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蕾が咲いた
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ペラ、ペラと紙の捲れる音がする。
もう七月にもかかわらず、暖炉の熱が気持ちいい特等席で読書をすることが大好きな子供を、この子の養父にあたる人物は咎めなんてしない。むしろ、隣のソファに腰かけ微笑ましそうに見守っている。
この少年の名はナマエ・ミョウジという。ナマエは魔法族の生まれでありながら魔力を持たずして生きる人間、スクイブの母と、純血ではないが魔法を使えないマグル生まれでもない、半純血の父のもと産まれた。
両親は一部の魔法族──特に純血の魔法使い──から吊し上げられ痛罵されるマグル を差別することなく育ってほしいと願いを胸に抱き、子と共に魔法界ではなくマグル界での生活を歩んできた。
ただ、歳を重ねるごとに身体が弱っていく虚弱な母は出産後、病に侵されていった。ナマエが六歳になったころ、父子に見守られ静かに事切れた。享年二十九歳。
父は風邪なんか引いたこともない健康体だったが、愛する妻が亡くなったあと目に見えて衰えていった。それでも子への想いは少しも欠けることなく、母親の想いをも自身が注いで愛情深くナマエを育てた。
それでも身体はもう限界を迎えていたのだろう。一人で慣れない子供の育児、大切な人を失った悲しみ、自分と子の将来の不安。真面目で穏やかな父の繊細な心は壊れてしまった。
希少な素材で作られた毒薬を飲みひとり静かに自死。享年三十一歳。ナマエは八歳になった。
ナマエに親戚はいない。いや、頼れる親戚がいない。スクイブという存在は、魔法界では肩身が狭い思いをしたり、自身に対して卑屈になってしまうことが多かった。魔法族の血を継いでいるのに魔法を使えないとはどういうことだ、と、身内からそう言われる者は決して少なくない。ゆえに母は両親や魔法界での蔑むような視線に耐えられず、家族との縁を切った。父の方はと言うと、これもまたスクイブの母が理由だった。スクイブなんかと結婚して恥ずかしくはないのか、お前はうちの息子だろう?そんな面目立たない真似はよしとくれ。父は「まだこんな事を言う奴が身内にいるなんて!」と愛する人を貶されたことに激怒し、そのままパタリと関係を絶った。
両親はその話をナマエにしたがらなかった。ナマエは昔から大人しく、感受性の高さは父親譲り。暗い話をして眉を下げさせたくはなかった。
それでも、毒を服薬する前に遺した遺書にはちゃんと記されていた。双方の両親についてだったり、遺産のこと。綺麗な字で長々と書かれたそれの最後の一枚には、『新しいお父さんのお家だよ』と、その一言と住所が書き留められ、余白だけがのこっていた。
ナマエは両親の死亡時どう対応すればよいかが分からなかったため、先に遺書にあった住所へ向かった。玄関のチャイムを鳴らして出てきた人物はひどく驚いた顔をしたあと、まるですべてを察したかのように眉を顰めた。
そうか、そうか。来てくれてありがとう。ナマエの養父となるこの人物はそう言うと、冷えた手を取って家へ招いた。
男の名はゼファー・フロスト。名前に似合わず暖かい部屋で冷え性のナマエは少し嬉しくなった。聞きたいことは山ほどあったが、必要なことを済ませてからゆっくり話そうと言われそれはそうだと頷いた。
ナマエはゼファーが何をしているのかちっとも分からなかったが、ゼファーについては少しずつ分かってきた。お人好しそうなタレ目はうちの近所にいるおばさんに好かれそうだなとか、この大きい機械は仕事で使うのかな、おそらく生物か何かを調べるためだろうなとか。
ナマエの両親はナマエに人とのつながりの尊さを覚えてほしく、旅行やドライブなどの他人と触れ合う機会を多くつくった。おかげで暇さえあれば人と話す、みたいなことにはならなかった代わりに、感情の変化だったり、眉間のシワが少し深くなったとかの誰も気付かないであろうことに敏感になった。
