少女椿
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その夜はなぜか寝付けなかった。
今思えば天の啓示だったのかもしれない。
すべてがいつも通りだった。いつも通りのはずだった。欲を小さな身にぶつけ、満足するとキスを落としおやすみ、と去っていくはずだった。だが今日、彼は額にしていたそれを唇に落とす。額や手、体中の傷に唇で触れることは日常であった。甘く施されるそれは熱を孕んではいるものの淫欲さはなく、唇同士が触れ合うことはない。それが今日初めて触れ合う。
名無し2は困惑した。
どうして今日、唇にしたのか。どうして悲しそうな何か思いつめたような顔をしているのか。
押し返すことができなかった。
名残惜しそうに余韻を残しつつ離れたジャンニは普段通りに微笑む。おやすみ、そういって部屋を出ていく。
「…っ!!」
名無し2は慌てて開きかけた口を噤む。…今、私は何を?引き留めようとした?彼を?何故?漠然とした不安。それは初めて母が帰ってこなかった時と似ていた。
やがて空が白み始める。上手く眠れずにいた名無し2はふと、妖精の言っていたことを思い出した。
見た目は子供だが本来はもう少女と呼ばれる年齢ではない。妖精など信じてはいないがあの日は確実に見たのだ。想像していたよりも逞しい妖精を。
隠し部屋…この屋敷にあるのだろうか。少し、中を見てみたいと思った。ジャンニは部屋から出てはいけないと言ったことは一度もない。屋内を歩くだけなら構わないだろう。そして何より名無し2はここを出る気がなかった。この手は汚れてしまったのだ。行く当てなどない。このときの判断を名無し2は後悔する。
なんとなしに入った部屋。そこはジャンニの部屋なのだろう。ベッドに彼が横たわっている。
――目を閉じた男は息をしていなかった。確かめる必要もない。掻き切られた首。血に浸るシーツ。その喉は二度と声を発さない。手に握られた刃物は耽美なほどに赤く染められていた。
惨劇はあの日を再現したかのようで、手に感触が甦る。無宗教者の多い日本人の例にもれず、信仰している神などいない。だが縋らずにいられなかった。
一度はこの目で見た死。この手で与えた死。
使用人によって発見されるはずだった彼の死は奇しくも少女に見つかる。それはだれも望まぬ形だった。
それから少女はギャングに監禁された。
数奇な運命を恨みながら、今日も少女は拷問に耐える。
後書»
今思えば天の啓示だったのかもしれない。
すべてがいつも通りだった。いつも通りのはずだった。欲を小さな身にぶつけ、満足するとキスを落としおやすみ、と去っていくはずだった。だが今日、彼は額にしていたそれを唇に落とす。額や手、体中の傷に唇で触れることは日常であった。甘く施されるそれは熱を孕んではいるものの淫欲さはなく、唇同士が触れ合うことはない。それが今日初めて触れ合う。
名無し2は困惑した。
どうして今日、唇にしたのか。どうして悲しそうな何か思いつめたような顔をしているのか。
押し返すことができなかった。
名残惜しそうに余韻を残しつつ離れたジャンニは普段通りに微笑む。おやすみ、そういって部屋を出ていく。
「…っ!!」
名無し2は慌てて開きかけた口を噤む。…今、私は何を?引き留めようとした?彼を?何故?漠然とした不安。それは初めて母が帰ってこなかった時と似ていた。
やがて空が白み始める。上手く眠れずにいた名無し2はふと、妖精の言っていたことを思い出した。
見た目は子供だが本来はもう少女と呼ばれる年齢ではない。妖精など信じてはいないがあの日は確実に見たのだ。想像していたよりも逞しい妖精を。
隠し部屋…この屋敷にあるのだろうか。少し、中を見てみたいと思った。ジャンニは部屋から出てはいけないと言ったことは一度もない。屋内を歩くだけなら構わないだろう。そして何より名無し2はここを出る気がなかった。この手は汚れてしまったのだ。行く当てなどない。このときの判断を名無し2は後悔する。
なんとなしに入った部屋。そこはジャンニの部屋なのだろう。ベッドに彼が横たわっている。
――目を閉じた男は息をしていなかった。確かめる必要もない。掻き切られた首。血に浸るシーツ。その喉は二度と声を発さない。手に握られた刃物は耽美なほどに赤く染められていた。
惨劇はあの日を再現したかのようで、手に感触が甦る。無宗教者の多い日本人の例にもれず、信仰している神などいない。だが縋らずにいられなかった。
一度はこの目で見た死。この手で与えた死。
使用人によって発見されるはずだった彼の死は奇しくも少女に見つかる。それはだれも望まぬ形だった。
それから少女はギャングに監禁された。
数奇な運命を恨みながら、今日も少女は拷問に耐える。
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