第六十一話 春の日の一幕
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毎週木曜日は三人での登校日
兄様とは同じ高校だったけど、疎遠な関係を続けていたから、一緒に行動したことはなかった
成実さんとは……私が腕と肋骨を骨折して伊達家にお世話になっている間だけ、駅までご一緒したくらい
律儀に専用車で大学へ通う兄様は、木曜日だけ私を迎えに来てくれる
週に一度の楽しみでもあるこの日が私は好きだ
「財閥の御曹司様は大変だよなあ」
「今に始まったことじゃねぇ
慣れりゃ何とも思わねぇもんさ」
「そりゃそうかもしれねぇけど……
昔あれだけ破天荒だったお前が、今じゃあ人の言うこと聞いて守られてやってるのが不思議でよ」
「柄じゃねぇのは認めるがな」
成実さんのため息混じりなその発言も尤もだ
乱世を駆け抜けていたあの頃の兄様は、誰かに守られるような人じゃなかった
誰よりも先頭を走り、誰かを守ってきたのが奥州筆頭だ
「お供も付けずに単身で上田に行くような奴がなぁ……」
「あの頃だって、俺は完全な自由を得ていたわけじゃなかっただろ
どうしたって立場を得れば制約はかかる
テメェが選んだ道なら、そんなモンは承知の上だ」
「……お前がそれでいいなら、いいけど」
「Ah?
何が言いたい」
一瞬だけ言葉に詰まった成実さんがため息をついて呟く
「フラストレーション溜まらねぇか、そういうの」
そういうの、とは、兄様が自分の置かれた立場ゆえに掛けられる制約を妥協していることだろう
兄様は子供じゃないから、理解はしているし、納得もしているはず
それでも誰の目もなく一人で自由になりたい日だってきっとある
「Ha!
散々俺の後をついてまわる奴がよく言うぜ」
「ついてまわったわけじゃねぇよ
ただ俺は、お前を守るのも役目だったから――」
「I know.
だからこそだ」
「……は?」
「テメェらがそうやって命張って俺のために仕えてくれるってんなら、俺がその覚悟を踏みにじる真似なんざ出来ねぇだろう」
「……」
「信頼には応える、それが俺の責務だ
俺はそれを厭うつもりはねぇよ
昔も、今もな」
兄様の口ぶりは変わらない
何でもないことのように、重い責務を口にする
決して軽い荷物ではないはずだ
奥州の命も……後に背負った日ノ本の命は尚更
そして今の兄様が背負う、家と会社も
「……そうだな、お前はそういう奴だ
俺が背負おうとした荷物は肩代わりするくせに、お前の荷物は俺に背負わせてもくれねぇ」
「それは少し違うぜ」
兄様の左目は遠くを眺めるように細められていた
まるで過去にもそういったやり取りをしたかのようにも感じられる、兄様の微笑み
「散々背負い込んだ俺の背中を支えてくれたのはオメェらだろ、違うか?」
「……梵」
「それに肩代わりでもしてやらなけりゃ、今度はお前がぶっ潰れてやがっただろうぜ」
「それは――」
「父上を撃った事実を引きずって、その負い目と罪悪感で俺に仕えようとするお前なんざ、こっちから願い下げだったからよ
Ha,ただでさえ見飽きた顔だってのに、シケたツラと年中向き合わなきゃならねぇなんて御免だぜ」
「それだけの理由で、お前、俺から取り上げたのか」
「テメェ人の話聞いてやがったのか?」
兄様が呆れたように言ってため息をつく
成実さんは何も言えずに、手のひらを握りしめて俯いていた
「……背負わせたくなかったんですよ、きっと兄様は
成実さんが兄様に仕える理由を、罪滅ぼしにしたくなかったんだと思うんです
兄様は成実さんに、同じ明日を目指してほしくて、だから成実さんが前を向けるように、それで……」
上手く、言葉にすることはできなかった
伝わらない心がもどかしい
でも成実さんの言いたいことも分かるから、私はそれ以上何も言えなかった
「ひとつだけ正直に答えてくれ」
「俺がお前に対して嘘をついたことがあったか?」
「ねぇよ、一度だってな
けど、んなこたぁ今は聞いてねぇだろ
……梵、お前は望んで『ここ』にいるのか?」
ここに――成実さんの示すものが何かはすぐに分かった
大財閥の御曹司、由緒ある伊達家の次期当主
それ故に背負わされるものは数知れず、また彼が歩める人生も定められてしまっている
だけれど、成実さんのそれは、きっと兄様にとっては愚問だ
「Ha!
この俺を誰だと思ってる?
