仮面武闘会distortion
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カジノに華麗なる転身を遂げた元グロッタ闘技場はその後も増築を続け、そして先日。一度は姿を消した闘技ステージがとうとう復活した。それも屋上にあたるとてつもなく好位置であり、どことなく殺風景だった以前の会場に比べ、彫刻が施されるなど派手に飾り付けられ、ずいぶんと豪華な景観になっている。
一説によればカジノで負けが込んだ魔物たちが借金のカタに奴隷同然の賃金で仕事に参加させられたため、驚異的なスピードでくだんの箱物建築が成ったらしい。
もしくはカジノで儲けた資金に物を言わせ、凄腕のビルダーを30人ほど雇っていたとかいう噂もあった。
色々といわくつきではあったが、少なくとも私には関係はない。一ファンとして仮面武闘会の復活はただ喜ばしいばかりだ。
今回は参加者だけれども。
さて、抽選会は滞りなく終わり、マスク・ザ・ハンサムが企てた通りくじ引きの不正は果たして上手くいった。
十六組三十二名と参加者が連なる中、見事ペアになることができたのである。
予選二回、本戦二回の計四回勝てば優勝と数字にすればお手軽感もあるがそこはツワモノ集まる仮面武闘会。きっと一筋縄ではいかないことだろう。
けれどこちらも素人ではない。更に言えば組んだ相手も、性格はともかくその実力は高い。
やれないことはないぞ、と己の頬を叩いて気合を入れ、久々に懐かしの装備に袖を通した。傭兵をやめ、デルカダールの兵士になってからは制服ばかりですっかりタンスの肥やしになっていた代物だがやはり質はよく、それは未だに輝かんばかりの美しさを保っている。
「仮面…お前も持っていたのか」
「うん。用意する必要ないって言ったの、これでわかったでしょ?」
横に並ぶマスク・ザ・ハンサムはこくりと頷く。久しぶりの試合を前に、僅かに緊張しているようだ。
一方で私は妙に落ち着いていた。かつて共に戦った一張羅がひどく肌に馴染んだからかも知れない。おまけに、腰には例のプラチナソードを佩いている。魔力のコントロールに必要不可欠だった両手杖は今となっては必要なく、家に置いてきた。そのぶん身が軽い。
コンディションは良好。間違いなく、今日の私は人生史上最強だ。
「しかし、マスカレードセットか…」
「ふふ、傭兵時代にお金貯めて買ったの。カッコいいでしょ」
ドヤ顔して見せると、ハンサムは仮面をかぶった状態でもわかるほど目つきを鋭くした。
「くっ!エルザ、少々センスに長けているくらいでボクに勝てると思うなよ!」
マジかー。
これ、あの大体何でも受容できてしまうゴリアテさんからすら評判が悪かった装備なんだけどな。私は気に入ってるけど。
意外なところで価値観を一致させてしまったことに若干頭を抱えながら武舞台へ向かう。
「さあ!始まりました復活の仮面武闘会!その記念すべき予選第一試合!晴れやかな舞台において、やはりこの華やかなコンビは外せないでしょう!」
司会兼レフェリーのおじさんが声をあげる。バーテンダースタイルでこそあったが、以前までとは違う顔立ちの整った人物だった。
「グロッタの花!お色気コンビ!サイデリア!アーーーーンド!ビビアーーーーン!!!」
よく通る低音の美声の紹介と共に、可愛らしい女性が二人武舞台に入場する。方やサイデリア。戦士といういかにもいかつい職でありながらビキニアーマーに身を包んだ色香は溢れんばかり。旺盛なサービス精神でぱちんと可憐にウインクを魅せつつも飽くまで強気に立ち回わる。そんな彼女が私のイチオシの闘士だ。
いやもう本当にかわいいすっごくかわいい小悪魔的なツリ目といい好みドストライクだ。
仮面武闘会ファンである私だけれど、元々はサイデリアちゃんから入った。私が男性に生まれていたらきっと付き合いたいと思うくらい好きだ。…いや、性別とかこの際どうでもいい……じゃない。思考が危険な方に持って行かれた。とにかく、それくらい魅力たっぷりな子なのである。
そしてもう片方はビビアン。バニースタイルなんていかにも頭ゆるふわな格好をしているけれど、実はグロッタの闘士たちでも珍しい賢者の職業に就いている。
攻撃魔法や回復魔法、補助魔法すら自在に操り、選手どころか試合そのものを手玉に取るスタイルはしたたかながら鮮やかだ。もしかしたらハンフリーより人気が高い彼女のことももちろん推している。むしろ自分は仮面武闘会の箱推し勢なのかも知れない。
そしてビビアンちゃんに関して言えばビジュアルの方も申し分ない。
健康美を強調したサイデリアちゃんに比べれば華奢。目鼻立ちが整っていて、胸も大きい。一見してとても戦う女の子とは思えないけれど、実際はとんでもなく強くて、そのギャップもとてもいいなって思います!
