獣たちの宴
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「あなたたちのおかげでこのサマディーは再び救われた。王子として、心より御礼申し上げる」
兵士たちと共に牢屋から脱した本物のファーリス王子の顔が、やややつれている以外は偽物と全く同じだったせいで最初こそ面食らった。
が、デザートゴーストとは違い王族でありながら素直に頭を下げる謙虚な態度のお陰でそのイメージはすぐに払拭される。
「あんたこそ無事で良かったぜ、ファーリス王子。まさか捕まって泣いてるとは思わなかったが」
「うっ…。カミュくん、それは言わないでくれよ」
からかうカミュくんに怒るわけでもなく気まずそうに返す王子。見る限り本来それなりに仲が良かったのだろう。
「なあ、王子。これで一件落着ってことでさ、おれたちを城に戻してくれるんだよな?」
「もちろんさ。キミたちさえ良ければ、だが」
淀みなく答えてみせるファーリス王子に、マヤちゃんの目が輝く。
ハッピーエンドの一方、これはカミュくんったら気が気じゃない光景だろうなと下世話な想像をする。実際僅かだが彼は狼狽えていた。
「シルビアさん」
そんな女の子のお兄ちゃんの本心に気づいているのかいないのか、ファーリス王子は今度はゴリアテさんの方に向く。
「その…すみませんでした。ボクは、いつか立派な騎士になると誓ったのに、…いつも助けられてばかりだ」
二人が知り合いということにまず驚きを覚えるが、ファーリス王子の態度はカミュくんたちに対するものとまた違った。
なんというか憧れの先輩とか先生とか、そういう人にするような、どこか背筋の伸びた言動なのだ。
「大丈夫よ、ファーリスちゃん。今回無事だったんだもの、また次があるわ。…とはいえ、こういうことはもうないのが一番良いのだけどね」
ゴリアテさんは肩まで落としショボくれる王子を優しく激励する。ぽんと背中を叩く様に僅かにイラつきを覚えた。
彼は私を愛してくれているけれど、なんだかんだであちら寄りの人であることもまた間違いなく。…それはいいとしても、時折男に嫉妬する羽目になるのだけは少々しんどい。
「エルザくん」
そんなゴリアテさんに促され、ファーリス王子は今度は私に声をかける。
「キミとは、はじめましてだね。シルビアさんから聞いたよ。
…キミが気づいてくれなければ、サマディーは本当に魔物に乗っ取られていたかも知れない。感謝してもしきれないよ」
私が内心嫉妬を覚えていることなど、それこそ露ほどにも思っていないだろう。
ファーリス王子は他国の下っ端兵士に過ぎない私にもねぎらいの言葉をかけてくれる。それだけでああこの人とても良い人なんだなぁと確信する。
「それにしても」
顎に手を当て、まじまじとファーリス王子がこちらを見てくる。何かを思い出そうとしているように、端正な顔の眉間にシワが寄る。
「なぜだろう、どうにもキミとは初対面の気がしないんだ」
使い古しのナンパの手口と等しいような言い回しなのに、はっとする。
私も同じことを思っていたせいだ。と言っても、デザートゴーストが彼そっくりに化けていたからそのデジャヴのようなものだと、先ほどまでは自分で納得していたのだけれど。
柔らかくて細い猫の毛のような金髪、人好きのする優し気な目つきと、整った顔立ち。同じ金髪のイケメンとしても、ホメロスさまとはまた違った魅力を彼は持っている。
そんな女の子にも苦労していないであろう彼が、ゴリアテさん以外にモテたためしのない私に興味を持つことは恐らくない、…とすれば先の言葉に嘘を混ぜる意味もない。
だからきっとファーリス王子は本気で言っているし、実際私もそんな予感がしてる。
これは以前、魔物に襲われたベロニカちゃんをセーニャさんが助けた場面を目の当たりにした時の、異常なまでにほっとした感覚に酷似している気がして――。
