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「やあ」
アジトで事務作業をしていた私は突然の呼び声に肩を揺らす。他のものはみな出払っていて、私ひとりのはずだった。
フーゴ、ナランチャ、アバッキオは遠方の任務に車で向かい、終わり次第ここに一度戻ってくると言っていたが、他はそれぞれそのまま帰路につくはず。なにより、聞きなれない声だった。勢いよく立ち上がると、大きな音を立てて椅子が倒れたが構っていられない。
「速いな。いい反応だ」
振り返った先にはリビングのソファに座り、開いたパソコンを膝の上に乗せ、顔だけをこちらに向けている男がいた。警戒する私を気に留めることもなく、落ち着いた様子の彼と目が合う。ここから見える部分だけでも変わった服装だと思ったが、ふと仲間の姿が過ぎり、自分のチームも大概だと思い直す。
そんなことより。服装のことは隅に追いやって、私は語気を強めて聞いた。
「…誰?ここで何しているの?」
「ああ、自己紹介がまだだったな…安心してくれ。ヒットマンチームの人間だ」
ヒットマンチームに安心…とまではいかないが、得体のしれないものよりはるかにマシだ。私は肩の力を抜き、少し警戒を解いた。まったく…人の部屋に侵入したり、アジトに侵入したり…ギャングといえどもモラルというものは無いのだろうか。ましてやチームは違えど同じ組織の人間だ。普通に尋ねてくれればそれなりの対応はするというのに。私は椅子を立て直しながらまた尋ねる。
「それで、アジトまで来て何の用ですか」
「…オレは説得が得意なわけじゃない。だから今まで来なかったんだ。じゃあなぜ突然君の前に現われたのかと思うだろ?勧誘にきたんじゃあない…単なる興味だ。見てみたいと思ったんだ……だがやはり一般人じゃない君を母体にするのは骨が折れそうだな」
ボタイ…?何のことだ一体。彼の言葉の意味が分からず、訝しげな顔をした私に「気にしないでくれ。こっちのことだ」と片手をひらひらさせる。
とにかく、敵でないことは判った。私はサッと作業していた机に向き直り、その上に広がる書類を手早く片付ける。敵ではないが、チームが違えば任務内容も違うためこれらを見られるわけにはいかない。彼と私の間には少し距離があり、向こうからはこの机の上は見えないだろうが万が一もある。
「ふむ…やはり身元が判るものは持ち合わせていないか……」
背後から聞こえた呟きにまた振り返ると、彼は何かを持っており、それをひっくり返していた。急いで書類を鍵棚にしまい込み、何をしているのかと彼の傍に歩み寄ると、彼がひっくり返していたのは私のバッグだった。
「ッなにしてるんですか!」
彼の手から鞄を奪い返して、テーブルに散る荷物をかき集める。彼はそれを全く悪気のない、むしろ何が悪いことがあるのかといった表情で眺める。
「君のことが知りたいんだ。生年月日、血液型、星座、飲酒、喫煙、薬の使用歴……まあ、同じ組織とはいえそう簡単に身元は明かせないか…そうだな…。それじゃあ好みの仕方を教えてくれ。それなら答えても問題はないはずだぜ」
そうだろ?とパソコンをこちらに向ける。…仕方?手を止めて画面を見た私は、手どころか全身が固まった。
「……なんですか、これ」
その画面には、彼の言う“仕方”が何通りも表示されていた。なぜこんなことを聞かれているのか分からないが、確実に初対面で聞く内容じゃない。しかし真剣な表情で聞くもんだから、引いているコチラが変なのかと思わせる。
「絵だけじゃ分かりにくいか?なら口頭で説明しよう…どれが気になる?選んでくれ……ん、ああ…時間切れか。残念だな」
成立しているようでしていない会話についていけない私に、彼は話を続ける。だが、ちょうど外から聞こえてきたエンジン音に肩を落とすと、パソコンを閉じて立ち上がった。
「また今度聞かせてくれ。仕方は48以上もあるからな…それまでゆっくり考えるといい」
じゃあ、軽く片手をあげるとアジトを真正面から出ていく。仲間が帰ってきたというのに堂々たる態度だ。バタン、と扉が閉まった音を聞いた私の身体は一気に力が抜け、ソファに沈み込んだ。…なんだか疲れた。私のチームにはいない、というか今まで出会ったことのないようなタイプだ。上手く対応できないまま、気力だけが無駄に消費された感じがする。やがて入ってきた仲間たちに、ナイスタイミングだと心の内でそっと感謝した。
後日、私のパソコンに不明なアドレスからメールが届いていた。開けば「参考にしてくれ」の一言と共に、あの時見た48もの“仕方”が表示される。私は誰かに見られる前にメールを閉じ、削除の項目を迷いなくクリックした。