「おい、そろそろ…」
ハンサムに呼びかけられ、こくりと頷く。
と同時に詠唱。イオ程度の呪文であればホメロスさまの助けがなくともほぼノータイムで唱えられる。けれどもあえてわざわざ口上を諳んじるのは、演出のための音きっかけであり、つまり走る速度などを合わせたいハンサムにお願いされたものだった。
ちゅん、と空気が縮む。花火のような光、大きすぎない爆発音。
「な、なんだぁーーーー!?」
そのくせもくもくとあがる白い煙は大袈裟なくらい多量。
「煙の中より人影が二人!!こんなド派手な参加者を、我々はマスク・ザ・ハンサム以外に知らない!!パートナーは一体誰だ!!!??」
暑苦しい実況が続くに比例して煙は消えてなくなる。ようやくこちら側から観客席が見渡せるようになった頃、司会者は大声をあげた。
「女性です!!ビビアン・サイデリアペアに劣らぬ魅力を持つ、マスカレイドスーツに身を包んだまさにミステリアス・レディー!!」
おいやめてくれ。
「肉食獣がごとく危険な色香を持つ君の名は!初参戦!!ミス・リオーーーーン!!!!」
は?
ものすごくダサい、恥ずかしい呼び名だということだけは少なくともよくわかる。
犯人は言うまでもなく受け付け処理をやってくれたマスク・ザ・ハンサムだろう。半ば混乱を極めつつ彼にどういうことだと小声で訊ねる。
答えはしれっと返ってきた。
「いやお前このマスク・ザ・ハンサムのパートナーの名前がエルザなんて本名じゃあなんか嫌だろ。だから悪いが勝手にリングネームを考えさせてもらった。猛獣がごとき女、ミス・リオン。…我ながら悪くない発想だと思うが」
いっそ悪意があった方がマシなレベルだった。
そういえばこの人さっきマスカレイド装備をセンスに長けていると評していた。私が言うのも難だけど、多分根本的にズレているのだ。
よくゴリアテさんのセンスに噛み合ったなと思う。なにせあの人は前衛的ではあるが、理解があとからついてくる本物の芸術家(アーティスト)。私たちとはまったく別格の存在なのだから。
「あん、ラゴスっ。お久しぶりねっ」
ビビアンちゃんが口を開く。
「あなたの愛しのレディ・マッシヴが見当たらないわ。彼と組めなかったの?」
「彼は今回出場していない。今回のパートナーはミス・リオンだ」
それを言った相手が私ならば即座に怒っていただろう。けれどハンサムは、毅然と答える。開始の合図こそないが、実質的にもう試合は始まっているのだろう。
「それに何度言ったらお前は覚えられるんだ、ビビアン。ボクの名はマスク・ザ・ハンサム。賢者が健忘症とは随分笑えない冗談だな」
そのまま挑発返し。そう言えば仮面武闘会において精神攻撃は基本だ。
「物覚えが悪いのはラゴス、あなたではなくて?スライムでも自分の名前くらいは覚えられるでしょうに」
うさ耳を揺らしながら嘲り笑うビビアンちゃんとマスク・ザ・ハンサムは仲が悪い。…と誰もが思うけれど実際はビビアンちゃんが一方的にハンサムが大好きだという話だ。それにも拘わらずこの口の悪さ。公私混同しない主義か、ただの嗜虐趣味のどちらかだろうと勝手に断定する。
「…で、アンタがミス・リオンかい」
今まで沈黙を守っていたサイデリアちゃんが鋭い目線でこちらを見据える。
それでもどこか猫を思わせる愛らしい顔に、きゅんと胸が鳴ったのは多分気のせいではない。
「抽選の時にも思ったけど、結構カワイイ顔してるじゃないか。あとであたいの所に来なよ、かわいがってやるぜ」
「え、えぇ…っ!?」
挑発的な視線に、瞬時に頬が熱くなる。
え、待って今私誘われてる…!?大好きなサイデリアちゃんに!
