[km]感懐
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地表を滑る上半身を見たことがあるだろうか。
ギャング組織パッショーネ。
そこに組まれた親衛隊ではお馴染みの光景である。
「セッコー……疲れたよー…」
任務から帰ってきた名無しは、半身を地面に沈めているセッコに撓垂れかかる。服が床に付くがどうだっていい。
名無しは疲れやストレスが高まると、こうして勝手に癒されていた。恋や愛などではない。そもそも名無しには彼ではない恋人がいる。セッコは小さい子のような、ペットのような、お気に入りの縫い包みのような。理屈などは知らないが、名無しにとってはヒーリング効果があった。まさに『オアシス』だ。セッコが迷惑に思っているかは分からない。だが彼は文句を言わずに凭れさせてくれる。名無しは癒しを求めてセッコの肩に顔を埋めた。
「チョコラー、タが、…甘い…の、くれるぜ…」
「…それはセッコのだから。要らないよ」
名無しが疲れたと言うとセッコは毎回甘いのを勧めてくる。その気遣いも名無しにとって癒しだった。黙ったまま暫くの間凭れていると、セッコがもぞもぞと動き出す。セッコはじっとしているのが少し苦手だ。自分の意思でならまだ出来るのかもしれないが、今のように人の都合では落ち着けない。セッコの限界を感じ取った名無しは、彼の上から退いた。そして感謝の意を込めて角砂糖を2つ手渡す。
「どうぞ。ありがとね」
「うおっ、うおぉぉ」
角砂糖を受け取ると、セッコは直ぐさま口に放り込んだ。がりがりと音を鳴らして齧る。餌付けについてはチョコラータにもし駄目だと言われたら困るので聞いていない。角砂糖を投げてもいいのだが、それはチョコラータの特権としてとっておこう。ただでさえ勝手にあげているのだから。名無しはセッコが食べ終えるのを見届けて満足した。
いくつか日を跨いだ夕方。キーの音が静寂を討つ。
名無しは頬杖をついた。向かいのソファに座るメローネを見つめる。彼は『ベイビィ』の教育中だ。パソコンに向かい、無言でキーボードを打っている。正確には無言ではない。だが意味のある言葉を発していないという意味では無言だ。時折出る「ディ・モールト」は彼の口癖で、名無しは殆ど意味を持たせずに言っていると思っていた。
これは暫くかかりそうだ。メローネの様子からそう察した名無しは、待ってもしょうがないと立ち上がった。
「行くのか?」
その気配を感じ取ったメローネが、顔を上げずに声をかけた。気付かれると思っていなかった名無しは少し驚きつつも、うんと返した。メローネがそうかと呟いたのを見て、出入り口へ向かう。
任務で近くまで来ていた名無しは、帰りに恋人のいるヒットマンチームのアジトへ寄った。事前に連絡しているわけでもなく、居るかどうかも分からない。しかしメローネのスタンドは遠隔操作型。アジトにいる確率は他より高い。居なければ帰ればいいと寄れば、案の定メローネはアジトにいたが教育の真っ最中だった。
邪魔するわけにもいかないが、待っているわけにもいかない。彼女は任務帰りだ。戻って報告を済ませなければ。名無しは寄り道した分を取り返すように早足で帰った。
報告を済ませた名無しはセッコを探してうろうろ歩き回る。やっと見つけた人物は、いつものように埋もれてはいない。セッコは2~3人掛けのソファの端っこでビデオカメラを弄っていた。
「みっけー」
名無しはソファに俯せに寝転がる。手元は遮らないように、セッコの腰に腕を回した。セッコは彼女を気にも留めず、ビデオカメラを弄り続けている。メローネと会話すら出来なかった名無しは、セッコが作業しているのを良い事に存分に癒されようとしていた。
目を閉じて作業音を静かに聞く。
その状態になって5分と経たないとき。名無しはカチャカチャと鳴る作業音に混じる別の音に気付く。よく似ているが違う音。さっき別の場所で聞いたような――何の音か確かめようと顔を上げると、相変わらずセッコは作業している。上げた顔を横に向けた名無しは、驚いた声でその人物の名前を叫ぶ。
「ッメローネ!」
「やあ」
片手をあげて合図するメローネ。彼は斜め先の一人掛けのソファに身を沈めていた。まだ終わっていないのかキーボードを叩いている。何故ここにいるのか。彼は確かにヒットマンチームのアジトにいたはずだ。
「なにしてるの!?」
「任務だ」
「そうじゃなくて…」
「君の後を追った。これはまとめだ。教育は既に済んでる…暗殺もな」
メローネは他に聞きたいことは?というように目線だけを上げて名無しを見た。
「なんで追ったの…?」
「君が移動したんだろ……行くのかとは聞いたが、追わないとは言ってない。ギアッチョに車を出してもらったんだ。……バイクじゃあ文字は打てないからな」
