汗も滴る王子様たち
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
わたしは、とても幸せ者だ。だけど、考えたこともなかった。そのせいで、わたしの見えないところで悲しんでる人もいるんだと言うこと。
今日はわたし達の学校、氷帝学園の文化祭。中学最後の文化祭ということもあって、みんなは気合いが十分入っているように見えた。景吾は今年も部活内で出し物をすると言っていて、わたしはさっそくテニス部の出し物のところへ遊びに来ていた。景吾がいて、他の部員がいて、いつもと何ら変わらない。ただひとつ珍しいと思ったのは、芥川くんがいつもの眠そうな表情と違って、何やら嬉しそうに走り回っていたこと。彼はそのまま抱き着くんじゃないかという勢いで、わたしの近くにいた宍戸くんの元へと走ってきた。
「宍戸、ほんと!?先輩が遊びに来るって!」
「おう、友達に誘われたらしいぜ」
自然と聞こえてきた声に、わたしは焦りを隠せなかった。芥川くんたちにとっての"先輩"はたった一人しかいない。その彼女がまだこの学校にいた頃は、男子テニス部のマネージャーをやっていて、景吾の、彼女でもあって。景吾が彼女のことをすごく好きだったのは、わたしが彼をずっと見ていたから知っていた。彼女の引退を目前に二人は別れたらしく、今はわたしが景吾と付き合っている。今でもたまに不安になる。わたしは先輩と同じぐらい愛されてるのかとか、まだ先輩のことを思い出したりすることはあるのか、とか。芥川くんのたった一言でいろんな考えがぐるぐると脳内を駆け巡って、足が地についていない気さえした。
「はな」
「……」
「おい、はな」
「え、あ」
彼の声がぼんやりと聞こえて、振り返ったのと同時にわたしの唇は景吾のそれと重なった。突然の出来事にただ驚きを隠せなくて慌てていると、景吾はざまあみろと言わんばかりに、口端をぐいっと吊り上げた。そんな彼の姿を目に焼き付けると、ひどく安心した。
「…みんないるのに」
「お前が何回呼んでも気付かねえからだろうが」
「ご、ごめん…」
さっきまでの考えがまた蘇ってきて、わたしは咄嗟に景吾からぱっと目を逸らした。こんなこと考えてた、なんて知られたら呆れられちゃう。こんなに汚い気持ちがあるなんて知られたら、嫌われてしまう。自分の中のもやもやを吹き飛ばしたくて頭をぶんぶん振ると、景吾は可笑しそうに笑った。
「何してんだお前は。ほら、行くぞ」
「え、行くって…」
「今から店番は交代だ。少しだけなら回れるだろ」
話の流れについていけなくておどおどしていると、痺れを切らした景吾はわたしの腕をおもむろに掴むと、たくさんの店が並ぶ道へと引っ張っていった。自然とつながった手は、直接景吾の体温を教えてくれた。先輩がもう来るんじゃないかな、なんて思ったけど、なんにも知らないふりをした。景吾の反応を見るのが怖くて仕方がなかったから。お願いだから。この手を離さないで。
「何か食べるか?」
「りんご飴、食べたいかも…」
「あーん?そんな物でいいのか?じゃあここで待ってろ」
そう言って景吾はりんご飴が売られている出店へと向かっていった。いつもは彼を待っているのが心地よかったけれど、今日は少し違った。このままどこかへ行っちゃうんじゃないかって考えてしまう。
「ほら、落とすんじゃねえぞ」
「ありがとう」
たくさんの店の前を通りながらりんご飴を頬張っていても、景吾はずっと手を繋いでくれていた。今こうしてくれることがわたしにとってはすごく安心出来るんだよ、って、伝えたい。なぜか鼻先がつんとした。
「そろそろ戻るか」
「うん」
手を引かれて、テニスコートへと向かう。ずんずんと先に歩いていた景吾の足が、コートに着いたと同時にぴたりと止まった。不思議に思って下に向けていた視線を上にあげると、彼女が、立っていた。
「あ…」
思わず漏れた声を塞ごうと口に手をあてた。景吾は今どんな顔をしてるんだろうか。怖くなって景吾を見上げたけど、いつもと何も変わらない。でも、わたしにはそういう風に見せているんじゃないかと思えた。
「景吾、久しぶり。みんな榊先生に呼ばれてたよ」
「あ、ああ」
