本と花粉症
「はっくしょん!!! うう……」
「花粉症、大変だね~」
盛大なくしゃみをした残下 にポケットティッシュを差し出するくら。残下は袋ごと受け取ると思いっきり鼻をかむ。
るくらはその姿を観察する。
残下は容姿こそ可憐だが、その実、ゴミ漁りを生きがいにしているヤバい人物である。実際にゴミ漁りの現場に出くわしたるくらが注意して片付けさせて以来、るくらは残下に懐かれている。
消費したティッシュ三枚をゴミ箱に放ると、ようやく残下は喋れる状態になった。
「感謝するぞ、くらくらよ。――スギだけは許さぬでおじゃるぞ……。麻呂の鼻はもうガビガビでおじゃるよ」
残下はるくらのことをくらくらと呼ぶ。目眩かな? と思いつつもるくらは受け入れている。
「保湿しなよ。いやそれより耳鼻科に行くのは?」
「保険証なるものを持っておらぬ」
「じゃ全額負担で」
「自慢ではないが、そんな持ち合わせもないでおじゃるよ」
「本当に自慢になってないね……」
季節は春の始め。桜がほころび、花粉が飛び始めた時期である。
神を自称する割に重度の花粉症に苦しむ残下と、対照的に全く健康なるくらはバイトに励んでいた。
書庫整理の手伝いである。依頼主はとれも。
とれも宅には大量の本があり、一室を書庫代わりに保管していたらしいのだが、いよいよ本が多すぎて床が抜けそうになったようで、選別を行うことにした、というのが事の発端である。
バイトに来たのはるくらとみぺり。残下はとれも宅へ向かうるくらに途中で会い、勝手に着いてきてそのまま参加したのである。
* * *
るくらがくしゃみを連発する残下を引き連れて集合場所であるとれもの家に着くと、既にみぺりも来ていた。時間にはまだ少し余裕があるが、全員集まったらしい。
とれもは病人のように顔色が悪く、生気のない印象を周囲に与える出で立ちだ。いつものことである。しかし見た目の割に案外と活動的なことを彼と付き合いのある者は知っている。
対照的に元気そうなみぺりは、寒がりのるくらからすると心配になるくらいの薄着だ。肩も足も出している。流石は女子高生である。春とはいえ寒くないのかな? とるくらは内心で思う。
「ちっす!」
「ちっす〜」
「こんにちは」
三人が挨拶を交わすと、自然ととれもとみぺりの視線はるくらの後ろにいる残下に集まる。注目を浴びた残下が声を発した。
「麻呂も参加していいでおじゃるか?」
「構いませんよ。詳しいことは聞きましたか?」
「このくらくらから全て聞いたでおじゃるぞ」
「それはよかったです。よろしくお願いします」
「任せるがよい」
依頼主のとれもは予想外に増えた人員に喜んでいるようだった。確かに一人でも多いほうがいい。
集まった面子を見て残下が不思議そうに言った。
「これで全員であるか? 意外でおじゃるな」
「ええ。べきせも来るはずでしたが、熱を出したそうで来られなくなりました。――妥木 には断られました」
「そうであったか」
名前が出たその二人とも、この場にいる全員の共通の友人である。
べきせが熱を出した理由をるくらは知っている。数日前、町外れの森の奥でなぜか裸で倒れていた彼をるくらが発見したのだ。なんとか送り届けたのだが、見事に体調を崩したらしい。
妥木と最後に会ったのはつい先日のことである。みぺりも交えて女子三人でコックリさんをしたのだ。楽しかった。ちなみに怪奇現象の類は起きなかった。
「ん? そういえば残下の連絡先、知らないですね。今日まで会っていなかったので誘えませんでしたし」
「そうでおじゃるな。後で交換しようぞ」
「了の承です」
残下との会話を終えたとれもは全員に向き直って言った。
「それじゃあ案内しますね」
るくらたち三人はバイトの現場である二階に通された。廊下を挟んだ左右の部屋それぞれに大量の本が積まれている。
「この部屋に全部の本を詰め込んでいたのを、とりあえずその部屋にも半分ほど分けました。みんなにお願いしたいのはジャンル分けです。小説、実用書、ビジネス書に分けてください」
