獣たちの宴
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「ここは」
どうやら少し眠っていたらしい。
気がつけばそこは外の世界だった。
…という事実が判明したのは、夜闇の空気や景観のお陰というよりも、鏡の世界において無限に映る自分の姿が一切見当たらないという理由の方が強かった。
「まさか、封印が…?」
鏡の封印が解け、外の世界に解放された。自分にとってあまりに都合の良い憶測が電流のように脳を走るが、なんでだという困惑や疑問の方がそれでも強い。
だってボクが寝ていたとしてもせいぜい数時間だ。
最初に封印された時もそうだったが、鏡の世界に閉じ込められても、しばらくは現実の時間の感覚が残っているからそれは間違いない。ゆえに不気味なのだ。だって、いくらなんでも早すぎる。
どうにも理解が追いつかないまま、ぐるりと周囲を見渡す。覚えがある露出した岩肌や夜にも関わらず蒸し暑い気候から、ここがホムスピ山地のどこかであることは容易に見当がついた。
ということは……どうやらボクはラーの鏡ごと外の世界に連れ出されたらしい。しかし、周囲にあの四人の姿はない。もちろん牢に捕らえていた本物のファーリス王子たちもいない。
……まさかとは思うが、第三者に盗まれたのか?
「まあいい。今度こそ失敗はしない」
誰にともなく呟く。何でかはわからないけれど、とにかくボクは自由を得た。にやりと口もとがつり上がる。
すべてを失った今、エルザに復讐するのかひっそりと暮らすのか、自分でも決めあぐねるが……。
いずれにしても、ボクは自由を得たことには間違いない。
「貴様に今度があると思うのか?めでたいやつだ」
そんなボクに水を――いや、言葉を刺す鋭利な声が一つ。不快と僅かばかりの危機を感じながら振り向く。夜闇の奥から姿を見せたのは、あまりにも覚えのある姿だった。
「エルザ…」
まさか彼女が封印を解いてくれたのか。
一瞬喜びかけるが――どうも様子がおかしい。僕の記憶にあるエルザは、もっと女性的だったはずだ。…他と比較すればそうでもないのかもしれないけれど、少なくともマヤよりはそうだった。
けれど目の前の女は、そういった柔らかい印象の一切が取り払われていた。むしろ魔物のボクが言うのも難だけれど、今の彼女からは人間味すら全く感じられない。
どことなく無機質というかひたすらに冷たく、文字通り刃のような鋭いニュアンスを感じる。
「ボクを封印したはずのキミが、ボクの封印を解いたのかい?」
エルザは肯定するようにやたらと艶やかに微笑む。
嘘つきのボクからすれば相当等身大で生きていることは間違いないであろう本来の彼女からは、想像もできない凄絶な表情だ。
一体、何が彼女をこんな狂気に駆り立てたのか。全く見当もつかないまま、立ち上がる。
なんにせよボクは自由だ。それでいいじゃないか。
「ありがとう、エルザ。キミは女神のようだ、こんなボクにも優しくしてくれて」
あとはこの明らかに様子がおかしいエルザをどうやってまくかが重要だ。
なぜか歯の根が合わず、がちがちとタップを刻む。あまりに不可解な行動に恐怖を覚えているのだと、自覚するまでもなかった。
「キミに助けられたからにはボクも本当に心を入れ替えるよ。誓ってもう、悪いことは絶対にしない。人間はこういう言い方もするんだっけ?騎士に二言は、うぐっ!?」
ぺらぺらと上滑りをする言葉たちは、突然強制終了の憂き目に合う。いや、それどころではない。
この女、刺した。
笑いながら、手持ちの剣で、ボクを。
「ケダモノにしては立派な誓いだ。しかしオレは改心など求めてはいない。貴様は、貴様の役割を果たしてくれればそれで良い」
エルザが乱暴に剣を引き抜くと、そのままバッサリと振り下ろす。最初の一撃の時点で深い傷を負ったボクがそんなもの避けられるはずもない。なすがまま切り裂かれるしかない。
明らかに昼間のエルザより鋭く、鮮やかで、容赦のない剣技だった。
「ちっ。やはり女の身体だな。ただでさえ不愉快極まりないというのに、この程度の魔物すら斬り捨てられぬとは貧弱甚だしい」
血しぶきをあげながらどっと倒れたボクにエルザは見向きもしなかった。ただ不機嫌そうに何らかを愚痴っている。ボクにはよくわからなかったが。
出血多量。びくんびくんと身体が波うって、あとは静かに死ぬのを待つだけだ。あの時ボクがボウガンで撃った『ゴリアテさん』も大概ひどい状態だったが今はそれよりなお悪い。しかも彼の時とは違い、治癒してくれる人なんていやしない。
「…まあいい。想定していたより遥かに早く計画は進んでいるのだ、あまり贅沢を言うものではないな」
エルザ――ではない誰かはこちらに向き直るとにっこりと笑う。屈託のない、魅力的な笑み。彼女が絶対向けることのないそれを、彼女でない誰かはいとも容易くこちらに向けた。
「オレの望みの礎になるのだ、貴様には感謝してやろう。だからこれはせめてもの餞だ」
言うなり、エルザは再び剣を振り上げる。
そして文字通りの激痛と共に、ボクは永遠に終わるのだった。
どうやら少し眠っていたらしい。
気がつけばそこは外の世界だった。
…という事実が判明したのは、夜闇の空気や景観のお陰というよりも、鏡の世界において無限に映る自分の姿が一切見当たらないという理由の方が強かった。
「まさか、封印が…?」
鏡の封印が解け、外の世界に解放された。自分にとってあまりに都合の良い憶測が電流のように脳を走るが、なんでだという困惑や疑問の方がそれでも強い。
だってボクが寝ていたとしてもせいぜい数時間だ。
最初に封印された時もそうだったが、鏡の世界に閉じ込められても、しばらくは現実の時間の感覚が残っているからそれは間違いない。ゆえに不気味なのだ。だって、いくらなんでも早すぎる。
どうにも理解が追いつかないまま、ぐるりと周囲を見渡す。覚えがある露出した岩肌や夜にも関わらず蒸し暑い気候から、ここがホムスピ山地のどこかであることは容易に見当がついた。
ということは……どうやらボクはラーの鏡ごと外の世界に連れ出されたらしい。しかし、周囲にあの四人の姿はない。もちろん牢に捕らえていた本物のファーリス王子たちもいない。
……まさかとは思うが、第三者に盗まれたのか?