思っていたよりも、断然普通に話す先輩に、少しだけ驚きを隠せなかった。先輩は笑ってそれだけ言うと、わたしの隣をすっと通り過ぎて行った。わたしはそんな先輩を思わず振り返って目で追った。先輩はわたしよりも、ずっと大人なんだ。景吾は、行ってくる、と言って、みんなが集まっている榊先生の元へと向かった。景吾の顔がちゃんと見れなかった。しばらく話をしたあとで、景吾たちは榊先生の「行ってよし」という言葉を受け取って解散すると、それぞれの持ち場へと帰っていった。そんな中景吾は、わたしの方へと向かって歩いてくる。
「悪い、待たせた」
「ううん、全然」
景吾、ちゃんとわたしを見てよ。今誰のことを考えてるの?その後も、景吾はわたしの隣に居たって、なにも話さなかった。不自然に静かすぎる空気の中、ふと景吾に目をやると、いつもきりっとしている眉が心なしか下がっているように見えた。景吾は、わたしのことでそんな表情をしたことがある?苦しくてたまらなくなったことがある?心の中で誰にとも言わず問い掛ける自分に虚しさが増した。
「けいご」
「あーん?」
「先輩のとこ行きなよ」
このままじゃ、ずっと景吾の優しさや弱さに甘えてしまう。絶対に後悔してしまう。わたしは景吾の後ろに回って彼の背中を両手で思いきり押してみせた。
「…何しやがる」
「あんたらしくないんだってば!さっきからずっと泣きそうな顔してる」
「てめえ…」
「だ、から、早く行ってよ…!」
不覚に漏れた涙が溢れそうな声に景吾の言葉がぴたりと止んだ。景吾も自分で気付いてる、はず。ただ、どこかでわたしを気にかけている。景吾の気持ちを押さえ込ませるような存在にはなりたくない。それなら自分からこの関係を終わらせる。わたし、そこまで弱くないんだからね。
「…悪い」
ほんの一瞬だけ、声が震えてる気がした。景吾は悪くない。自分を責める必要なんてない。景吾はちゃんと、わたしを好きでいてくれた。ついさっきまで、は。もう一度会っただけで気持ちが戻るなんて、景吾はそれほど先輩のことが好きだったんじゃないかとおもう。
「ばい、ばい…」
その言葉と同時に涙が溢れて止まらなかった。滲んだ視界の中で見えた景吾の背中は、今まで見たことがないほど男らしくて、目が離せなかった。
優しい嘘はいらない
自分で手放した恋。後悔なんて、してない。だからどうか、誰よりもしあわせになってね。
今日はわたし達の学校、氷帝学園の文化祭。中学最後の文化祭ということもあって、みんなは気合いが十分入っているように見えた。景吾は今年も部活内で出し物をすると言っていて、わたしはさっそくテニス部の出し物のところへ遊びに来ていた。景吾がいて、他の部員がいて、いつもと何ら変わらない。ただひとつ珍しいと思ったのは、芥川くんがいつもの眠そうな表情と違って、何やら嬉しそうに走り回っていたこと。彼はそのまま抱き着くんじゃないかという勢いで、わたしの近くにいた宍戸くんの元へと走ってきた。
「宍戸、ほんと!?先輩が遊びに来るって!」
「おう、友達に誘われたらしいぜ」
自然と聞こえてきた声に、わたしは焦りを隠せなかった。芥川くんたちにとっての"先輩"はたった一人しかいない。その彼女がまだこの学校にいた頃は、男子テニス部のマネージャーをやっていて、景吾の、彼女でもあって。景吾が彼女のことをすごく好きだったのは、わたしが彼をずっと見ていたから知っていた。彼女の引退を目前に二人は別れたらしく、今はわたしが景吾と付き合っている。今でもたまに不安になる。わたしは先輩と同じぐらい愛されてるのかとか、まだ先輩のことを思い出したりすることはあるのか、とか。芥川くんのたった一言でいろんな考えがぐるぐると脳内を駆け巡って、足が地についていない気さえした。
「はな」
「……」
「おい、はな」
「え、あ」
彼の声がぼんやりと聞こえて、振り返ったのと同時にわたしの唇は景吾のそれと重なった。突然の出来事にただ驚きを隠せなくて慌てていると、景吾はざまあみろと言わんばかりに、口端をぐいっと吊り上げた。そんな彼の姿を目に焼き付けると、ひどく安心した。
「…みんないるのに」
「お前が何回呼んでも気付かねえからだろうが」
「ご、ごめん…」
さっきまでの考えがまた蘇ってきて、わたしは咄嗟に景吾からぱっと目を逸らした。こんなこと考えてた、なんて知られたら呆れられちゃう。こんなに汚い気持ちがあるなんて知られたら、嫌われてしまう。自分の中のもやもやを吹き飛ばしたくて頭をぶんぶん振ると、景吾は可笑しそうに笑った。
