Ewig Wiederkehren
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昼下がりのネアポリス。
アバッキオは静かに椅子を引く。
「…行ってくる」
揉め事が起きたから来てほしいと、焦るようにやって来た中年の男性が言った。男性はパッショーネに介護料を払っている店の人だ。ブチャラティなら知っている人でなくとも向かうだろう。そのブチャラティは今この場にいない。男性の前にいるのはアバッキオとミスタ、名無しの3人だった。
揉め事であれば腕っぷしのある者が相応しく、体格があればそれだけで相手が怯み、収まることもある。特殊なトラブルでないならアバッキオが一番相応しい。この場の誰もがそう思い、アバッキオ自身もそう思ったのだろう。男性の後について店を出ようとするアバッキオの背を見て、名無しがガタッと立ち上がる。
「わ、わたしも行くっ!」
眉間に皺を寄せたアバッキオが振り返る。来るなとでも言いたそうな表情も気にせず、名無しは彼の元へ駆け寄ろうとした。しかしミスタが後ろから襟をガッと掴かみ、それは阻まれてしまう。猫のように首根っこを掴まれた名無しは振り返ってミスタを睨んだ。
「…なに?放してよ」
「なーにが放してだ。オメーはこれからオレと任務だろーがッ!」
ミスタの正しい言葉に言い返せず、不貞腐れた顔をする。アバッキオが何も言わず立候補したのはこれも理由だった。これから2人は任務があり、時間の余裕があったのが彼だけ。
名無しは悔しそうにしつつ大人しく席につき、何も言わずにアバッキオを見送る。決して任務を忘れていたわけではない。だが目の前でアバッキオが何処かへ行こうとしている。それならついて行きたい。そう思えば体が勝手に動いていた。
アバッキオの姿が見えなくなるまで見送り、ようやくテーブルに向き直る。名無しの斜め前ではミスタが頬杖をついていた。
「オメーも懲りねえよなぁ」
ミスタはやれやれといったように名無しを見る。正しいのは彼なのだが、止められた恨みを込めて見返す。ミスタはからかうような笑みでニヤリとした。
「ホントに嫌われても知らねーぜ?」
「うるさい。はやく任務行こッ!」
ごちゃごちゃ言われたくないと任務へ急かす名無しに、はいはいとミスタは席を立つ。
名無しはアバッキオの事が好きだった。それは内密にされていることではなく、チーム公然のことだ。彼が行く任務には手を挙げ、介護料の回収にはついて行く。アバッキオは断り、あしらうのだが、名無しは諦めない。むしろ拒絶されればされるほど燃えていくように見えた。
単調な日々が過ぎているある日、名無しは届け物を頼まれた。本来はフーゴが届ける予定だったのだが、彼は別件で行けないという。場所を教えてもらい、荷物を預かる。
「すみません、ちょっと重いんですが…」
「大丈夫、大丈夫。……あ、重」
両手で持たなければならない大きさに、ずしりとくる重さ。何が入っているのか。聞けば答えてくれるのだろうが、特段気にならなかった名無しは中身については質問しなかった。
「それじゃあ頼みましたよ」
「うん…」
返事をしつつ、歩きださずに何かを探すように周りを見回す名無しを、フーゴが不思議そうに見る。どうかしたのかと聞けば彼女は振り返り、質問を返した。
「アバッキオ知らない?」
「ええと…少し前に出ましたよ。何処へかは分かりませんが」
少し前の記憶をたどり、そのまま伝える。納得した名無しは荷物を抱えなおしてようやく歩き出す。彼女がアバッキオを探したのは、重さを理由に一緒に行けるかもしれないと思ったからだ。勿論、その場に彼がいれば重くなくとも誘っただろう。
途中、何度か荷物を持ちなおしつつ目的地を目指す。複数の方向に分かれた道に差し掛かり、名無しは一度立ち止まってフーゴが言う道順を思い返した。確か、国旗を掲げている店が見える道だよね…。首だけを動かし、国旗が見える道を探す。
探していたものはすぐに見つかった。それは国旗よりも前に探していた人。思わぬところで会えたアバッキオに胸が鳴る。
声をかけようとアバッキオがいる道を進もうとして、数歩で足を止めた。街ゆく人で見えなかったが、彼は一人じゃないようだ。一緒に居る人は名無しの知らない女性だった。会話が弾んでいるのか、名無しに気付く様子はない。人と居るなら声はかけられないと、国旗がはためく道に方向転換する。
頭の中でぼんやり考えていると、先ほどより歩みが遅くなる。それは彼女にとっても不思議なことだったのだが、仲睦まじい様子を見ても嫉妬という感情はなかった。
今までアバッキオの隣にチーム以外で親しげな人を見たことはない。そんな彼に恋人や好きな人がいると想像したことがある。その時は上手く実感が湧かず、モヤモヤするだけだった。しかし今、実際に親しげな2人を見て自分でも驚くほど冷静だ。強いていうなら先ほどより荷物が少し重いくらいか。相手の幸せを願う、なんて綺麗事ではないが納得し、受け入れてしまえる。
