いやつだ。前にも答えたろ?」
『答えになってない。答えるまで同じ質問を繰り返すぞ』
「俺も何度だって繰り返してやるよ。それでお前が悦ぶなら。」
掴み取ったケーキを林檎でも齧るかのように食べる東。
壁に背を付けたショスナトの目の前、服が当たり温もりが伝わる距離に詰めるとショスナトの口元に持っていたケーキをぬすくりつけた。
顔色を変えないショスナト。東は嬉しそうに目を細め喉の奥で笑った。
「嬉しいよ。お前の成長は、俺をこの上なく興奮させる」
べろぉ、とショスナトの口元のクリームを舐めとる東。
ショスナトは驚愕して東の胸を咄嗟に押すが東の手がそれを阻む。
逃げようにも背は壁にピッタリとつきどこにも逃げ道はない。
その間にも東は段々笑い声を大きくしながらショスナトの額に自分の額を押し付けた。
ショスナトの視界にはいっぱいに東の顔。
口元や髪にまでクリームを付けた彼は今まで見た中で一番面白そうに笑みを濃くしていた。
不意に東の手が胸元に伸びる。
身をこわばらせたショスナトのジャケットの内側に手を差し込み、先ほどのナイフを取り出し後ろに放った。
『…離して』
「お願いか?どうしたんだクライスラー、前みたいに俺を制圧してくれよ。
それともこうしてケーキを食べてる方が良いのか?」
『っやめろ!っ』
頬に舌を這わす東。
目はまるで違う生き物のように暗く冷たくショスナトの目を見つめ続け、高い笑い声と息が耳を震わせた。
気持ち悪い、とショスナトが必死に逃れようとすると身体が揺れて唇が触れ合いそうになる。
それも楽しいとばかりに笑い続ける東。
「…なぁクライスラー、俺も前と同じ質問をしよう。お前は俺の事を考えるか?」
『考えない。一切。お前の事なんて。』
「嘘をつくなよ」
グイッとショスナトの顎を持ち上げ、東は急に真剣な面持ちになる。
急に訪れる、顔についたクリームが重力に従い服や床に落ちていく音さえも聞こえてきそうな程の静寂。
返答に詰まり東の出方を窺うショスナトはゆっくりと近付いてくる東の顔に張り付くクリームと髪を眺めた。
「お前は自分が理解していないだけで、お前は俺を求めているんだ。
だからこうして俺の腕の中に収まって平気な顔でいる。
…おっと!お前は俺の出方を窺ってるだとか言うんだろうが、違う事には自分でも気付いている筈だぞ。」
『…好きに妄想すると良い。私には変態の思考は理解出来ない。』
「そうさせてもらうよ」
『っ、!?』
ショスナトの唇に、自分の唇を押し当てる東。
驚いて固まるショスナトをよそに離れた東はにんまりと満足そうに唇を舐めると以前同様、くるりと身を翻し玄関へと向かった。
カチャン、とトレイに何かがぶつかる音。
そして続く、扉の開閉する音。
静寂。
ショスナトは暫く固まって、ハッとして玄関に走る。
そこは既に無人となり、トレイには一時期間行方を眩ませていたこの部屋の鍵の姿。
『…何だっていうの…』
鍵は返ってきた。
だがこの前と違う、何か違うものがまだ残っている。
もやもやとするのは口元で乾いてきたクリームのせいだろう。そうショスナトは言い聞かせた。
東の触れた感触が残る唇を、クリームを拭うフリをして強く袖で擦る。
ポッカリと空いた気がする胸を押さえ、それを埋めたくてナイフを拾ってポケットに入れた。
東和夫。
私はあの男を求めたりなんかしない。
絶対に。