ざっくりした説明ではあったものの、三人とも了解すると、とれもは二手に分かれて作業することを言い渡した。
「どちらも量は大体同じですので差はありません」
「んー、どうする?」
「どっちでもいいよ〜」
「右に同じでおじゃる」
全員が誰と一緒に組んでも構わないということで、グッパーで分け方を決めようという流れになった。せーのでグーかパーを出し、同じ手を出した人と組むというアレである。
結果、るくらと残下、とれもとみぺりに分かれた。
そして各々作業を始めたのが数時間前のこと。
* * *
るくらと残下は話をしながら作業を進めている。より正確に表現するなら、花粉症に苦しむ残下をるくらが受け流している。
また残下はくしゃみをした。ちゃんと本からは顔を背けている。
「――っくしゅん!! ……これは花粉に適合できぬ存在への罰でおじゃるか?」
「あはは……。終わったら市販薬でも試してみたら?」
「そうしよう。――あ、ティッシュなくなったでおじゃる」
るくらはポケットを探る。いつも一つは持ち歩いているポケットティッシュは既に残下に渡していた。他に入っているのは家の鍵と、糖分補給用の飴がいくつか。
「……さっきのが最後の一袋だったみたい」
「麻呂の命も最後かもしれないでおじゃる。――あ゙!!!」
立ち上がろうとした残下が突然大声を出した。ややうるさい。るくらはさして心配せずに尋ねる。
「どうしたの」
「足が痺れ、て、……ぐおお!」
「…………」
残下は床に崩れ落ちた。本を置いていない箇所に手をつき、四つん這いのような体勢になっている。
――放っておいても問題なさそうだね。
るくらは作業を続けた。
* * *
みぺりととれもは黙々と作業していた。
ある程度進め、一段落ついたところで、みぺりは立ち上がって伸びをした。少し離れた位置にいるとれもに声をかける。
「お手洗い借りるね」
「どうぞ。一階にあります」
とれもは一瞬みぺりのほうを向いて応え、すぐに手元に視線を戻した。
みぺりは廊下に出た。階段を降り、トイレに入る。
今、一階には他に誰もいないはず。色々と覗いてみたくなったが、人の家を物色するのはよくないよねと思い直し断念する。
二階に戻ったみぺりは、作業部屋に行く前にるくらと残下の様子を覗こうと考えた。
みぺりとるくらは仲が良い。るくらが何歳なのかは分からないが、気楽に付き合える歳の近い友達、という感覚である。
残下には先日、呪いを緩和してもらった。みぺりは二つ結び以外の髪型にすると天罰が下る呪いをかけられているのだが、残下の力によって一つ結びでも大丈夫になったのだ。今日はいつも通りツインテールだが、それ以来たまにポニーテールにしている。
二人はみぺりたちの反対側の部屋にいるはず。――ここだ。
みぺりは閉まっている扉に手を伸ばした。
「ああっ! もう無理でおじゃる……っ、うぅう……」
「我慢して……」
――!?
聞こえてきた声にみぺりは不審感を覚えた。なんだか変だ。
みぺりは扉に耳をくっつけて中の様子を窺う。傍から見るとかなり怪しいだろうが、今そんなことは気にしていられない。耳を澄ます。
「んああ! 垂れたでおじゃる……、うぅ、ううっ、――あ゙あ゙あ゙ぁぁ! 触るなでおじゃるぞ……っ」
「うるさいよ〜、もう少し静かにできない?」
怪しい会話内容と、おまけに謎の水音も聞こえる。ま、まさか……。
――えっちなことしてる!?!?
みぺりは顔を赤くして、聞こえてくる音声に集中する。
「はわわわわ……」
「何してるんですか」
「――!」
後ろから急に声をかけられて大声を上げそうになり、みぺりは慌てて両手で口を塞いだ。
とれもも外に出てきたらしい。小声で状況を説明すると、とれもも扉に耳をつけた。並んで室内の様子を窺う。
「……に゙ゃ゙!! だから触るなと言ってるであろうぞ……んっ、んぁっ」
「変な声出さないでもらえる?」
「お主が触るからっ……、んあぁ!」
――やっぱりえっちなことしてる!?!?
