第十四話 待ち望む瞬間
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外の世界は完全な闇
──去ね、貴様に踏ませる地などない
あの時も同じ瞳をしていた
冷たく、けれどどこまでも澄んだ色の目
こいつが記憶を持っていなくて良かった、もし持っていたなら、まず間違いなく、殴り合いの取っ組み合いになっていたはずだ
唯一の主君と定めていた奴を、俺達が討ったのだから……
……とはいえ、だ
「聞こえなかったのか
去ねと言っている」
「テメェこそ聞こえなかったのか?
夕華は俺が貰い受けるって言っただろ」
室内で動く者はいない
ただ、俺と石田の睨み合いが続いていた
「貴様は──夕華の何だ?」
「は?」
「伊達夕華に恋人がいるという話は聞いていない
ならば貴様は何なのかと問うている」
「俺は……」
その問いに答えられるだけのものは、今の俺にはなかったと言っていい
正直のところ、俺と夕華が血縁関係の中でどの程度のものなのかさえ、俺は把握していない
以前のように従兄妹同士なのか、それとも、それ以上に離れたものなのか──
「……俺は、夕華の恋人になるはずの人間だよ」
「はず、だと?」
「ならないかもしれねぇし、そうなるかもしれねぇ
どっちにせよ、判断はこいつ次第だ
ただ、俺は、こいつの傍にいてやりたい……いなきゃ駄目なんだ」
傍を離れるなんてそんなことできるわけない
やっと巡り会えたのに
「……君の感情論は聞いていないんだけれどね、成実君」
「テメェ──」
「立場というものを理解したまえ
君が彼女と結ばれて何になる?
ただ徒に、一族の中で彼女が敵を作るだけじゃないか」
「敵……?」
「やはり知らなかったようだね……
だったら教えてあげよう、その方が君の為にもなるだろう
彼女は……伊達夕華は、伊達一族の末席の家の娘だ」
一族末席の、娘
それがどういうことを意味するのか、流石に分からない俺じゃない
そして、自分の生家がどの立場なのかも、十分によく理解している
「……そう、か
今度こそ、そうなっちまったか」
「置かれている立場は理解してくれたようだね
馬鹿ではない君なら分かるだろう、君と夕華君が結ばれるということが、彼女にとってどれほどの危険を孕んでいるのか」
「………」
「君は、その危険を彼女に冒せと言うのかい?
身の程を弁えない婚姻ほど、彼女の命までもを危うくさせるものはない、と分かっていて、それでも?」
こいつの言い分はすべて正しい
一から十まで、何もかも
でも、それでも、俺は思い出してしまった
記憶を取り戻してしまった
今ここで、夕華の手を振り切ること自体は簡単だ
だが──そうしてしまえば、俺は、絶対に一生の後悔をすることになる
……だから
「俺は……離れるなんて、できねえよ……!」
離れたくないんだ
離れてしまえば、もう二度と会えない気がしていた
せっかく掴んだ手を、ようやく取り戻せそうな幸福を、俺は手放すわけにはいかないんだ
俺の答えを聞いて、竹中が目を細める
その視線は鋭利な刃物に似ていて、思わず一歩後ずさってしまった
張り詰める緊迫感が病室を支配していく
時計の秒針が酷く大きく聞こえた
──不意に
「……ね……さ……」
俺達の耳に、微かな声が聞こえてきた
「……夕華?」
「まさか、意識が……?」
三人ともが夕華を囲む
意識が戻ったわけではないらしく、瞳は依然として固く閉ざされたままだった
ただ、僅かに半開きになった唇だけが、重苦しくも呼吸を続けていた
もう一度唇が動く
"成実さん"
声はなくとも、確かにそう動いていた
「夕華、貴様は……
それほどまでに、この男が良いのか……」
石田がポツリと呟く
ツ、と夕華の目尻から涙が筋を残していく
「……賭けに負けてしまえば、二度と彼には会えない
彼が記憶を取り戻すなんて保証はどこにもない……
それでも君は、彼を信じていたのかい……?」
答える声はない
けれど、俺も、そして二人も
夕華が何を望んでいたのか、誰を求めていたのか……それがはっきりと分かっていた
「三成君……
それでいいかい?」
「……半兵衛様の通りに……」
揺れる石田の瞳が、夕華を見つめる
その瞳に移る感情の正体に思い当たるものがあって、心の中で舌打ちをする
切なげに細められたその感情は、おそらく「恋」だ
