番外編5 宮城旅行仙台編・最終日
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
別荘に着いて一人、私はサロンのソファに座って、ぼんやりとワインを飲んでいた
今日起きたことを反芻するうちに、現世と前世の境界が曖昧になっていくような感覚があって
(……まさか育ての父様までもが、転生していたなんて)
遠藤様も亘理様も父様も、今生では伊達家と関わりのないところで生まれた
けれど彼らは彼らで出会い、形は違えど『伊達政宗』の歴史を伝えんと励んでいる
仙台へ……宮城へ来てみるものだ
思いがけない再会に喜び、私が死んだ後の奥州の話を聞き、その未来を垣間見て
伊達政宗という存在が、今の歴史でも、あの時代でも、強烈な存在感を放っていると知った
私たちのご先祖様たる奥州の覇者
私たちと共に天下を掴んだ奥州筆頭
同じ『伊達政宗』でも、歩んだ歴史はまるで違う
「もし……私が始めから兄様の妹として、米沢で暮らしていたら──」
そうしたら私は、兄様の力になれないまま、終わってしまったのかもしれない
あるいはお東様の手を振り払って、兄様と共にしたかもしれない
私は兄様のことが大好きだ
兄様のために命を張って戦えたことが誇らしい
誰もが笑って暮らせる明るい天下を目指して、頂へと駆け上がった独眼竜
奥州王は日ノ本の王となり、長い伊達の天下の始まりを告げた
「……」
もし私が、始めから米沢で育っていたら、その光景を間近で見ることも叶わなかったかもしれない
全てが終わりを告げ、硝煙と土埃に塗れた戦場の空に、法螺貝が響き渡り、私たちは勝鬨を上げる
そんな光景も──なかったのかもしれない
「……それでも
兄様は私がいなかったとしても、天下を手にしたんだろうな」
空になったグラスをテーブルに置き、ソファに深く腰掛けて目を閉じる
もし私が安芸様の家に養子へ出されることがなかったら
私は……成実さんと結ばれることも……きっと、なかったんだ
* * *
春告鳥が遠くで喉を鳴らした
庭に咲いた花々から顔を上げ、その声の出処を視線で探る
けれど姿は見えず、聞こえたものも、その一度きり
「姫、どうしたの?」
「兄上様、春告鳥が聞こえたの」
「本当に?
姫は耳が良いんだね」
竺丸兄上様は穏やかに微笑むと、私の頭をそっと撫でた
その手に頭を擦り寄せて、それから私は、微笑む兄上様へ問うた
「兄様はまだお会いできないの?」
「……」
「兄様、この前までずっとご病気で……
まだ兄様のご病気は良くならないの?」
「……ごめんね」
兄上様がそう言って悲しそうに眉尻を下げる
どうして兄上様が謝るのか、私には理解できない
私はただ、兄様のお部屋のある方向を見つめるばかりだ
「遠藤のおじい様なら知ってると思うの
もし、遠藤のおじい様が知らなくても、鬼庭のおじい様なら知っているはずだもの」
「……うん」
「兄上様、一緒におじい様たちのところへ聞きに行こう?
どうしたら兄様にお会いできるかって!」
「……そう、だね
聞いてみてもいいかもしれないね──」
曖昧に濁す兄上様の手を取って、私は遠藤様と良直様を探して歩き回った
そうして行き着いたのは、父様のお部屋
中には父様と遠藤様、そして良直様と、実元様が集まっていた
けれど全員、難しい顔をして腕を組んでいる
「本当に家督を梵天丸様へ?」
「ご病気が治ったとはいえ、あの右目はもう……」
「戦場では一瞬の油断さえ命取りだ
右目が見えないというのは、それだけで致命的な弱点になりうるのだぞ」
「……分かっちゃいる
分かっちゃいるんだ……」
父様はそうとだけ言って、口を閉ざした
右目が見えない
実元様の言葉が、私に突き刺さる
背後にいる兄上様も、ただ無言で俯いた
兄様は──右目が見えない
それは次期当主を約束された嫡男にとって、この上ない欠陥であるのは間違いない
おまけに兄様には、兄上様がいる
もし兄様が家督を継げなくても、兄上様が当主になれば、伊達家は存続する
でももしそうなったら、兄様はどこへ行けばいい?
