獣たちの宴
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「…やあやあ、エルザにカミュ、それにマヤじゃないか。しばらくぶりだね」
ただでさえ重篤の怪我人がいるというのに、悪いことは続くものだ。敵の攻撃をモロに受けて倒れたシルビア。彼氏の危機にショックを受けたのか、先程からうなだれて動かなくなったエルザ。
「コイツっ!白々しいこと言いやがって…」
対照的に妹のマヤは敵意を隠そうともせずにはその男を睨む。
オレも多分、血縁以上にこいつと同じような顔をしている。だから、礼儀を欠くマヤを注意することなんてできない。…する気もないんだが。
多少人より獣に近いような荒い気性を持つ妹がそいつに飛びかからないように手で制してから、オレはそいつに今最もすべき質問をした。
「ファーリスの王子サンこそ、なんだってこんなところに?ここはサマディー領じゃないってンで発掘調査を遠慮すると宣言したのは、あんたの方だったと思うが」
「そうだったかもしれないね。しかし、事情が変わったのだよ」
ファーリス王子の姿をした何かから動揺は得られなかった。ただもっともらしいことを言われただけだ。
「…それが何かってのは…、教えちゃくれねえか」
「すまないね、国家機密といったところだ」
全く棒読みの謝罪をするファーリス王子には、一切の誠意を感じられない。オレたちを突然城から追い出したことさえすでに忘れているかのようだ。
その傲慢な態度にマヤほど表には出さないが、オレもいい加減ムカついてきた。
「…なら、とっととオレたちの目の前から消えてくれ。今取り込み中なんだ」
「取り込み中?…ああ、その男――『ゴリアテさん』のことかい」
ここでファーリスはようやく気づいた、という風にシルビアを見た。なぜこいつの本名を知っているのかと疑問に思ったが、今はどうでもいいことだ。
無遠慮にファーリスが倒れたシルビアに近づく。それを阻止するべきエルザは糸の切れた人形のように――それこそ呼吸すらままならず、静かになってしまったシルビア以上に生気を感じないほど、動かない。
だから代わりに奴が一定以上近づかないように牽制するのはオレの役割になった。
「…いやぁ、これはひどい。今にも死にそうな大怪我じゃないか!」
それに機嫌を悪くすることもなくファーリスは遠目にしげしげと観察した結果、見ればわかる結論を口にした。
「はあ?テメーがやったんじゃねえのかよ!」
気の短いマヤがいよいよ声を荒らげる。
今にも飛び出していきそうなのを、なんとか呼びかけで止める。でもよう兄貴、と困ったように言う妹の気持ちは痛いほどわかる。
…ファーリスの唯一得意な武器はボウガンなのだから。
「ダメだ、マヤ。証拠がねえよ」
オレだって、きっとそうだと確信めいては思ってはいる。…けれど、心底悔しいことに追及できるほどの根拠が存在しないのだ。
「お兄さんの言う通りだ、マヤ。ボクを犯人にしたい気持ちは汲んでも良いが、言いがかりはよしてくれたまえ」
ファーリスは小馬鹿にしたように肩をすくめ微笑する。
オレたちを追い出す前までと、まったくもって人が変わったようだ。この男は臣下や国民たちにはもちろん、デスコピオンや邪神を討伐した実績があるとはいえ、本来よそ者のオレたち兄妹にだってとても親切だった。
特にマヤのことはまるで妹ができたようだなんて言って可愛がっていたし、マヤもだいぶ懐いていた。最初の印象こそなんともヘタれた王族らしくない男だと悪く思っていたが、見方を変えれば物腰の柔らかい好青年にも受け取り得るのだと、感心したくらいだった。
それが、どうしてか状況はある日一変した。
シルビアたちに話た頃にはある程度感情の整理はついていたが、正直あの時は我ながら完全にパニック状態だったと思う。
ファーリスのあまりにも尊大かつキツイ態度にひどく傷ついたマヤが、二三日は夜に泣きついてきたのも記憶に新しい。
…ほどなくして、恨みになってしまったようだが。
「うるせえ!テメーが犯人に決まってるんだ!絶対に許さねえ!!」
涙を散らし、泣き叫ぶように怒鳴るマヤは、完全に冷静さを欠いていた。ここでオレまで同じようにキレていてはいけない。
