短い話
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ホルマジオは猫を瓶詰めする。
嗜虐心を満たすためではない。
ギャングなのだから一般の人よりは残虐さは持ち合わせているのだろう。だが虐待して快楽を得るような利己的快楽主義者ではない。何より、ホルマジオは猫を可愛がっていた。
残念なことに猫からはあまり好かれないのだが。抱き上げると爪を立てられ、キスを迫れば鳴き叫び全力で拒否される。それでも毎日餌を欠かさず、懲りずに抱き上げる。彼にとって猫を瓶詰めすることはゲージに入れることと同等なのだ。
そんなホルマジオには最近お気に入りの猫がいた。
大人の猫なのだが小柄なその子は、子猫のようだった。
勿論その猫にも嫌がられている。なでても抱き上げてもキスをしても、にゃーにゃー啼いて身をよじる。その行動すら可愛いと思えるほどに溺愛していた。ホルマジオがその猫に初めて出会ったのは夜、雨が降った時のことだった。
任務帰りに急に雨に降られ、一旦軒先に避難する。普段いかない町での任務だった彼はあまりこの土地を知らずどうしようか、とため息をついた。そこへ女性が駆け込む。同じく雨から避難してきたようだった。
「おーおー、傘はどうしたんだよ。予報見てこなかったのかァ~…?」
「…あなただって」
「オレの家は隣町だ。ここの雲の予定まで把握してねえ」
そう言って片眉を上げる。彼女は一瞬きょとんとした後ふわっと笑った。その笑みはホルマジオの心を擽る。
雨は待っていれば止みそうなほどの強さだった。
「どこかいい店教えてくれよ」
「夜の店はあまり…」
彼女は夜に出ることがないと話す。確かに彼女の様相は夜の街にいるようなタイプではなかった。
「…あきらめて濡れて帰った方が良さそうですね」
「今なら帰りながらシャワーも浴びられそうだしなァ〜…」
口ではそう言うもののホルマジオには帰る気がなかった。濡れたくない、などという理由ではない。まだここにいたい。なにか名残惜しいような感覚に自然とそう思っていた。
彼女が帰るために走る覚悟をしかけたとき、突如後ろのドアが開く。小さくベルが鳴り、開いたことを知らせる。その音に2人は振り返る。ドアから初老の男性が顔を覗かせていた。
「いつまでそこに立っているんだね?雨宿りなら中でどうかな」
駆け込んだ軒先は朗らかに笑うこの男性のお店のようだった。
「…驚いたな。店だったのか。気付かなかったぜ」
「こじんまりとやっているからね…しかしこんな目の前にあっても気づかれないとは」
「悪いな、このベッラに見とれちまっててよォ~~…。でもドア前に照明ぐらいつけといたほうがいいんじゃあねーか?」
「ご忠告どうも。考えておこう。お前さんのほうはもうちょい周りを見た方が良さそうだ」
ホルマジオは社交的だ。初めて会ったこの男性とも冗談を交えて打ち解けてしまう。対して彼女は内向的で、人と打ち解けるのに時間を要する。軒先で出会ったばかりのホルマジオと2人だけで会話できたのは、彼の話術のおかげだと彼女は感じていた。
黙って動かない彼女にホルマジオがドアを押さえる。
「どうぞベッラ」
彼女は迷っていた。夜のお店は経験がないし、正直あまりいいイメージがない。しかし雨は降っているし、この店の男性はとても人が良さそうだった。そしてなにより一人じゃない。会ったばかりだが、ホルマジオはうまく距離を詰めてくれた。少し冒険してみてもいいかもしれない。どうせ雨は降っているのだから。
ドアを押さえてくれたホルマジオにお礼を伝え、おずおずと店内へ入る。小さな店内は落ち着いていて、主に男性の友人達が利用しているのだろう。同じく初老の人が数名、談笑しつつ酒を嗜んでいた。2人掛けのテーブルに勧められ、ドリンクと軽い食事を注文する。
「名前を聞いてなかったな。ホルマジオだ。」
「名無し、です」
ときどき店主やほかの客と話を交えながら過ごす夜は想像よりも楽しく、雨が上がったあともしばらく2人は店にいた。
「絶対に今度紹介しろよ?約束だぜ?」
「はい、もちろん!」
会話の中で名無しが猫を飼っていること、ホルマジオが猫好きなことが判明した。人懐っこい子なのと話す名無しに対し、どんな猫にでも嫌われるぜというホルマジオ。ならば今度会わせてくれと約束を取り付けたのだった。
すっかり打ち解けた2人は店を後にし、雨上がりの濡れた道を別々に歩いて行った。
それから猫を通じてもう一度会うと、2人は食事に行くようになる。ホルマジオはよく知らなかった町の店を発掘していくことが楽しく、名無しは友人ができたと喜んだ。
「どうして嫌われてしまうんですかね…」
「他の猫の匂いがするからじゃねーかと言うやつがいたなァ〜…
オレはちげえと思うがよ」
「嫉妬、ですかね。…猫もするのかな」
本当に人懐っこいんです!と豪語する名無しだったが、やはりホルマジオは嫌がられてしまっていた。残念そうにする名無しにホルマジオが笑う。
「なんでオメーが落ち込むんだよ。嫌われてんのはオレだぜ?」
「だって…好きなのに伝わらないなんて悲しいじゃないですか…ホルマジオさんは本当に猫が好きなのに…」
「奴らにゃ言葉が通じねえ…しょうがねーだろ?