「輝宗様……やはり梵天丸様に次期当主は、難しいかと
ご次男の竺丸様がおられるのです、無理に梵天丸様に拘らずとも……」
「右目が仇となって、敵に討ち取られてからでは遅い
元服された後、やはり梵天丸様には、仏門に入っていただくべきです」
「戦で死ねるは武士の誉だが……梵天丸様に限ったことを言えば、それは逆に惨めなものになるぞ」
まだ九つの私でも理解できた
この人達は、兄様を遠くへやろうとしているのだ
戦のない平和な、けれど誰とも関わらない孤独な場所へ──
それは、とても寂しいことなのだと思う
少なくとも私は、兄様と離されるのが嫌だった
兄様はやんちゃですぐ問題を起こすし、母様からも周りの大人たちからも呆れられていたけれど──私と兄上様には優しい人だ
庭の花が咲いたら私に教えてくれた
桜の花びらが雨のように降る中を、私の手を引いてくれたこともある
「梵天丸様には申し訳ないが……
当主はおろか、武士として生きるのも難しいだろう」
「……」
背後で兄上様が息を詰まらせた
兄上様は……知っていたんだ
だから曖昧な言葉しか返してくれなくて、ごめんねなんて謝罪を口にして
「……兄様は、どうなるの?」
「わからない……
家督を継げなくなった兄上がどうなってしまうのか……」
「伊達家を継ぐのは兄様じゃないの?
だって兄様は生きてるのに!」
その声が大きかったせいだろう
部屋の中の会議はピタリと静まり返った
そうして部屋から顔を覗かせたのは……遠藤のおじい様だった
「姫様、竺丸様……
立ち聞きとは感心しませんぞ」
「ごめん、そんなつもりは──」
「兄様をどうするの?」
兄上様を遮っての、私の問いに、大人達は何も言わない
視線を合わせ、それから誰もが逸らす
けれど誰一人として、私に答えを返さなかった
「兄様に会いたいの
もうお部屋に行ってもいいの?」
「なりませぬ
奥方様より、お二方を梵天丸様のお部屋へは向かわせるなと」
「どうして?
だって兄様のご病気は、もう治ったんでしょう?」
「……奥方様のご命令です
お聞き分けくだされ」
「兄様のご病気は治ったのね?」
「お答えすることはできませぬ」
「どうして?」
遠藤のおじい様は、同じことを繰り返した
兄様の部屋に近付いてはならない、母様の命令だから
兄様の病気が治ったかは教えられない
埒が明かないその問答に「もういい!」と言い残し、私は廊下を走ってならないという言いつけも破って、兄様の部屋へ走った
兄上様は私を止めようと名前を呼んだけれど、追い掛けてはこなかった
追いかけて来たら、母様から怒られるからだ
「兄様っ!」
「ひ、姫様!?
こちらに来てはならぬと、奥方様より……」
「兄様はどこ?