すなわち洞察力が優れ戦闘でも相手の動きを予測できる、厄介な相手になれる。反対に向こうにとって気持ちのいい人間になりやすいとも言える。
このように、ちょっとの情報でも相手の為人が分かってしまうナマエは、ゼファー・フロストという人間を姿形、家具などからどんどん紐解いていく。
父と同じ筋肉質で縦に長い。身長は百八十センチ前後。
白髪なんて一本も混じっていないように見える自身に似た焦げ茶の髪。ただ彼はこんなにくるくるしていない。
瞳はレモンキャンディと同じ黄色。妙にキラキラしているから色素が薄めの金色かとも思った。
鼻はとても高いが彼はとても謙虚で自分に自信がないタイプ。大きい口は笑わせられるととても気持ちがいいだろう。
しっかりした首にある喉仏はまさに男らしく格好良い。いつか自分もできるだろうか。
ゼファーの容姿だけを見てもあまり詳しい情報は分からなくて、ナマエはほんのちょっぴり悔しくなった。他人の癖などすぐ見破れるナマエだが、ゼファーの持ってる癖は全くもって見つからないのだ。もしかしたら彼は生物が自然と身に着けてしまう癖なんてものが無いのかもしれない。
まだ後ろ髪を引かれる思いがありつつもゼファーの生活用品に目を向けた。
先ほど出してもらった紅茶を淹れてあるティーセットは白く艶のある茶器に黄色と赤色の花が小さく描かれている。同じ柄のものを見たことがなくとも白が目立つこのティーセットは馴染み深い。
棚という棚には本がさんざん埋め込まれており、インテリアと言えるものは学生時代のものだろう写真だけだ。隣にいる人物の見当は全く付かないが、ゼファーとは少し離れた場所にいる青いネクタイをした生徒は間違いなく父だろう。面影があるというか、そのまんまだ。そういえば父はかなりの童顔だった。
本棚にある本の種類はやはり生物学系が多かった。それも魔法生物。ゼファーの性格的にただの趣味を学者レベルで極めているだけという可能性がなくはないが、それでも別に問題はない。もし他の仕事をしているなら、その職を失ったとき探さずにできる仕事として候補に入れとけばいい。
他にもキッチンを遠目で見たり、魔法を使っているところを観察する。ここまで見た感じだとお金はある。ただ、家具や生活用品には金をかけず実験機器に全てつぎ込んでいる。多分ほとんどの部屋は大きい機械で埋もれていたり書斎と化しているのでは無いだろうか。その場合、自身の魔力が暴走してしまった時についうっかり破壊してしまいそうだ。壊したくて壊してるわけじゃないし物を直す魔法もあるみたいだから──暴走したとき父によく直してもらっていた──肝が冷えるくらいで済むが、対策できるならするべきだろう。
どうしたものか、とナマエはゼファーを見つめながら考える。ゼファーは今日一日にすることがようやっと終わり、見つめてくる友人の子に首を傾げて椅子に腰かけた。どうしたの。ゼファーがそう問えば、ナマエはこう返した。「ゼファーさんの大切な機械を壊してしまうかも」と。
ゼファーからしたらどうしてそうなったか分からない回答で、少し固まった。素直にどうして?と再び問いかけるとナマエは先ほど考えた考察を手短に説明し、自分はまだ未熟な子供だから魔力を上手く制御できない、魔力が暴走するとこの家にあるものは無差別に破壊されてしまうかもしれない、と申し訳なさそうに話す。ゼファーは正面にいる子供の丁寧さに目を見開いてナマエを見ていたが、沈黙が生まれ自分の番だと気づき目の前の少年へ声を返した。
君は魔法学校にも通っていない子供なのだから、仕方がない。怒ることも、呆れることだってない。僕たちはこれから同じ屋根の下で暮らすんだ、自由にしていい。
今度はナマエが目を見開く番だった。と言っても一瞬で、次の瞬間には嬉しそうに頬を染めていた。