ふと、ミスタの言葉がよぎった。嫌われる、か…。好かれてはいないが嫌われてもいない。ずっとそう思っていた。何なら嫌われてもいい。嫌われても押し続ければいつかは振り向いてくれるかもしれないと。だがもし、あの女性じゃないとしても彼に想い人が居るなら私は迷惑な存在だな。先ほどの光景により、名無しの中で急に現実味を帯びてくる。すると途端に嫌われるのが怖くなる。
そもそも振り向いてほしいのだろうか。振り向いてもらえたその後を想像しても、今とあまり変わらない。好きだから一緒にいたくて付きまとっていたけど、私は彼とどうなりたいのだろう。色々な関係を想定しては自分の気持ちを問う。目的地が見えたころ、落着したのは傍にいられたら嬉しい、だった。チームメイトというこの関係が続けばいい。名無しは腑に落ちた。結局今が一番最善じゃないのかと。
翌日からアバッキオに付きまとう姿を見なくなったチームは不信に包まれる。
「名無し?おーい名無しー?」
作業をしている名無しにミスタが声をかける。何度かの呼びかけの後、彼女はようやく顔を上げた。
「ん?ごめん、集中してた。なに?」
「行かなくていーのかよ。アバッキオもう行っちまうぜ?」
「?……ああ、うん!わたしやることあるし」
ミスタが指さす先を見ると、出入り口へ向かうアバッキオの背がある。話も聞いていなかった名無しは何処へ行くのだろうと思いながら、再び作業に戻る。手元に落ちた影に、また顔を上げると今度はブチャラティが覗き込んでいた。
「体調、悪いのか……?」
「すっごい元気だけど…」
名無しは全くもって元気だったが、不安げなブチャラティにつられて不安げな顔になる。そうか、と納得のいってない顔のまま離れるブチャラティを少し気にしつつ、作業を進める。そういえばさっきミスタも変な顔をしていたな。
彼女は一変したが、それ以外は特段異変はない。喧嘩をしたわけでもないようで、チーム内は戸惑う。だが時間が経てばそれも馴染んでいった。
チームの戸惑いがなくなっていくのに比例して、名無しとアバッキオは組むことが以前より多くなった。名無しには理由がよく分からないが、なんにせよ嬉しいことには変わりない。以前は彼女が一方的に話しかけていたが、今、2人の間にあまり会話はなかった。
「…悪かったな」
現在もアバッキオとの所用を終えて暗い夜道を歩いている。どちらも話すことなく、舗道に2人分の靴音だけが響く。その静寂を破ったのはアバッキオだった。
話しかけるというより、ぽつりと呟いたような声は静かな中でも耳に届く。少し痛む声に名無しは咄嗟に隣を見上げた。暗がりでぼんやり見える横顔は、何を思っているのか分からない。謝られる覚えのない名無しは、どうしたのかと心配に眉根を寄せる。
「おまえに甘えていた」
「甘えられたことないと、思うけど…。ほら、頼れるほどわたしは何かに特化してるわけでもないし!」
名無しの寄せられた眉は、心配から疑問へと変わる。甘えられたことなんてない。そんなことがあれば確実に覚えている。悩ましげなアバッキオに不安になり、思わず以前のようにぺらぺらと口を動かしてしまう。言い切ってから、ついやってしまったと口を噤むが、彼がそのことを気にする様子はない。
「離れても追いかけてくると甘えてた。……戻らなくなってから気付くとはな」
彼がついた溜め息は、怒りや呆れのような不満の色を含んでいた。少しでもアバッキオの言いたいことを、思いを読み取ろうと彼の表情を見ながら歩いていた名無しは、小さな段差に躓く。アバッキオは反射的に腕を掴んで引き寄せる。転ばずに済んだ身体をそのまま抱き寄せて、彼女を胸に抱えた。
「好きだ名無し」
少し屈むようにした彼の声は、片方の鼓膜で揺れた。身体は名無しをすべて覆ってしまう。正面から直に伝わる体温に、名無しは何を言われたのか忘れてしまいそうになる。視界には夜の暗さと彼の身体が影を落とす。真っ暗な視界は、アバッキオが与えるものというだけで安心感すらあった。
「…今更だな」
回された腕の力が緩むのが分かった。離れていきそうな温もりに、名無しはアバッキオの背に手を伸ばす。今が最善だなんて自分にも嘘をついていた。現に遠のかないで欲しいと身体が動く。しがみつくようにぎゅっと掴み、胸に顔を押し付けた。アバッキオが抱き締めるよりもずっと強く。
「…遅いよアバッキオ。ずっと好きだよ。今もずっと」
彼女が喋るたびに息が胸を擽る。彼女の言葉はその奥の心臓まで擽る。一台の車が夜道を走り抜け、一瞬だけ眩しく照らされた。アバッキオはもう一度小さな温もりを抱き締めなおす。
「よく聞こえねーな…もう一回言ってくれ」
「好き、アバッキオが好きだよ」
「…ああ、知ってる。オレもおまえが好きだ」
こんな道中で打ち明け合うなんて後にも先にもない。
歩き出した靴音はいつもより小さく消えていく。
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