第五十三話 親愛なる友へ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
春の気配を感じる、三月一日
三月に入ったとはいえ、寒さは続いている
未だに冬の装いは手放せない
「……」
三年間を共にした制服のジャケットを手に取る
買ったばかりの頃は汚れひとつなかったジャケットも、三年経てば多少なり汚れて、くたびれたようだ
そのジャケットに袖を通す
「……よし」
全身鏡で最終チェックをして、スクールバッグを取った
私は今日、高校を卒業する
「準備出来たか?」
リビングには成実さんが待ってくれていた
その手には車の鍵
何を隠そう、成実さんはとうとう免許を取ったのだ
「学校まで送ってやるよ
帰りは海夜と帰ってくるだろ?」
「ありがとうございます
そのまま海夜と寄り道すると思うので、お迎えは大丈夫です」
「ん、了解
晩メシはどうせ梵達がたんまり美味いもん作ってるだろうから、昼メシ食うなら軽めにしとけよ?」
「ふふ、了解です」
普段は両親が使う自家用車、その運転席に成実さんが乗り込んだ
助手席に私も乗って、エンジンがかかる
成実さんが免許を取って一ヶ月経つけど、この人でも運転する時は若葉マークを付けなきゃいけないから不思議な気持ちだ
「どうした?」
「いえ、前世でどんな荒馬も乗りこなした成実さんでも、車の運転は緊張するんだなぁと思ったらおかしくて」
「流石に馬に乗るのと車に乗るのとじゃ、話が違うからなぁ」
そう言いながら車道へハンドルを切る手は、慣れているようにも見える
自動車学校の合宿に二週間参加して一発で免許を取れるあたり、運転は問題ないのかも
そもそも、そうじゃなきゃ兄様達が成実さんの送迎を許可するはずもないか
「気分は大丈夫か?」
「大丈夫です」
「良かった
気分悪くなったら言ってくれ」
「はい」
でも、この調子なら問題ない気はする
別邸から向かうならまだ徒歩でも問題なかったけど、家から学校までは電車でも数駅かかる距離だ
成実さんの申し出を断る理由もなかった
「成実さんの卒業式はどんな感じでした?
やっぱり兄様達がお祝いしてくれましたか?」
「いや、俺は実家に帰ったかな
さすがに卒業式の後くらいは家族と一緒にいた方がいいと思ってよ」
「そうだったんですね
去年の今頃は、部活と学年末考査の勉強でてんやわんやしてた記憶しかなくて……」
「だろうなぁ
お前、本当に忙しそうだったし」
成実さんの入学式のことはまだ記憶に残っているけど、卒業式に関しては呼ばれた記憶もない
別邸でお祝いするとしても、ちょっとしたものだっただろうから、わざわざ呼ぶ程でもなかったのかも
……まあ、入学式の扱いがあれだから、そもそも別邸で卒業のお祝いをしなかった可能性もあるけど
「嫌になりませんか?
私と成実さんでこんなにも扱いが違うから」
「別に?
俺は梵に仕える立場だから、あいつの為に何かをしてやる事があっても、あいつから何かをされる側じゃないし
特に不満に思ったことはないな
綱元の時もそうだったし」
確かにそうかも
綱元さんが大学を卒業した時も、会社に入社した時も、大したお祝いはしなかった
個別に「おめでとうございます」とお伝えしたくらいだったのを思い出す
「昔の付き合い方がそのまま続いてるんだろうよ
厳格に主従関係が定まっていた、あの時代のやり方がさ
それを俺は不満に思うこともないし、こうしてこの時代でも梵や伊達家、そしてお前の役に立てることが嬉しい
見返りなんて求めちゃいないんだ
ただ梵とかお前から『よくやった』って言ってもらえれば、俺達はそれだけで頑張れる」
大通りの交差点に差し掛かって、成実さんがウインカーを上げてゆっくりと曲がっていく
その横顔は嘘をついているようには見えなくて、きっとそれが本心なんだろうと分かる
……だからこそ、なんだか寂しさを感じるのは、おかしいだろうか
「確かに成実さんは兄様に長くお仕えしてきて、私も幾度となく助けられましたけど……
でも、それを当たり前のことだと思いたくないです
お礼の言葉ひとつでいいなんて、成実さんの献身に見合っていない気がします」
「いいんだよ、それで
梵もさ、戦がある度に褒賞の目録をくれたけど、俺が辞退してたんだ
俺にとっての一番の褒美は、梵が作る竜の天下だった
それが成った上に、俺は伊達家の姫様まで嫁に貰ったんだ
これ以上何かを貰おうものなら、貰いすぎだって怒られそうだったしな」
「……そんなものなんでしょうか」
「俺にとっちゃ、そんなもんだ」
何かを懐かしむように目を細めて、成実さんは口元を綻ばせた
納得がいかないけど、成実さんにとってはそういうものなんだと言われたら、私が口を挟むことでもない
欲が無いというか何と言うか
……ああでも、私も似たようなものだったかもしれない
兄様から褒美について聞かれる度に、椿油だとか口紅だとか、さしてお金のかからないものを答えてきた
あの時の不満げな顔は、私の働きに見合っていないと思っていたからなのかもしれない
「もしかして、兄様が他国に出掛ける度に、私に打ち掛けやら小袖やらをくれたのって」
「まあ間違いなく、褒美を強請らねぇお前にどうにかして返したかったからだろうな
似たような手法は俺も取られたことあるから、敢えて止めなかったし、俺も便乗してた」
「そう……ですね?