みぺりは耳まで真っ赤になった。
隣のとれもをちらっと見る。――なんともなさそうだ。顔色もいつも通り、青白いし。流石は大人だ。こんな状況にも慣れているのだろう。
「お、おつ、おち、落ち着いてください」
「…………」
なんともなくなかった。かなり動揺している。
みぺりは一気に冷静になった。自分より慌てている人を見ると落ち着ける、とネットで見たことがあったのだが、どうやら本当らしい。
小声で問いかける。
「どうしよう? 聞かなかったことにして戻る?」
「いえ、モヤモヤを抱えたまま戻っても集中できません。私が真相を暴きます」
「真相を……暴く?」
探偵のようなことを言い出したとれもに対し、みぺりの頭にははてなマークが浮かんだ。何をするつもりだろうか。基本的には穏やかで優しい人だが、時々妙な言動をとるのが謎である。
「残下……はともかく、るくらがいる以上、そう怪しいことにはなっていないでしょう」
「確かに」
聞こえた声がいかにもだったので怪しいと思い込んでしまったけれど、よくよく考えてみれば確かにるくらがそんなことをするとは思えない。みぺりを筆頭に変わった人が多い中、るくらは貴重な常識人であり、みんなのまとめ役のような存在でもある。みぺりは納得した。
二人ともるくらに対する信頼は厚い。長年の友情の賜物である。
「じゃあこの声は何してるんだろう?」
とれもが考え込む素振りをしたので、みぺりは次の言葉を待つ。ややあってからとれもは口を開いた。
「残下はマスクしてましたし、目も充血していたので花粉症なのでしょう。この水っぽい音は鼻水じゃないでしょうか」
「ほほう? じゃ最初、垂れたでおじゃる〜って言ってたんだけど、それは……」
「鼻水か、あるいは鼻の血管が切れて鼻血が出たのではないかと」
「ふ〜む?」
そういえば残下は今日、出会った時からマスクをしていた。それに鼻声だった気もする。顔をまじまじと見たわけではないので、目が充血していたかはみぺりには分からないが。
それでも一応納得できる理屈ではある。次の疑問を投げかける。
「変なところを触るなっていうのは?」
「…………足が痺れたんじゃないでしょうか? それでるくらがなんらかの理由で残下の痺れた足に触れてしまったんですよ。例えば、垂れて床や服についた鼻水か鼻血を拭いたとかで」
「ええー?」
急に投げやりになった。あり得なくはないだろうけれど、あまり信憑性はない気がする。
「その根拠は?」
「勘です。男の勘」
「…………………………」
みぺりは思わずずっこけそうになった。
――さっきまでは理屈があったのに、ここにきて勘なんだ……。あと男の勘って何?
あまりにもテキトーすぎる。ついさっきまでは納得していたけれど、なんだか急に違う気がしてきた。これで万が一当たっていたら――すごすぎるから、弟子入りでもしよう。
「では、答え合わせといきましょうか」
そう言ってとれもは扉を開けた。みぺりも後に続く。
室内を覗いたみぺりが見たのは、――床に座り込みながらうめく残下と、その胸倉を掴んでいるるくらだった。
「すごいレアショットですね」
「はわわ……」
るくらが人の胸倉を締め上げているという衝撃の光景に、冷静に感想を述べるとれも。みぺりはまごまごした。
「あ、二人とも。どうしたの?」
「休憩がてら様子を見に来ました」
「順調だよ〜」
「どこが!?」
思わずツッコミを入れてしまった。どう見ても順調とは言えないと思う。
るくらはうめき声をあげる残下と自分の手元、それからうろたえているみぺりを見て苦笑いを浮かべ、状況を説明した。
「残下がね、足が痺れて動けなくなった上に鼻血を出してね……服についた血を拭いてたところだよ」
「そういう、こと、でおじゃる……」
「マジ!?!?!!?!?!?」
みぺりは驚愕した。ここ数ヶ月で一番びっくりした。とれもの推理が、勘の部分まで完璧に当たっている……。
「し、師匠……」