──こいつ、惚れてやがったな……
まあ、記憶がないんなら仕方ねぇか
この場に水城が居なくて良かったな、居たら間違いなく、今頃こいつの頬に右ストレートがめり込んだはずだ
「……石田」
石田がこちらを振り向く
俺を見る瞳には、何も感情は──負の感情は乗っていなかった
「お前を待ってる奴がいるんだ
そいつを大事にしてやれよ」
竹中には分かっているようで
肩を竦めて、苦笑いをこぼしていた
「おい、竹中」
「なんだい」
「夕華からは完全に手を引いた方がいい」
「……どういうことだい?」
「今回のこの件、テメェが関わってるってのは、うちの奴らも勘付いてる
綱元が調査に当たってるからな、遅くても三日以内には調べがつくはずだ」
「……伊達側に、記憶を持っている人間はいないはずだよ」
そう呟く竹中の声は震えていた
そりゃそうだ、なにせ……みんな、隠すのが上手すぎた
「そいつぁ残念だったな
少なくとも、梵と綱元は確定だ
小十郎は……どっちか分かんねぇけど」
「そうか、そうだったのか……
まったく……つくづく僕は、運のない……」
「夕華から手を引くなら、俺から梵を説得しておく
テメェらだって、豊臣がまた傾くのは避けたいところだろ」
「脅しかい?」
「夕華を取り戻すためなら、俺は脅しだってやってのける」
ややあって──竹中は、観念したように肩の力を抜いた
そして、石田の肩をそっと叩いて
「行こうか、三成君」
「どこへ……?」
「君を待っている彼女の元へさ」
石田を促して、竹中が病室から出て行く
それに続きかけた石田が、ふと俺を振り返って、視線が一度だけ夕華に落ちた
「……夕華に伝えてほしい
貴様には好感が持てた、と」
「それだけか?」
「……私は、二度と貴様らの前に現れることはないだろう
ずっと待っていた男と幸せになれ、と
……それだけでいい」
そう告げて、石田も病室を出て行く
そして、ゆっくりと病室のドアは閉じられた
「……気持ちは伝えなくていいってか」
ああいうところは大人なんだな
なんとなく、男として少しだけ負けた気がして
でも、それ以上に、俺はすっきりした気持ちで病室の扉を見つめていた
──去ね、貴様に踏ませる地などない
あの時も同じ瞳をしていた
冷たく、けれどどこまでも澄んだ色の目
こいつが記憶を持っていなくて良かった、もし持っていたなら、まず間違いなく、殴り合いの取っ組み合いになっていたはずだ
唯一の主君と定めていた奴を、俺達が討ったのだから……
……とはいえ、だ
「聞こえなかったのか
去ねと言っている」
「テメェこそ聞こえなかったのか?
夕華は俺が貰い受けるって言っただろ」
室内で動く者はいない
ただ、俺と石田の睨み合いが続いていた
「貴様は──夕華の何だ?」
「は?」
「伊達夕華に恋人がいるという話は聞いていない
ならば貴様は何なのかと問うている」
「俺は……」
その問いに答えられるだけのものは、今の俺にはなかったと言っていい
正直のところ、俺と夕華が血縁関係の中でどの程度のものなのかさえ、俺は把握していない
以前のように従兄妹同士なのか、それとも、それ以上に離れたものなのか──
「……俺は、夕華の恋人になるはずの人間だよ」
「はず、だと?」
「ならないかもしれねぇし、そうなるかもしれねぇ
どっちにせよ、判断はこいつ次第だ
ただ、俺は、こいつの傍にいてやりたい……いなきゃ駄目なんだ」
傍を離れるなんてそんなことできるわけない
やっと巡り会えたのに
「……君の感情論は聞いていないんだけれどね、成実君」
「テメェ──」
「立場というものを理解したまえ
君が彼女と結ばれて何になる?
ただ徒に、一族の中で彼女が敵を作るだけじゃないか」
「敵……?」
「やはり知らなかったようだね……
だったら教えてあげよう、その方が君の為にもなるだろう
彼女は……伊達夕華は、伊達一族の末席の家の娘だ」
一族末席の、娘
それがどういうことを意味するのか、流石に分からない俺じゃない
そして、自分の生家がどの立場なのかも、十分によく理解している
「……そう、か
今度こそ、そうなっちまったか」
「置かれている立場は理解してくれたようだね
馬鹿ではない君なら分かるだろう、君と夕華君が結ばれるということが、彼女にとってどれほどの危険を孕んでいるのか」
「………」
「君は、その危険を彼女に冒せと言うのかい?
