匂わせ
「妥木 ちゃん!」
信号待ちの最中に突然声をかけられた妥木 は、振り返って声の主を見た。
知らない人物だった。かなり背が高い。そしてピンク色の髪という特徴的な女性だが、知り合いではないはず。
どうして自分の名前を知っているのだろう。恐る恐る尋ねる。
「……どちら様?」
相手は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににこやかな笑みを浮かべた。
「……あ! 自分、礎数 です。こっちの姿で会うのは初めてっすね」
「礎数さん……? あ、性別変わるって言ってたわね。――やっぱり背高いのね。女性で私より高い人、初めてかも」
「あはは、よく言われます。――いつか自分よりでかい人を見てみたいっすよ」
なんと知り合いの別バージョンだった。知り合いの別バージョンって何よと内心自分で突っ込む。しかしそう表現するしかないのである。
妥木の記憶にある男性版礎数の姿と、目の前の姿が重なる。確かに同一人物らしい。よく似ている。
「今はお仕事中? たしかなんでも屋って言ってたわよね」
「そうです! 覚えててくれたんですね。次の現場まで移動中っす」
青信号になり、妥木は歩き出す。礎数も隣に並んだ。同じ方向らしい。
「どんなことしてるの? 浮気の調査とか?」
「それは探偵じゃないっすか? まあやったことありますけども」
「あるのね……」
ははは、と礎数は笑った。明るい笑い方に、人柄が表れている。
「妥木ちゃんはランニング中っすね?」
「そう。この辺りはいつも通ってるわね」
「いつも走ってるなんてすごいっすね。自分はなんか始めても三日坊主っすよ。――あ、そうそう」
礎数が何かを思い出したように話を切り替えた。妥木は礎数の顔に目を向けた。
「妥木ちゃん、町外れに森あるの分かりますか?」
「え? ええ」
意外な質問に妥木は驚いたが、表に出さずに応えた。
「あの森ってなんかあるんすか? 兄貴が今度行くとか行かないとか言ってました」
どっちよ、と内心で突っ込みながら妥木は返す言葉を選ぶ。
「さあ……。でも結構大きいし、熊とかいそうじゃない?」
「あー! いそうですね。絶対危ないっすよね〜。何しに行くんだか……」
「お兄さん、研究所に勤めてるって言ってたわよね。その関係で?」
「んー、よく分かんないんですけど、そうなんじゃないすかね。そうでもなきゃ用事なんてないですよね」
「まあ、そうよね〜」
本当は熊とは違う意味で危ない怪物がいることを妥木は知っているが、言わないでおく。過去に軽い気持ちで森に入って酷い目に遭ったことも。思い出すだけで鳥肌が立つ。妥木は腕をさすった。
礎数の兄のことは分からないが、少なくとも礎数には危険な目に遭ってほしくない。
「その日暇だったら自分も着いてこうかなって考えてるんすよね。面白そうだし」
そんな妥木の気持ちとは裏腹に、礎数は自ら危険に近付こうとしていた。
「え……。何がいるか分からないし、やめておいたほうがいいと思うわ」
「やっぱりそうですか? そう言われると、悩むっすね〜」
「それにもし遭難でもしたらやばいわよ。白骨死体になっちゃうわよ」
「そしたら化けて出ますよ。うらめしや〜って。――まあ、その日がいつなのかも分かってないんですけどね。――お」
細い路地の前で礎数は立ち止まった。ここでお別れのようだ。
もう少し話したかったが、仕事中の人を引き止めるわけにもいかない。とりあえず、礎数の予定がしばらく埋まることを願いたい。
「走ってたところ邪魔しちゃいましたね。それじゃ、また!」
「丁度休憩しようと思ってたから、逆にありがたかったわ。……またね」
遠ざかっていく礎数の後ろ姿が消えるのを見届けた妥木は、再び走り出す。日差しが眩しい。
いつものルートの丁度折り返しを過ぎたところである。気合を入れて足を踏み出した。
