仮面武闘会distortion
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グロッタで最も華麗な闘士。マスク・ザ・ハンサムはこう自称するけれど、それでもまったくもって彼に相応しい称号だと私は考えていた。
自然と共に生きる戦士といえば聞こえはいいが、デバフメインのサポーターという特性上いまいち見栄えがしないというか、言ってしまえばレンジャーは地味な職業だ。はっきり言って魔法戦士並に名前負けしている。
そういうイメージを覆したのがこのマスク・ザ・ハンサムという男だ。
ともすれば女の子と見紛うような細い腕から繰り出されるブーメランはしかし鋭く、二丁短剣での立ち回りは跳梁跋扈する獣が如く。
時には対戦相手に毒や眠りといった状態異常を仕込み、ヒュプノスあるいはタナトスハントで逃さず刈り取る様は、狡猾な蛇蠍を思わせる。
そして世界の危険生物を一手に引き受けたかのような激しい戦い方の裏腹、その細い腕に違わず彼は女性的なとても美しい顔つきをしていた。
マタドールのスーツを華美にアレンジした衣装を着てえげつなく戦うこのイケメンは、かえってギャップの魅力を産み、デビュー以降ずっと女性人気がに右肩上がりの様相を呈している。
……しかしながら。彼自身が恋焦がれてやまない相手は世の女性たちにとっては残念(人によってはご褒美かも知れない)だが男性だ。
というかレディ・マッシヴことゴリアテさんもといシルビアさんである。
要はこの人は私にとって恋のライバルに他ならない。例に洩れずその美しい容姿からちょっと前まではそこそこ好きな闘士だったけれど完全に今はアンチだし、向こうも私のことを敵視していることも知っている。顔面殴られたし。
だからこそ心から不可解だった。
なぜマスク・ザ・ハンサムは突然私の家を訪れ、挙句頼みごとがあるなどと言い出したのか。
その疑問は、ほどなくして解決することになった。
「グロッタ名物仮面武闘会。お前は知ってるか?」
家に唯一あるテーブルに向かい合わせで座る。そうするなりおもむろにそんな質問をされ、反射的にこくりと頷く。知っているどころか、大好きな催し物。このハンサムをはじめとした、仮面をした荒くれたちが、タッグを組んで優勝を争う。特技あり魔法あり妨害ありという無法者垂涎ものの武闘会の名声は、グロッタに留まることなくあらゆる地方からわざわざ見物客が訪れるほどに轟いていた。それほどまでに大人気のイベントだったが、前回イレブンくんたちが参加した(そして優勝した。その頃はデルカダールに捕まっていたから、残念ながら観に行けなかったけれど)のを最後に、どういう事情か開催されなくなってしまっている。
そればかりか舞台も潰され、今はカジノに建て替えられた。その賑わいはそれこそ仮面武闘会のシーズンのピークに匹敵するほどで、しかもりそれが日常的なのだというから驚きだ。人気が人気を呼び、カジノのしょぼくれた酒場のステージは見る見る間に小さなブロードウェイ。人気旅芸人である【シルビア】も時折ステージに上がるような、パフォーマーの憧れの地と化している。
「知ってる…というか、むしろ結構好きだったなぁ、懐かしい」
「そういえばお前、以前ボクのファンとか言ってたな」
もう一度首肯する。一番の推しはサイデリアちゃんで、ハンサムは二番目だったと付け足したかったが胸に留めておいた。下手なことは言わないほうが良い。だってこの男はすぐに機嫌を損ねる上に面倒くさいのだ。ゴリアテさんを少しは見習ってほしい――いやあの人も怒らせるとかなり厄介だったな。
「それはさておき、だ。本題に入るんだが、近々仮面武闘会が復活することになった」
「えっ」
ぐわーんとハンマーで頭を殴られたかのような衝撃が走った。椅子から思わず立ち上がり、身を乗り出してしまう。
「それマジ!?えー!どうしよ!観に行きたいな!やっぱサイデリアちゃんは出場するんでしょ!?うー、休みとれるかなぁ…。とりあえずグレイグさまに」
「何を言っているんだ。エルザ、お前は今回出場する側だぞ」
もう一度えっと声をあげる。体温がさーっと落ちる。大好きなイベントが復活する喜びで興奮していたのに、きりりと頭が氷をぶつけられたように冷え込んでいく。