身の程を弁えない婚姻ほど、彼女の命までもを危うくさせるものはない、と分かっていて、それでも?」
こいつの言い分はすべて正しい
一から十まで、何もかも
でも、それでも、俺は思い出してしまった
記憶を取り戻してしまった
今ここで、夕華の手を振り切ること自体は簡単だ
だが──そうしてしまえば、俺は、絶対に一生の後悔をすることになる
……だから
「俺は……離れるなんて、できねえよ……!」
離れたくないんだ
離れてしまえば、もう二度と会えない気がしていた
せっかく掴んだ手を、ようやく取り戻せそうな幸福を、俺は手放すわけにはいかないんだ
俺の答えを聞いて、竹中が目を細める
その視線は鋭利な刃物に似ていて、思わず一歩後ずさってしまった
張り詰める緊迫感が病室を支配していく
時計の秒針が酷く大きく聞こえた
──不意に
「……ね……さ……」
俺達の耳に、微かな声が聞こえてきた
「……夕華?」
「まさか、意識が……?」
三人ともが夕華を囲む
意識が戻ったわけではないらしく、瞳は依然として固く閉ざされたままだった
ただ、僅かに半開きになった唇だけが、重苦しくも呼吸を続けていた
もう一度唇が動く
"成実さん"
声はなくとも、確かにそう動いていた
「夕華、貴様は……
それほどまでに、この男が良いのか……」
石田がポツリと呟く
ツ、と夕華の目尻から涙が筋を残していく
「……賭けに負けてしまえば、二度と彼には会えない
彼が記憶を取り戻すなんて保証はどこにもない……
それでも君は、彼を信じていたのかい……?」
答える声はない
けれど、俺も、そして二人も
夕華が何を望んでいたのか、誰を求めていたのか……それがはっきりと分かっていた
「三成君……
それでいいかい?」
「……半兵衛様の通りに……」
揺れる石田の瞳が、夕華を見つめる
その瞳に移る感情の正体に思い当たるものがあって、心の中で舌打ちをする
切なげに細められたその感情は、おそらく「恋」だ
──こいつ、惚れてやがったな……
まあ、記憶がないんなら仕方ねぇか
この場に水城が居なくて良かったな、居たら間違いなく、今頃こいつの頬に右ストレートがめり込んだはずだ
「……石田」
石田がこちらを振り向く
俺を見る瞳には、何も感情は──負の感情は乗っていなかった
「お前を待ってる奴がいるんだ
そいつを大事にしてやれよ」
竹中には分かっているようで
肩を竦めて、苦笑いをこぼしていた
「おい、竹中」
「なんだい」
「夕華からは完全に手を引いた方がいい」
「……どういうことだい?」
「今回のこの件、テメェが関わってるってのは、うちの奴らも勘付いてる
綱元が調査に当たってるからな、遅くても三日以内には調べがつくはずだ」
「……伊達側に、記憶を持っている人間はいないはずだよ」
そう呟く竹中の声は震えていた
そりゃそうだ、なにせ……みんな、隠すのが上手すぎた
「そいつぁ残念だったな
少なくとも、梵と綱元は確定だ
小十郎は……どっちか分かんねぇけど」
「そうか、そうだったのか……
まったく……つくづく僕は、運のない……」
「夕華から手を引くなら、俺から梵を説得しておく
テメェらだって、豊臣がまた傾くのは避けたいところだろ」
「脅しかい?」
「夕華を取り戻すためなら、俺は脅しだってやってのける」
ややあって──竹中は、観念したように肩の力を抜いた
そして、石田の肩をそっと叩いて
「行こうか、三成君」
「どこへ……?」
「君を待っている彼女の元へさ」
石田を促して、竹中が病室から出て行く
それに続きかけた石田が、ふと俺を振り返って、視線が一度だけ夕華に落ちた
「……夕華に伝えてほしい
貴様には好感が持てた、と」
「それだけか?」
「……私は、二度と貴様らの前に現れることはないだろう
ずっと待っていた男と幸せになれ、と
……それだけでいい」
そう告げて、石田も病室を出て行く
そして、ゆっくりと病室のドアは閉じられた
「……気持ちは伝えなくていいってか」
ああいうところは大人なんだな
なんとなく、男として少しだけ負けた気がして
でも、それ以上に、俺はすっきりした気持ちで病室の扉を見つめていた
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