その他短編
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仕事がひと段落ついたショスナトは久々の自宅に気を緩ませ、その為にリビングのソファに座る人物にすぐには気付かなかった。
「ヤァクライスラー。随分遅いお帰りだな。」
やぁ、と片手を挙げるその男に、ショスナトは驚きつつも即座に相手の動きを封じにかかった。
笑いながらいとも容易く腕を取られソファにうつ伏せに押さえつけられる男、東和夫。
『ここで何してる』
「ハッハァ!いきなりソファに押し倒すなんて大胆だなクライスラーっ」
『茶を飲みに来た訳じゃないだろ。それとも腕を折られに来たの?』
「そういう激しいのは嫌いじゃない。が、今日は遠慮させてもらうよ。」
『だったら何故ここに居るのか、目的を私に分かる様に教えて欲しいね』
「素直な奴は好きだ」
東はそう言うと隙をついてショスナトの腕からすり抜けた。
『っがっ!?』
ショスナトが慌てたその一瞬、東の膝がショスナトの腹部に入る。
続けざまに足を掬われ、ショスナトはバランスを崩し床に転がった。
「簡単な事さ。面白いからだ。」
『面白いだと…ぐっ!』
起き上がろうとするショスナトを勢いつけて蹴り上げる。
咳き込むショスナト。東はそれを嬉しそうに眺めた。
「良いねぇ、俺はそういうお前の姿をずっと見ていたい」
『ケホッ…わざわざ私が、ゴホッ、床に転がる姿を見て、笑う為に来たって…?』
「そうさ。…何かおかしいか?
俺のお気に入りは倉木だけじゃない。俺はお前の事もだぁい好きなんだ」
『反吐が出る』
ドスッという重たい音が部屋に響く。
ショスナトの咳き込む声と重なる東の笑い声。
「クライスラー…お前は倉木に似ている。だが俺とは似てないんだ。どうしてだと思う…?
俺には分からない。あいつは俺とよく似てるのに、お前はあいつとしか似てない。お前の好きなのはそういう所だ。
…お前を見ていると、倉木が重なって、凄く…」
もう一度勢いよくショスナトの身体を蹴り上げる東。
痛みで呻くショスナトは苦しさから生理的な涙を目に溜めながら睨み上げる。
それを東は至極嬉しそうにしゃがみ込んで見つめた。
「虐めてやりたくなるよ」
『…イカレ野郎とでも言われたら満足?』
「お前が俺を表す言葉なら、何だって最っ高に嬉しいね」
『…』
口を三日月の様に歪めたままショスナトの顔にかかった髪を優しく避けてやる東。
ショスナトは東の言動の意味を考えながらも、考えるだけ無駄なのかも知れないとはんば諦めた。
「なあクライスラー…一つ聞いていいか?」
『倉木警部の事なら何も話さない。』
「妬くなよ。聞きたいのはお前の事さ。倉木の事は倉木に聞くよ。」
その内ショスナトの髪を梳いていた東が不意に髪を掴み、自分の眼前にショスナトの顔がくるよう引き上げる。
痛みに自ら顔を近づけ顔を顰めるショスナト。
「俺の事を、お前は考えるか?」
『…何?』
「仕事じゃない。ただ、俺だけの事を、お前は少しでも考えるか?」
質問の意図が読めず答えないショスナトの目をじっと見つめる東。
『…お前なんかの事を考える程暇じゃない。』
「そうか。残念だ。」
『どういう意味?』
「そのままの意味さ。…お前は何でも聞きたがる。倉木と一緒だな。お前の方が何倍も素直だが。どちらも俺の好みには変わりない」
『答えになってない』
「少しは自分で考えろ。そんなんだからいいように使われるんだぞ?」
ピンッとショスナトの額を指で弾く。
ショスナトが不快そうに顔を顰めると東は笑いながら立ち上がり、ショスナトに背を向けた。
「まだまだお前とのおしゃべりを楽しみたいが、生憎忙しくてね。」
『目的はなんだっ』
「同じ質問をするなよ、折角のデートが台無しだ」
チチチ、と舌を鳴らし人差し指を振る。
床に座り込んだままのショスナトは東を追う事はせず、そのまま玄関へと向かう背中を睨んだ。
「また来るよクライスラー。それまで死ぬなよ」
『お前が死ぬのをこの目で見届けるまで死なない』
「そりゃあ良い!」
両手を広げ背中を反らせながら笑う東は玄関脇にあるトレイから鍵を一つ取ってショスナトを振り向いた。
「この部屋の鍵だろ?」と鍵をショスナトに見せる。
「貰っておく。変えるなよ?無駄な手間がかかるからな。」
『東…』
「じゃあなクライスラー。チャオッ!」
ショスナトが何か言いかけると身を翻し扉を開け放って出て行く東。
廊下に響く不愉快な笑い声。
ショスナトは扉を閉め、トレイから消えた鍵を考えて頭を抱えた。
何がしたいのかまるで分からない。
意味の無い行為では、決して無いだろうが。
『明日倉木警部と津城警視正に話さないと…』
鍵は変えれば良い。引っ越すのも良いだろう。
だが東がそんな程度で揺らぐ訳もない。
厄介な奴に目を付けられた。
ショスナトはもう一度鍵を失ったトレイを見て深く溜息をついた。
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