エピソード1 タタル渓谷からバチカル
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夜が明けてかなり明るくなってきた頃、強い衝撃で馬車が揺れた。
ニッドは窓から身を乗り出す。
「おい!兄さん危ないって!」
御者に言われてニッドは体を中へ引っ込める。目の前には大きな戦艦、ニッドは目を見張る。
「タルタロス?もう出発したのか」
小さく呟く。
「な、なんだ?」
ようやく起きたのかあの赤い髪の少年の声がした。
再び振動と爆音が響く。
ニッドの脇から少年が覗き、窓の外を見た。
「何やってんだよ…ったく!」
「軍が馬車を攻撃してるんだ」
ニッドが外の砲撃を見ながら答える。
「おい、あの辻馬車!攻撃さ れてるぞ!」
「軍が盗賊を追ってるんだ!ほら、あんたたちと勘違いした漆黒の翼だよ!」
御者が砲音に負けないように叫んだ。
軍に追われている辻馬車を見るとこちらのよりかなり豪華だ。
「あーこのままじゃ俺置いてかれる…」
呆然とその光景を見ながらニッドは呟いた。
漆黒の翼が乗ると辻馬車とニッドたちが乗る辻馬車が一瞬交差する。
後ろから拡声器を使い大音量の声が聞こえた。
゜そこの辻馬車!道を開けなさい!巻き込まれますよ!゜
その声にニッドが反応する。御者が右に馬首を向けたために多少バランスを崩す。
それでも窓から離れることはなく、巨大な鋼鉄艦を見送る。
ローテルロー橋のほうで爆発音がした。そのもっと手前でタルタロスは停止している。
ニッドはその方向を睨むように見つめ、はしゃぐ少年の隣で思考を巡らせる。
漆黒の翼は橋を壊して逃走した、これ以上タルタロスは追えない。
ということは休息を行う可能性がある・・・その場所はこの辺りで一つしかないだろう。
そう考えて椅子に座る。
「驚いた!見たかい?あれはマルクト軍の最新型陸上走行艦タルタロスだよ。俺も前に一度遠くから拝ませてもらったことがあったが、こんなそばで見ることができるなんて思わなかったよ!」
御者はタルタロスを見てかなり興奮しているようだ。
そりゃそうだろう、軍のものなんて滅多に見られるものじゃない。
「マルクト軍だって!?」
それを聞いた少年が声を上げた。
「どうしてマルクト軍がこんなところをうろついているんだよ!?」
ニッドは少年の言葉に眉間にしわを寄せる。御者がそれに答えた。
「そりゃあ、当たり前さ。何しろ、キムラスカの奴らが戦争を仕掛けてくるって噂が絶えないんでこの辺りは警備が厳重なってるからな」
「・・・ちょっと待って。この馬車は今どこを走っているの?」
今度は少女が聞いた。
御者は首を捻って振り返る。
「どこって、西ルグニカ平野さ」
そのあとのやり取りを聞くニッドは二人への不審感を募らせる。
この二人はバチカルへ向かうつもりだったのか・・・一体何をするためにここへ来たんだ・・・あの正体不明の第七音素と関係があるのか。
ぐるぐると再び思考を巡らせる。
流石に御者も怪しむような声で問う。
「なんかおかしいな・・・あんたたちキムラスカ人なのか?」
御者の声からは敵意が感じられる。
「い、いえ、マルクト人です。わけあってバチカルへ行く途中だったの」
「それじゃあ、反対だったなぁ。キムラスカへ行くなら、ローテルロー橋を渡らずに街道を南に下っていけばよかったんだ。もっとも橋が落ちちゃあ、戻るに戻れんが・・・」
「まじかよ・・・どーすんだよ、おい」
少年の言葉を聞きながら、ニッドが口を開いた。
「俺はエンゲーブを経由してグランコクマへ向うが・・・あんたたちはどうする?」
「エンゲーブで降ろしてくれ」
ニッドがそう言うと御者は了解してくれた。
少女も少しの間考えて、言った。
「流石にグランコクマまで行くと遠くなるわ、エンゲーブで、キムラスカへ行く方法を考えましょう。それともここで降りる?」
「冗談!エンゲーブまで乗せてくれ、歩くのたりーし」
「わかった、あんたたちもエンゲーブまでだな」
鞭の音がして、馬車の速度が上がった。
「まいったわね・・・」
少女は難しい顔をして考え込んでいる。ニッドは御者台の後ろの窓を閉め、虚空を見つめながら二人の会話を聞いていた。
盗み聞きをするのは本意ではないが、どうしてもこの二人が彼の中で引っかかっている。
赤い髪の少年はタルタロスのことを少女に質問している。
「・・・」
ニッドの中に浮かんだ彼らへの不審感はエンゲーブに着くまでずっと続いた。