ご病気はもう治ったってきいたの、だから」
「……あっちへいけ、姫」
部屋の中から聞こえてきた声は、二つ上の子供の声とは思えないほど、低く……それでいて感情のない声だった
兄様、とめげずに呼びかける
締め切られた障子の向こうへ、私は兄様の容態を問う言葉を
「あっちへ行けって言ってンだろうがッ!!」
その大声は、私の意気を挫くのに充分だった
無言で走り去った私は、ただ米沢城内を走り続けた
あんな風に兄様から怒鳴られたことなんて、一度もない
兄様はいつも、私が来ると笑顔で迎えてくれた
あんな風に私を拒絶したことなんて、一度もなかった
なのに──ああ、なのに……
「うっ……ぅ、うぇっ……
うぁぁぁあああん……!!」
兄様が綺麗に咲いたと教えてくれた花の前で、私は泣いた
春告鳥が暖かな季節の訪れを告げる
けれど私の心には吹雪が荒れ、冷たい雪が何層にも積もり、押し潰すかのようだった
今日起きたことを反芻するうちに、現世と前世の境界が曖昧になっていくような感覚があって
(……まさか育ての父様までもが、転生していたなんて)
遠藤様も亘理様も父様も、今生では伊達家と関わりのないところで生まれた
けれど彼らは彼らで出会い、形は違えど『伊達政宗』の歴史を伝えんと励んでいる
仙台へ……宮城へ来てみるものだ
思いがけない再会に喜び、私が死んだ後の奥州の話を聞き、その未来を垣間見て
伊達政宗という存在が、今の歴史でも、あの時代でも、強烈な存在感を放っていると知った
私たちのご先祖様たる奥州の覇者
私たちと共に天下を掴んだ奥州筆頭
同じ『伊達政宗』でも、歩んだ歴史はまるで違う
「もし……私が始めから兄様の妹として、米沢で暮らしていたら──」
そうしたら私は、兄様の力になれないまま、終わってしまったのかもしれない
あるいはお東様の手を振り払って、兄様と共にしたかもしれない
私は兄様のことが大好きだ
兄様のために命を張って戦えたことが誇らしい
誰もが笑って暮らせる明るい天下を目指して、頂へと駆け上がった独眼竜
奥州王は日ノ本の王となり、長い伊達の天下の始まりを告げた
「……」
もし私が、始めから米沢で育っていたら、その光景を間近で見ることも叶わなかったかもしれない
全てが終わりを告げ、硝煙と土埃に塗れた戦場の空に、法螺貝が響き渡り、私たちは勝鬨を上げる
そんな光景も──なかったのかもしれない
「……それでも
兄様は私がいなかったとしても、天下を手にしたんだろうな」
空になったグラスをテーブルに置き、ソファに深く腰掛けて目を閉じる
もし私が安芸様の家に養子へ出されることがなかったら
私は……成実さんと結ばれることも……きっと、なかったんだ
* * *
春告鳥が遠くで喉を鳴らした
庭に咲いた花々から顔を上げ、その声の出処を視線で探る
けれど姿は見えず、聞こえたものも、その一度きり
「姫、どうしたの?」
「兄上様、春告鳥が聞こえたの」
「本当に?
姫は耳が良いんだね」
竺丸兄上様は穏やかに微笑むと、私の頭をそっと撫でた
その手に頭を擦り寄せて、それから私は、微笑む兄上様へ問うた
「兄様はまだお会いできないの?」
「……」
「兄様、この前までずっとご病気で……
まだ兄様のご病気は良くならないの?」
「……ごめんね」
兄上様がそう言って悲しそうに眉尻を下げる
どうして兄上様が謝るのか、私には理解できない
私はただ、兄様のお部屋のある方向を見つめるばかりだ
「遠藤のおじい様なら知ってると思うの
もし、遠藤のおじい様が知らなくても、鬼庭のおじい様なら知っているはずだもの」
「……うん」
「兄上様、一緒におじい様たちのところへ聞きに行こう?
どうしたら兄様にお会いできるかって!」
「……そう、だね
聞いてみてもいいかもしれないね──」
曖昧に濁す兄上様の手を取って、私は遠藤様と良直様を探して歩き回った
そうして行き着いたのは、父様のお部屋
中には父様と遠藤様、そして良直様と、実元様が集まっていた
けれど全員、難しい顔をして腕を組んでいる
「本当に家督を梵天丸様へ?」
「ご病気が治ったとはいえ、あの右目はもう……」
「戦場では一瞬の油断さえ命取りだ
右目が見えないというのは、それだけで致命的な弱点になりうるのだぞ」
「……分かっちゃいる
分かっちゃいるんだ……」
父様はそうとだけ言って、口を閉ざした
右目が見えない
実元様の言葉が、私に突き刺さる
背後にいる兄上様も、ただ無言で俯いた
兄様は──右目が見えない
それは次期当主を約束された嫡男にとって、この上ない欠陥であるのは間違いない
おまけに兄様には、兄上様がいる
もし兄様が家督を継げなくても、兄上様が当主になれば、伊達家は存続する
でももしそうなったら、兄様はどこへ行けばいい?