弛みそうになる口を抑える。やばいこれ、やばい。混乱というか魅了というか。どっちともつかない煩悩の奔流に呑まれそうになる私を、後ろから殴るやつがいた。
「いったぁ…!何すんの!」
「サイデリアは初顔の試合相手全員にそれ言うぞ。ノンケのくせにな」
「えぇ…」
困惑というか夢が破れたというか。
なんだかひどくがっかりしたような。
いや、そもそも私にはゴリアテさんがいるんだ。うん。浮気はよくない、絶対よくない。
彼の美しい笑顔を脳裏に浮かべる。
自分を取り戻す。私にとって何よりの行動原理になる愛しい愛しいあの人。彼を裏切り、泣いたあの日。…そして彼を喪うかも知れないことに泣いた先日。
後悔はすでにしていた。
だからもう、もう絶対に裏切らない!
「…目つきが変わったねえ。ちょっとだけ本気だったのに」
冷静さを取り戻し、剣の柄に手をかける。
サイデリアちゃんは肩を竦めた。その所作すら可愛くはあったけれど。
「嫁?夫?まあどっちでもいいや。どっちにしたって…あの人は私にとっては命より大事だもの」
「ちょっと待て」
その静止の言葉が出たのはまさかの味方サイドから。
「ボクは認めていないぞ!誰がお前の夫だ誰が」
「シルビアさん」
「ふざけるな!!撤回しろ今すぐに!!」
「嫌!絶対嫌!!!!」
怒鳴りあげるハンサムはむしろいつも通りだ。
応戦して怒鳴り返す。
「試合開始ぃいいいいい!!!!!!!!!」
危うく収集がつかなくなりかけたところで怒鳴るように司会がゴングを打ち鳴らすように声をあげる。
「とっても仲が良さそうで何よりね!でもそんなんじゃビビアンちゃんたちには勝てないんだからっ」
口喧嘩の方に本腰を入れかけたせいで私もハンサムも初動が遅れた。
その隙をビビアンちゃんが逃すはずがない。両手杖を振り上げ、詠唱を始める。
聞き覚えのある口上が咄嗟に身体を動かす。前衛アタッカーである相方に遠慮することなく前に出る。
【ベギラゴン】の強烈な光。受けるのは私一人で良い。
眩すぎる光は視力を数秒奪うが、一方身体のダメージは大したものではないのだから。
「リオン…お前…」
「勝つためよ。あとその呼び方やめて」
背後から呆気にとられたこの場唯一の男声に応える。全力でミス・リオンを拒絶してなお、名付け親は憤ることはなかった。
『女戦士が来るぞ、リオン殿(笑)!』
視界が未だ暗いからか、剣の悪魔が嘲り半分に教えてくれる。方向はあえて省略してくれる辺りがとても意地が悪い。必死になってサイデリアちゃんの気配を察し、彼女の剣を受けるべくプラチナソードを抜く。
「遅いよ!」
右側から声。慌てて踏み込み、身体の向きを変える。
「お前がな」
サイデリアちゃんに斬りつけられるという出来事に対し、その行動を完了するには恐らくワンテンポ遅かった。
がきん、と金属が激しくぶつかり合う音。
「くそ、ハンサム!!」
サイデリアちゃんのうめき声。
「おおおお!!!!」
ほえるハンサム。
そしてがきん!!と再び金属音がぶつかり、
「がぁっ!!」
サイデリアちゃんの悲鳴で一連は終わる。
音のみとなった世界に不慣れな自分では、今何が起こったのかは案の定よくわからなかった。
それでもやがて視力が戻って来る。
光を取り戻した私が目にしたのは、ビビアンちゃんに並んで歯噛みするサイデリアちゃんと、私の半歩前でマスク・ザ・ハンサムが得意げに微笑する姿だった。
肉薄する第一陣を終え、会場は更なる盛り上がりを見せる。声援を気持ちよさそうに浴びたハンサムは、敵二人に手の甲を向け、指をくいくいと動かす。
明らかな挑発だった。
「来いよメス共。グロッタの徒花は、ボクたちの肥料になるのが丁度いい」
一説によればカジノで負けが込んだ魔物たちが借金のカタに奴隷同然の賃金で仕事に参加させられたため、驚異的なスピードでくだんの箱物建築が成ったらしい。
もしくはカジノで儲けた資金に物を言わせ、凄腕のビルダーを30人ほど雇っていたとかいう噂もあった。