日ノ本さえ統べたこの独眼竜が、誰かの意見に流されたとでも言おうってのか」
「自分で選んだ道ならいいよ
でも選ばされた……選ぶしかなかった道だってんなら、話は違うだろ」
「違わねぇさ
難しく考えんなよ、俺はいつだってやりたいことをやってきただろう
天下へ打って出たのもそうだ
俺は俺の意志でそうした
……選べなかったのはむしろ、オメェらの方じゃねぇのか」
主君が白と言えば白という関係だった
それは成実さんが選んだものではなく、彼が生まれるずっと前からそう定められていたもの
注進により諌めることはあっても、主君の決定は絶対で、それに逆らうことは許されなかった
部下は上司を選べないとはよく言ったものだ
「窮屈な思いしてるんじゃねぇかって、俺は時々お前が心配になるよ」
「兄様が窮屈な思いをするはずないでしょう
そんな思いをするくらいなら、壁に風穴開けて息を吸いますよ、兄様は」
「よく分かってるじゃねぇか
さすがはこの独眼竜の妹だ」
「窮屈なことが嫌いなのは、私も同じですからね」
今生では、その窮屈さに風穴を開ければかえって自分が窮屈になると知っていたから、耐えていた
耐えるうちに、その窮屈さの中で生きていくことしか考えなくなってしまって
でも、私を囲む壁に穴を開けてくれたのは、兄様と成実さんだ
「そもそも、昔も今も窮屈さなんざ特に感じちゃいねぇからな
人間、誰しも何かしら不自由はある
その不自由さの中でどれだけ上手くやれるかだろ
俺が上手くやるにゃ、オメェら仕える者の力ってやつが必要なのさ
You see?」
は、と成実さんの喉が小さく息を呑む
それから座席の背もたれに体を預けた彼は、苦笑と共に「I see.」と答えた
成実さんが抱いていた憂いは、私も考えたことがないわけじゃない
私が見ていないだけで、きっと今の兄様も色んなしがらみの中で生きている
それでも兄様は……伊達政宗は、その程度で弱音を吐くような人じゃない
上等、と口角を上げて不敵に笑って、しがらみさえ糧にして全てを乗り越える――そんな人だ
だから兄様は望んで今の立場にいるし、窮屈さだって気にしない
ただ前を向いて突き進み、そして天高く翔け昇る竜となる
そうなろうと決めたのは兄様で、その意思は誰かに強制されたわけでも、誰かの言葉に流されたわけでもない
それでもまぁ、多少は素直に人の言うことを聞くようにはなっただろうか
今でもこっそり別邸を抜け出して、どこかへ遊びに行くことがあるようだけど
兄様とは同じ高校だったけど、疎遠な関係を続けていたから、一緒に行動したことはなかった
成実さんとは……私が腕と肋骨を骨折して伊達家にお世話になっている間だけ、駅までご一緒したくらい
律儀に専用車で大学へ通う兄様は、木曜日だけ私を迎えに来てくれる
週に一度の楽しみでもあるこの日が私は好きだ
「財閥の御曹司様は大変だよなあ」
「今に始まったことじゃねぇ
慣れりゃ何とも思わねぇもんさ」
「そりゃそうかもしれねぇけど……
昔あれだけ破天荒だったお前が、今じゃあ人の言うこと聞いて守られてやってるのが不思議でよ」
「柄じゃねぇのは認めるがな」
成実さんのため息混じりなその発言も尤もだ
乱世を駆け抜けていたあの頃の兄様は、誰かに守られるような人じゃなかった
誰よりも先頭を走り、誰かを守ってきたのが奥州筆頭だ
「お供も付けずに単身で上田に行くような奴がなぁ……」
「あの頃だって、俺は完全な自由を得ていたわけじゃなかっただろ
どうしたって立場を得れば制約はかかる
テメェが選んだ道なら、そんなモンは承知の上だ」
「……お前がそれでいいなら、いいけど」
「Ah?
何が言いたい」
一瞬だけ言葉に詰まった成実さんがため息をついて呟く
「フラストレーション溜まらねぇか、そういうの」
そういうの、とは、兄様が自分の置かれた立場ゆえに掛けられる制約を妥協していることだろう
兄様は子供じゃないから、理解はしているし、納得もしているはず
それでも誰の目もなく一人で自由になりたい日だってきっとある
「Ha!
散々俺の後をついてまわる奴がよく言うぜ」
「ついてまわったわけじゃねぇよ
ただ俺は、お前を守るのも役目だったから――」
「I know.