ナマエは、父がすでに養子縁組の手続きを済ませていたことをゼファーから聞き、少しだけ悲しくなった。
きちんと母のもとにいけたかなと思う気持ちもあれば、自身を育てていた間にもう覚悟を決めていたのかという寂しさだってある。この子は生を享けて八年。どんなに大人びていても、まだ二桁にもなっていない子供なことにはかわりない。
疲れただろうからと寝室へ招かれ、ゼファーはハグだけ残して居間へと戻ってしまった。新調したらしいベッドはかなり大きく、ふかふかだ。きっとナマエとゼファーの二人が乗っても軋む気配すらないだろう。ゆるく開かれたカーテンの隙間から覗く月光がナマエの足元を照らして、寝転がったナマエは黙って天井を見上げた。
──父が死んだ。その変えようもない事実が今さらナマエを苦しめる。気づけば涙はボロボロ溢れでて、引きつった声が漏れた。
お父さん、お母さん。
帰ってきて。
腫れた目をそよ風が優しく撫で、泣き疲れたナマエは誘われるように深い眠りへと落ちた。
あと少しで午後になるころナマエは起きた。早くには寝たが、脳が休息を求めていたのだ。ろくに布団も被らず眠ったため風邪の一つや二つ引いているかと思ったが、ちょうどいい重さの掛け布団と毛布がナマエを包んでいた。ゼファーが掛けてくれたんだな。ナマエは昨夜の悲しみがじんわり薄れていくのを感じて、嬉しさとほんの少しの寂しさをおぼえた。
階段を下りた先の居間には、三人がけのソファに座って紅茶を飲むゼファーを見つけた。これから共に暮らすことをどこか非現実的に受け止めていたナマエだが、目の前の光景に無性に胸が締め付けられた。たまらなくなってゼファーの隣に腰かけ、触り心地が気に入ったブランケットで二人一緒にくるまった。涙の跡が残るナマエを見たあと、心配で眠れなかったゼファーは驚きで動けなかったのも束の間、自分に抱きつく子供を思い切り抱き返した。
紅茶はいるかい。
ココアのほうが好き。
覚えておくよ。
甘いココアと、ゼファーと。悲しい思い出は決して無くならないが、この子にとって頼れる大人ができた安心感というのは、何ものにも代えがたいことだったのだ。
もう七月にもかかわらず、暖炉の熱が気持ちいい特等席で読書をすることが大好きな子供を、この子の養父にあたる人物は咎めなんてしない。むしろ、隣のソファに腰かけ微笑ましそうに見守っている。
この少年の名はナマエ・ミョウジという。ナマエは魔法族の生まれでありながら魔力を持たずして生きる人間、スクイブの母と、純血ではないが魔法を使えないマグル生まれでもない、半純血の父のもと産まれた。
両親は一部の魔法族──特に純血の魔法使い──から吊し上げられ痛罵される
ただ、歳を重ねるごとに身体が弱っていく虚弱な母は出産後、病に侵されていった。ナマエが六歳になったころ、父子に見守られ静かに事切れた。享年二十九歳。
父は風邪なんか引いたこともない健康体だったが、愛する妻が亡くなったあと目に見えて衰えていった。それでも子への想いは少しも欠けることなく、母親の想いをも自身が注いで愛情深くナマエを育てた。
それでも身体はもう限界を迎えていたのだろう。一人で慣れない子供の育児、大切な人を失った悲しみ、自分と子の将来の不安。真面目で穏やかな父の繊細な心は壊れてしまった。
希少な素材で作られた毒薬を飲みひとり静かに自死。享年三十一歳。ナマエは八歳になった。
ナマエに親戚はいない。いや、頼れる親戚がいない。スクイブという存在は、魔法界では肩身が狭い思いをしたり、自身に対して卑屈になってしまうことが多かった。魔法族の血を継いでいるのに魔法を使えないとはどういうことだ、と、身内からそう言われる者は決して少なくない。ゆえに母は両親や魔法界での蔑むような視線に耐えられず、家族との縁を切った。父の方はと言うと、これもまたスクイブの母が理由だった。スクイブなんかと結婚して恥ずかしくはないのか、お前はうちの息子だろう?そんな面目立たない真似はよしとくれ。父は「まだこんな事を言う奴が身内にいるなんて!」と愛する人を貶されたことに激怒し、そのままパタリと関係を絶った。
