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カフェテリアで朝食を口にしていた私は、ふと口に食べ物を運ぶ手を止める。視界の端に映った特徴的な柄の服。見覚えのあるそれに、食べ物を迎えようと開けていた口を閉じて顔を上げた。
「…早いんですね」
これは完全に私の勝手なイメージだが、暗殺というのは日の落ちた暗い夜に行われ、それを生業とする彼らは夜型ではないか。だから、まだ街の大半の仕事も始まらないようなこの時間にいる彼にそう言った。明るい時間帯に行う暗殺もあるのだろうか。私を見下ろすこの男に聞けば解決するのだろうが、下手に質問して興味があるのだと思われても困る。覚えていたら後でブチャラティにでも聞こう。
「任務帰りだ」
…あぁ、通りで。普段よりわずかに低い声で一言だけ返した彼に、私は納得する。「そろそろ応える気になったか?binba」なんて勧誘しに来ているのか口説きに来ているのか、といった言動が今日はない。それに心なしか機嫌も良くなさそうに見える。任務帰りなら納得だ。夜通しで体力を使い、疲労しているのだろう。
「帰ったらどうですか」
「…おいおい、それが労いの言葉か?」
穏やかなモーニングを邪魔されたこともあり、淡々と提案する。彼はそれに対してフーッと息を吐きながら目の前の椅子を引き、どかっと座った。…労いの言葉?何を言っているんだか。こちらだって執拗な勧誘に迷惑しているんだ。早く帰れば彼も休息でき、私も朝から不機嫌な勧誘を受けなくて済む。私達の間では十分な労い言葉だろう。
背凭れに上半身を預け、両手をパンツのポケットに仕舞い、その長い脚を組んだ男をぼんやり見る。思えば初めに話を持ってきたのもこの男だった。
チームに来ないか、というシンプルな言葉で始まった会話は、私が一人で街を見回っている時に行われた。
「…どこの管轄ですか」
ブチャラティを筆頭とする、ネアポリスが管轄のチームに所属する私は慎重に言葉を返した。チームを移動する気はなかった。ネアポリスでの生活が慣れているし、必要な施設も十分で不満もない。チームリーダーのブチャラティは街の皆から慕われており、ギャングである以前に人として尊敬している。チームの仲も悪くなく、むしろみんなで食事をするくらいだ。だから「嫌です」ときっぱり返しても良かったのだが、あまり関わることのない他チームというのに少し興味が湧いてしまった。
「暗殺だ」
アン、サツ…?思ってもみない返答にアンサツ、なんて都市があっただろうかと考える。いやそんな都市あるわけない。組織…チーム…アンサツ…暗殺。組織のチームでアンサツといえば一つしかない。
「今いい返事が聞けるとは思っちゃあいねえ……また会いに来る」
彼は私の頬に顔を寄せ、耳元で小さくリップ音を鳴らす。そしてまだ聞きたいことがある私を置いて去ってしまった。
そこまで思い返して、ふと漂ってきた香ばしいコーヒーの香りに現実に引き戻される。店員がその香りのもとであるカップを彼の目の前に置き、ごゆっくり、と言ってさがっていく。そんな…私は1人でごゆっくりしたいのだ。いつのまに注文したのか。
きっとそんな思いが表情に出ていたのだろう。カップを持ち上げ、上目で私を見た彼が声を発した。
「…一杯分しか居られねえことが不満か?悪いな。オレもせめておまえが朝食を終えるまでは居たいが…待たせてるやつがいるんだ。オレの話を聞きたくてしょうがねえってやつがよ…」
早く帰って報告したらいいのに。待たせてる、と言いながら急ぐ様子もなく優雅にエスプレッソを味わっている。リーダーになんかなったら苦労しそうなチームだ。いや、ブチャラティが楽だとも思わないけど。
またカップを僅かに傾けて、中のエスプレッソを少し流し込む。そんな彼にこちらも皮肉で返そうと閉じていた唇の力を緩めたが、結局言葉は出さなかった。会話が弾んで長引いても困るだけ。薄く開いた口にそのまま食べ物を運び、さっきよりもゆっくりとした動作で食事を再開する。
任務帰りに見かけた顔見知りに、少しの息抜きができればと腰を落ち着けた。そんな感じだったのだろう。
彼が飲み終える十数分、会話は特になかった。
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