傍らのとれもにキラキラした尊敬の眼差しを向ける。すごい。なんで当たったのかは全然分からないけれど、本当にすごい。
「…………???」
そのとれもは固まっていた。これまでに見たことないほど仰天している。
――当てた本人が一番驚くんかい。
* * *
「お疲れ様でした。おかげさまで随分助かりました」
ハプニングもあったが、なんとか全ての作業を終えられた。
達成感に包まれながらるくらは他のみんなの様子を観察する。
みぺりは純粋に喜んでいる。それにしても、今日のみぺりは幅広い表情を見せていた。慌てた顔に驚いた顔、笑っている顔。よく変わる表情は、見ていて面白い。
残下は大人しくしている。鼻が痛いらしい。動かず黙っていれば絵から抜け出てきた美少女に見える。しかし普段の残下はゴミを漁るし、口を開けばゴミについて語ったり人をからかったりする。
とれもはいつもよりニコニコしている。表情の変化の少ない人だが、今は確実に口角が上がっている。思えば今日は彼もいつもより表情豊かだった。とれもとみぺりがるくらたちの様子を見に来た時、なぜかものすごく驚いていたし。
「こちらが謝礼です。受け取ってください」
とれもが三人に差し出した封筒を、各々ありがたく頂戴する。封筒をしまいながらみぺりが疑問を発した。
「仕分けした本ってどうするの?」
「いる本はまた本棚にしまって、いらない本は宅配買取に出します」
「その時はまた手伝うよ!」
「ありがとうございます」
用事が済んだのに長居するわけにもいかない。三人は帰り支度をした。
「今日はありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
家主に玄関先まで見送られ、三人はとれも宅を後にする。しばらくは全員同じ方向なので、一緒に歩く。沈みかけている夕日が眩しい。
「なんか楽しかったー!」
「麻呂も楽しかったでおじゃる」
「そういえば、あの時なんで二人とも驚いてたの?」
「ああそれはね、……うーむむ」
るくらの問いに、みぺりは言葉の途中で赤面して考え込んだ。るくらは不思議そうな残下と顔を見合わせる。
「内緒ってことで!」
「えー」
「気になるでおじゃるなぁ」
秘密にされてしまった。気にはなるが、はにかんだ顔で言われては追求もしにくい。
「そうだ! 気になってたんだけど、どこらへんに住んでるの?」
みぺりが残下に聞いた。るくらも詳しくは知らない。方向は同じようだが……。
「くらくら家の近くのボロアパ、ではなく風情のある年季の入った木造二階建て賃貸物件、でおじゃるよ」
――ボロアパートって言いかけたよ……。
るくらの住む集合住宅の近くには、残下の言う通りかなり年季の入ったアパートがある。外壁はくすんでいるし、階段は錆びている。入居者がいるとは思わなかった。
というかそんなに近くに残下が住んでいるとは思ってもいなかった。
「そうなんだ! あの廃神社のほうだと思ってたよ」
みぺりはスルーして相槌を打った。残下相手にいちいちツッコミを入れていては話が進まないことを理解しているのだろう。
「廃神社?」
「集めた物を保管しているんでおじゃるよ。以前ぺりぺりには整頓を手伝ってもらったでおじゃるな」
「集めた物って……、ゴミ?」
「人の生活の名残でおじゃるな。まあゴミとも言うが……」
「なんか色々いっぱいあったよ! トーテムポールとか、ソフトクリームの置物とか」
「あはは、ファンシーだね〜」
ゴミの話をしているうちに、あっという間に分かれ道に着いてしまった。みぺりとはここで分かれる。
「じゃね!」
「じゃ、またね〜」
「へばの、でおじゃる」
手を振ってそれぞれの家路につく。別れ際に、るくらの背後をとる残下を見ながらみぺりが言った。
「なんだか親鳥についていくヒナみたいだね!」
――確かに、そうかもしれない。親鳥にヒナ、ねえ……。
残下の外見年齢は十代後半ぐらいだろうか。実際は何歳なのだろう。るくらは自分の隣を鼻歌交じりで歩く"ヒナ"に尋ねてみた。
