近接格闘術
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「あ、先入ってて」
任務を終えた名無しはアジトのドア前でぴたりと足を止めてそう言った。懐を探り出した彼女に、一緒に任務をしていたイルーゾォが顔を顰める。
「…何してんだ」
「汗拭いとかなきゃと思って」
ボディシートを取り出し、身体中に滑らせる。イルーゾォはその様子を見ながら、彼女の入っててという言葉を聞き流し、ドア横の外壁に背を預けた。イルーゾォを一瞥し、待ってくれていると察した名無しはその動作を少し速める。大まかに拭き終えると、次は小さめのスプレー缶を取り出して吹きかけ始めた。
「そこまでするかぁ?」
「メローネの鼻をなめちゃ駄目…!」
「やりすぎじゃあねえのか……それの匂いしかしねえぞ」
「制汗剤くさいって言われた方がマシだよ…」
纏わりつくスプレーの煙を振り払うように、苦い顔で首を横に振る。終わったと合図すると、イルーゾォがその身を起こしてドアを開けた。
名無しがここまで匂いに敏感になったのは同じチームのあの男――メローネのせいだ。忘れもしない、初めて顔を合わせた日。メローネはやたら距離近く隣へ座ったかと思うと、顔を思い切り近づけてきた。まるで猫がすり寄るかのように。
名無しは肩をびくりと揺らしたが初日で緊張もあり、ただ固まることしか出来なかった。しばらくして、ようやく顔を離したかと思うと今度は口を開く。
「確かにアンバーは良い匂いだが君には合わない。もっと自然でさわやかな……そうだな、果物の香りはどうだ?」
突然饒舌になる彼に、名無しは依然黙ることしか出来ない。…どうだ?一体何の話を?彼女が言葉の内容を理解するより先に、メローネは彼女の腕を取り、今度はその肌に顔を近づける。
「ふむ…ボディソープの匂いはしないな。香りが残らないタイプか…悪くない」
彼は真顔で喋り、話しかけているのか独り言なのかも分からない。持ち上げていた彼女の腕を降ろすと、今度は髪を手で避け、現れた耳元へ顔を近づける。そこでようやく名無しは身体ごと大きく避けた。
「あのッなんですか…!?なにをして、」
「香りを確かめてるんだ。人工的に付けられた匂いはもう分かった。今度は君自身の匂いだ…それは腋下、陰部、そして耳裏がよく分かる」
悪びれる様子もなく平然とした顔でそう言ってのけると、メローネは再び顔を近づける。あ、ヤバい人だ。名無しは咄嗟に立ち上がり、メローネから距離を取る。
その日はそれ以降、何もされることはなかった。だがメローネの悪癖は翌日からも続く。シャンプーを変えればすぐに気付き、名無しが着てきた上着を脱げば、それはいつの間にか彼の手に渡っている。任務の日なんかは最悪だ。さっさと終えることが出来ることもあれば、条件によっては汗をかく。それは人間である以上仕方のないことであるが、メローネはそれを嗅ぎに来るのだ。
異性だからとか汗をかいているからとか、もうそんなことじゃない。人に匂いを嗅がれること自体嫌なのだ。しかしチームはそれを特に咎めない。メローネをどうにかしてほしいと名無しが願い出れば、オメーが来る前からだとホルマジオが言う。
「プロシュートのコロンは良い香りだが、オレは付けない方が好みだ。ギアッチョはそもそもあまり匂いがしない…スタンドのせいで体温が低いんじゃあないか?」
人の傍に寄ってはそんなことを言い抜かしていたらしい。さらにそれは人に対してだけでなく、食べられるかどうか不安なものも匂いで判断しているようだった。
「信頼できるのが嗅覚なんだろ……まあ害はねえし放っておけよ」
ホルマジオは何てことなさそうに言う。名無しにとっては嗅がれることが害なのだが、周りはもう彼の行動に麻痺してしまっているのか取り合ってもらえなかった。もう自分で対策するほかない。
イルーゾォに続いてリビングまでいくと、噂をすればなんとやら。他のものはみな出払っているのだろう。メローネがひとり、ソファに座っている。イルーゾォがリゾットの執務室へ向かったので報告は任せることにして、名無しはソファへ腰を下ろす。もちろんメローネから離れたところへ。
メローネは姿勢悪くパソコンを覗き、キーボードを叩いている。集中している様子にひとまず安心し、名無しはテーブルに放られた雑誌を手に取った。
「制汗剤の匂いか……それも2つだな」
急に耳元で聞こえた声に、手にしていた雑誌を落としそうになる。雑誌に集中し過ぎた…。いつの間にか背後に来ていたメローネは、少し考えるような素振りを見せたあと、背凭れをひょいと乗り越える。そして隣にくると、名無しの片脚を持ち上げた。
「ちょっ、なに…!?メローネッ、」
片脚を上げられて名無しはバランスを崩し、ソファへ倒れてしまう。メローネは大きく上げたその脚の膝裏へ顔を近づけた。
「メローネやめて!何してるの!?」
「拭ききれない箇所があるはずだ。ここじゃあないな……なら背中か」
持ち上げていた脚を降ろすと、今度はソファと名無しの背の間に手を滑り込ませる。名無しは返されそうになる身体を捩って抵抗する。そして引きはがそうとメローネの手を掴んだ。
「やだッ、もうやめてよ…!」
その状態になって寸秒。ドアが開く音がした。その音に視線をそちらへ移すと、任務を終えたであろうギアッチョと目が合う。良かった、丁度いいところに。
名無しが希望を見出したのも束の間、ソファで重なる2人を見たギアッチョは苛立ったように眉頭を寄せる。そして、チッ!!!と、どう鳴らしたらそんな音が鳴るのか。というほどに大きな舌打ちをして踵を返すギアッチョ。
まずい。彼は盛大な誤解をしているに違いない。メローネを押さえる手をそのままに、名無しは慌てて声を上げる。
「違うんだって!ギアッチョ待って!助けて!」
彼女の助けを求める必死の叫び。しかしその声は、頭に血が上ったギアッチョには届かなかった。
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