…あんなのでも一国の王子だ。一時的な感情で殴っても良い相手ではないという分別くらいはつく。
「やめろ、マヤ!まだだ!」
「黙れよ!こんな時にだけ兄貴面しやがって!オレもうガマンなんかできねえんだ!」
きっとエルザたちが掴んできた情報――そもそも王子は偽物――というのは本当なのだと思う。むしろそうでなければ説明がつかないくらい、ファーリス王子は冷酷な人間に豹変した。
とはいえウルノーガという前例がなければ恐らくオレも信じなかっただろうが、それにしてもマヤのキレっぷりは筆舌に尽くしがたいものだ。
……その溢れんばかりの殺気は、兄であるオレでさえ恐れるほどの迫力があった。
まるで禍々しいオーラすら感じるその様をオレはどこかで見たような気がするが、さすがに今その出処を思い出している場合ではない。
「……いいのかい?『ゴリアテさん』は今まさに死にそうなわけだが、そんな中ボクとケンカをしても」
再び暴走しかけたマヤを止めたのは、敵であるファーリスのそんな一言だった。
ふっとマヤから殺気が消える。辛うじて残っていた理性がストップをかけたらしい。いい子だね、とファーリスは再び微笑むと、こちらに向き直る。
「カミュ、マヤ。それにエルザも、かな。三人とも回復呪文が唱えられず『ゴリアテ』さんを治療できず絶望している。そう見て間違いないね?」
返事もできず押し黙っていると、ファーリスはぽむと手を打つ。それも気に食わないことにわざとらしく、だ。
「いいことを思いついた。こちらには衛生兵がいるんだ。だから助けてあげても良いよ」
なっ、とマヤが口を押さえる。
自分が何をしたかという自覚はあるらしい。
発言権はないのだと悟った妹の代わりに何が目的だと問う。
「キミたちには随分とひどいことをしたからね、せめてもの罪滅ぼしさ。…しかし、タダというわけにはいかないよ」
ファーリス王子はそこで言葉を一旦切ると、すっと指をさした。
その真っ直ぐな視線の先には、これまでのやり取りに一切参加していなかったエルザが座り込んでいた。
相変わらず茫然自失を保ったままでいる。
「エルザがボクのもとへ来る。それがたったひとつの条件だ。もちろん悪いようにはしないさ。ボクのお嫁さんだからねぇ」
砂漠の殺し屋の一件以降、朗らかで親しみやすいと評価されていた王子は、およそそのイメージとはかけ離れたねっとりとしたイヤな笑みを浮かべる。
「強制はしないさ。だが、本当に『ゴリアテ』さんを大切にしているなら、もう答えは出ていると思うがね」
あまりにも卑劣な条件に再々度怒り狂いそうになるマヤを、今度は羽交い締めにして抑える。
「ファーリス、エルザは今こんなだ。…まともな判断なんかできるわけが」
その時だった。急に魂が宿ったようにエルザが顔をあげる。
シルビアが倒れてから泣き続けた女の顔は、見ていられないほど痛々しく瞼が腫れ上がっていた。そのせいで幽鬼のようにさえ見間違うほどだ。そんなある種の不気味さを持って、血を吐くような声で、女はしかし淡々と言い返す。
「おまえの力なんか、誰が借りるか」
「なっ…エルザ?」
どうにも様子がおかしいエルザにファーリスは呼びかけるも、全身にどくばりでもまとったかのような雰囲気は変わらず。
そのまま続ける。
「畜生風情が人の言葉を喋るだけでも腹立たしいというのに、この私を娶る?…冗談じゃない。身の程を考えたことがあるかケダモノ。…もし少しでもあればその様な恥に満ちた言動など、口にもできぬだろうがな」
つい先ほどまで恋人の満身創痍に忘我のようになっていた女の言動ではなかった。
というか育ちのお陰でかなり甘いであろう、オレの判断基準をもってしても口が悪すぎる。むしろ言動がホメロスに寄りすぎだと思った。
「は…はは。か、彼女は…、し、少々錯乱しているようだね」
そんなエルザをファーリスはとことんポジティブに解釈した。
「一旦、ボクは離れた方が良さそうだ。答えはそうだな、 10分後。この先にある鏡の間で、エルザと二人きりで聞こう。とはいえなるべく早い方がいい。うちの兵士では、死人を生き返らせることはできないからね」
