台風だ!

 金曜日の放課後、みぺりはウキウキしていた。鼻歌を歌いながら軽やかに歩く。
 台風が接近しているのだ。朝からニュースで散々言われており、今日はずっと天候も危うい。「くれぐれも気をつけるように」と帰りのホームルームで担任が言っていた。
 本格的に台風が近づくのは夕方から夜にかけてらしい。
 まだ本降りではないものの、降り続く雨に期待せずにはいられない。足取りも普段の数倍軽くなる。いつもの通学路がきらきらして見える。
 階段を一段飛ばしで駆け上がる。

「ただいま! すぐ出るけど!」

 誰もいない部屋に元気な声が響く。
 みぺりはスクールバッグを置いて再び外に出た。私服には着替えず制服のまま。どうせびしょ濡れになるのだからわざわざ着替えなくてもいい。傘も置いていく。
 今は九月。暦の上では秋だけれど、まだまだ残暑が厳しい。
 ――ブレザー乾かすのはめんどいから、この気温でよかった!
 しかし今日は涼しい。台風がひんやりした空気を運んできたのだろう。

「もっと強まれー♪」

 だんだんと勢いを増していく雨に打たれながらみぺりは鼻歌交じりで歩いていく。行く先は定めず、ただ気の赴くまま。髪が、ブラウスが、水滴を吸い込んで肌に貼り付くが、気にしない。
 襟のリボンを外して、スカートのポケットにしまった。これから暴風雨を浴びるので、万が一なくしてしまっては困る。
 これが台風シーズンのみぺりの過ごし方だ。わざわざ外に出て激しい雨風を浴びに行く。駆け回ったり、踊ったり、ただじっとしたりする。叩きつけるような雨と唸り声を上げる風を全身で受け止める。
 何故好きなのか? ――はっきりとは説明できない。ただただ心の底から好きなのだ。
 これまで何度も台風浴を行ってきたが、体調を崩したことは一度もない。

「誰にも会いませんよーにっ!」

 なるべく高校から離れた方向を目指す。学校関係者には見つかりたくない。
 ――今のところ大丈夫だけど、念の為!
 誰かにこの趣味を知られれば、間違いなく止められる。こういうときは一人暮らしでよかった、と思う。
 でも、もしも誰か知り合いに見つかってしまったら。
 そのときは大人しく言うことを聞くつもりだ。きっと心配されるだろうから、その思いやりに反抗してまで続けようとは思わない。

「本格的になってきた!」

 雨足は強まり、風の唸り声も大きくなっている。呼応するようにみぺりのテンションも上がっていく。とりあえず今を楽しもう、と大きく前に踏み出した。
 しゅしゅしゅしゅ、と効果音つきで拳を前に突き出す。空気を殴った両手は雨粒に包まれて空を切った。
 シャドーボクシングもどきをしながら踏み出した足が水たまりを踏んだ。水滴がすねに飛んだが、既に脚全体が濡れているので今更である。

「ぶよぶよだ!」

 もうとっくに浸水しきったスニーカーは水を含んで、歩く度に染み込む。普段の雨の日なら不快だが、今は全く気にならない。
 無人の小さな公園に入ったみぺりは、弾む心に任せて勢いよく駆け出した。地面に溜まった水と泥が跳ねる。
 くるっと回って華麗にターンを決める。上手くできたのでもう一度。
 心の底から楽しくなったみぺりは笑い出した。
 公園の中には、最近は見かけることの少ないジャングルジムがあった。駆け寄って登る。てっぺんに腰掛け、バンザイするように両手を空に広げた。

「恵みの雨じゃー!」

 高いところで雨を浴びるとより爽快な気分になった。顔を上に向け、目を閉じる。顔面に落ちた雨粒と、前髪を伝う雫が顎へと滴り落ちていく。
 口を開けて雨水を直接飲んでみる。