「ファーリス王子ちゃん。ダメよ。そ・こ・ま・で」
そして強制終了した。
ゴリアテさんにしてはかなり強引に肩を引いてくる。引き離された、と言っても過言ではないくらいだ。
「え、シルビアさん、何を…」
けれど、その行動の意味が理解できなかったのかただただ困惑の表情を浮かべるしかないファーリス王子に、ゴリアテさんはにっこり笑った。
「あまりエルザちゃんにちょっかい出さないでほしいの。この子、アタシのフィアンセなんだから」
「はあ…」
そもそもファーリス王子自身にもやましい気持ちなんかなかったのだろうし、そんな曖昧な反応もきっとやむを得ない。
それにしてもマヤちゃんと最初に話した時といい、なんかゴリアテさんの過保護レベルが地味に急上昇してる気がする。以前はもう少し余裕があったと思うけれど…一体どうしたというのだろう。
「結婚式には呼んでくださいね」
それでもなんとかファーリス王子はそう付け加えるあたり頭の回転が速いというかメンタルが強いというか大人というか。なんとなく微妙な空気を回避したななんて思っていると、カミュくんがラーの鏡を持ってくる。
「なあ、ファーリス。こいつはどうする?」
中にはデザートゴーストが封印されたものだ、確かに放置はできない。
ファーリス王子はそうだね、と言いつつも先ほどとは違いすでに答えを用意していたのだろう。すぐに口を開いた。
「せっかくだが、家宝にするには少しばかり危険すぎるな。かと言って放ってはおけないし、ここに安置するにしても一旦出直すことにしよう。
今度は少々の地震では復活できないよう、準備する必要がある」
その回答にカミュくんは納得したらしい。手伝うぜと付け足してから満足気に頷く。それに便乗するようにおれもやる!と元気よく言い出すマヤちゃんのご機嫌は、すでにとてもよろしいものだった。
「…長かった」
三人が盛り上がり始めるのを見届けると、どっと疲労に襲われる。激しい戦いを繰り返した上に、ホメロスさまの協力があってのこととはいえ、強力な魔法を乱発したのだ。精神的にも相当にすり減ったし、体力的には限界を当然のように軽く突っ切っている。
今こうやって立っていられていること自体が、ちょっとした不思議ですらあった。
「あら、エルザちゃん。疲れちゃったの」
「やっと終わったなって思うと」
とはいえゴリアテさんとも仲直りできたし、紛うことなきハッピーエンドなのだけは間違いないとは思う。
「うふふ、エルザちゃん。アタシも今回は色々思うこともあったけど」
いつもの優しい笑みを浮かべた彼が、ちょんとおでこをついてくる。
「最後はとってもかっこよかったわ!」
「惚れ直した?」
「ヤダ、言わせないで!」
赤くした自分の頬を手ではさむゴリアテさんがとってもかわいい。年齢おっさんに片足突っ込んでいてもだ。
そんな愛しくて愛しくて仕方ない彼の命を救えたのだから、私も人として大事なものを捨てた甲斐があったと思う。というかそう思わないと、もう今回ばかりはやってられない。
「…でも」
「ん?」
「アタシの本名、外で言いまわってたのはまだ許してないわよ。今後二人の時以外は――シルビアって呼んでもらおうかしら」
「ええ!?」
やっぱりあの時あのタイミングで嫌われたのか。どこかで薄っすら不安に思っていたことが現実になり、時が止まる。
「誤解しないで。別にアナタのこと嫌いになったわけじゃないのよ。むしろ、本当に…」
他の三人は和気あいあいとじゃれ合っていてこちらを気にしていない。その他兵士たちについても、ファーリス王子を気にかける都合から同様だ。
だから、ゴリアテさんが突然キスしてきたのなんて誰も気づいてないって、そう信じたい。
「この先は、サマディーに帰ってからね」
そこで一度切ってゴリアテさんは笑う。