両親はその話をナマエにしたがらなかった。ナマエは昔から大人しく、感受性の高さは父親譲り。暗い話をして眉を下げさせたくはなかった。
それでも、毒を服薬する前に遺した遺書にはちゃんと記されていた。双方の両親についてだったり、遺産のこと。綺麗な字で長々と書かれたそれの最後の一枚には、『新しいお父さんのお家だよ』と、その一言と住所が書き留められ、余白だけがのこっていた。
ナマエは両親の死亡時どう対応すればよいかが分からなかったため、先に遺書にあった住所へ向かった。玄関のチャイムを鳴らして出てきた人物はひどく驚いた顔をしたあと、まるですべてを察したかのように眉を顰めた。
そうか、そうか。来てくれてありがとう。ナマエの養父となるこの人物はそう言うと、冷えた手を取って家へ招いた。
男の名はゼファー・フロスト。名前に似合わず暖かい部屋で冷え性のナマエは少し嬉しくなった。聞きたいことは山ほどあったが、必要なことを済ませてからゆっくり話そうと言われそれはそうだと頷いた。
ナマエはゼファーが何をしているのかちっとも分からなかったが、ゼファーについては少しずつ分かってきた。お人好しそうなタレ目はうちの近所にいるおばさんに好かれそうだなとか、この大きい機械は仕事で使うのかな、おそらく生物か何かを調べるためだろうなとか。
ナマエの両親はナマエに人とのつながりの尊さを覚えてほしく、旅行やドライブなどの他人と触れ合う機会を多くつくった。おかげで暇さえあれば人と話す、みたいなことにはならなかった代わりに、感情の変化だったり、眉間のシワが少し深くなったとかの誰も気付かないであろうことに敏感になった。
すなわち洞察力が優れ戦闘でも相手の動きを予測できる、厄介な相手になれる。反対に向こうにとって気持ちのいい人間になりやすいとも言える。
このように、ちょっとの情報でも相手の為人が分かってしまうナマエは、ゼファー・フロストという人間を姿形、家具などからどんどん紐解いていく。
父と同じ筋肉質で縦に長い。身長は百八十センチ前後。
白髪なんて一本も混じっていないように見える自身に似た焦げ茶の髪。ただ彼はこんなにくるくるしていない。
瞳はレモンキャンディと同じ黄色。妙にキラキラしているから色素が薄めの金色かとも思った。
鼻はとても高いが彼はとても謙虚で自分に自信がないタイプ。大きい口は笑わせられるととても気持ちがいいだろう。
しっかりした首にある喉仏はまさに男らしく格好良い。いつか自分もできるだろうか。
ゼファーの容姿だけを見てもあまり詳しい情報は分からなくて、ナマエはほんのちょっぴり悔しくなった。他人の癖などすぐ見破れるナマエだが、ゼファーの持ってる癖は全くもって見つからないのだ。もしかしたら彼は生物が自然と身に着けてしまう癖なんてものが無いのかもしれない。
まだ後ろ髪を引かれる思いがありつつもゼファーの生活用品に目を向けた。
先ほど出してもらった紅茶を淹れてあるティーセットは白く艶のある茶器に黄色と赤色の花が小さく描かれている。同じ柄のものを見たことがなくとも白が目立つこのティーセットは馴染み深い。
棚という棚には本がさんざん埋め込まれており、インテリアと言えるものは学生時代のものだろう写真だけだ。隣にいる人物の見当は全く付かないが、ゼファーとは少し離れた場所にいる青いネクタイをした生徒は間違いなく父だろう。面影があるというか、そのまんまだ。そういえば父はかなりの童顔だった。
本棚にある本の種類はやはり生物学系が多かった。それも魔法生物。ゼファーの性格的にただの趣味を学者レベルで極めているだけという可能性がなくはないが、それでも別に問題はない。もし他の仕事をしているなら、その職を失ったとき探さずにできる仕事として候補に入れとけばいい。
