明日は我が身
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
数週間前のこと。
アジトに向かって歩いていた私は足を止めた。いや止めさせられた。目の前に飛び出してきた女性によって。しかも女性は私を思い切り睨みつけている。なぜ初対面から睨まれなきゃならないのか、と思いつつ初めてのことではないので冷静に対処する。
「あの、なにか?」
「分からない?彼よ。プロシュートのことよ」
ああ、ほらやっぱり。私を恨めしそうに、でもどこか願うように見る彼女はプロシュートの女だ。多分、この行動はおかしいと、責めるなら私でなく彼の方だと自分でも分かっているのだろう。だが少しでも彼が戻ってきてくれる方にかけた…つまりプロシュートの新しい恋人である私を潰すことにしたんだと思う。
わかる。非常にわかる。
プロシュート自身を責めて、彼から嫌われるのが怖いんだよね。捨てないでと縋るのもきっと彼は好まない。だから今の相手である私を潰して、自分のところに戻ってくるようにしたいんだね。わかりますよ。
…でもね、大前提私は恋人じゃないんだわ。
まったく何度目だと苛立つ気持ちを抑えながらにこやかに言葉を返す。
「えっと…プロシュートは私の同僚ですが…彼がなにか?」
アイツがどこまで素性を明かしているか分からないので同僚という言葉で濁す。暗殺とは言わないだろうが、ギャングであることくらいは言っててもおかしくない。ヨーロッパにギャング組織は多くあるし、その分構成員だって腐るほどいる。内部情報をバカスカ漏らさなければギャングであることくらいは言ってもいい。ネアポリスの有名な…ええっとブチャ、、とにかく彼もギャングと知られながらも住民に人気らしい。
「…同僚?」
彼女は形の良い唇の片方を釣り上げてフッと笑った。私の経験則からすればそれは「嘘つけ」という意味で。これは長丁場になるな、と既に心が疲労した。
「プロシュート!!!」
押し問答の末、どうにか誤解を解いた私はアジトに入り当人を見つけるなり詰め寄った。プロシュートは新聞を片手にソファでくつろいでいて、こちらに一瞥もくれず「ああ?」と投げる。
「また絡まれたんだけど?アンタの女に!」
「今はオレの女じゃあねえ」
今は、って…取っ替え引っ替えしてる割にはすぐに思い当たる女がいるんですねえ?そんなちゃんと把握できるなら別れ際までちゃんとしてほしいもんだ。相手も未練のないような別れ方、この手練れなら出来るだろう。
詰め寄る私に一切気を向けず、優雅に新聞に目を通す彼にさらに苛立ちが募る。
「今だとか前だとかじゃなくて。私に絡んでくることが問題なんだけど?」
「ギャングのくせに女に絡まれたくらいで喚くな」
ギャングだから困ってるんでしょうが…!相手が同業なら最悪ぶん殴ればいいが、そうじゃないならトラブルを起こすのはまずい。ギャングが無闇矢鱈に人を攻撃すると思ったら大間違いだ。そんなことをすれば普通に私が捕まり、幹部でもない構成員が捕まったところで組織は痛くも痒くもない。私がやるのはあくまで任務であり、上からの指示でしか人を攻撃しない。と、いうのも分かってるくせにこの男はッ…!
「何度目よ…喚きたくもなるわ!ホルマジオを見習ってよ!!」
外から帰ってきたのかアジト内にいたのか、どこかからやってきてソファにどかっと座ったホルマジオを勢いよく指差す。いきなり話に巻き込まれたホルマジオは片眉を上げて私を見て、プロシュートはそこでようやく新聞から私に目を向ける。
「…何を見習うんだ」
「ホルマジオの女だっていう人には一回も絡まれたことない」
私が言い切るとその言葉だけでなんとなく事態を察したのか、ホルマジオはくくっと喉奥で笑い始め、プロシュートは相変わらず涼しい顔をして私を見ている。
「だからなんだ」
「だからそこを見習えって…!女を作ろうとなんだろうとどうでもいいけど、私に迷惑かけないで」
ホルマジオはチーム1と言っていいほど女たらしだが、扱いが上手いのかあまりトラブルが起きない。起きても収束が上手い。女なら誰でも見境なさそうに見えて割り切れる人や話の分かる人など、実はちゃんと相手を選んでるんだろう。さすがっすプレイボーイ。
「あー…そりゃ難儀な頼みだなァ?」
今だ口元に笑いを含ませたままのプレイボーイがプロシュートに向かって言う。それに私はぐぐっと力を入れていた眉間を解き、呆れた顔をする。いや難儀してるのはこっちですけど?てか難儀って…え、なに?プロシュートって実は女の扱い下手なの?
