Antinomy+sideB
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嘘じゃないと言ってくれ。
部屋で一人ぽつりと呟いた言葉は、誰の鼓膜にも届くことなく空気に溶ける。
オレはスタンドを特に隠したりしない。拳銃という現物があって成り立つ能力だし、何より勝手に出てくる。一人一人が意思を持ち、喋るし食事もする。自分でも困った…いや変わったスタンドだと思う。でもメシをあげればコイツらはちゃんと働くし、喧嘩もするけどなんだかんだ仲間想いの良いヤツらだ。だからオレは恋人にも隠さなかった。
「オレのピストルズは外さねえ…百発百中だ」
「ふふっ、射撃の腕が凄いんだね」
オレの恋人はスタンド使いじゃあないから、ピストルズが見えない。だからコイツらの話をしても名無しはこんな感じで全く取り合わない。まあ、射撃の腕がいいのは本当だけどよ。なんて言ったらピストルズがうるさそうなので口には出さない。
ピストルズは今もオレたちの周りでウヨウヨしている。アイツらは「名無し~~」なんて声をかけているが、彼女は完全無視だ。見えなければ聞こえもしないのだから当たり前だけど。ピストルズは仲良くしたいみてーだけど、しょうがない。仲間にするわけにもいかないしな。
いつだったか、ホントに見えてねーのかなーって、名無しの着替えにピストルズを忍ばせたことがある。別に覗きたいとかじゃあねーぜ?たとえ、ピストルズが見れてもオレには見えないし。そしたら彼女の様子は至って普通だし、ピストルズも気づいてもらえなかったって肩を落としてて、やっぱり見えねーんだなって。ちょっと寂しい気持ちと共に、能力がない事が分かって安心した。
出会いはオレがよく通う店に、彼女が新人として入ってきたことだった。
「名無し、彼はミスタ。お得意さんだからね」
店主が彼女にそう言った。お得意さんってかギャングだから、だろうが。なんて思いつつ握手でもと手を差し出したが、カウンターの向こうの彼女は遠慮がちに小さくお辞儀をして、その手は差し出されなかった。人見知りっつーか、隙だらけのくせに警戒心が強かったんだよな。消極的で、最初は目も合わせてもらえなかった。会話をしている間、床に落とされている視線が彼女の気の弱さの表れだ。
毎日のように通い詰めてようやくここまで来たんだぜ?どれよりも骨の折れる任務ってとこだ。しかし性格ってのはそう簡単に変わるもんじゃあねえ。だから恋人になった後もよく身に力が入ってた。
いつものようにデートの約束を取り付けた日。待ち合わせに現れた名無しの手を握って歩きだすと、不安を混ぜた不思議そうな表情で見上げてきた。
「…どこいくの?」
それもそうだ。いつもは特にプランもなく行き当たりばったりだからな。でも今日のオレは行き先を決めてる。どこへかは言わずに連れ、彼女が知るのは建物の前に来てからだった。
「ねえ、ここ…」
「そろそろいーだろ?」
ちょっと意地の悪い笑みを向けると、つないだ手が緩む感覚がした。逃がさねーと握りなおすと、なんだかんだ握り返してくる。決まりだな。手を引き、オレたちはエントランスをくぐった。
初めてオレと来るホテルに緊張しているのかずっとそわそわしている。エレベーターに乗るやいなや、彼女は手を離して角を陣取った。他に人はいねーってのに。
「なーんで隅っこにいっちまうかなァ~…?」
落ち着かせようとしてるのか両手を腹の前で握ってる彼女に近寄る。追い詰めるように身を寄せれば、彼女は身体を縮こませる。そのぶん寄ればまた縮こませる。
残念ながら人間の身体ってのはどこまでも縮むようには出来てねえ。それこそスタンド使いでもなきゃあ無理な話だ。壁とオレの身体に挟まれ、どうしようもなくなった彼女はとうとうその手を解く。
「ッ…ねえ、近いよ」
オレの身体を押そうとして解いたはずの手は、戸惑うように宙を触る。何してんだと思ったが、名無しがチラと向けた視線に、自分の曝け出してる腹に気付く。なるほど、素肌に触れられず、男であっても胸に触るのは気が引けるってことか。オレとしては胸でも腹でも何ならその下でも、どこでも触ってくれていいんだけどな。
エレベーターなんて短い時間でそれ以上何か出来るわけもなく、あっという間に部屋につく。一つしかないベッドに名無しは口を開こうとしたが、熱っぽく見つめれば口を閉じて目を伏せてしまった。
はぁーッ…まったく…オレの恋人はなんて可愛いんだ。
もっとじっくり楽しみてーが、時間を掛けてもしょうがない。どこにいたらいいのか分からず立ち尽くす名無しを抱きかかえて、ベッドに放りこむ。
起き上がろうとする前に覆い被さり、ベッドに留める。何も出来ないように、2つの手首を顔の隣へ縫いつけて自由を奪う。顔を赤らめ、忙しなく瞳を動かす彼女に欲が沸きたてられた。おいおい、あんま煽んなよな…。何かを言おうと開く口を塞げば、柔らかな弾力が押し返した。