「まあいい。今度こそ失敗はしない」
誰にともなく呟く。何でかはわからないけれど、とにかくボクは自由を得た。にやりと口もとがつり上がる。
すべてを失った今、エルザに復讐するのかひっそりと暮らすのか、自分でも決めあぐねるが……。
いずれにしても、ボクは自由を得たことには間違いない。
「貴様に今度があると思うのか?めでたいやつだ」
そんなボクに水を――いや、言葉を刺す鋭利な声が一つ。不快と僅かばかりの危機を感じながら振り向く。夜闇の奥から姿を見せたのは、あまりにも覚えのある姿だった。
「エルザ…」
まさか彼女が封印を解いてくれたのか。
一瞬喜びかけるが――どうも様子がおかしい。僕の記憶にあるエルザは、もっと女性的だったはずだ。…他と比較すればそうでもないのかもしれないけれど、少なくともマヤよりはそうだった。
けれど目の前の女は、そういった柔らかい印象の一切が取り払われていた。むしろ魔物のボクが言うのも難だけれど、今の彼女からは人間味すら全く感じられない。
どことなく無機質というかひたすらに冷たく、文字通り刃のような鋭いニュアンスを感じる。
「ボクを封印したはずのキミが、ボクの封印を解いたのかい?」
エルザは肯定するようにやたらと艶やかに微笑む。
嘘つきのボクからすれば相当等身大で生きていることは間違いないであろう本来の彼女からは、想像もできない凄絶な表情だ。
一体、何が彼女をこんな狂気に駆り立てたのか。全く見当もつかないまま、立ち上がる。
なんにせよボクは自由だ。それでいいじゃないか。
「ありがとう、エルザ。キミは女神のようだ、こんなボクにも優しくしてくれて」
あとはこの明らかに様子がおかしいエルザをどうやってまくかが重要だ。
なぜか歯の根が合わず、がちがちとタップを刻む。あまりに不可解な行動に恐怖を覚えているのだと、自覚するまでもなかった。
「キミに助けられたからにはボクも本当に心を入れ替えるよ。誓ってもう、悪いことは絶対にしない。人間はこういう言い方もするんだっけ?騎士に二言は、うぐっ!?」
ぺらぺらと上滑りをする言葉たちは、突然強制終了の憂き目に合う。いや、それどころではない。
この女、刺した。
笑いながら、手持ちの剣で、ボクを。
「ケダモノにしては立派な誓いだ。しかしオレは改心など求めてはいない。貴様は、貴様の役割を果たしてくれればそれで良い」
エルザが乱暴に剣を引き抜くと、そのままバッサリと振り下ろす。最初の一撃の時点で深い傷を負ったボクがそんなもの避けられるはずもない。なすがまま切り裂かれるしかない。
明らかに昼間のエルザより鋭く、鮮やかで、容赦のない剣技だった。
「ちっ。やはり女の身体だな。ただでさえ不愉快極まりないというのに、この程度の魔物すら斬り捨てられぬとは貧弱甚だしい」
血しぶきをあげながらどっと倒れたボクにエルザは見向きもしなかった。ただ不機嫌そうに何らかを愚痴っている。ボクにはよくわからなかったが。
出血多量。びくんびくんと身体が波うって、あとは静かに死ぬのを待つだけだ。あの時ボクがボウガンで撃った『ゴリアテさん』も大概ひどい状態だったが今はそれよりなお悪い。しかも彼の時とは違い、治癒してくれる人なんていやしない。
「…まあいい。想定していたより遥かに早く計画は進んでいるのだ、あまり贅沢を言うものではないな」
エルザ――ではない誰かはこちらに向き直るとにっこりと笑う。屈託のない、魅力的な笑み。彼女が絶対向けることのないそれを、彼女でない誰かはいとも容易くこちらに向けた。
「オレの望みの礎になるのだ、貴様には感謝してやろう。だからこれはせめてもの餞だ」
言うなり、エルザは再び剣を振り上げる。
そして文字通りの激痛と共に、ボクは永遠に終わるのだった。