「今なんて?」
「だから、エルザ。お前はボクと組んで仮面武闘会に出場するんだよ。もちろん優勝を目指して、だ。でなきゃ、このボクがわざわざお前になんか会いに来るわけがないだろ」
なんでもないことのようにハンサムは言い切った。ぽかんと口を開く私を尻目に、彼は一応来客だからと出したお茶にようやく口をつける。
「…粗茶」
不味いと言わんばかりに半眼で舌をちろりと見せる。(貰いものとはいえ)そこそこのお値段はするはずのお茶なのにこんなことを言えるあたり、ハンサムは多分いいとこの家の子だという気がした。
「飲んどいて文句言わないで。…でも、私なんか出ても戦力になるわけ?」
「ボクとて望んだわけじゃない」
私の質問にハンサムはやや躊躇いがちに答える。机の上に両肘をついて手を組み、額を乗せ、うつむく。
そして仮面を被っているにも関わらず、まるでそれがないようにたどたどしく気まずげに続けた。
「情報を仕入れるのが遅くてな、組むべきパートナーが見つからなかったんだ。…それでやむを得ず、だ」
理由がなんというかひどかった。グロッタでもっとも華麗な闘士マスク・ザ・ハンサム。
その激烈な戦いっぷり。情緒不安定に近いほど喜怒哀楽が激しい性格に、悪すぎる口と態度。それを思うと正直…。
「つまりコミュ障ぼっちだから」
「それ以上言ってみろ。その口を縫ってやる」
声を低くするハンサム。どうやら図星をついてしまったらしい。
まあまあとなんとか彼を宥める。
「話を戻すぞ。ボクは望んでないとは言ったが、それでも勝算ありきでお前を選んだ」
不機嫌に腕を組み、脚も組んだハンサム。
360度どこから見てもチンピラも同然の彼だけれど、イケメンというたった一つの要素でそれなりに絵として仕上がっていた。なんだか人としての格差を感じる。
「悔しいが、不意打ちに近いとはいえお前はボクに一度勝っている。自惚れるつもりはないが、ハンフリーに次ぐ実力を持つと自他ともに認めるボクにだ。…だからお前なら、充分な戦力になると踏んでいる」
ハンフリー。仮面武闘会においてはその絶対的な意味を持つ単語に、思わずツバを飲み込む。
「チャンピオン…やっぱり出場するの?」
「当たり前だ。これまで通りに賞金も出る。さすがに反省はしたらしいが、それでもあいつは子どもたちのためなら、なんでもする」
「反省?」
「…口を滑らせた。悪い、知らないのであれば聞かなかったことにしてくれ。さすがのボクも、あの男を必要以上に貶めたくはない」
謎めいた言い回しはしかし本当にハンサムの意図しないところだったのだろう。眉根を寄せて 口もとを抑える。
目を閉じ、二秒待って、再び開く。
お馴染みの派手な仮面の下、空色の双眸の輝きがひどく強い意志の光を放っていた。
「条件を提示する。最低保障はしない代わりに、賞金は6割がお前だ。それからエルザ、お前の宿代と食事代、移動賃までこちらで持つ。これで見積もりを出してくれるか?」
「正直に言うよ。その条件は私に有利すぎる。ハンサムがそこまでするに至った経緯を教えてくれなきゃ、恐ろしくて受けられない」
言葉に詰まる。あまりにも条件が良すぎると、 即座に思う。甘い話に裏があるとは月並みの感想だけれども、実際私という嫌いな相手にこの感情的な男がそんな高待遇を用意できる状況があるとするならば。そこにはいかにも恐ろしげな罠が潜んでいるとしか思えなかった。
「いけずを言うなよ。仕事は選ばないんじゃなかったのか?」
「冗談。とっくに自営業はやめた身だよ?あえて危ないことは、今はしたくないって」
肩を竦めてみせる。我ながら保身に走ったとは思うけれど、これでもデルカダールの兵士になるという子どもの頃からの夢を叶えたのだ。今度はそれを守りたいと思うのは当然というものだろう。
とするといくら金の匂いがするからといって、安易に危ないヤマに手を出さないのも、やはり当然だ。
「偉くなったモノだな、ごろつきと大差なかった女が」
「周りに恵まれたのよ。っていうか私のことわかったように言わないで」
ふっと皮肉げにマスク・ザ・ハンサムは笑う。この男とまともに言葉を交わすのはこれで三回目だけれど、それにしては随分とお互いに親しくなった気がした。不思議なくらいに。
…愛する人が同じだからだろうか?
