青の沙漠
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「ではブチャラティ。僕らはここで」
「ああ、後は頼んだ」
ブチャラティとフーゴはジョルノを連れて介護料の回収に来ていた。ジョルノはまだギャングとして知られていないため、回収がてら紹介するためだ。全ての店を回りきるとブチャラティと別れ、フーゴはジョルノとアジトへ戻る道を行く。ジョルノは不思議そうな顔でフーゴに聞いた。
「ブチャラティは何処へ?」
「あと一つ回収があるんだ」
「ぼくらは行かなくも良いんです?」
「ええ。多分あのまま海に行くはずですから…」
「名無し!そろそろじゃあないか?準備しといで」
「でもっ、あとこれだけなので」
「良いよ良いよ。ブチャラティさんを待たせたくはないからね」
「そんな気を使わなくても、」
「名無し」
店主の窘めるような呼び声に手を止めた名無しは、これ以上言われないようにと仕方なく準備へ向かった。
名無しの働くこの店はパッショーネの護衛を受け、その見返りに介護料を支払っている。介護料の回収にはいつもブチャラティが来ていた。
彼は名無しの勤務時間が終わるころにやってきてこう言うのだ。海に行くか、と。毎度の事だから店主はブチャラティが来る時間帯になると、まだやることがあっても名無しを早く上がらせる。名無しはそれが申し訳なかった。彼にそこまでする必要ないのに。名無しがそう思うのにも理由があった。
ブチャラティと名無しは幼馴染なのだ。一度連絡が途絶えたが、ブチャラティがギャングとしてこの店に来た時に再会した。店主にとっては尊敬できるギャングなのかもしれないが、名無しにとってブチャラティは心許す幼馴染。毎回彼のために仕事を途中で放るのは気が進まなかった。だが店主の厚意を無下にもできず、何より店主自身がそれを許さない。名無しは従うほかなかった。
名無しが準備へ向かって間もなくブチャラティが店へ着く。
「やあブチャラティさん!……はいこれが今回の分だ」
「ああ、ありがとう。最近は何か変わったことはないか」
「いいや、何にも。あんたらのおかげで平和さ」
「そうか。それは良かった。ところで名無しは居るか?」
「さっき準備に向かわせたよ。すまないね、呼んで来よう」
「いや、大丈夫だ。ここで待たせてもらおう」
「あんたが良いなら構わないが……」
店主はブチャラティとともに名無しを待つ間、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「ブチャラティさん、ずっと気になっていたんだが……どうしていつも名無しを海へ誘うんだい?」
「…誘う理由か。そうだな……彼女は、海が好きなんだ」
「…名無しが?」
「ああ」
店主は名無しが海を好きなど聞いたことがなかった。店主と名無しも短い付き合いではない。だが、まだまだ幼馴染だけしか知らないこともあるのだなと感慨深さを抱いた。
そしてブチャラティはどこか懐かしむように話し始める。
ブチャラティの父親は漁師だった。
名無しとブチャラティは家が近所で、彼が父の手伝いで海へ出る時、名無しも一緒に行くほど仲が良かった。魚を見つけてはブチャラティの父に食べられるかどうかを聞く名無しに、ブチャラティは「まず聞くことはそれか」と言う。食べられるかどうかは大事なことだと真剣に言う名無しに、彼の父も笑って同意する。
ある、海へ出ない日の事だった。ブチャラティが家の窓から外を見ていると、見慣れた後ろ姿が目に入る。海岸沿いを一人で歩くあの少女は名無しだ。ブチャラティは家を飛び出して、名前を呼んだ。振り返った名無しは一瞬驚いたあと嬉しそうに笑い、お互いに駆け寄った。
「ブローノ!」
「こんな所にひとりでどうしたの」
「……今日は、海、行かないの?」
きょろきょろと何かを探すように歩いていた名無しに、ブチャラティは落とし物でもしたのかと思っていた。しかしブチャラティの問いに名無しはおずおずと問いで返す。
「うん。今日は行かないけど…海に行きたいの?」
「…うん」
「……うーん…船は出せないからな……。そうだ、釣りでいいなら出来るよ。海辺になるけど」
ブチャラティがそう言うと、名無しはまた嬉しそうに笑って目一杯頷いた。海辺で遊ぶ彼女は本当に楽しそうで、ブチャラティはこんなに喜んで貰えるならいつでも海に連れて行こうとひっそり思う。それからブチャラティは手伝いのない日も名無しを海へ誘うようになった。
「あいつが海が好きだなんて、オレもその時まで全く気が付かなかったんだ」
