佐々木 令の個人ファイル
「君、『アーサー王と円卓の騎士』は読んだことあるかい?」
私は少しだけ迷った。小さい頃に読んだことがあるけれど、読んでないにも等しいほど大まかにしか覚えていないから。美しい物語であったことしか覚えていない。
「…読んだことはありますけど、大まかな流れ程度しか知識はありません…」
「それなら、アヴァロン、という島について覚えているかい?」
「アヴァロン…?」
聞いたことがある。ブリテンの伝説の島、湖の乙女が住まう…
「アーサー王終焉の地…」
「そう、わかっているじゃないか。そしてアヴァロンは「美しい林檎で名高い島」だ。さて、全て繋がらないかね?」
私は美しい「林檎」でべたべたになった両手に冷や汗が沸くのを感じて黙りこくった。…ここが。ここが?ここがアヴァロンだとでも???私は脳内の混乱の全てを無視して「アーサー王と円卓の騎士」の知識と記憶に全神経を集中する。物語においてアヴァロンは単にアーサー王終焉の地という立ち位置でしかない。ここが仮にそのものだとしても非現実、夢でしかないのだからあまり関係ない。それより目の前の男……夢魔と人の混血児、黒髪、夢、修道士服………一つ名前が頭をよぎる。あまりに自信が無かった。しかし唇は閉じたままに出来ずに、一言零していた。
「…アンブローズ・xxxx?」
目の前の修道士服の男の顔はパッと明るくなり、「実に愉快!」と手を叩き笑った。
「あはは、発想の跳躍が過ぎるよ。正解だけどもね。そう、私こそがアンブローズ・xxxx、魔術師xxxxだとも。そうと分かったら君はまた疑問が浮かぶんじゃないかい?」
そう。物語の中で魔術師は生き埋めにされている。仕えた王の最期に立ち会えずのまま、あまりに呆気なく退場している。だから王の終焉の地に居るわけが無く………
私はここまでの思考をとぎれとぎれに、それでもなんとか伝わるように口にした。顔色を伺いつつ、気に障らないように。すると魔術師はため息を一つついて答えた。私はそのため息が私への落胆だと思い少し凍りついた。そんな私の心情を察してか、
「安心したまえ、これは私自身への呆れと後悔への溜息だ。」
そう付け加えてから語り始めた。
「『近いうちに生き埋めにされる』と分かっていながら享楽任せに旅に出た。そして予言のとおりになった。私は穴の中で人の夢を介し王の物語の全ての顛末を知った。肉体は穴から出れずとも精神はその限りでは無かったからね。私を閉じ込めたあの娘が何もかも良く収めてくれたみたいでなによりだったよ。…でも、心残りがあった。」
魔術師は続けた。
「王のことだ。悲しいかな、妙なところで人間らしいというのは。私が育てた大切な存在の最期に立ち会えなかったというのは……」
心残りだ、と。唇が震えていた。
月が照らすボートで私は夢魔の子と、魔術師と、否…死ねないまま数千年の後悔の日々を過ごした人と向かい合っていた。風はなく、この夢は静謐の真ん中に守られていた。
「私は夢魔。ここは夢。せめて王の最期と共に居たかったという後悔を、王が最期を過ごした楽園という夢にした。肉体は今でも岩の下だが、精神の私は自由だからね。…ずっとこの夢に閉じこもっていた。時折気まぐれに人間の夢を覗いて時代の移ろいを追いながらね。」
…悲しい物語を知った。夢。夢。何もかもが夢の中。あの伝説が本物だったという驚きよりも一人の魔法使いの悲愴が私の心臓の真ん中に冷たく座った。同情してしまったのだ。これが後に続く「頼みごと」への布石だとしても。「悪夢から救い出し恩を売って、同情を誘う話をする」ーーー頼みごとをするには十二分すぎるシチュエーション。そういった場面において人間は嘘に聞こえなかった、といって騙されるひとは騙される。…愚かしくても別に騙されても良い気がした。
静寂を割ったのは私の声だった。
「して…私に頼みたいこと、とは、なんでしょうか。ミスター・アンブローズ 」
