生暖かい血は先ほどまで生きていたことをいやでも伝える。肌触りの良く、白かったはずのシーツは赤を含み小男と名無し２の下に重く沈んでいる。掻き切られた首はぱっくりと割れているはずだが、流れ出る液体でその全貌はよく見えない。

呼吸音が一つだけになった部屋に、数分前まで会いたかった男が姿を現す。




「――ああ…なんてことだ」

悲観的な声とは裏腹にその顔は緩んでいる。歓びが抑えきれないような、笑ってはいけない場面なのに堪えきれずについ笑みが溢れてしまった。

そんな顔だった。


「私がナイフを置き忘れてしまったばっかりに…」

握りしめられているナイフから小さな指を一本一本解く。そっと優しく、優しく。

ゆっくりと抜き取ったナイフを床に放り投げると、カランと音が鳴った。高価な服が汚れるのも気にせず、返り血を浴びている名無し２を抱き締める。その力は普段よりわずかに強かった。抱き締めたまま、ピクリともしない小男に目を向ける。さきほどの笑みとは打って変わり、無感情で冷めた視線を小男に突き刺した。

「汚れてしまったな。気持ちが悪いだろう。シャワーを浴びるといい。服も寝具もすべて替えさせよう…どうした？」

ジャンニは身体から名無し２を少し離して、顔を覗き込んだ。そしてその表情を目に捕らえるとまたもたまらない、といったように頬を緩ませる。


――名無し２は理解していた。すべてこの男に仕組まれていたと。この小男が名無し２の母親に何かしら関わっていることを知っていたのだと。


嵌められた。


ジャンニは身をかがめ、耳元に口を寄せる。

「感情や欲望は大事にしなきゃあならない。すべての原動力だからだ。だが、それ以上に大事なことは冷静になることだ。その場を支配したいならまず自分の内情を支配するんだ…。

言っただろう？――計画は立てた方がいい、と」

動くたびに耳にふれる唇は、すでに止まっている液体と同じ温度で現状を思い知らせる。


私はこの男を見くびっていた。あの日のことを、手の元を離れようとしたことを許されてはいなかったのだ。二度と日の下を歩けない少女は全てをこの男に囚われてしまった。


「大丈夫だ…私とおいで」

男は出会った時と同じような笑みを浮かべていた。