他にもキッチンを遠目で見たり、魔法を使っているところを観察する。ここまで見た感じだとお金はある。ただ、家具や生活用品には金をかけず実験機器に全てつぎ込んでいる。多分ほとんどの部屋は大きい機械で埋もれていたり書斎と化しているのでは無いだろうか。その場合、自身の魔力が暴走してしまった時についうっかり破壊してしまいそうだ。壊したくて壊してるわけじゃないし物を直す魔法もあるみたいだから──暴走したとき父によく直してもらっていた──肝が冷えるくらいで済むが、対策できるならするべきだろう。
どうしたものか、とナマエはゼファーを見つめながら考える。ゼファーは今日一日にすることがようやっと終わり、見つめてくる友人の子に首を傾げて椅子に腰かけた。どうしたの。ゼファーがそう問えば、ナマエはこう返した。「ゼファーさんの大切な機械を壊してしまうかも」と。
ゼファーからしたらどうしてそうなったか分からない回答で、少し固まった。素直にどうして?と再び問いかけるとナマエは先ほど考えた考察を手短に説明し、自分はまだ未熟な子供だから魔力を上手く制御できない、魔力が暴走するとこの家にあるものは無差別に破壊されてしまうかもしれない、と申し訳なさそうに話す。ゼファーは正面にいる子供の丁寧さに目を見開いてナマエを見ていたが、沈黙が生まれ自分の番だと気づき目の前の少年へ声を返した。
君は魔法学校にも通っていない子供なのだから、仕方がない。怒ることも、呆れることだってない。僕たちはこれから同じ屋根の下で暮らすんだ、自由にしていい。
今度はナマエが目を見開く番だった。と言っても一瞬で、次の瞬間には嬉しそうに頬を染めていた。
ナマエは、父がすでに養子縁組の手続きを済ませていたことをゼファーから聞き、少しだけ悲しくなった。
きちんと母のもとにいけたかなと思う気持ちもあれば、自身を育てていた間にもう覚悟を決めていたのかという寂しさだってある。この子は生を享けて八年。どんなに大人びていても、まだ二桁にもなっていない子供なことにはかわりない。
疲れただろうからと寝室へ招かれ、ゼファーはハグだけ残して居間へと戻ってしまった。新調したらしいベッドはかなり大きく、ふかふかだ。きっとナマエとゼファーの二人が乗っても軋む気配すらないだろう。ゆるく開かれたカーテンの隙間から覗く月光がナマエの足元を照らして、寝転がったナマエは黙って天井を見上げた。
──父が死んだ。その変えようもない事実が今さらナマエを苦しめる。気づけば涙はボロボロ溢れでて、引きつった声が漏れた。
お父さん、お母さん。
帰ってきて。
腫れた目をそよ風が優しく撫で、泣き疲れたナマエは誘われるように深い眠りへと落ちた。
あと少しで午後になるころナマエは起きた。早くには寝たが、脳が休息を求めていたのだ。ろくに布団も被らず眠ったため風邪の一つや二つ引いているかと思ったが、ちょうどいい重さの掛け布団と毛布がナマエを包んでいた。ゼファーが掛けてくれたんだな。ナマエは昨夜の悲しみがじんわり薄れていくのを感じて、嬉しさとほんの少しの寂しさをおぼえた。
階段を下りた先の居間には、三人がけのソファに座って紅茶を飲むゼファーを見つけた。これから共に暮らすことをどこか非現実的に受け止めていたナマエだが、目の前の光景に無性に胸が締め付けられた。たまらなくなってゼファーの隣に腰かけ、触り心地が気に入ったブランケットで二人一緒にくるまった。涙の跡が残るナマエを見たあと、心配で眠れなかったゼファーは驚きで動けなかったのも束の間、自分に抱きつく子供を思い切り抱き返した。
紅茶はいるかい。
ココアのほうが好き。
覚えておくよ。
甘いココアと、ゼファーと。悲しい思い出は決して無くならないが、この子にとって頼れる大人ができた安心感というのは、何ものにも代えがたいことだったのだ。
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