それにいくら引っかかれようが懲りずに可愛がるオレもオレだ」
最近できたばかりの引っ掻き傷を見せてわざとらしくため息をつく。いつだって和ませてくれるホルマジオに名無しの心は開ききっていた。
出会ってから数か月後、ホルマジオはあの店を訪れていた。
「いらっしゃい。……!ああ、久しぶりだね」
「よく覚えてんな。人違いなら傷つくぜ〜〜?」
「よぅく覚えてるさ。お前さんみたいな若い人がこの店に来ることはあまりないからね」
それでどうしたんだい。席に着こうとしないホルマジオに、ただ店に来ただけではないと察した店主が聞く。
「アクアパッツァを持ち帰りたくてな」
「ああ構わないが…。食べて行かないのか?」
「そうしてーが生憎時間が無くてなァ~…」
店主は調理を始めながら、出来るまではとホルマジオに席を勧めた。そしてホルマジオに話し出す。
「そのアクアパッツァは名無しが、気に入ってくれたみたいでね…」
店主によると、名無しはあの日から一人で店に通うようになっていた。しかしここ数週間、まったく顔を見せなくなったという。一週間に一度は必ず来店していたのに。そう言う男性は寂しそうだった。
「そいつは残念だな」
「少し前から青年が常連になってな。彼女とも打ち解けて…いい関係に見えたんだがな。彼も残念がっているよ…さあ出来たぞ」
店主から料理を受け取るとお代を渡し、礼を言って店を出る。
「その男に伝えとけ。…猫は沢山いるってな」
自宅に着いたホルマジオは、瓶から猫を取り出す。
能力を解き、元の大きさに戻すと手にしていた料理を置く。
「ほらオメーの好きなやつだぜ~~?」
「っいらない…帰して下さい…っ」
「おいおい、そんなに嬉しいのかァ〜…?」
「…ホルマジオさん…どうして、」
「オメーのためにわざわざ隣町まで行ったんだ。
ここら辺のじゃあ、気に入らねえみてーだからな…我儘なオメーも可愛いがよォ…こりゃ躾がいるなァ~~」
震え声で訴え続ける名無しの声など聞こえないかのように喋るホルマジオ。撫でようと手を伸ばす。名無しはその手を反射的に跳ね除けた。
「やっぱり猫には嫌われちまうなァ~~…」
それでもホルマジオは両手を伸ばして名無しの顔を包み、額や頬、鼻先、唇と顔中にキスを落とす。
「…っや、」
名無しは顔を背けようとするが、その手からは逃れられない。
身を捩ると手足がホルマジオに当たった。
「オイオイ暴れんなよォ~…」
懲りずに、というホルマジオの言葉に嘘はなく、いくら抵抗しようと啼き叫ぼうと可愛がる。
名無しは、好きなのに伝わらないのは悲しいと言った。だがホルマジオの想いは伝わらないのではない。惜しみなく与えられる愛情は想いを十分に伝えていた。ただその愛情が相手にとって押し付けであっただけで。
「他の猫の匂いがするから嫌われんじゃねーかっつったよなァ~…あん時は否定したが…案外そうかもしれねえと思ってよ。
オメーから他のオスの匂いがしたときに気付いた。だからよォ…他の猫は全部手放した。安心しろよオメーだけだぜ?名無し」
「…っお、ねがい…かえ、して、下さい…」
「やっぱ猫は言葉が通じねーのがネックだな」
ホルマジオは猫を瓶詰めする。
気まぐれな猫を徘徊させないためである。彼にとって猫を瓶詰めすることはゲージに入れることと同等なのだ。
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