色々といわくつきではあったが、少なくとも私には関係はない。一ファンとして仮面武闘会の復活はただ喜ばしいばかりだ。
今回は参加者だけれども。
さて、抽選会は滞りなく終わり、マスク・ザ・ハンサムが企てた通りくじ引きの不正は果たして上手くいった。
十六組三十二名と参加者が連なる中、見事ペアになることができたのである。
予選二回、本戦二回の計四回勝てば優勝と数字にすればお手軽感もあるがそこはツワモノ集まる仮面武闘会。きっと一筋縄ではいかないことだろう。
けれどこちらも素人ではない。更に言えば組んだ相手も、性格はともかくその実力は高い。
やれないことはないぞ、と己の頬を叩いて気合を入れ、久々に懐かしの装備に袖を通した。傭兵をやめ、デルカダールの兵士になってからは制服ばかりですっかりタンスの肥やしになっていた代物だがやはり質はよく、それは未だに輝かんばかりの美しさを保っている。
「仮面…お前も持っていたのか」
「うん。用意する必要ないって言ったの、これでわかったでしょ?」
横に並ぶマスク・ザ・ハンサムはこくりと頷く。久しぶりの試合を前に、僅かに緊張しているようだ。
一方で私は妙に落ち着いていた。かつて共に戦った一張羅がひどく肌に馴染んだからかも知れない。おまけに、腰には例のプラチナソードを佩いている。魔力のコントロールに必要不可欠だった両手杖は今となっては必要なく、家に置いてきた。そのぶん身が軽い。
コンディションは良好。間違いなく、今日の私は人生史上最強だ。
「しかし、マスカレードセットか…」
「ふふ、傭兵時代にお金貯めて買ったの。カッコいいでしょ」
ドヤ顔して見せると、ハンサムは仮面をかぶった状態でもわかるほど目つきを鋭くした。
「くっ!エルザ、少々センスに長けているくらいでボクに勝てると思うなよ!」
マジかー。
これ、あの大体何でも受容できてしまうゴリアテさんからすら評判が悪かった装備なんだけどな。私は気に入ってるけど。
意外なところで価値観を一致させてしまったことに若干頭を抱えながら武舞台へ向かう。
「さあ!始まりました復活の仮面武闘会!その記念すべき予選第一試合!晴れやかな舞台において、やはりこの華やかなコンビは外せないでしょう!」
司会兼レフェリーのおじさんが声をあげる。バーテンダースタイルでこそあったが、以前までとは違う顔立ちの整った人物だった。
「グロッタの花!お色気コンビ!サイデリア!アーーーーンド!ビビアーーーーン!!!」
よく通る低音の美声の紹介と共に、可愛らしい女性が二人武舞台に入場する。方やサイデリア。戦士といういかにもいかつい職でありながらビキニアーマーに身を包んだ色香は溢れんばかり。旺盛なサービス精神でぱちんと可憐にウインクを魅せつつも飽くまで強気に立ち回わる。そんな彼女が私のイチオシの闘士だ。
いやもう本当にかわいいすっごくかわいい小悪魔的なツリ目といい好みドストライクだ。
仮面武闘会ファンである私だけれど、元々はサイデリアちゃんから入った。私が男性に生まれていたらきっと付き合いたいと思うくらい好きだ。…いや、性別とかこの際どうでもいい……じゃない。思考が危険な方に持って行かれた。とにかく、それくらい魅力たっぷりな子なのである。
そしてもう片方はビビアン。バニースタイルなんていかにも頭ゆるふわな格好をしているけれど、実はグロッタの闘士たちでも珍しい賢者の職業に就いている。
攻撃魔法や回復魔法、補助魔法すら自在に操り、選手どころか試合そのものを手玉に取るスタイルはしたたかながら鮮やかだ。もしかしたらハンフリーより人気が高い彼女のことももちろん推している。むしろ自分は仮面武闘会の箱推し勢なのかも知れない。
そしてビビアンちゃんに関して言えばビジュアルの方も申し分ない。
健康美を強調したサイデリアちゃんに比べれば華奢。目鼻立ちが整っていて、胸も大きい。一見してとても戦う女の子とは思えないけれど、実際はとんでもなく強くて、そのギャップもとてもいいなって思います!