「残下って何歳なの?」
「麻呂は年齢という概念を持たぬでおじゃる。――神であるからな!」
「ああそう……」
「花粉症、大変だね~」
盛大なくしゃみをした
るくらはその姿を観察する。
残下は容姿こそ可憐だが、その実、ゴミ漁りを生きがいにしているヤバい人物である。実際にゴミ漁りの現場に出くわしたるくらが注意して片付けさせて以来、るくらは残下に懐かれている。
消費したティッシュ三枚をゴミ箱に放ると、ようやく残下は喋れる状態になった。
「感謝するぞ、くらくらよ。――スギだけは許さぬでおじゃるぞ……。麻呂の鼻はもうガビガビでおじゃるよ」
残下はるくらのことをくらくらと呼ぶ。目眩かな? と思いつつもるくらは受け入れている。
「保湿しなよ。いやそれより耳鼻科に行くのは?」
「保険証なるものを持っておらぬ」
「じゃ全額負担で」
「自慢ではないが、そんな持ち合わせもないでおじゃるよ」
「本当に自慢になってないね……」
季節は春の始め。桜がほころび、花粉が飛び始めた時期である。
神を自称する割に重度の花粉症に苦しむ残下と、対照的に全く健康なるくらはバイトに励んでいた。
書庫整理の手伝いである。依頼主はとれも。
とれも宅には大量の本があり、一室を書庫代わりに保管していたらしいのだが、いよいよ本が多すぎて床が抜けそうになったようで、選別を行うことにした、というのが事の発端である。
バイトに来たのはるくらとみぺり。残下はとれも宅へ向かうるくらに途中で会い、勝手に着いてきてそのまま参加したのである。
* * *
るくらがくしゃみを連発する残下を引き連れて集合場所であるとれもの家に着くと、既にみぺりも来ていた。時間にはまだ少し余裕があるが、全員集まったらしい。
とれもは病人のように顔色が悪く、生気のない印象を周囲に与える出で立ちだ。いつものことである。しかし見た目の割に案外と活動的なことを彼と付き合いのある者は知っている。
対照的に元気そうなみぺりは、寒がりのるくらからすると心配になるくらいの薄着だ。肩も足も出している。流石は女子高生である。春とはいえ寒くないのかな? とるくらは内心で思う。
「ちっす!」
「ちっす〜」
「こんにちは」
三人が挨拶を交わすと、自然ととれもとみぺりの視線はるくらの後ろにいる残下に集まる。注目を浴びた残下が声を発した。
「麻呂も参加していいでおじゃるか?」
「構いませんよ。詳しいことは聞きましたか?」
「このくらくらから全て聞いたでおじゃるぞ」
「それはよかったです。よろしくお願いします」
「任せるがよい」
依頼主のとれもは予想外に増えた人員に喜んでいるようだった。確かに一人でも多いほうがいい。
集まった面子を見て残下が不思議そうに言った。
「これで全員であるか? 意外でおじゃるな」
「ええ。べきせも来るはずでしたが、熱を出したそうで来られなくなりました。――
「そうであったか」
名前が出たその二人とも、この場にいる全員の共通の友人である。
べきせが熱を出した理由をるくらは知っている。数日前、町外れの森の奥でなぜか裸で倒れていた彼をるくらが発見したのだ。なんとか送り届けたのだが、見事に体調を崩したらしい。
妥木と最後に会ったのはつい先日のことである。みぺりも交えて女子三人でコックリさんをしたのだ。楽しかった。ちなみに怪奇現象の類は起きなかった。
「ん? そういえば残下の連絡先、知らないですね。今日まで会っていなかったので誘えませんでしたし」
「そうでおじゃるな。後で交換しようぞ」
「了の承です」
残下との会話を終えたとれもは全員に向き直って言った。
「それじゃあ案内しますね」
るくらたち三人はバイトの現場である二階に通された。廊下を挟んだ左右の部屋それぞれに大量の本が積まれている。
「この部屋に全部の本を詰め込んでいたのを、とりあえずその部屋にも半分ほど分けました。みんなにお願いしたいのはジャンル分けです。小説、実用書、ビジネス書に分けてください」