太陽のように眩しく、月のように蠱惑的な――私がどんなことをしてでもとにかく守りたくて仕方ないと思ったものだった。
「大好きよ、エルザちゃん!」
兵士たちと共に牢屋から脱した本物のファーリス王子の顔が、やややつれている以外は偽物と全く同じだったせいで最初こそ面食らった。
が、デザートゴーストとは違い王族でありながら素直に頭を下げる謙虚な態度のお陰でそのイメージはすぐに払拭される。
「あんたこそ無事で良かったぜ、ファーリス王子。まさか捕まって泣いてるとは思わなかったが」
「うっ…。カミュくん、それは言わないでくれよ」
からかうカミュくんに怒るわけでもなく気まずそうに返す王子。見る限り本来それなりに仲が良かったのだろう。
「なあ、王子。これで一件落着ってことでさ、おれたちを城に戻してくれるんだよな?」
「もちろんさ。キミたちさえ良ければ、だが」
淀みなく答えてみせるファーリス王子に、マヤちゃんの目が輝く。
ハッピーエンドの一方、これはカミュくんったら気が気じゃない光景だろうなと下世話な想像をする。実際僅かだが彼は狼狽えていた。
「シルビアさん」
そんな女の子のお兄ちゃんの本心に気づいているのかいないのか、ファーリス王子は今度はゴリアテさんの方に向く。
「その…すみませんでした。ボクは、いつか立派な騎士になると誓ったのに、…いつも助けられてばかりだ」
二人が知り合いということにまず驚きを覚えるが、ファーリス王子の態度はカミュくんたちに対するものとまた違った。
なんというか憧れの先輩とか先生とか、そういう人にするような、どこか背筋の伸びた言動なのだ。
「大丈夫よ、ファーリスちゃん。今回無事だったんだもの、また次があるわ。…とはいえ、こういうことはもうないのが一番良いのだけどね」
ゴリアテさんは肩まで落としショボくれる王子を優しく激励する。ぽんと背中を叩く様に僅かにイラつきを覚えた。
彼は私を愛してくれているけれど、なんだかんだであちら寄りの人であることもまた間違いなく。…それはいいとしても、時折男に嫉妬する羽目になるのだけは少々しんどい。
「エルザくん」
そんなゴリアテさんに促され、ファーリス王子は今度は私に声をかける。
「キミとは、はじめましてだね。シルビアさんから聞いたよ。
…キミが気づいてくれなければ、サマディーは本当に魔物に乗っ取られていたかも知れない。感謝してもしきれないよ」
私が内心嫉妬を覚えていることなど、それこそ露ほどにも思っていないだろう。
ファーリス王子は他国の下っ端兵士に過ぎない私にもねぎらいの言葉をかけてくれる。それだけでああこの人とても良い人なんだなぁと確信する。
「それにしても」
顎に手を当て、まじまじとファーリス王子がこちらを見てくる。何かを思い出そうとしているように、端正な顔の眉間にシワが寄る。
「なぜだろう、どうにもキミとは初対面の気がしないんだ」
使い古しのナンパの手口と等しいような言い回しなのに、はっとする。
私も同じことを思っていたせいだ。と言っても、デザートゴーストが彼そっくりに化けていたからそのデジャヴのようなものだと、先ほどまでは自分で納得していたのだけれど。
柔らかくて細い猫の毛のような金髪、人好きのする優し気な目つきと、整った顔立ち。同じ金髪のイケメンとしても、ホメロスさまとはまた違った魅力を彼は持っている。
そんな女の子にも苦労していないであろう彼が、ゴリアテさん以外にモテたためしのない私に興味を持つことは恐らくない、…とすれば先の言葉に嘘を混ぜる意味もない。
だからきっとファーリス王子は本気で言っているし、実際私もそんな予感がしてる。
これは以前、魔物に襲われたベロニカちゃんをセーニャさんが助けた場面を目の当たりにした時の、異常なまでにほっとした感覚に酷似している気がして――。
「ファーリス王子ちゃん。ダメよ。そ・こ・ま・で」
そして強制終了した。