「おい、そろそろ…」
ハンサムに呼びかけられ、こくりと頷く。
と同時に詠唱。イオ程度の呪文であればホメロスさまの助けがなくともほぼノータイムで唱えられる。けれどもあえてわざわざ口上を諳んじるのは、演出のための音きっかけであり、つまり走る速度などを合わせたいハンサムにお願いされたものだった。
ちゅん、と空気が縮む。花火のような光、大きすぎない爆発音。
「な、なんだぁーーーー!?」
そのくせもくもくとあがる白い煙は大袈裟なくらい多量。
「煙の中より人影が二人!!こんなド派手な参加者を、我々はマスク・ザ・ハンサム以外に知らない!!パートナーは一体誰だ!!!??」
暑苦しい実況が続くに比例して煙は消えてなくなる。ようやくこちら側から観客席が見渡せるようになった頃、司会者は大声をあげた。
「女性です!!ビビアン・サイデリアペアに劣らぬ魅力を持つ、マスカレイドスーツに身を包んだまさにミステリアス・レディー!!」
おいやめてくれ。
「肉食獣がごとく危険な色香を持つ君の名は!初参戦!!ミス・リオーーーーン!!!!」
は?
ものすごくダサい、恥ずかしい呼び名だということだけは少なくともよくわかる。
犯人は言うまでもなく受け付け処理をやってくれたマスク・ザ・ハンサムだろう。半ば混乱を極めつつ彼にどういうことだと小声で訊ねる。
答えはしれっと返ってきた。
「いやお前このマスク・ザ・ハンサムのパートナーの名前がエルザなんて本名じゃあなんか嫌だろ。だから悪いが勝手にリングネームを考えさせてもらった。猛獣がごとき女、ミス・リオン。…我ながら悪くない発想だと思うが」
いっそ悪意があった方がマシなレベルだった。
そういえばこの人さっきマスカレイド装備をセンスに長けていると評していた。私が言うのも難だけど、多分根本的にズレているのだ。
よくゴリアテさんのセンスに噛み合ったなと思う。なにせあの人は前衛的ではあるが、理解があとからついてくる本物の芸術家(アーティスト)。私たちとはまったく別格の存在なのだから。
「あん、ラゴスっ。お久しぶりねっ」
ビビアンちゃんが口を開く。
「あなたの愛しのレディ・マッシヴが見当たらないわ。彼と組めなかったの?」
「彼は今回出場していない。今回のパートナーはミス・リオンだ」
それを言った相手が私ならば即座に怒っていただろう。けれどハンサムは、毅然と答える。開始の合図こそないが、実質的にもう試合は始まっているのだろう。
「それに何度言ったらお前は覚えられるんだ、ビビアン。ボクの名はマスク・ザ・ハンサム。賢者が健忘症とは随分笑えない冗談だな」
そのまま挑発返し。そう言えば仮面武闘会において精神攻撃は基本だ。
「物覚えが悪いのはラゴス、あなたではなくて?スライムでも自分の名前くらいは覚えられるでしょうに」
うさ耳を揺らしながら嘲り笑うビビアンちゃんとマスク・ザ・ハンサムは仲が悪い。…と誰もが思うけれど実際はビビアンちゃんが一方的にハンサムが大好きだという話だ。それにも拘わらずこの口の悪さ。公私混同しない主義か、ただの嗜虐趣味のどちらかだろうと勝手に断定する。
「…で、アンタがミス・リオンかい」
今まで沈黙を守っていたサイデリアちゃんが鋭い目線でこちらを見据える。
それでもどこか猫を思わせる愛らしい顔に、きゅんと胸が鳴ったのは多分気のせいではない。
「抽選の時にも思ったけど、結構カワイイ顔してるじゃないか。あとであたいの所に来なよ、かわいがってやるぜ」
「え、えぇ…っ!?」
挑発的な視線に、瞬時に頬が熱くなる。
え、待って今私誘われてる…!?大好きなサイデリアちゃんに!