「正直、断られるとは思っていた」
そういう割に彼は妙に落ち着いている。曰く粗茶をまた一口飲み、カップをソーサーに戻した。
「だがボクも、なんの成果も持たずにグロッタに戻るなんて間抜けなことはしたくない。お前と交渉するにあたり、それなりの材料は仕入れたさ」
マスク・ザ・ハンサムは【旅芸人シルビア】ほどではないけれど動作が大きい。一度席を立ち大仰に腕を広げ胸を開ける。きらきらと効果音がつくような格好いいポーズをキメてから、彼はようやく続けた。
「どうしてそんなことをするか?エルザ、お前のことが嫌いなはずのボクがなぜ?…答えは簡単だ。ボクはこの仮面武闘会で優勝したい。なんとしてもだ!」
次に彼は胸に手を当て、じっとこちらを見据える。いつかゴリアテさんが誘ってくれた劇でこんな場面を見た。主人公の騎士の愛の告白シーン。もちろんこの男に限ってそんな展開だけはあり得ないのだが。
とはいえ、私は一体なにを見せられているのだろうか。
「あまり言いたくないんだが、依頼する以上黙るのも不誠実だろう。お前の動機にもなる」
「何?」
「シルビアさんが来るんだよ」
キメ顔でマスク・ザ・ハンサムが言ったけれど、正直それどころではなかった。
「ゴリアテさんが!?」
「は?ゴリアテ?」
「あ、いやごめん忘れて!シルビアさん、シルビアさんね!うわーそれは出なきゃダメだなー絶対ダメだ!」
芸名シルビアこと本名ゴリアテ。嫌いじゃない、むしろ滅茶苦茶に好きだ……とはいえ正直な感想としてはかなりいかついお名前だ。本人がその名前を嫌がっているのかどうかは、実のところイマイチ測りかねている。
とにかくサマディーのデザートゴーストの一件以来、彼から人前で本名を呼ぶことを控えるように教育された。実際あの悪魔が【シルビアさん】の本名を知らなければ避けられた危機があっただけに、反論のしようがなかった。…とはいえ色々と恐ろしい夜だった。
その経験が、このバグった発言を生み出した。
「本当か!協力、心から感謝する!」
経緯を知らないハンサムがごく無邪気に笑顔を浮かべ、私の手を取る。好きな人にカッコいいところを見せたいのだろう。健気で純粋な思いを正直に言えば踏み躙りたいのだが、なんとか思い留まる。
これが正妻の余裕なのだろうか。
いや、でもそれ以上に。
マスク・ザ・ハンサムに協力することに、なぜか少なからず重大な意味を感じたのも事実だった。
…それが何かも、そしてなぜそう思ったかもわからなかったけれど。
自然と共に生きる戦士といえば聞こえはいいが、デバフメインのサポーターという特性上いまいち見栄えがしないというか、言ってしまえばレンジャーは地味な職業だ。はっきり言って魔法戦士並に名前負けしている。
そういうイメージを覆したのがこのマスク・ザ・ハンサムという男だ。
ともすれば女の子と見紛うような細い腕から繰り出されるブーメランはしかし鋭く、二丁短剣での立ち回りは跳梁跋扈する獣が如く。
時には対戦相手に毒や眠りといった状態異常を仕込み、ヒュプノスあるいはタナトスハントで逃さず刈り取る様は、狡猾な蛇蠍を思わせる。
そして世界の危険生物を一手に引き受けたかのような激しい戦い方の裏腹、その細い腕に違わず彼は女性的なとても美しい顔つきをしていた。
マタドールのスーツを華美にアレンジした衣装を着てえげつなく戦うこのイケメンは、かえってギャップの魅力を産み、デビュー以降ずっと女性人気がに右肩上がりの様相を呈している。
……しかしながら。彼自身が恋焦がれてやまない相手は世の女性たちにとっては残念(人によってはご褒美かも知れない)だが男性だ。
というかレディ・マッシヴことゴリアテさんもといシルビアさんである。
要はこの人は私にとって恋のライバルに他ならない。例に洩れずその美しい容姿からちょっと前まではそこそこ好きな闘士だったけれど完全に今はアンチだし、向こうも私のことを敵視していることも知っている。顔面殴られたし。
だからこそ心から不可解だった。
なぜマスク・ザ・ハンサムは突然私の家を訪れ、挙句頼みごとがあるなどと言い出したのか。
その疑問は、ほどなくして解決することになった。
「グロッタ名物仮面武闘会。お前は知ってるか?」