ざっくりした説明ではあったものの、三人とも了解すると、とれもは二手に分かれて作業することを言い渡した。
「どちらも量は大体同じですので差はありません」
「んー、どうする?」
「どっちでもいいよ〜」
「右に同じでおじゃる」
全員が誰と一緒に組んでも構わないということで、グッパーで分け方を決めようという流れになった。せーのでグーかパーを出し、同じ手を出した人と組むというアレである。
結果、るくらと残下、とれもとみぺりに分かれた。
そして各々作業を始めたのが数時間前のこと。
* * *
るくらと残下は話をしながら作業を進めている。より正確に表現するなら、花粉症に苦しむ残下をるくらが受け流している。
また残下はくしゃみをした。ちゃんと本からは顔を背けている。
「――っくしゅん!! ……これは花粉に適合できぬ存在への罰でおじゃるか?」
「あはは……。終わったら市販薬でも試してみたら?」
「そうしよう。――あ、ティッシュなくなったでおじゃる」
るくらはポケットを探る。いつも一つは持ち歩いているポケットティッシュは既に残下に渡していた。他に入っているのは家の鍵と、糖分補給用の飴がいくつか。
「……さっきのが最後の一袋だったみたい」
「麻呂の命も最後かもしれないでおじゃる。――あ゙!!!」
立ち上がろうとした残下が突然大声を出した。ややうるさい。るくらはさして心配せずに尋ねる。
「どうしたの」
「足が痺れ、て、……ぐおお!」
「…………」
残下は床に崩れ落ちた。本を置いていない箇所に手をつき、四つん這いのような体勢になっている。
――放っておいても問題なさそうだね。
るくらは作業を続けた。
* * *
みぺりととれもは黙々と作業していた。
ある程度進め、一段落ついたところで、みぺりは立ち上がって伸びをした。少し離れた位置にいるとれもに声をかける。
「お手洗い借りるね」
「どうぞ。一階にあります」
とれもは一瞬みぺりのほうを向いて応え、すぐに手元に視線を戻した。
みぺりは廊下に出た。階段を降り、トイレに入る。
今、一階には他に誰もいないはず。色々と覗いてみたくなったが、人の家を物色するのはよくないよねと思い直し断念する。
二階に戻ったみぺりは、作業部屋に行く前にるくらと残下の様子を覗こうと考えた。
みぺりとるくらは仲が良い。るくらが何歳なのかは分からないが、気楽に付き合える歳の近い友達、という感覚である。
残下には先日、呪いを緩和してもらった。みぺりは二つ結び以外の髪型にすると天罰が下る呪いをかけられているのだが、残下の力によって一つ結びでも大丈夫になったのだ。今日はいつも通りツインテールだが、それ以来たまにポニーテールにしている。
二人はみぺりたちの反対側の部屋にいるはず。――ここだ。
みぺりは閉まっている扉に手を伸ばした。
「ああっ! もう無理でおじゃる……っ、うぅう……」
「我慢して……」
――!?
聞こえてきた声にみぺりは不審感を覚えた。なんだか変だ。
みぺりは扉に耳をくっつけて中の様子を窺う。傍から見るとかなり怪しいだろうが、今そんなことは気にしていられない。耳を澄ます。
「んああ! 垂れたでおじゃる……、うぅ、ううっ、――あ゙あ゙あ゙ぁぁ! 触るなでおじゃるぞ……っ」
「うるさいよ〜、もう少し静かにできない?」
怪しい会話内容と、おまけに謎の水音も聞こえる。ま、まさか……。
――えっちなことしてる!?!?
みぺりは顔を赤くして、聞こえてくる音声に集中する。
「はわわわわ……」
「何してるんですか」
「――!」
後ろから急に声をかけられて大声を上げそうになり、みぺりは慌てて両手で口を塞いだ。
とれもも外に出てきたらしい。小声で状況を説明すると、とれもも扉に耳をつけた。並んで室内の様子を窺う。
「……に゙ゃ゙!! だから触るなと言ってるであろうぞ……んっ、んぁっ」
「変な声出さないでもらえる?」
「お主が触るからっ……、んあぁ!」
――やっぱりえっちなことしてる!?!?