「…じゃあ、今も名無しを海へ誘うのは、」
「ブローノ!…ごめん、お待たせ」
「おっとここまでかな…それじゃあブチャラティさん。また今度聞かせてくれ」
「ああ。…名無し、行こうか」
ようやく準備を終わらせてバタバタと慌しくやってきた名無しに、店主は目配せして奥へ戻っていく。意味ありげな目線に少し眉根を寄せた名無しはブチャラティの隣に並び、海へ向かう道を歩く。
「ねえ、何の話をしていたの?」
「大したことじゃあない……ちょっとした昔話だ」
「ふーん」
名無しはちらと横を歩くブチャラティを見た。なんだかいつもより穏やかな顔だ。いや、普段から穏やかなのだが今日は格段に緩んでいる。良いことでもあったのかとぼんやり眺めていると、その視線に気付いたブチャラティが名無しの方を見た。
「どうかしたか」
「何か…良いことあった?」
「…そんな顔をしていたか」
名無しが聞くと、ブチャラティは合わせていた目線を落として何かを想うように口元を緩める。そうだな、良い事と言うなら…海へ誘えば君が一緒に居てくれることか――。押上げる言葉を飲み込んでもう一度目を合わせた。
「そうだな…海へ行けるから、だな」
「前回は天気悪くて行けなかったもんね」
その答えに納得した名無しは前へ向き直り、同じように口元を緩めた。それだけに留まらず、ふふっと笑い声が洩れる。その声に今度はブチャラティが名無しを見た。
「なにか可笑しなことでもあったか?」
「ううん。ブローノは本当に海が好きだよなーって」
「………ああ。好きだ」
返ってきた真剣な声に不意をつかれて、思わずブチャラティの方をまた向く。瞳に入ったブチャラティは慈しむような笑みで名無しを見ていた。私に言ったのかと勘違いしてしまいそうな顔。まるで自分が言われたかのような感覚に名無しの心臓が鳴る。熱くなる顔を見られないようにと顔ごと目を逸らす。上手く話せなくなった名無しは、それから海までの道をだまってこえていった。
「そうだ名無し、私の知り合いがサーフィンをやっているんだが…おまえも興味あるか?」
数日後、仕事がある程度落ち着いた店内で店主が名無しに尋ねた。
名無しは乗り気ではなさそうな顔でうーんと唸る。
「サーフィンは嫌いか?」
「そうですね…あんまり」
「なら海に行くだけでもどうだ。穴場だという海は私も一度行ったが、綺麗な場所だったぞ」
「うーん…」
店主は海好きな名無しにと提案したが、それでも彼女は首を捻る。
「海が好きならと思ったんだが…」
店主がそう呟くと名無しは怪訝な顔で店主を見た。
「…私、海好きじゃあないですよ。嫌いでもないですけど、特別好きなわけでも」
その言葉に今度は店主が怪訝な顔で首を捻った。
「そうなのか?でも、ブチャラティさんは…」
「ああ、それは彼が、海が好きだからですよ…幼い時からしょっちゅう海へ誘うんです」
名無しはブチャラティが店主に話したときのように――どこか懐かしむように目を細めた。
同じ話を聞いているようで、どこか違う。
店主は、何も壊してしまわないようにゆっくり言葉を選んだ。
「…幼い時から、か。……何かきっかけでも?」
「きっかけ、ですか……きっかけというより多分、父親の影響ですね。彼の父は漁師なので」
何か思い出したように、でも、と名無しは言葉を続けた。
ある日、名無しが海辺を歩いているとブチャラティの呼ぶ声がした。振り返ると彼が名無しのもとへ走って来るのが見えた。名無しも駆け寄り、どうしたのと聞くと、窓から君が見えたからとブチャラティは返す。そして彼から釣りへ誘われ、釣りの経験がなかった名無しは喜んで頷く。
「…その日からですね、誘うようになったのは。海に行くと楽しそうにするんです……本当に好きなんでしょうね」
「…ブチャラティさんが海を好きだから、彼に付き合って海へ行ってるのか?」
「喜ぶ顔が見られるならって……ブローノには内緒ですよ!」
強めの剣幕でくぎを刺す名無しに、店主はわかったわかったと言い、仕事へ戻るように促す。そっちが話し始めたんじゃあないかと言いながら戻る名無しの様子を、横目で眺めてふっと笑う。
…なんだ。お互いがお互いのために海へ行くんじゃあないか。
この様子だと好きなのは海だけじゃあなさそうだ。幼少期の記憶なんて少しくらい変わったって良い。それを正す必要もない。
当事者より先に知ってしまった気持ちを店主はそっとしまった。
何も壊してしまわないようにそっと。
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