ゴリアテさんにしてはかなり強引に肩を引いてくる。引き離された、と言っても過言ではないくらいだ。
「え、シルビアさん、何を…」
けれど、その行動の意味が理解できなかったのかただただ困惑の表情を浮かべるしかないファーリス王子に、ゴリアテさんはにっこり笑った。
「あまりエルザちゃんにちょっかい出さないでほしいの。この子、アタシのフィアンセなんだから」
「はあ…」
そもそもファーリス王子自身にもやましい気持ちなんかなかったのだろうし、そんな曖昧な反応もきっとやむを得ない。
それにしてもマヤちゃんと最初に話した時といい、なんかゴリアテさんの過保護レベルが地味に急上昇してる気がする。以前はもう少し余裕があったと思うけれど…一体どうしたというのだろう。
「結婚式には呼んでくださいね」
それでもなんとかファーリス王子はそう付け加えるあたり頭の回転が速いというかメンタルが強いというか大人というか。なんとなく微妙な空気を回避したななんて思っていると、カミュくんがラーの鏡を持ってくる。
「なあ、ファーリス。こいつはどうする?」
中にはデザートゴーストが封印されたものだ、確かに放置はできない。
ファーリス王子はそうだね、と言いつつも先ほどとは違いすでに答えを用意していたのだろう。すぐに口を開いた。
「せっかくだが、家宝にするには少しばかり危険すぎるな。かと言って放ってはおけないし、ここに安置するにしても一旦出直すことにしよう。
今度は少々の地震では復活できないよう、準備する必要がある」
その回答にカミュくんは納得したらしい。手伝うぜと付け足してから満足気に頷く。それに便乗するようにおれもやる!と元気よく言い出すマヤちゃんのご機嫌は、すでにとてもよろしいものだった。
「…長かった」
三人が盛り上がり始めるのを見届けると、どっと疲労に襲われる。激しい戦いを繰り返した上に、ホメロスさまの協力があってのこととはいえ、強力な魔法を乱発したのだ。精神的にも相当にすり減ったし、体力的には限界を当然のように軽く突っ切っている。
今こうやって立っていられていること自体が、ちょっとした不思議ですらあった。
「あら、エルザちゃん。疲れちゃったの」
「やっと終わったなって思うと」
とはいえゴリアテさんとも仲直りできたし、紛うことなきハッピーエンドなのだけは間違いないとは思う。
「うふふ、エルザちゃん。アタシも今回は色々思うこともあったけど」
いつもの優しい笑みを浮かべた彼が、ちょんとおでこをついてくる。
「最後はとってもかっこよかったわ!」
「惚れ直した?」
「ヤダ、言わせないで!」
赤くした自分の頬を手ではさむゴリアテさんがとってもかわいい。年齢おっさんに片足突っ込んでいてもだ。
そんな愛しくて愛しくて仕方ない彼の命を救えたのだから、私も人として大事なものを捨てた甲斐があったと思う。というかそう思わないと、もう今回ばかりはやってられない。
「…でも」
「ん?」
「アタシの本名、外で言いまわってたのはまだ許してないわよ。今後二人の時以外は――シルビアって呼んでもらおうかしら」
「ええ!?」
やっぱりあの時あのタイミングで嫌われたのか。どこかで薄っすら不安に思っていたことが現実になり、時が止まる。
「誤解しないで。別にアナタのこと嫌いになったわけじゃないのよ。むしろ、本当に…」
他の三人は和気あいあいとじゃれ合っていてこちらを気にしていない。その他兵士たちについても、ファーリス王子を気にかける都合から同様だ。
だから、ゴリアテさんが突然キスしてきたのなんて誰も気づいてないって、そう信じたい。
「この先は、サマディーに帰ってからね」
そこで一度切ってゴリアテさんは笑う。
太陽のように眩しく、月のように蠱惑的な――私がどんなことをしてでもとにかく守りたくて仕方ないと思ったものだった。
「大好きよ、エルザちゃん!」