成実さんからも色々と沢山いただきましたね!?」
「俺からの分は褒美っつーよりかは、恋人に送るプレゼントだったけど」
箪笥に入りきれません、となった時、古い着物を捨てるのではなく、箪笥を増やしたのはいい思い出だ
古いと言っても、買ってから一年くらいしか経っていないから、捨てるのももったいなかったというか
「話が逸れた気もするけど、とにかく俺はお前ら兄妹の為にあれこれやってる方が好きなんだ
ま、感謝の気持ちで手作りのお菓子なんか差し入れしてくれりゃ嬉しいよ
小十郎とか綱元なんか感激してそうだ」
「確かに……その手がありましたね
今度、兄様と一緒に何か作ります」
「ずりーぞ、俺も混ぜろ」
「成実さんに渡すものなのに!?」
「俺とだって菓子作りなんざしたことねぇだろ
俺は仲間外れが嫌いなんだよ、なんか寂しくなる!」
十九歳の、しかも前世で長生きした記憶のある人が、仲間外れにされて寂しいなんて
私にしょっちゅう「可愛いこと言うな」なんて言うけど、そっくりそのまま返してやりたい
「あんまり可愛いこと言うの、やめて頂いていいですか?」
「お前、大の男を捕まえて可愛いはねぇだろ……」
「あるから言ってるんですよ!!」
どうして分かってくれないんだ
成実さん、可愛いのに!
そんなこんなでまったく理解を得られないまま、車は高校に到着した
「ありがとうございました!
行ってきます!」
「おう、行ってらっしゃい!
ちゃんと見守ってるから、安心しろよ」
「はい!
……え?」
見守っているって、どういう……?
嫌な予感が拭えないうちに、成実さんを乗せた自家用車は颯爽と走り去ってしまった
在りし日の決勝戦が脳裏を過ぎる
ひょっとすると、持ってくるべきはカイロではなく、胃薬だったのかもしれない……
三月に入ったとはいえ、寒さは続いている
未だに冬の装いは手放せない
「……」
三年間を共にした制服のジャケットを手に取る
買ったばかりの頃は汚れひとつなかったジャケットも、三年経てば多少なり汚れて、くたびれたようだ
そのジャケットに袖を通す
「……よし」
全身鏡で最終チェックをして、スクールバッグを取った
私は今日、高校を卒業する
「準備出来たか?」
リビングには成実さんが待ってくれていた
その手には車の鍵
何を隠そう、成実さんはとうとう免許を取ったのだ
「学校まで送ってやるよ
帰りは海夜と帰ってくるだろ?」
「ありがとうございます
そのまま海夜と寄り道すると思うので、お迎えは大丈夫です」
「ん、了解
晩メシはどうせ梵達がたんまり美味いもん作ってるだろうから、昼メシ食うなら軽めにしとけよ?」
「ふふ、了解です」
普段は両親が使う自家用車、その運転席に成実さんが乗り込んだ
助手席に私も乗って、エンジンがかかる
成実さんが免許を取って一ヶ月経つけど、この人でも運転する時は若葉マークを付けなきゃいけないから不思議な気持ちだ
「どうした?」
「いえ、前世でどんな荒馬も乗りこなした成実さんでも、車の運転は緊張するんだなぁと思ったらおかしくて」
「流石に馬に乗るのと車に乗るのとじゃ、話が違うからなぁ」
そう言いながら車道へハンドルを切る手は、慣れているようにも見える
自動車学校の合宿に二週間参加して一発で免許を取れるあたり、運転は問題ないのかも
そもそも、そうじゃなきゃ兄様達が成実さんの送迎を許可するはずもないか
「気分は大丈夫か?」
「大丈夫です」
「良かった
気分悪くなったら言ってくれ」
「はい」
でも、この調子なら問題ない気はする
別邸から向かうならまだ徒歩でも問題なかったけど、家から学校までは電車でも数駅かかる距離だ
成実さんの申し出を断る理由もなかった
「成実さんの卒業式はどんな感じでした?