みぺりは耳まで真っ赤になった。
隣のとれもをちらっと見る。――なんともなさそうだ。顔色もいつも通り、青白いし。流石は大人だ。こんな状況にも慣れているのだろう。
「お、おつ、おち、落ち着いてください」
「…………」
なんともなくなかった。かなり動揺している。
みぺりは一気に冷静になった。自分より慌てている人を見ると落ち着ける、とネットで見たことがあったのだが、どうやら本当らしい。
小声で問いかける。
「どうしよう? 聞かなかったことにして戻る?」
「いえ、モヤモヤを抱えたまま戻っても集中できません。私が真相を暴きます」
「真相を……暴く?」
探偵のようなことを言い出したとれもに対し、みぺりの頭にははてなマークが浮かんだ。何をするつもりだろうか。基本的には穏やかで優しい人だが、時々妙な言動をとるのが謎である。
「残下……はともかく、るくらがいる以上、そう怪しいことにはなっていないでしょう」
「確かに」
聞こえた声がいかにもだったので怪しいと思い込んでしまったけれど、よくよく考えてみれば確かにるくらがそんなことをするとは思えない。みぺりを筆頭に変わった人が多い中、るくらは貴重な常識人であり、みんなのまとめ役のような存在でもある。みぺりは納得した。
二人ともるくらに対する信頼は厚い。長年の友情の賜物である。
「じゃあこの声は何してるんだろう?」
とれもが考え込む素振りをしたので、みぺりは次の言葉を待つ。ややあってからとれもは口を開いた。
「残下はマスクしてましたし、目も充血していたので花粉症なのでしょう。この水っぽい音は鼻水じゃないでしょうか」
「ほほう? じゃ最初、垂れたでおじゃる〜って言ってたんだけど、それは……」
「鼻水か、あるいは鼻の血管が切れて鼻血が出たのではないかと」
「ふ〜む?」
そういえば残下は今日、出会った時からマスクをしていた。それに鼻声だった気もする。顔をまじまじと見たわけではないので、目が充血していたかはみぺりには分からないが。
それでも一応納得できる理屈ではある。次の疑問を投げかける。
「変なところを触るなっていうのは?」
「…………足が痺れたんじゃないでしょうか? それでるくらがなんらかの理由で残下の痺れた足に触れてしまったんですよ。例えば、垂れて床や服についた鼻水か鼻血を拭いたとかで」
「ええー?」
急に投げやりになった。あり得なくはないだろうけれど、あまり信憑性はない気がする。
「その根拠は?」
「勘です。男の勘」
「…………………………」
みぺりは思わずずっこけそうになった。
――さっきまでは理屈があったのに、ここにきて勘なんだ……。あと男の勘って何?
あまりにもテキトーすぎる。ついさっきまでは納得していたけれど、なんだか急に違う気がしてきた。これで万が一当たっていたら――すごすぎるから、弟子入りでもしよう。
「では、答え合わせといきましょうか」
そう言ってとれもは扉を開けた。みぺりも後に続く。
室内を覗いたみぺりが見たのは、――床に座り込みながらうめく残下と、その胸倉を掴んでいるるくらだった。
「すごいレアショットですね」
「はわわ……」
るくらが人の胸倉を締め上げているという衝撃の光景に、冷静に感想を述べるとれも。みぺりはまごまごした。
「あ、二人とも。どうしたの?」
「休憩がてら様子を見に来ました」
「順調だよ〜」
「どこが!?」
思わずツッコミを入れてしまった。どう見ても順調とは言えないと思う。
るくらはうめき声をあげる残下と自分の手元、それからうろたえているみぺりを見て苦笑いを浮かべ、状況を説明した。
「残下がね、足が痺れて動けなくなった上に鼻血を出してね……服についた血を拭いてたところだよ」
「そういう、こと、でおじゃる……」
「マジ!?!?!!?!?!?」
みぺりは驚愕した。ここ数ヶ月で一番びっくりした。とれもの推理が、勘の部分まで完璧に当たっている……。
「し、師匠……」
傍らのとれもにキラキラした尊敬の眼差しを向ける。すごい。なんで当たったのかは全然分からないけれど、本当にすごい。
「…………???」