家に唯一あるテーブルに向かい合わせで座る。そうするなりおもむろにそんな質問をされ、反射的にこくりと頷く。知っているどころか、大好きな催し物。このハンサムをはじめとした、仮面をした荒くれたちが、タッグを組んで優勝を争う。特技あり魔法あり妨害ありという無法者垂涎ものの武闘会の名声は、グロッタに留まることなくあらゆる地方からわざわざ見物客が訪れるほどに轟いていた。それほどまでに大人気のイベントだったが、前回イレブンくんたちが参加した(そして優勝した。その頃はデルカダールに捕まっていたから、残念ながら観に行けなかったけれど)のを最後に、どういう事情か開催されなくなってしまっている。
そればかりか舞台も潰され、今はカジノに建て替えられた。その賑わいはそれこそ仮面武闘会のシーズンのピークに匹敵するほどで、しかもりそれが日常的なのだというから驚きだ。人気が人気を呼び、カジノのしょぼくれた酒場のステージは見る見る間に小さなブロードウェイ。人気旅芸人である【シルビア】も時折ステージに上がるような、パフォーマーの憧れの地と化している。
「知ってる…というか、むしろ結構好きだったなぁ、懐かしい」
「そういえばお前、以前ボクのファンとか言ってたな」
もう一度首肯する。一番の推しはサイデリアちゃんで、ハンサムは二番目だったと付け足したかったが胸に留めておいた。下手なことは言わないほうが良い。だってこの男はすぐに機嫌を損ねる上に面倒くさいのだ。ゴリアテさんを少しは見習ってほしい――いやあの人も怒らせるとかなり厄介だったな。
「それはさておき、だ。本題に入るんだが、近々仮面武闘会が復活することになった」
「えっ」
ぐわーんとハンマーで頭を殴られたかのような衝撃が走った。椅子から思わず立ち上がり、身を乗り出してしまう。
「それマジ!?えー!どうしよ!観に行きたいな!やっぱサイデリアちゃんは出場するんでしょ!?うー、休みとれるかなぁ…。とりあえずグレイグさまに」
「何を言っているんだ。エルザ、お前は今回出場する側だぞ」
もう一度えっと声をあげる。体温がさーっと落ちる。大好きなイベントが復活する喜びで興奮していたのに、きりりと頭が氷をぶつけられたように冷え込んでいく。
「今なんて?」
「だから、エルザ。お前はボクと組んで仮面武闘会に出場するんだよ。もちろん優勝を目指して、だ。でなきゃ、このボクがわざわざお前になんか会いに来るわけがないだろ」
なんでもないことのようにハンサムは言い切った。ぽかんと口を開く私を尻目に、彼は一応来客だからと出したお茶にようやく口をつける。
「…粗茶」
不味いと言わんばかりに半眼で舌をちろりと見せる。(貰いものとはいえ)そこそこのお値段はするはずのお茶なのにこんなことを言えるあたり、ハンサムは多分いいとこの家の子だという気がした。
「飲んどいて文句言わないで。…でも、私なんか出ても戦力になるわけ?」
「ボクとて望んだわけじゃない」
私の質問にハンサムはやや躊躇いがちに答える。机の上に両肘をついて手を組み、額を乗せ、うつむく。
そして仮面を被っているにも関わらず、まるでそれがないようにたどたどしく気まずげに続けた。
「情報を仕入れるのが遅くてな、組むべきパートナーが見つからなかったんだ。…それでやむを得ず、だ」
理由がなんというかひどかった。グロッタでもっとも華麗な闘士マスク・ザ・ハンサム。
その激烈な戦いっぷり。情緒不安定に近いほど喜怒哀楽が激しい性格に、悪すぎる口と態度。それを思うと正直…。
「つまりコミュ障ぼっちだから」
「それ以上言ってみろ。その口を縫ってやる」
声を低くするハンサム。どうやら図星をついてしまったらしい。
まあまあとなんとか彼を宥める。
「話を戻すぞ。ボクは望んでないとは言ったが、それでも勝算ありきでお前を選んだ」
不機嫌に腕を組み、脚も組んだハンサム。
360度どこから見てもチンピラも同然の彼だけれど、イケメンというたった一つの要素でそれなりに絵として仕上がっていた。なんだか人としての格差を感じる。
「悔しいが、不意打ちに近いとはいえお前はボクに一度勝っている。自惚れるつもりはないが、ハンフリーに次ぐ実力を持つと自他ともに認めるボクにだ。…だからお前なら、充分な戦力になると踏んでいる」
ハンフリー。仮面武闘会においてはその絶対的な意味を持つ単語に、思わずツバを飲み込む。
「チャンピオン…やっぱり出場するの?」
「当たり前だ。これまで通りに賞金も出る。さすがに反省はしたらしいが、それでもあいつは子どもたちのためなら、なんでもする」
「反省?」