「薄ーい! あはは!」

 市販の飲料水よりは不味い。もっと神秘的な味をしていてほしかった。普通の雨とは違い台風は特別なのだから、とびきり刺激的で不思議なものであってほしい。
 開けていた口も閉ざしてみぺりは顔を思い切り横に振った。水滴が勢いよく飛ぶ。ツインテールがしなる。なんだか犬みたいだなあと思った。
 自分を犬に例えたら何だろうと考えてみる。
 ――元気そうな感じ? うーん?
 しばらく考えに耽り、そもそも犬種をあまり知らないのでよく分からないと結論が出た。

「わからなー、いっ!」

 叫んでジャングルジムから飛び降りる。転ぶことなく両足で見事に着地できた。両腕を勢いよく胸の前で交差させ、ドヤ顔でポーズを決めてみる。やっぱり猫かもしれない。
 自分が猫だったら何だろうと考えてみる。
 ――やんちゃな子猫とか? でも子じゃないなあ……。
 種類ではなく色や柄ばかりが思い浮かぶ。
 やはりよく分からないと結論を出した。

「わっから〜ない!」

 走って公園から出る。そのまま走り続けてみる。腕を上げて忍者走り。しゅたたたっ、と効果音つきで。
 近くの道路にある水たまりの上を駆け抜けてみる。バシャッと思いっきり水が跳ねた。それが楽しくて、もう一度駆け抜ける。
 バシャバシャと飛び散る雨水は歓声を上げているようだった。

「あっはは!」

 水たまりには心から笑う自分の姿が映っている。
 両手を広げてくるくる回りながら歩く。気付けば住宅街に入っていた。辺りには誰もいない。むしろいたら困る。

「ガラガラだー!」

 空いているパーキングのど真ん中を陣取り、天へと叫んだ。
 強い雨が降り続いている。まだまだ時間はある。もうしばらくは楽しめる!
 みぺりは全力で飛び跳ねた。


 * * *
 

「雨強くなってきたな……」

 ベランダに置いていた鉢植えを持ちながらべきせは呟いた。台風の被害に遭う前に、外の植物たちを全て室内に避難させなければならない。
 植物が好きで家の中にも外にも植木鉢を置いている。中身はほとんどがサボテンだ。

「それにしても、こんなにあったか……?」

 いくつかは移動させたものの、まだまだ外には植木鉢が並んでいる。衝動のままに買い求めていたら、かなりの数になってしまった。
 それでも世話はしっかりとしている。一つ一つ様子を見ては水をやったりやらなかったりして、話しかけている。返ってくる言葉はないものの、そのほうがよく育つと思っている。

「おっと」

 一際強い風が吹き抜けた。
 雨だけでなく、風も強くなってきた。開けっ放しにしている窓がガタガタ鳴っている。急いだほうがよさそうだ。
 何気なく外を見やる。マンションの中程の階なので、そこそこの範囲を見渡せる。

「――ん?」

 やや離れたところにあるパーキングに人影が見えた。車を取りに行く人かと思ったが、どうやら違うらしい。空いたところで何やら変な動きをしている。
 体をくねくねとよじらせたり、謎のステップを踏んだりしている。もしかして踊っているのか。台風なのに?

「酔狂なやつもいるんだな」

 きっとかなりの変わり者だろう。願わくば関わりたくない。
 べきせは作業に戻ろうとした。が、何かが引っかかる。踊る怪人物のほうに再び視線を向けた。
 目を凝らす。
 青い二つ結びの髪が揺れている。制服を着ている。女子学生らしい。……なんだか見覚えのある姿だ。それどころか――。

「知ってるやつだった……」

 全体的に青い女子高生――みぺりだ。そこまで深い関わりはないものの、知らない仲でもない。
 一体何をしているのか。何故この台風の中出歩いているのか。頭がおかしくなったのか。非常に気になる。
 しかし声が届く距離ではない。この大雨ではあらゆる音がかき消されてしまう。だからといってわざわざこの悪天候の中を突っ切ってまで行きたくはない。
 ――まあ、じきに帰るだろ。いつまでも外で踊ってるわけないよな。
 そう思い込んで作業を再開する。外に出しっぱなしの鉢植えたちが、室内にしまわれるのを待っている。