そのとれもは固まっていた。これまでに見たことないほど仰天している。
――当てた本人が一番驚くんかい。
* * *
「お疲れ様でした。おかげさまで随分助かりました」
ハプニングもあったが、なんとか全ての作業を終えられた。
達成感に包まれながらるくらは他のみんなの様子を観察する。
みぺりは純粋に喜んでいる。それにしても、今日のみぺりは幅広い表情を見せていた。慌てた顔に驚いた顔、笑っている顔。よく変わる表情は、見ていて面白い。
残下は大人しくしている。鼻が痛いらしい。動かず黙っていれば絵から抜け出てきた美少女に見える。しかし普段の残下はゴミを漁るし、口を開けばゴミについて語ったり人をからかったりする。
とれもはいつもよりニコニコしている。表情の変化の少ない人だが、今は確実に口角が上がっている。思えば今日は彼もいつもより表情豊かだった。とれもとみぺりがるくらたちの様子を見に来た時、なぜかものすごく驚いていたし。
「こちらが謝礼です。受け取ってください」
とれもが三人に差し出した封筒を、各々ありがたく頂戴する。封筒をしまいながらみぺりが疑問を発した。
「仕分けした本ってどうするの?」
「いる本はまた本棚にしまって、いらない本は宅配買取に出します」
「その時はまた手伝うよ!」
「ありがとうございます」
用事が済んだのに長居するわけにもいかない。三人は帰り支度をした。
「今日はありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
家主に玄関先まで見送られ、三人はとれも宅を後にする。しばらくは全員同じ方向なので、一緒に歩く。沈みかけている夕日が眩しい。
「なんか楽しかったー!」
「麻呂も楽しかったでおじゃる」
「そういえば、あの時なんで二人とも驚いてたの?」
「ああそれはね、……うーむむ」
るくらの問いに、みぺりは言葉の途中で赤面して考え込んだ。るくらは不思議そうな残下と顔を見合わせる。
「内緒ってことで!」
「えー」
「気になるでおじゃるなぁ」
秘密にされてしまった。気にはなるが、はにかんだ顔で言われては追求もしにくい。
「そうだ! 気になってたんだけど、どこらへんに住んでるの?」
みぺりが残下に聞いた。るくらも詳しくは知らない。方向は同じようだが……。
「くらくら家の近くのボロアパ、ではなく風情のある年季の入った木造二階建て賃貸物件、でおじゃるよ」
――ボロアパートって言いかけたよ……。
るくらの住む集合住宅の近くには、残下の言う通りかなり年季の入ったアパートがある。外壁はくすんでいるし、階段は錆びている。入居者がいるとは思わなかった。
というかそんなに近くに残下が住んでいるとは思ってもいなかった。
「そうなんだ! あの廃神社のほうだと思ってたよ」
みぺりはスルーして相槌を打った。残下相手にいちいちツッコミを入れていては話が進まないことを理解しているのだろう。
「廃神社?」
「集めた物を保管しているんでおじゃるよ。以前ぺりぺりには整頓を手伝ってもらったでおじゃるな」
「集めた物って……、ゴミ?」
「人の生活の名残でおじゃるな。まあゴミとも言うが……」
「なんか色々いっぱいあったよ! トーテムポールとか、ソフトクリームの置物とか」
「あはは、ファンシーだね〜」
ゴミの話をしているうちに、あっという間に分かれ道に着いてしまった。みぺりとはここで分かれる。
「じゃね!」
「じゃ、またね〜」
「へばの、でおじゃる」
手を振ってそれぞれの家路につく。別れ際に、るくらの背後をとる残下を見ながらみぺりが言った。
「なんだか親鳥についていくヒナみたいだね!」
――確かに、そうかもしれない。親鳥にヒナ、ねえ……。
残下の外見年齢は十代後半ぐらいだろうか。実際は何歳なのだろう。るくらは自分の隣を鼻歌交じりで歩く"ヒナ"に尋ねてみた。
「残下って何歳なの?」
「麻呂は年齢という概念を持たぬでおじゃる。――神であるからな!」
「ああそう……」
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