だからこそだ」
「……は?」
「テメェらがそうやって命張って俺のために仕えてくれるってんなら、俺がその覚悟を踏みにじる真似なんざ出来ねぇだろう」
「……」
「信頼には応える、それが俺の責務だ
俺はそれを厭うつもりはねぇよ
昔も、今もな」
兄様の口ぶりは変わらない
何でもないことのように、重い責務を口にする
決して軽い荷物ではないはずだ
奥州の命も……後に背負った日ノ本の命は尚更
そして今の兄様が背負う、家と会社も
「……そうだな、お前はそういう奴だ
俺が背負おうとした荷物は肩代わりするくせに、お前の荷物は俺に背負わせてもくれねぇ」
「それは少し違うぜ」
兄様の左目は遠くを眺めるように細められていた
まるで過去にもそういったやり取りをしたかのようにも感じられる、兄様の微笑み
「散々背負い込んだ俺の背中を支えてくれたのはオメェらだろ、違うか?」
「……梵」
「それに肩代わりでもしてやらなけりゃ、今度はお前がぶっ潰れてやがっただろうぜ」
「それは――」
「父上を撃った事実を引きずって、その負い目と罪悪感で俺に仕えようとするお前なんざ、こっちから願い下げだったからよ
Ha,ただでさえ見飽きた顔だってのに、シケたツラと年中向き合わなきゃならねぇなんて御免だぜ」
「それだけの理由で、お前、俺から取り上げたのか」
「テメェ人の話聞いてやがったのか?」
兄様が呆れたように言ってため息をつく
成実さんは何も言えずに、手のひらを握りしめて俯いていた
「……背負わせたくなかったんですよ、きっと兄様は
成実さんが兄様に仕える理由を、罪滅ぼしにしたくなかったんだと思うんです
兄様は成実さんに、同じ明日を目指してほしくて、だから成実さんが前を向けるように、それで……」
上手く、言葉にすることはできなかった
伝わらない心がもどかしい
でも成実さんの言いたいことも分かるから、私はそれ以上何も言えなかった
「ひとつだけ正直に答えてくれ」
「俺がお前に対して嘘をついたことがあったか?」
「ねぇよ、一度だってな
けど、んなこたぁ今は聞いてねぇだろ
……梵、お前は望んで『ここ』にいるのか?」
ここに――成実さんの示すものが何かはすぐに分かった
大財閥の御曹司、由緒ある伊達家の次期当主
それ故に背負わされるものは数知れず、また彼が歩める人生も定められてしまっている
だけれど、成実さんのそれは、きっと兄様にとっては愚問だ
「Ha!
この俺を誰だと思ってる?
日ノ本さえ統べたこの独眼竜が、誰かの意見に流されたとでも言おうってのか」
「自分で選んだ道ならいいよ
でも選ばされた……選ぶしかなかった道だってんなら、話は違うだろ」
「違わねぇさ
難しく考えんなよ、俺はいつだってやりたいことをやってきただろう
天下へ打って出たのもそうだ
俺は俺の意志でそうした
……選べなかったのはむしろ、オメェらの方じゃねぇのか」
主君が白と言えば白という関係だった
それは成実さんが選んだものではなく、彼が生まれるずっと前からそう定められていたもの
注進により諌めることはあっても、主君の決定は絶対で、それに逆らうことは許されなかった
部下は上司を選べないとはよく言ったものだ
「窮屈な思いしてるんじゃねぇかって、俺は時々お前が心配になるよ」
「兄様が窮屈な思いをするはずないでしょう
そんな思いをするくらいなら、壁に風穴開けて息を吸いますよ、兄様は」
「よく分かってるじゃねぇか
さすがはこの独眼竜の妹だ」
「窮屈なことが嫌いなのは、私も同じですからね」
今生では、その窮屈さに風穴を開ければかえって自分が窮屈になると知っていたから、耐えていた
耐えるうちに、その窮屈さの中で生きていくことしか考えなくなってしまって
でも、私を囲む壁に穴を開けてくれたのは、兄様と成実さんだ
「そもそも、昔も今も窮屈さなんざ特に感じちゃいねぇからな
人間、誰しも何かしら不自由はある
その不自由さの中でどれだけ上手くやれるかだろ
俺が上手くやるにゃ、オメェら仕える者の力ってやつが必要なのさ
You see?」
は、と成実さんの喉が小さく息を呑む
それから座席の背もたれに体を預けた彼は、苦笑と共に「I see.」と答えた
成実さんが抱いていた憂いは、私も考えたことがないわけじゃない
私が見ていないだけで、きっと今の兄様も色んなしがらみの中で生きている
それでも兄様は……伊達政宗は、その程度で弱音を吐くような人じゃない
上等、と口角を上げて不敵に笑って、しがらみさえ糧にして全てを乗り越える――そんな人だ
だから兄様は望んで今の立場にいるし、窮屈さだって気にしない
ただ前を向いて突き進み、そして天高く翔け昇る竜となる
そうなろうと決めたのは兄様で、その意思は誰かに強制されたわけでも、誰かの言葉に流されたわけでもない
それでもまぁ、多少は素直に人の言うことを聞くようにはなっただろうか
今でもこっそり別邸を抜け出して、どこかへ遊びに行くことがあるようだけど
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