まともなところもある
「本日もありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
「こちらこそありがとうございました! では!」
みぺりはとれもに見送られながら彼の店を後にした。
春が終わり、暑さを予感させる空気が全身を包む。
たまに客としてとれもの店を利用し始めて数カ月が経つ。普段はダメな大人の雰囲気を醸し出しているとれもの接客モードにもだんだん慣れてきた。
すっきりした耳に満足感を覚えながら、みぺりは鼻歌交じりで帰途につく。
なんとなく遠回りして帰ろうと、気分の赴くままいつもは滅多に通らない路地に入った。
ずんずん進んでいく。
「どこ行くの?」
向かい側から来た若い男が、すれ違う寸前で話しかけてきた。関わりたくないが、無視して因縁をつけられるのも困る。みぺりは足を止めることなく返す。
「家に帰ります」
「飲み行かない? ご飯でもいいよ」
「行きません」
着いてくる男と目を合わせないようにしながらみぺりは断る。早足になるも、まだ相手は付きまとってくる。
「ちょっとだけでいいからさ、行こうよ」
「行きません」
「そんなこと言わずにさあ?」
――しつこい。
撒こうにも距離が近いし、人通りもほとんどない。このまま家まで着いてこられたら困る。
というか、その前に身の危険を感じる。早いところ大通りに出ないとまずい。遠回りするんじゃなかった、と後悔が浮かぶ。
「ね、一回ちゃんと話そ? そのほうがいいって」
それまではみぺりの後ろを歩いていた男が、前に回り込んできた。道を塞いでみぺりの前に立ち、痺れを切らしたように距離を詰めてくる。
――やばいやばいやばい!
焦っていたみぺりは更に焦る。
大ピンチだ。絶体絶命だ。指先が冷えていく。どうしよう――!
「何してるんですか」
声がした。聞き馴染みのある声だ。
助かった、と反射的に思った。みぺりは落ち着きを取り戻し、状況を窺う。
男は不快感をあらわにして振り返った。
「誰?」
「その子の兄です」
「ほんとに? 違うっしょ?」
顔だけこちらに向けて確かめてきた男の横をすり抜け、みぺりは"兄"の背後に移動する。
「お兄ちゃん」
「です」
「……あ、そ」
興味を削がれたらしく、男は二人を睨めつけながら去っていった。
身の危険がなくなり、みぺりは胸を撫で下ろした。タイミングよく現れたとれもにお礼を言う。
「ありがとう! ほんとに助かったよ〜」
「何もされていませんか?」
表情はあまり変わらないが、心配そうな声色のとれも。
みぺりは明るく返す。
「その前に来てくれたから、大丈夫!」
「よかったです。――探したんですよ。忘れ物です」
とれもはスマホを差し出した。みぺりのものだ。店に忘れていたらしい。ありがたく受け取る。
みぺりがスマホをしまうと、行きましょうか、ととれもは歩き出した。そういえば外にいるのは珍しいな、と思った。
「送りますよ」
「ありがたい! けど、外にいて大丈夫なの?」
この細長い男性はこの季節になると滅多に自分の家や店から出ない。暑さに非常に弱いのである。
みぺりも特定の髪型でなければ天罰が下るという、生活に不利な特殊体質を持っているので、とれもには仲間意識を抱いている。
「今日はそんなに暑くありませんし、大丈夫ですよ」
「じゃ、お願いするね!」
一緒に歩くのは初めてかもしれない。何を話そうかな、とみぺりはわくわくした。
不意に、でも、ととれもは呟いた。
「もし私がやばくなったら、……なんとかしてください」
「荷が重いよ! いいけど!」
「こちらこそありがとうございました! では!」
みぺりはとれもに見送られながら彼の店を後にした。
春が終わり、暑さを予感させる空気が全身を包む。
たまに客としてとれもの店を利用し始めて数カ月が経つ。普段はダメな大人の雰囲気を醸し出しているとれもの接客モードにもだんだん慣れてきた。
すっきりした耳に満足感を覚えながら、みぺりは鼻歌交じりで帰途につく。
なんとなく遠回りして帰ろうと、気分の赴くままいつもは滅多に通らない路地に入った。
ずんずん進んでいく。
「どこ行くの?」
向かい側から来た若い男が、すれ違う寸前で話しかけてきた。関わりたくないが、無視して因縁をつけられるのも困る。みぺりは足を止めることなく返す。
「家に帰ります」
「飲み行かない? ご飯でもいいよ」
「行きません」
着いてくる男と目を合わせないようにしながらみぺりは断る。早足になるも、まだ相手は付きまとってくる。
「ちょっとだけでいいからさ、行こうよ」
「行きません」
「そんなこと言わずにさあ?」
――しつこい。
撒こうにも距離が近いし、人通りもほとんどない。このまま家まで着いてこられたら困る。
というか、その前に身の危険を感じる。早いところ大通りに出ないとまずい。遠回りするんじゃなかった、と後悔が浮かぶ。
「ね、一回ちゃんと話そ? そのほうがいいって」
それまではみぺりの後ろを歩いていた男が、前に回り込んできた。道を塞いでみぺりの前に立ち、痺れを切らしたように距離を詰めてくる。
――やばいやばいやばい!
焦っていたみぺりは更に焦る。
大ピンチだ。絶体絶命だ。指先が冷えていく。どうしよう――!
「何してるんですか」
声がした。聞き馴染みのある声だ。
助かった、と反射的に思った。みぺりは落ち着きを取り戻し、状況を窺う。
男は不快感をあらわにして振り返った。
「誰?」
「その子の兄です」
「ほんとに? 違うっしょ?」
顔だけこちらに向けて確かめてきた男の横をすり抜け、みぺりは"兄"の背後に移動する。
「お兄ちゃん」
「です」
「……あ、そ」
興味を削がれたらしく、男は二人を睨めつけながら去っていった。
身の危険がなくなり、みぺりは胸を撫で下ろした。タイミングよく現れたとれもにお礼を言う。
「ありがとう! ほんとに助かったよ〜」
「何もされていませんか?」
表情はあまり変わらないが、心配そうな声色のとれも。
みぺりは明るく返す。
「その前に来てくれたから、大丈夫!」
「よかったです。――探したんですよ。忘れ物です」
とれもはスマホを差し出した。みぺりのものだ。店に忘れていたらしい。ありがたく受け取る。
みぺりがスマホをしまうと、行きましょうか、ととれもは歩き出した。そういえば外にいるのは珍しいな、と思った。
「送りますよ」
「ありがたい! けど、外にいて大丈夫なの?」
この細長い男性はこの季節になると滅多に自分の家や店から出ない。暑さに非常に弱いのである。
みぺりも特定の髪型でなければ天罰が下るという、生活に不利な特殊体質を持っているので、とれもには仲間意識を抱いている。
「今日はそんなに暑くありませんし、大丈夫ですよ」
「じゃ、お願いするね!」
一緒に歩くのは初めてかもしれない。何を話そうかな、とみぺりはわくわくした。
不意に、でも、ととれもは呟いた。
「もし私がやばくなったら、……なんとかしてください」
「荷が重いよ! いいけど!」
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