信号待ちの最中に突然声をかけられた
知らない人物だった。かなり背が高い。そしてピンク色の髪という特徴的な女性だが、知り合いではないはず。
どうして自分の名前を知っているのだろう。恐る恐る尋ねる。
「……どちら様?」
相手は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににこやかな笑みを浮かべた。
「……あ! 自分、
「礎数さん……? あ、性別変わるって言ってたわね。――やっぱり背高いのね。女性で私より高い人、初めてかも」
「あはは、よく言われます。――いつか自分よりでかい人を見てみたいっすよ」
なんと知り合いの別バージョンだった。知り合いの別バージョンって何よと内心自分で突っ込む。しかしそう表現するしかないのである。
妥木の記憶にある男性版礎数の姿と、目の前の姿が重なる。確かに同一人物らしい。よく似ている。
「今はお仕事中? たしかなんでも屋って言ってたわよね」
「そうです! 覚えててくれたんですね。次の現場まで移動中っす」
青信号になり、妥木は歩き出す。礎数も隣に並んだ。同じ方向らしい。
「どんなことしてるの? 浮気の調査とか?」
「それは探偵じゃないっすか? まあやったことありますけども」
「あるのね……」
ははは、と礎数は笑った。明るい笑い方に、人柄が表れている。
「妥木ちゃんはランニング中っすね?」
「そう。この辺りはいつも通ってるわね」
「いつも走ってるなんてすごいっすね。自分はなんか始めても三日坊主っすよ。――あ、そうそう」
礎数が何かを思い出したように話を切り替えた。妥木は礎数の顔に目を向けた。
「妥木ちゃん、町外れに森あるの分かりますか?」
「え? ええ」
意外な質問に妥木は驚いたが、表に出さずに応えた。
「あの森ってなんかあるんすか? 兄貴が今度行くとか行かないとか言ってました」
どっちよ、と内心で突っ込みながら妥木は返す言葉を選ぶ。
「さあ……。でも結構大きいし、熊とかいそうじゃない?」
「あー! いそうですね。絶対危ないっすよね〜。何しに行くんだか……」
「お兄さん、研究所に勤めてるって言ってたわよね。その関係で?」
「んー、よく分かんないんですけど、そうなんじゃないすかね。そうでもなきゃ用事なんてないですよね」
「まあ、そうよね〜」
本当は熊とは違う意味で危ない怪物がいることを妥木は知っているが、言わないでおく。過去に軽い気持ちで森に入って酷い目に遭ったことも。思い出すだけで鳥肌が立つ。妥木は腕をさすった。
礎数の兄のことは分からないが、少なくとも礎数には危険な目に遭ってほしくない。
「その日暇だったら自分も着いてこうかなって考えてるんすよね。面白そうだし」
そんな妥木の気持ちとは裏腹に、礎数は自ら危険に近付こうとしていた。
「え……。何がいるか分からないし、やめておいたほうがいいと思うわ」
「やっぱりそうですか? そう言われると、悩むっすね〜」
「それにもし遭難でもしたらやばいわよ。白骨死体になっちゃうわよ」
「そしたら化けて出ますよ。うらめしや〜って。――まあ、その日がいつなのかも分かってないんですけどね。――お」
細い路地の前で礎数は立ち止まった。ここでお別れのようだ。
もう少し話したかったが、仕事中の人を引き止めるわけにもいかない。とりあえず、礎数の予定がしばらく埋まることを願いたい。
「走ってたところ邪魔しちゃいましたね。それじゃ、また!」
「丁度休憩しようと思ってたから、逆にありがたかったわ。……またね」
遠ざかっていく礎数の後ろ姿が消えるのを見届けた妥木は、再び走り出す。日差しが眩しい。
いつものルートの丁度折り返しを過ぎたところである。気合を入れて足を踏み出した。
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