「何してんだお前は。ほら、行くぞ」
「え、行くって…」
「今から店番は交代だ。少しだけなら回れるだろ」
話の流れについていけなくておどおどしていると、痺れを切らした景吾はわたしの腕をおもむろに掴むと、たくさんの店が並ぶ道へと引っ張っていった。自然とつながった手は、直接景吾の体温を教えてくれた。先輩がもう来るんじゃないかな、なんて思ったけど、なんにも知らないふりをした。景吾の反応を見るのが怖くて仕方がなかったから。お願いだから。この手を離さないで。
「何か食べるか?」
「りんご飴、食べたいかも…」
「あーん?そんな物でいいのか?じゃあここで待ってろ」
そう言って景吾はりんご飴が売られている出店へと向かっていった。いつもは彼を待っているのが心地よかったけれど、今日は少し違った。このままどこかへ行っちゃうんじゃないかって考えてしまう。
「ほら、落とすんじゃねえぞ」
「ありがとう」
たくさんの店の前を通りながらりんご飴を頬張っていても、景吾はずっと手を繋いでくれていた。今こうしてくれることがわたしにとってはすごく安心出来るんだよ、って、伝えたい。なぜか鼻先がつんとした。
「そろそろ戻るか」
「うん」
手を引かれて、テニスコートへと向かう。ずんずんと先に歩いていた景吾の足が、コートに着いたと同時にぴたりと止まった。不思議に思って下に向けていた視線を上にあげると、彼女が、立っていた。
「あ…」
思わず漏れた声を塞ごうと口に手をあてた。景吾は今どんな顔をしてるんだろうか。怖くなって景吾を見上げたけど、いつもと何も変わらない。でも、わたしにはそういう風に見せているんじゃないかと思えた。
「景吾、久しぶり。みんな榊先生に呼ばれてたよ」
「あ、ああ」
思っていたよりも、断然普通に話す先輩に、少しだけ驚きを隠せなかった。先輩は笑ってそれだけ言うと、わたしの隣をすっと通り過ぎて行った。わたしはそんな先輩を思わず振り返って目で追った。先輩はわたしよりも、ずっと大人なんだ。景吾は、行ってくる、と言って、みんなが集まっている榊先生の元へと向かった。景吾の顔がちゃんと見れなかった。しばらく話をしたあとで、景吾たちは榊先生の「行ってよし」という言葉を受け取って解散すると、それぞれの持ち場へと帰っていった。そんな中景吾は、わたしの方へと向かって歩いてくる。
「悪い、待たせた」
「ううん、全然」
景吾、ちゃんとわたしを見てよ。今誰のことを考えてるの?その後も、景吾はわたしの隣に居たって、なにも話さなかった。不自然に静かすぎる空気の中、ふと景吾に目をやると、いつもきりっとしている眉が心なしか下がっているように見えた。景吾は、わたしのことでそんな表情をしたことがある?苦しくてたまらなくなったことがある?心の中で誰にとも言わず問い掛ける自分に虚しさが増した。
「けいご」
「あーん?」
「先輩のとこ行きなよ」
このままじゃ、ずっと景吾の優しさや弱さに甘えてしまう。絶対に後悔してしまう。わたしは景吾の後ろに回って彼の背中を両手で思いきり押してみせた。
「…何しやがる」
「あんたらしくないんだってば!さっきからずっと泣きそうな顔してる」
「てめえ…」
「だ、から、早く行ってよ…!」
不覚に漏れた涙が溢れそうな声に景吾の言葉がぴたりと止んだ。景吾も自分で気付いてる、はず。ただ、どこかでわたしを気にかけている。景吾の気持ちを押さえ込ませるような存在にはなりたくない。それなら自分からこの関係を終わらせる。わたし、そこまで弱くないんだからね。
「…悪い」
ほんの一瞬だけ、声が震えてる気がした。景吾は悪くない。自分を責める必要なんてない。景吾はちゃんと、わたしを好きでいてくれた。ついさっきまで、は。もう一度会っただけで気持ちが戻るなんて、景吾はそれほど先輩のことが好きだったんじゃないかとおもう。
「ばい、ばい…」
その言葉と同時に涙が溢れて止まらなかった。滲んだ視界の中で見えた景吾の背中は、今まで見たことがないほど男らしくて、目が離せなかった。
優しい嘘はいらない
自分で手放した恋。後悔なんて、してない。だからどうか、誰よりもしあわせになってね。