やっぱり兄様達がお祝いしてくれましたか?」
「いや、俺は実家に帰ったかな
さすがに卒業式の後くらいは家族と一緒にいた方がいいと思ってよ」
「そうだったんですね
去年の今頃は、部活と学年末考査の勉強でてんやわんやしてた記憶しかなくて……」
「だろうなぁ
お前、本当に忙しそうだったし」
成実さんの入学式のことはまだ記憶に残っているけど、卒業式に関しては呼ばれた記憶もない
別邸でお祝いするとしても、ちょっとしたものだっただろうから、わざわざ呼ぶ程でもなかったのかも
……まあ、入学式の扱いがあれだから、そもそも別邸で卒業のお祝いをしなかった可能性もあるけど
「嫌になりませんか?
私と成実さんでこんなにも扱いが違うから」
「別に?
俺は梵に仕える立場だから、あいつの為に何かをしてやる事があっても、あいつから何かをされる側じゃないし
特に不満に思ったことはないな
綱元の時もそうだったし」
確かにそうかも
綱元さんが大学を卒業した時も、会社に入社した時も、大したお祝いはしなかった
個別に「おめでとうございます」とお伝えしたくらいだったのを思い出す
「昔の付き合い方がそのまま続いてるんだろうよ
厳格に主従関係が定まっていた、あの時代のやり方がさ
それを俺は不満に思うこともないし、こうしてこの時代でも梵や伊達家、そしてお前の役に立てることが嬉しい
見返りなんて求めちゃいないんだ
ただ梵とかお前から『よくやった』って言ってもらえれば、俺達はそれだけで頑張れる」
大通りの交差点に差し掛かって、成実さんがウインカーを上げてゆっくりと曲がっていく
その横顔は嘘をついているようには見えなくて、きっとそれが本心なんだろうと分かる
……だからこそ、なんだか寂しさを感じるのは、おかしいだろうか
「確かに成実さんは兄様に長くお仕えしてきて、私も幾度となく助けられましたけど……
でも、それを当たり前のことだと思いたくないです
お礼の言葉ひとつでいいなんて、成実さんの献身に見合っていない気がします」
「いいんだよ、それで
梵もさ、戦がある度に褒賞の目録をくれたけど、俺が辞退してたんだ
俺にとっての一番の褒美は、梵が作る竜の天下だった
それが成った上に、俺は伊達家の姫様まで嫁に貰ったんだ
これ以上何かを貰おうものなら、貰いすぎだって怒られそうだったしな」
「……そんなものなんでしょうか」
「俺にとっちゃ、そんなもんだ」
何かを懐かしむように目を細めて、成実さんは口元を綻ばせた
納得がいかないけど、成実さんにとってはそういうものなんだと言われたら、私が口を挟むことでもない
欲が無いというか何と言うか
……ああでも、私も似たようなものだったかもしれない
兄様から褒美について聞かれる度に、椿油だとか口紅だとか、さしてお金のかからないものを答えてきた
あの時の不満げな顔は、私の働きに見合っていないと思っていたからなのかもしれない
「もしかして、兄様が他国に出掛ける度に、私に打ち掛けやら小袖やらをくれたのって」
「まあ間違いなく、褒美を強請らねぇお前にどうにかして返したかったからだろうな
似たような手法は俺も取られたことあるから、敢えて止めなかったし、俺も便乗してた」
「そう……ですね?
成実さんからも色々と沢山いただきましたね!?」
「俺からの分は褒美っつーよりかは、恋人に送るプレゼントだったけど」
箪笥に入りきれません、となった時、古い着物を捨てるのではなく、箪笥を増やしたのはいい思い出だ
古いと言っても、買ってから一年くらいしか経っていないから、捨てるのももったいなかったというか
「話が逸れた気もするけど、とにかく俺はお前ら兄妹の為にあれこれやってる方が好きなんだ
ま、感謝の気持ちで手作りのお菓子なんか差し入れしてくれりゃ嬉しいよ
小十郎とか綱元なんか感激してそうだ」
「確かに……その手がありましたね
今度、兄様と一緒に何か作ります」
「ずりーぞ、俺も混ぜろ」
「成実さんに渡すものなのに!?」
「俺とだって菓子作りなんざしたことねぇだろ
俺は仲間外れが嫌いなんだよ、なんか寂しくなる!」
十九歳の、しかも前世で長生きした記憶のある人が、仲間外れにされて寂しいなんて
私にしょっちゅう「可愛いこと言うな」なんて言うけど、そっくりそのまま返してやりたい
「あんまり可愛いこと言うの、やめて頂いていいですか?」
「お前、大の男を捕まえて可愛いはねぇだろ……」
「あるから言ってるんですよ!!」
どうして分かってくれないんだ
成実さん、可愛いのに!
そんなこんなでまったく理解を得られないまま、車は高校に到着した
「ありがとうございました!
行ってきます!」
「おう、行ってらっしゃい!
ちゃんと見守ってるから、安心しろよ」
「はい!
……え?」
見守っているって、どういう……?
嫌な予感が拭えないうちに、成実さんを乗せた自家用車は颯爽と走り去ってしまった
在りし日の決勝戦が脳裏を過ぎる
ひょっとすると、持ってくるべきはカイロではなく、胃薬だったのかもしれない……
1/4ページ