 ベランダと室内を黙々と往復し、全部で十数個もの植木鉢を運び終えた。
 雨足はあれから更に強くなっている。叩きつけるような雨が降り注ぐ。日は落ち、外はだんだんと暗くなりつつある。
 ふと、闇に埋もれかけている下界を柵から見下ろす。
 みぺりのいたパーキングには、やはりもう誰もいない。流石に帰ったな、と安堵しながら室内に入ろうとしたそのとき。
 視界に再び人影が引っかかった。

「――え?」

 向かいの道路に、いる。空を見上げてじっとしている。まるで雨をシャワー代わりに浴びているようだ。

「本当に何してるんだ……。何だあいつ」

 こんな台風の中、わざわざ外に出たくはなかった。なかったのだが……。
 ため息をついてべきせは玄関に向かった。



「ホラゲの怪異みたいだぞ」

 雨音にかき消されないよう声を張ると、みぺりの青い目がべきせのほうを向いた。変な形の瞳孔が、普段より輝きを増している。
 傘に入れるか迷って、やめた。みぺりは既に全身ずぶ濡れで、もはや雨具を使う意味はないだろう。

「ついに知ってる人に見つかってしまった!」
「そりゃ人んちの前で突っ立ってたらな」
「あ」

 みぺりは向かい側のマンションを見上げた。今気付いたらしい。

「いつから見てたの」
「パーキングで踊ってたのは見た。その後は知らないが」
「目撃されてしまったからには生かしておけない……。倒さねば」
「倒すな」

 謎の構えを取るみぺりを止める。この少女の妙なノリは大雨を浴びて頭がおかしくなったわけではなく、元々だ。
 それにしても。いつから外にいるのだろうか。濡れネズミなみぺりは晴れの日と同じように平然としている。

「傘もささないで何してたんだよ」
「エンジョイしてた。せっかくの台風なんだから全身で楽しまねば!」
「……何だって?」

 雨音で聞き取れなかったわけではなく、純粋に言っている意味が分からない。聞き返すとみぺりは笑いながら言った。

「台風の日だけの趣味! 雨を浴びまくるんだ!」
「はあ」

 意味不明だ。しかしパーキングでくねくね踊っていたときのみぺりはなんだか楽しそうだった。
 人に迷惑をかけないのなら好きにすればいい。だが。
 ――迷惑よりも心配をかけてないか?
 
「頭おかしいな。――寒くないのか?」
「全然大丈夫! もっと強まってもいいかな! ――っ!」

 動きを止めたみぺりは横を向いて盛大なくしゃみをした。そしてべきせに向き直り、続けてもう一度。

「寒いんじゃないか」
「誰かに噂されてるのかも」
「台風なのに外で踊ったり突っ立ってる人がいるって?」
「うう……。そう言われたら寒くなってきたよ」

 両腕をさすっている。顔色も青白い。とりあえず屋根の下に行ってほしい。見ているこちらが心配になる。

「大人しく帰ったほうがいい。帰れるか?」
「だいじょぶだいじょぶ」
「寄り道するんじゃないぞ」
「それはー、善処しますって感じで――っくしょん!」

 目を泳がせながら三度目のくしゃみをかますみぺり。
 本当にまっすぐ帰るのか、かなり怪しい。更に、本人は大丈夫と申告しているが、徒歩で帰るには天候も酷い。
 ――しょうがないな。

「緊急避難だ。ついてこい」
「心得た……」

 大人しく後ろに続いたみぺりを引き連れてマンションに戻る。
 入口で髪や服を絞るみぺりからものすごい量の水が出ていたため、思わず人間の吸水性について考えてしまった。
 エレベーターに乗り、自分の階へ。降りたらフロアの端のほうに向かう。端から二番目のドアの前で止まる。
 道中で誰とも出くわすことはなかった。

「待ってろ」
「ウィ」

 水を滴らせるみぺりをドアの前で待たせ、べきせはタオルを取りに入った。
 すぐに戻ってみぺりにタオルを被せる。

「ありがとー」

 ワシャワシャと髪や顔を拭く姿を見てふと思った。
 ――女子高生、しかもずぶ濡れはまずくないか?
 心配する気持ちが百パーセントだが、成人男性が女子高生を家に入れるのは非常によろしくない。せめて同性だったなら――。
 フロアの端、つまり隣に位置するドアを見る。
 隣室の角部屋には、べきせと歳の近い女が一人で住んでいる。隣人なだけあって関わる機会も少なくはない。
 そして彼女はみぺりとも親しい。
 ――あいつに丸投げしてしまおう。そのほうがいい。
 適材適所だ。
 チャイムを押した。数秒待つ。……出ない。
 もう一度ピンポン。……やはり出ない。
 扉を叩く。…………人がいる気配すらない。