「話そう」
「私の自殺に付き合ってくれ」
私は少しだけ迷った。小さい頃に読んだことがあるけれど、読んでないにも等しいほど大まかにしか覚えていないから。美しい物語であったことしか覚えていない。
「…読んだことはありますけど、大まかな流れ程度しか知識はありません…」
「それなら、アヴァロン、という島について覚えているかい?」
「アヴァロン…?」
聞いたことがある。ブリテンの伝説の島、湖の乙女が住まう…
「アーサー王終焉の地…」
「そう、わかっているじゃないか。そしてアヴァロンは「美しい林檎で名高い島」だ。さて、全て繋がらないかね?」
私は美しい「林檎」でべたべたになった両手に冷や汗が沸くのを感じて黙りこくった。…ここが。ここが?ここがアヴァロンだとでも???私は脳内の混乱の全てを無視して「アーサー王と円卓の騎士」の知識と記憶に全神経を集中する。物語においてアヴァロンは単にアーサー王終焉の地という立ち位置でしかない。ここが仮にそのものだとしても非現実、夢でしかないのだからあまり関係ない。それより目の前の男……夢魔と人の混血児、黒髪、夢、修道士服………一つ名前が頭をよぎる。あまりに自信が無かった。しかし唇は閉じたままに出来ずに、一言零していた。
「…アンブローズ・xxxx?」
目の前の修道士服の男の顔はパッと明るくなり、「実に愉快!」と手を叩き笑った。
「あはは、発想の跳躍が過ぎるよ。正解だけどもね。そう、私こそがアンブローズ・xxxx、魔術師xxxxだとも。そうと分かったら君はまた疑問が浮かぶんじゃないかい?」
そう。物語の中で魔術師は生き埋めにされている。仕えた王の最期に立ち会えずのまま、あまりに呆気なく退場している。だから王の終焉の地に居るわけが無く………
私はここまでの思考をとぎれとぎれに、それでもなんとか伝わるように口にした。顔色を伺いつつ、気に障らないように。すると魔術師はため息を一つついて答えた。私はそのため息が私への落胆だと思い少し凍りついた。そんな私の心情を察してか、
「安心したまえ、これは私自身への呆れと後悔への溜息だ。」
そう付け加えてから語り始めた。
「『近いうちに生き埋めにされる』と分かっていながら享楽任せに旅に出た。そして予言のとおりになった。私は穴の中で人の夢を介し王の物語の全ての顛末を知った。肉体は穴から出れずとも精神はその限りでは無かったからね。私を閉じ込めたあの娘が何もかも良く収めてくれたみたいでなによりだったよ。…でも、心残りがあった。」
魔術師は続けた。
「王のことだ。悲しいかな、妙なところで人間らしいというのは。私が育てた大切な存在の最期に立ち会えなかったというのは……」
心残りだ、と。唇が震えていた。
月が照らすボートで私は夢魔の子と、魔術師と、否…死ねないまま数千年の後悔の日々を過ごした人と向かい合っていた。風はなく、この夢は静謐の真ん中に守られていた。
「私は夢魔。ここは夢。せめて王の最期と共に居たかったという後悔を、王が最期を過ごした楽園という夢にした。肉体は今でも岩の下だが、精神の私は自由だからね。…ずっとこの夢に閉じこもっていた。時折気まぐれに人間の夢を覗いて時代の移ろいを追いながらね。」
…悲しい物語を知った。夢。夢。何もかもが夢の中。あの伝説が本物だったという驚きよりも一人の魔法使いの悲愴が私の心臓の真ん中に冷たく座った。同情してしまったのだ。これが後に続く「頼みごと」への布石だとしても。「悪夢から救い出し恩を売って、同情を誘う話をする」ーーー頼みごとをするには十二分すぎるシチュエーション。そういった場面において人間は嘘に聞こえなかった、といって騙されるひとは騙される。…愚かしくても別に騙されても良い気がした。
静寂を割ったのは私の声だった。
「して…私に頼みたいこと、とは、なんでしょうか。ミスター・アンブローズ 」
「話そう」
「私の自殺に付き合ってくれ」