「はあ?…いや、出来ないなら女遊びしないでよ。向いてないでしょ」
「出来るとか出来ないとかじゃねえ…ホルマジオとは愛し方が違えんだよ」
プロシュートはため息交じりにそう吐き出した。なんだ愛し方が違うって。言い方で誤魔化されてないか。ここで負けてはならんと言葉を返そうとしたが、時間だとプロシュートが立ち上がる。
「まあ何とかしてやる」
そう言って私の横を通り過ぎたプロシュートは、ジャケットから取り出した携帯で電話をかけながら出入口へ向かう。おそらく相手はペッシだろう。本当になんとかしてくれるだろうかと彼の言葉を疑いつつ、任務なら引き止められないと背中を見送った。
それからというもの、プロシュートになにかと構われるようになった。任務で一緒になれば「よくやった」とペッシにするように褒め、たまたま食事時が被れば奢ってくれる。若干気味悪いなと思いつつもタダ飯は美味いので、パスタをもそもそと食べながらなぜ奢ってくれるのか目の前の男に聞く。
「迷惑かけたからな」
なるほど詫び品か。それなら遠慮は要るまい。私はお高めで手を出すのを渋っていたデザートを追加注文した。
そうして胃も財布も潤って数週間後、私はまた絡まれていた。おい何とかしてくれるんじゃなかったのか。なぜ私はまた絡まれているんだ。脳内の金髪に詰め寄りながら面前の美女に弁明する。…もしかして何とかするって「自分で対応しろ。詫び品はやるから」ってこと?聞いてないぞ。それならもう一度話し合う必要がある。
そんなことを考えながらいつもの問答をしていると「プロシュート!」と突然女が嬉しそうに声を上げた。私の背後に向けられたその視線を辿ると、いつ現れたのかプロシュートが立っていた。その後ろでペッシがそわそわしてるので大方任務帰りだろう。よかった。ちゃんと何とかしてくれそうだ。
しかしホッとしたその数分後、私はアジトに入ってすぐ叫んでいた。
「ほんっとに許せない!!!」
アジトの外にまで聞こえそうな私の怒号にペッシが震え上がる。普段ペッシに甘い私ならそのことにすぐ気付くが、頭に血が上っている今回ばかりは気付けなかった。
助けに来たと思ったプロシュートは、誤解が解けつつあったあの場で私の腰を抱き、あろうことか「オレの女だ」と言い放ったのだ。
「…へ?」
「…えっと…どういう事?彼女は同僚って…」
間抜けな声を漏らした私と状況を整理しようとする美女。
おっしゃる通り、同僚です。
何を言い出してるんだこの男は。未だ混乱したままだが、美女への同意と"オレの女"発言への否定をしなければと口を開く。だが言葉が出るより先にいきなり大きく骨ばった手に顎を掴まれてしまい、出かけた否定は喉奥へ引っ込んでしまう。そのままぐいと引っ張られた先には暗殺者とは思えないほど整った顔があって。そういやこんな近くで見たの初めてかも、なんて場違いなことを思った次には唇が塞がれていて。
ぼけっと開いたままの唇にぬるりとしたものを感じてようやく我を取り戻した私はプロシュートの胸を押す。あっさり離れたプロシュートには目もくれず、件の美女を見るも既に去っていく後姿だった。
茫然自失としていた私は、いつの間にか辿り着いていたアジトの玄関先で叫んだ。じわじわと思い出す先程の出来事。じわじわと湧き出る怒り。
「オ、オレ、先に任務の報告してくるよ…ッ」
そそくさと廊下の先に消えるペッシを目線で見送る男の胸ぐらを怒りのままにつかみあげる。
「なんの真似?ふざけないで!」
「ふざける?…何の話だ」
凄む私をものともせず、腹立つほど透き通った碧眼がすっと見下ろす。その普段と変わらない落ち着いた態度も私の感情を高ぶらせる。関係を持った女性の前でまったく関係のない女にキスしたんだ。コレのどこがふざけてないって?冗談にも程がある。
「外だけじゃ飽き足らず、とうとうチーム内で女遊びしだすわけ?」
煽るように笑ってありったけの不満をぶつける。男どころか人の風上にも置けないわ。睨みつける私から一旦目を伏せた彼は、溜息をついてからまた目を合わせる。そうしてもう一度絡んだ視線はさっきよりも鋭く、彼の不満を表していた。
なぜこの男が不機嫌になるのか理由が分からず、そして流石ギャングと言うべきか鋭い視線に少し、ほんの少し怯んでしまう。その隙に胸ぐらをつかみあげている両手を、その大きな片手で上から包まれる。その状態のまま私の方へ歩みを進めるもんだから、両手を掴まれている私はもつれそうになりながら後退るしかなく、狭い通路の中、身体はあっという間に壁を背にしていた。
「っ、ちょっと、」
「…女遊びとオメーは言うが、オレは一度も遊びだと思ったことはねえ」
私を見下げるプロシュートはあまりにも真剣な表情で、私は抗議も反抗も忘れて見つめてしまう。彼がなにか言うたびに動く艷やかな唇がさっき触れ合っていたことを思い出して、私の意思に関係なく心拍数が上がる。早く言い返してと訴えているのに身体は言うことを聞いてくれず、彼に好きにさせている。
「愛してるからこそギャングに関わらせたくねえと手放してきたが…」
両手を拘束していない、もう一つの彼の手がするりと頬をすべりその親指が下唇をなぞった。そのくすぐったさにピクリと身体が反応する。
「相手もギャングなら問題はねえな?」
言っただろ愛し方が違うと。そう囁いて先程のように近付いてきた男は今まで見たことないほど優しく甘い顔だった。
1/1ページ