「肝心なときにいないのかよ」
「どこ行ってるんだろうね?」

 みぺりがタオルを頭に被せながら近寄ってきた。

「前から不思議に思ってたんだけど、何の仕事してるんだろう? 隣なら知ってる?」

 あの隣人――妥木だぼくの職業。言われて気付いたが、知らない。記憶を掘り返してみても、仕事関連の話を聞いた覚えはない。

「聞いたことないな……。服飾関係じゃないか?」
「なるほど? いつもコスプレっぽい格好してるし、いっぱい服持ってるもんね」

 確かに妥木はいつも変わった服装をしている。ウェイトレスやらチャイナ服やらなんやら。
 見かける度にそんな感じなのですっかり慣れてしまっていた。しかし、よく考えれば謎である。何なんだ。
 そして彼女の部屋の様子を思い出す。ものすごい量の衣類が、重なって地層を形成していた。以前、なんやかんやあって片付けを手伝わされたこともある。

「まあいい。――入れ」

 いないのなら仕方がない。諦めて腹をくくったべきせは自分の部屋のドアを開けた。促されたみぺりが「お邪魔します」と入る。
 みぺりが水を吸いきって変色したスニーカーを脱ぎ、廊下に上がろうとするのを「待て」と止めた。
 ――そのまま入られると床が濡れる!
 脱いだスニーカーの上で大人しく爪先立ちしているみぺり。それを横目にタオルを持ってきたべきせは床にしゃがみ込んだ。

「靴下脱げ。足を出せ」
「え゙」
「床が濡れるだろ。いいから」
「う、うん」

 恐る恐るといった様子で従うみぺり。その足首を掴んでタオルで拭いていく。
 まるで幼子の世話をしているみたいだ、と思った。年は違えど子供には違いない。

「あわわ……」

 頭上から降ってきた妙な声に顔を上げる。
 真っ赤になったみぺりが慌てていた。靴下を持つ両手がプルプル震えている。
 何でもいいが、ちゃんと立っていてほしい。べきせは淡々と手を動かしていく。
 両足とも拭き終え、ようやく廊下に上がることを許可する。みぺりは「ははーっ」と平伏する真似をしてからぺたぺたと歩き出した。
 そのまま浴室に案内する。
 ――掃除はしてあるし、人を入れても問題ないよな……?
 浴室の状態を思い出しながら脱衣場の扉を開け、みぺりを通した。

「服はこれに入れておけ」
「押忍!」
「空手部か?」

 白いビニール袋を手渡す。手近にあった替えの服も持ってきて置いておく。

「必要なものがあったら使っていいからな」
「イエッサー」
「ちゃんと温まるんだぞ」
「サー」

 敬礼するみぺりを置いてべきせは脱衣場を後にした。
 リビングに戻ると、掃き出し窓の前に並ぶサボテンに出迎えられた。まだまだ作業の途中である。外から避難させて置いただけの鉢植えたちをどうするか……。
 女子高生が家におり、シャワーを浴びているという事実を考えないように黙々と鉢植えを動かしていく。
 意識して作業に没頭する。


「上がりましたー……」

 声に振り返ると、みぺりが部屋の入口に立っていた。黒いTシャツにズボン姿。べきせの服なためぶかぶかだ。頭はいつも通りの二つ結び。
 みぺりは物珍しそうに大量の鉢植えを見ている。

「すごい数だね! これ全部育ててるの?」
「ああ」
「意外と世話焼きなんだね!」
「意外とは余計だ。かなり人情派だぞ」

 胸を張って言うと、みぺりは首をかしげた。

「例えば?」
「大雨の中はしゃぐ生き物を拾った」
「わたしだね」
「……あとは暑さで死にかけのやつを救助したり、外で寝てるやつを起こしたり。猫の鳴き真似してるやつの猫探しを手伝ったこともあったな。――なんかいかれてるやつが多いな」
「それは多分ね――」