弛みそうになる口を抑える。やばいこれ、やばい。混乱というか魅了というか。どっちともつかない煩悩の奔流に呑まれそうになる私を、後ろから殴るやつがいた。
「いったぁ…!何すんの!」
「サイデリアは初顔の試合相手全員にそれ言うぞ。ノンケのくせにな」
「えぇ…」
困惑というか夢が破れたというか。
なんだかひどくがっかりしたような。
いや、そもそも私にはゴリアテさんがいるんだ。うん。浮気はよくない、絶対よくない。
彼の美しい笑顔を脳裏に浮かべる。
自分を取り戻す。私にとって何よりの行動原理になる愛しい愛しいあの人。彼を裏切り、泣いたあの日。…そして彼を喪うかも知れないことに泣いた先日。
後悔はすでにしていた。
だからもう、もう絶対に裏切らない!
「…目つきが変わったねえ。ちょっとだけ本気だったのに」
冷静さを取り戻し、剣の柄に手をかける。
サイデリアちゃんは肩を竦めた。その所作すら可愛くはあったけれど。
「嫁?夫?まあどっちでもいいや。どっちにしたって…あの人は私にとっては命より大事だもの」
「ちょっと待て」
その静止の言葉が出たのはまさかの味方サイドから。
「ボクは認めていないぞ!誰がお前の夫だ誰が」
「シルビアさん」
「ふざけるな!!撤回しろ今すぐに!!」
「嫌!絶対嫌!!!!」
怒鳴りあげるハンサムはむしろいつも通りだ。
応戦して怒鳴り返す。
「試合開始ぃいいいいい!!!!!!!!!」
危うく収集がつかなくなりかけたところで怒鳴るように司会がゴングを打ち鳴らすように声をあげる。
「とっても仲が良さそうで何よりね!でもそんなんじゃビビアンちゃんたちには勝てないんだからっ」
口喧嘩の方に本腰を入れかけたせいで私もハンサムも初動が遅れた。
その隙をビビアンちゃんが逃すはずがない。両手杖を振り上げ、詠唱を始める。
聞き覚えのある口上が咄嗟に身体を動かす。前衛アタッカーである相方に遠慮することなく前に出る。
【ベギラゴン】の強烈な光。受けるのは私一人で良い。
眩すぎる光は視力を数秒奪うが、一方身体のダメージは大したものではないのだから。
「リオン…お前…」
「勝つためよ。あとその呼び方やめて」
背後から呆気にとられたこの場唯一の男声に応える。全力でミス・リオンを拒絶してなお、名付け親は憤ることはなかった。
『女戦士が来るぞ、リオン殿(笑)!』
視界が未だ暗いからか、剣の悪魔が嘲り半分に教えてくれる。方向はあえて省略してくれる辺りがとても意地が悪い。必死になってサイデリアちゃんの気配を察し、彼女の剣を受けるべくプラチナソードを抜く。
「遅いよ!」
右側から声。慌てて踏み込み、身体の向きを変える。
「お前がな」
サイデリアちゃんに斬りつけられるという出来事に対し、その行動を完了するには恐らくワンテンポ遅かった。
がきん、と金属が激しくぶつかり合う音。
「くそ、ハンサム!!」
サイデリアちゃんのうめき声。
「おおおお!!!!」
ほえるハンサム。
そしてがきん!!と再び金属音がぶつかり、
「がぁっ!!」
サイデリアちゃんの悲鳴で一連は終わる。
音のみとなった世界に不慣れな自分では、今何が起こったのかは案の定よくわからなかった。
それでもやがて視力が戻って来る。
光を取り戻した私が目にしたのは、ビビアンちゃんに並んで歯噛みするサイデリアちゃんと、私の半歩前でマスク・ザ・ハンサムが得意げに微笑する姿だった。
肉薄する第一陣を終え、会場は更なる盛り上がりを見せる。声援を気持ちよさそうに浴びたハンサムは、敵二人に手の甲を向け、指をくいくいと動かす。
明らかな挑発だった。
「来いよメス共。グロッタの徒花は、ボクたちの肥料になるのが丁度いい」