「んッ…!まっ、て…シャワー、」
「いーや、待てない」
むさぼりたくなるのを我慢して、敢えてじっくり唇をはみ、触感をおぼえる。あーあ、ずっとこうしてーなあ。小さく漏れる声に息、伝わってくる熱が愛おしい。名無しが諦めて大人しくなったのを確認すると、手首を掴んでいた手を一本、放して下へ降ろす。頬から輪郭へキスを落とし、耳に唇をちゅうと押し付けた。
その間にまさぐっていた手を、再び名無しの顔の前まで上げる。カチャリと鳴る不愛想な音を消すように、耳にキスしたまま囁いた。
「この距離ならよォー…ピストルズじゃあなくても、外さねーな?」
名無しの額に向けた銃口。彼女は目を見張ったがすぐに、ふっと笑みを溢してそうだね、と言った。力を抜いてベッドに全身を預けるその雰囲気は、今までのオドオドした彼女じゃあない。額に向けたものを一旦彼女の視界から消して、正面から顔を合わせる。
「…話が早くて助かるぜ」
「教えることは何もないよ」
さすがだな。けどオレは口を割らせる気はねえ。突然の状況にも慌てず落ち着いている様子に、ギャングらしいじゃねーかと他人事のような感想を持つ。もしかしたら気付いてたんじゃねーかな、なんて。同時に、受け入れるよう彼女に施された教育にイラつく。
「そりゃあ困るな……教えてもらいてーのは1つだけだってのによ……な、ちょっとくらいいーだろ?」
「1つだけでいいの?」
「ああ……愛してるかどうかだけ聞きてーな」
名無しは銃を突き付けられた時よりも大きく目を見開く。薄く口を開いたのに、直ぐにきゅっと閉じ、人工的な笑みを作った。その一瞬に真意が込められているんじゃねーかって期待しちまう。
「そんなこと聞かないで…気分良く死にきれなくなるよ」
「いいじゃねーか……未練があるっつってよォー、神をふり切ってオレのとこに来いよ」
顔の横に投げ出された名無しの手を取って、手のひらに口づける。狼狽することなく、一つも顔色を変えない彼女の手は少し汗ばんでいた。あー…やっちまった。こんなに堂々とした態度の裏では怯えている。知るべきじゃあなかった。今、縋られたら彼女を囲ってしまいそうだ。
「オメーなら大歓迎だぜ?そんときはピストルズも見えるかもな」
「…そんなのミスタに私が見えないんじゃ嬉しくないよ」
本音かと聞きそうな喉に唾を落として抑え込む。微笑みを張り付けた彼女の瞳を離さないように目で捕らえると、素直にまっすぐ見つめ返してくれた。そう、それでいい…ぜってー逸らすなよ。敵だろうとオレの恋人だ。さっきは分かりやすい牽制のためで、本来はこんな物騒なモン、恋人にはあんまり見せたくねーからな。
ゆっくりとした動きで、彼女が頭を預けている枕とベッドの間に銃を滑り込ませ、枕越しに銃口を当てる。彼女と同じように口端を上げたオレは、静かに引き金に指を掛けた。最期までオレだけを見てろよ。そう願いながら。
「愛してるぜ名無し」
「いつでもいーんだよな?ブチャラティ」
「ああ、おまえに任せる」
ミスタの声かけにブチャラティが応答する。なら今行ってくるというミスタを、アバッキオが制止した。何かと耳を貸せば、実行はオレがやると言い出した。普段なら「テメーでやれ」とでも言いそうな彼の急な協力姿勢に、ミスタは思いっきり眉を顰める。
「なーに言ってんだよ…女一人に2人もいるかァ~~?」
「黙ってろミスタ。テメーじゃあ、」
「いや、ミスタの言う通りだ。一人で充分だろう」
ブチャラティの言葉にミスタは、ほらなと目配せしてソファへ腰を下ろした。アバッキオは納得がいかず、方が付いたとソファから少し離れたチェアへ向かうブチャラティを追う。チェアへ座り、銃をセットしている背を眺めるブチャラティに問いかけた。
「なんでわざわざミスタにやらせる?」
「最初から自分でやると言っていた…オレは任せただけだ」
「…なにも力不足だと言ってるわけじゃあねーぜ……ただ、今のアイツならしくじりかねない。情を見せたらやられるぞ」
「その時はオレたちがやり返せばいい」
「ハァー………情報は?アイツに聞き出せんのか」
「期待はできないな」
ブチャラティはなんてことないかのように笑って言った。笑い事じゃねーだろと思いながら、アバッキオはミスタへ目を向けた。彼は拳銃をブーツに押し込み、立ち上がって出ていく。
一度もこちらを振り向くことも、声をかけることもなく。
扉が閉じるとともにブチャラティが呟いた。
「…信じよう。アバッキオ」
落ちた声色にアバッキオは目線だけを動かして、ちらりと横を見る。彼の笑みはすでに消えていた。
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