確かに追わないとは言っていないが、追うとも言っていないじゃないか。それに私を追うために車を出させるなんて…ギアッチョに同情する。メローネは平然とした顔で言うが、きっと物凄くキレられたのだろうな…。今回はギアッチョが正論のようだが。名無しはそう思いながら、ギアッチョを怒らせることをものともしないメローネのタフさに少し引いた。
1時間程前のヒットマンチームのアジト
「行くのか?」
「うん」
「そうか」
名無しが背を向けたところでようやく顔を上げる。引き留めてもいいが、連絡なしにここへ来たということは大方任務帰りだろう。近くに来たから寄ってみたけどオレが任務中だった。邪魔にならないよう帰ることにした、というところか。まあ任務なら報告も残っているだろうからな。
メローネは出入り口へ向かう靴音を聞きながらそんなことを考えた。メローネが行こうにも彼自身、教育という名の任務中だ。久しぶりに会えたが、タイミングが悪かった。仕方がないと思っていれば、名無しとは異なる靴音が聞こえてきた。その音はだんだん大きくなる。出入り口とは逆へ向かっているのだろう。つまりメローネのいる方へ来ているのだ。特徴的な足音にメローネは口元を緩めた。
「ギアッチョ!ちょうどいいところに」
「あ”?」
ポケットに手を突っ込んで、半ば蹴るようにドアを開けたギアッチョは名前を呼ぶ男を睨んだ。嫌な予感がした。残念ながらギアッチョのその予想は当たってしまう。
「親衛隊のところまで飛ばしてくれ」
「……忠犬共になんの用があんだよ」
「その忠犬共に囚われた恋人に会いに」
「ザケてんのかッ!!」
任務を完結させたメローネはパタンとパソコンを閉じる。
「さあ名無し終わったぞ」
「はぁ…」
さあと言われても。私は既にセッコに癒されて、前を向いた名無しは固まる。いつの間にかセッコがいない。名無しがメローネと話している間にセッコは液状化させて腕をすり抜け、地面を泳いで行ってしまっていた。
「ッメローネのせいで私の癒しが……」
魂を取られたような顔で呟いたのをメローネは聞き逃さない。立ち上がり、名無しが寝転ぶソファに近づく。名無しが癒しを失ったショックから我に返り、起き上がってしまう前に背凭れに片手をかける。身体を屈めて上身を寄せた。メローネの艶やかな髪の毛先が名無しの首筋を擽る。
「…メローネ、どいて。くすぐったい」
「つれないな。…恋人に会えたのにそんな態度か?」
嫌がって言っているわけじゃないのは分かっている。
恥ずかしさと照れ隠しだ。
「今はセッコに癒されてたの!」
「もう十分癒されただろ……今度はオレを癒してくれ」
髪ごしに耳へ囁けば、名無しの身体がほんの僅かに揺れる。メローネからは見えないが、その顔はきっと赤く色づいているのだろう。どの程度の赤みなのか確認したかったが、今はいい。メローネは名無しの肌を覆う髪をかきあげると、現れた項にキスを落とした。
「ひゃっ…」
小さな悲鳴に悪戯心が刺激され、何度もキスを落とす。子供のような軽いキスから情事にするような吸い付くキスへ移り変えれば、名無しの身体が強張っていく。
「ねえッ、やめて」
「んー、」
「あっ!ちょっと今、痕付けようとしてるでしょ!」
「…さあ。どうだろうな」
ちゅっと音を立てて離れれば項に咲く赤い痕。このくらい顔も赤らめていたのだろうかとほくそ笑んでいると、名無しの掌が項を覆った。
「もう…隠さなきゃいけないじゃん……」
「オレは隠さなくてもいいぜ。ああ、むしろ隠さない方がいいな」
「出すわけないでしょ!」
やはりバレないように付けるのは難しいか。気付いたら名無しは絶対に隠してしまうだろう。寝込みしかないかと考えながら名無しの腰に手を置いた。腰から脇腹、脇腹からもう一度腰を通って尻を撫でる。
撥ね退けられると思っていたが、意外にも名無しはピクリと反応しながらも黙っている。彼女なりに癒そうとしているのか。メローネは都合よく受け取り、撫でていた手を上着の裾から差し入れた。が、直ぐにその手は捕まれる。
「…なにしてんの」
「なにって、セックスだ」
「ッ!しないよ!どこだと思ってんの!」
遮られてしまった。残念だが、確かに名無しの快声が聞かれるのも癪だ。メローネはお預けだなと素直に手を離して、屈めていた身を起こした。同じように起き上がった名無しを眺める。
彼女は痕を気にして項を摩っている。名無しから自分がどう見えているかは分かっているつもりだ。それもただの悪戯だと思っているんだろう?
なあ名無し。オレも嫉妬はするんだぜ。
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