「輝宗様……やはり梵天丸様に次期当主は、難しいかと
ご次男の竺丸様がおられるのです、無理に梵天丸様に拘らずとも……」
「右目が仇となって、敵に討ち取られてからでは遅い
元服された後、やはり梵天丸様には、仏門に入っていただくべきです」
「戦で死ねるは武士の誉だが……梵天丸様に限ったことを言えば、それは逆に惨めなものになるぞ」
まだ九つの私でも理解できた
この人達は、兄様を遠くへやろうとしているのだ
戦のない平和な、けれど誰とも関わらない孤独な場所へ──
それは、とても寂しいことなのだと思う
少なくとも私は、兄様と離されるのが嫌だった
兄様はやんちゃですぐ問題を起こすし、母様からも周りの大人たちからも呆れられていたけれど──私と兄上様には優しい人だ
庭の花が咲いたら私に教えてくれた
桜の花びらが雨のように降る中を、私の手を引いてくれたこともある
「梵天丸様には申し訳ないが……
当主はおろか、武士として生きるのも難しいだろう」
「……」
背後で兄上様が息を詰まらせた
兄上様は……知っていたんだ
だから曖昧な言葉しか返してくれなくて、ごめんねなんて謝罪を口にして
「……兄様は、どうなるの?」
「わからない……
家督を継げなくなった兄上がどうなってしまうのか……」
「伊達家を継ぐのは兄様じゃないの?
だって兄様は生きてるのに!」
その声が大きかったせいだろう
部屋の中の会議はピタリと静まり返った
そうして部屋から顔を覗かせたのは……遠藤のおじい様だった
「姫様、竺丸様……
立ち聞きとは感心しませんぞ」
「ごめん、そんなつもりは──」
「兄様をどうするの?」
兄上様を遮っての、私の問いに、大人達は何も言わない
視線を合わせ、それから誰もが逸らす
けれど誰一人として、私に答えを返さなかった
「兄様に会いたいの
もうお部屋に行ってもいいの?」
「なりませぬ
奥方様より、お二方を梵天丸様のお部屋へは向かわせるなと」
「どうして?
だって兄様のご病気は、もう治ったんでしょう?」
「……奥方様のご命令です
お聞き分けくだされ」
「兄様のご病気は治ったのね?」
「お答えすることはできませぬ」
「どうして?」
遠藤のおじい様は、同じことを繰り返した
兄様の部屋に近付いてはならない、母様の命令だから
兄様の病気が治ったかは教えられない
埒が明かないその問答に「もういい!」と言い残し、私は廊下を走ってならないという言いつけも破って、兄様の部屋へ走った
兄上様は私を止めようと名前を呼んだけれど、追い掛けてはこなかった
追いかけて来たら、母様から怒られるからだ
「兄様っ!」
「ひ、姫様!?
こちらに来てはならぬと、奥方様より……」
「兄様はどこ?
ご病気はもう治ったってきいたの、だから」
「……あっちへいけ、姫」
部屋の中から聞こえてきた声は、二つ上の子供の声とは思えないほど、低く……それでいて感情のない声だった
兄様、とめげずに呼びかける
締め切られた障子の向こうへ、私は兄様の容態を問う言葉を
「あっちへ行けって言ってンだろうがッ!!」
その大声は、私の意気を挫くのに充分だった
無言で走り去った私は、ただ米沢城内を走り続けた
あんな風に兄様から怒鳴られたことなんて、一度もない
兄様はいつも、私が来ると笑顔で迎えてくれた
あんな風に私を拒絶したことなんて、一度もなかった
なのに──ああ、なのに……
「うっ……ぅ、うぇっ……
うぁぁぁあああん……!!」
兄様が綺麗に咲いたと教えてくれた花の前で、私は泣いた
春告鳥が暖かな季節の訪れを告げる
けれど私の心には吹雪が荒れ、冷たい雪が何層にも積もり、押し潰すかのようだった
1/11ページ
