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自然が多く、家族連れが訪れるような広場がある場所で、僕はカフェのテラスにいた。幹部になったばかりで忙しくしているブチャラティに代わり、チームの主な仕事を彼女に説明するためだ。もちろん、まだチームに入ったわけではないので話せることは限られている。
本来は話す必要もない。だが彼女は他のチームに触れる機会もなく、組織に入って直ぐにヒットマンチームへと配属されたらしい。移動を決めるにも判断材料が少ないだろう、というブチャラティの配慮だった。
「えーと、パンナコッタさんは」
「ッ……フーゴ、です」
それじゃあさっそく…と話を始めようとしたとき彼女が口にした名前に、ピクリと反応してしまう。始めに名乗った時、フーゴと呼んでくださいと言ったはずだ。自分の名前に何か思いがあるわけではないが、普段呼ばれ慣れないため、その違和感がいやだった。
違和感を飲み込んで訂正すると彼女は、そうでしたと頷き、続けて、フーゴ、フーゴ…と小さく呟いて刷り込むように復唱しだす。
「…呼びすぎです」
何度も呼ばれる名前に少し気恥ずかしくなった僕は目線を逸らした。そういうことは心の中でするんじゃあないか。呟くのをやめた彼女が、そうですよねと口を噤んだのを確認してから、ようやく話を再開する。
「あの…名無し?…聞いてますか…?…名無し!」
「ッはい!!」
それから説明を続けていたがふと、彼女が聞いていないことに気付く。そわそわして心ここにあらずといった感じで、僕の呼びかけにも遅れて反応する始末だ。
「まったく…ちゃんと話を聞いてください。いつまで経っても終わりませんよ?あなたも暇じゃあないはずだ」
「すみません…」
はぁ、と溜息をつくと彼女は身を小さくして謝った。落ち着きのなさや素直なところが何だかナランチャを彷彿とさせる。そのせいで、普段彼と会話しているようなペースになってしまいそうだ。ふーっと今度は切り替えるための溜息を吐いて、初めから言いますよ、と続けた。
彼女はその後しばらくは集中して話を聞いていたが、だんだん目線が動き始める。一応、聞かなきゃという気持ちはあるのか意識して話に戻ってくるようだが、またすぐに逸れる。一体何に気を取られているのか。これじゃあ埒が明かないと、小さく湧き上がる苛立ちを抑えるように、震える声で名前を呼ぶ。
「ッ…名無し。あなたは先程から一体何を、」
ガタッ。その瞬間、彼女はいきなり立ち上がった。かと思うと「ッすぐ戻ります!」と言い残し、僕の傍を走って通りすぎる。その背を追って振り返ると、僕の後方にある広場に立ち並ぶ木々の一本に、子どもが数人群がっているのが見えた。
名無しはその輪に入っていくと、あろうことかその木に登りだす。何がしたいのか分からず、呆気に取られて見つめていると、子どもの高くよく通る声が少し離れたここまで聞こえてきた。
「がんばれー!」
「おねえちゃんきをつけて!」
あぁなるほど…どうやら木に引っかかったボールを取ろうとしているらしい。思ってもみない行動に、怒りなんて欠片も消える。子どもは彼女が木の上から放ったボールを受け取り、礼を言うとすぐに広場へ駆けていった。その姿を木の上から見守った後、ようやく彼女は枝に引っかかりながら降りていく。
…本当に暗殺者なのだろうか。僕は本日何度目かの溜息をつくと木の下へ駆け寄って、地面に降り立てるように手を貸した。その手を取って地面に降りた彼女は「すみません、ずっと気になっちゃって」とはにかみ、服についた木の葉を払う。そんな彼女を見ながら思わず呟いた。
「…入るチームを間違えたんじゃあないのか」
「…?なにか言いました?」
「いえ、人助けを咎めたりしませんと言ったんです。だから謝罪は必要ない。…さ、話に戻りますよ」
きょとんとする彼女を席に戻し、今度こそと願いながら、僕はうんざりするほど口にした話を初めからやり直す。