「…口を滑らせた。悪い、知らないのであれば聞かなかったことにしてくれ。さすがのボクも、あの男を必要以上に貶めたくはない」
謎めいた言い回しはしかし本当にハンサムの意図しないところだったのだろう。眉根を寄せて 口もとを抑える。
目を閉じ、二秒待って、再び開く。
お馴染みの派手な仮面の下、空色の双眸の輝きがひどく強い意志の光を放っていた。
「条件を提示する。最低保障はしない代わりに、賞金は6割がお前だ。それからエルザ、お前の宿代と食事代、移動賃までこちらで持つ。これで見積もりを出してくれるか?」
「正直に言うよ。その条件は私に有利すぎる。ハンサムがそこまでするに至った経緯を教えてくれなきゃ、恐ろしくて受けられない」
言葉に詰まる。あまりにも条件が良すぎると、 即座に思う。甘い話に裏があるとは月並みの感想だけれども、実際私という嫌いな相手にこの感情的な男がそんな高待遇を用意できる状況があるとするならば。そこにはいかにも恐ろしげな罠が潜んでいるとしか思えなかった。
「いけずを言うなよ。仕事は選ばないんじゃなかったのか?」
「冗談。とっくに自営業はやめた身だよ?あえて危ないことは、今はしたくないって」
肩を竦めてみせる。我ながら保身に走ったとは思うけれど、これでもデルカダールの兵士になるという子どもの頃からの夢を叶えたのだ。今度はそれを守りたいと思うのは当然というものだろう。
とするといくら金の匂いがするからといって、安易に危ないヤマに手を出さないのも、やはり当然だ。
「偉くなったモノだな、ごろつきと大差なかった女が」
「周りに恵まれたのよ。っていうか私のことわかったように言わないで」
ふっと皮肉げにマスク・ザ・ハンサムは笑う。この男とまともに言葉を交わすのはこれで三回目だけれど、それにしては随分とお互いに親しくなった気がした。不思議なくらいに。
…愛する人が同じだからだろうか?
「正直、断られるとは思っていた」
そういう割に彼は妙に落ち着いている。曰く粗茶をまた一口飲み、カップをソーサーに戻した。
「だがボクも、なんの成果も持たずにグロッタに戻るなんて間抜けなことはしたくない。お前と交渉するにあたり、それなりの材料は仕入れたさ」
マスク・ザ・ハンサムは【旅芸人シルビア】ほどではないけれど動作が大きい。一度席を立ち大仰に腕を広げ胸を開ける。きらきらと効果音がつくような格好いいポーズをキメてから、彼はようやく続けた。
「どうしてそんなことをするか?エルザ、お前のことが嫌いなはずのボクがなぜ?…答えは簡単だ。ボクはこの仮面武闘会で優勝したい。なんとしてもだ!」
次に彼は胸に手を当て、じっとこちらを見据える。いつかゴリアテさんが誘ってくれた劇でこんな場面を見た。主人公の騎士の愛の告白シーン。もちろんこの男に限ってそんな展開だけはあり得ないのだが。
とはいえ、私は一体なにを見せられているのだろうか。
「あまり言いたくないんだが、依頼する以上黙るのも不誠実だろう。お前の動機にもなる」
「何?」
「シルビアさんが来るんだよ」
キメ顔でマスク・ザ・ハンサムが言ったけれど、正直それどころではなかった。
「ゴリアテさんが!?」
「は?ゴリアテ?」
「あ、いやごめん忘れて!シルビアさん、シルビアさんね!うわーそれは出なきゃダメだなー絶対ダメだ!」
芸名シルビアこと本名ゴリアテ。嫌いじゃない、むしろ滅茶苦茶に好きだ……とはいえ正直な感想としてはかなりいかついお名前だ。本人がその名前を嫌がっているのかどうかは、実のところイマイチ測りかねている。
とにかくサマディーのデザートゴーストの一件以来、彼から人前で本名を呼ぶことを控えるように教育された。実際あの悪魔が【シルビアさん】の本名を知らなければ避けられた危機があっただけに、反論のしようがなかった。…とはいえ色々と恐ろしい夜だった。
その経験が、このバグった発言を生み出した。
「本当か!協力、心から感謝する!」
経緯を知らないハンサムがごく無邪気に笑顔を浮かべ、私の手を取る。好きな人にカッコいいところを見せたいのだろう。健気で純粋な思いを正直に言えば踏み躙りたいのだが、なんとか思い留まる。
これが正妻の余裕なのだろうか。
いや、でもそれ以上に。
マスク・ザ・ハンサムに協力することに、なぜか少なからず重大な意味を感じたのも事実だった。
…それが何かも、そしてなぜそう思ったかもわからなかったけれど。