 指折り数えるべきせに対し、みぺりが呆れ交じりの視線をよこした。

「……何だよ?」

 続きを促すと、彼女は片眉を上げた。

「類友だよ」
「どこがだよ。こんな普通の人間はなかなかいないぞ」
「そうかなぁ?」

 部屋を埋め尽くす鉢植えを見ながら、明らかに不服そうな顔をするみぺり。
 ……これ以上話を続けても平行線のままだろう。べきせは目を逸らした。

「……まあいい。雨が弱まるまで好きにしてろ」
「了の承!」

 元気に返事をしたみぺりは近くの椅子に座った。頬杖をつく。べきせを見始めた。
 視線が突き刺さる。落ち着かない。一歩後ろに下がった。

「……照れるだろ」
「大人の観察。夏休みの自由研究にしようかなって」
「遅すぎだろ。九月だぞ」
「他にすることないんだもん」

 足をぷらぷらさせるみぺり。人んちに馴染むの早いな、と思った。

「高校生らしくSNSでレスバでもしてればいい」
「そんな野蛮なことしないよ! てかスマホ置いてきたし。水没したら困るから」
「……お茶でも飲んでろ。今出すから」

 鉢植えを蹴らないように気をつけながら冷蔵庫へ向かう。
 中を覗く。お茶は飲みかけのものしかなかった。代わりにキンキンに冷えた緑色の缶とコップを取り、みぺりの前のテーブルに置いた。
 みぺりは目の前の缶を一瞥してから手に取った。

「エナドリじゃん! エナドリをお茶と言い張る派?」
「それしかなかったんだ。いいから飲め」
「ありがたくいただきますけど!」

 みぺりは缶を開けてコップに注ぎ、勢いよく飲んだ。いい飲みっぷりだ。

「エナドリ好きそうだもんね。缶の日は袋いっぱいの空き缶出してそう」
「そんなことないぞ? 全然飲まないのによく貰うから、余ってるだけだ」

 おかげで家にエナジードリンクが増えていく。しかしべきせは炭酸があまり得意ではない。
 みぺりは意外そうな顔をした。

「人って見かけによらないね!」
「その通り。だから思い込みで判断するなって話だ。道徳の教科書に載ってもおかしくないぞ」
「それはどうかなぁ?」



 しばらくして、ふと窓の外を見る。雨は弱まっていた。このくらいなら歩いて帰れるだろう。

「そろそろ帰れ。寄り道するなよ」

 声をかけると、みぺりは立ち上がって窓を覗いた。

「そだね! お邪魔しました!」

 玄関に向かう後ろ姿を見てふと疑問が湧いた。
 保護したとき、みぺりは何も持たずただ雨に打たれていた。雨具の用意はあるのだろうか。

「傘は」
「持ってきてない!」

 元気な答えが返ってきた。元気すぎる。
 弱まったとはいえ、まだまだ雨は降り続いている。せっかく温まったというのにまた濡れて風邪でも引かれては困る。
 貸そうにも傘は一本しかない。持たせてしまえば逆にべきせのほうが困ってしまう。
 ――しょうがないな……。

「途中まで送る。どこかで傘買うぞ」
「ありがとう。何から何までお世話になりっぱなしだ!」


 * * *


 翌朝。自然と目覚めたべきせは窓を見た。台風一過なんてこともなく、まだ大雨が続いている。空はどんよりと薄暗い。
 午後には晴れてほしいと願いながらベランダに出て外を見る。道行く人はあまりいない。こんな天気の土曜日に出勤する人は可哀想だと思った。

「…………ん?」

 見覚えのあるシルエットが視界をよぎった。青い二つ結びが宙に浮いている。というよりも暴れている。
 その人物は忙しなく往来を走り回っている。まるで溢れ出すエネルギーを発散しているかのように。
 つい昨日、似た光景を見たような気がする。

「――またかよ!?」
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