じゃああとで、とファーリスは妙にいい引きで足早に去っていく。そのあとを異様な数の兵士が隊列を成し、無言で追随する。…一体どこに待機していたのだろうか。
「まだ諦めてなかったのか…エルザのこと」
一方マヤは、この時ばかりはすっかりファーリスへの怒りを忘れているようだった。それほどまでの執着をエルザに持つ理由があるのには違いないのだろう。
その何かは皆目見当もつかなかったが。
その1分後。
本格的に意識を鮮明にしたエルザにより、あるとんでもない『奇跡』をオレたちは目の当たりにすることになり、それでシルビアは一命を取り留めた。
けれどその力は多分およそマトモなものではない。シルビアが目を覚ますまで待たず、それどころかラリホーすらかけてから居心地悪そうに偽者のファーリス王子のもとへひとり向かうエルザに、オレは言葉にならない不安を感じずにはいられなかった。
ただでさえ重篤の怪我人がいるというのに、悪いことは続くものだ。敵の攻撃をモロに受けて倒れたシルビア。彼氏の危機にショックを受けたのか、先程からうなだれて動かなくなったエルザ。
「コイツっ!白々しいこと言いやがって…」
対照的に妹のマヤは敵意を隠そうともせずにはその男を睨む。
オレも多分、血縁以上にこいつと同じような顔をしている。だから、礼儀を欠くマヤを注意することなんてできない。…する気もないんだが。
多少人より獣に近いような荒い気性を持つ妹がそいつに飛びかからないように手で制してから、オレはそいつに今最もすべき質問をした。
「ファーリスの王子サンこそ、なんだってこんなところに?ここはサマディー領じゃないってンで発掘調査を遠慮すると宣言したのは、あんたの方だったと思うが」
「そうだったかもしれないね。しかし、事情が変わったのだよ」
ファーリス王子の姿をした何かから動揺は得られなかった。ただもっともらしいことを言われただけだ。
「…それが何かってのは…、教えちゃくれねえか」
「すまないね、国家機密といったところだ」
全く棒読みの謝罪をするファーリス王子には、一切の誠意を感じられない。オレたちを突然城から追い出したことさえすでに忘れているかのようだ。
その傲慢な態度にマヤほど表には出さないが、オレもいい加減ムカついてきた。
「…なら、とっととオレたちの目の前から消えてくれ。今取り込み中なんだ」
「取り込み中?…ああ、その男――『ゴリアテさん』のことかい」
ここでファーリスはようやく気づいた、という風にシルビアを見た。なぜこいつの本名を知っているのかと疑問に思ったが、今はどうでもいいことだ。
無遠慮にファーリスが倒れたシルビアに近づく。それを阻止するべきエルザは糸の切れた人形のように――それこそ呼吸すらままならず、静かになってしまったシルビア以上に生気を感じないほど、動かない。
だから代わりに奴が一定以上近づかないように牽制するのはオレの役割になった。
「…いやぁ、これはひどい。今にも死にそうな大怪我じゃないか!」
それに機嫌を悪くすることもなくファーリスは遠目にしげしげと観察した結果、見ればわかる結論を口にした。
「はあ?テメーがやったんじゃねえのかよ!」
気の短いマヤがいよいよ声を荒らげる。
今にも飛び出していきそうなのを、なんとか呼びかけで止める。でもよう兄貴、と困ったように言う妹の気持ちは痛いほどわかる。
…ファーリスの唯一得意な武器はボウガンなのだから。
「ダメだ、マヤ。証拠がねえよ」
オレだって、きっとそうだと確信めいては思ってはいる。…けれど、心底悔しいことに追及できるほどの根拠が存在しないのだ。
「お兄さんの言う通りだ、マヤ。ボクを犯人にしたい気持ちは汲んでも良いが、言いがかりはよしてくれたまえ」
ファーリスは小馬鹿にしたように肩をすくめ微笑する。
オレたちを追い出す前までと、まったくもって人が変わったようだ。この男は臣下や国民たちにはもちろん、デスコピオンや邪神を討伐した実績があるとはいえ、本来よそ者のオレたち兄妹にだってとても親切だった。
特にマヤのことはまるで妹ができたようだなんて言って可愛がっていたし、マヤもだいぶ懐いていた。最初の印象こそなんともヘタれた王族らしくない男だと悪く思っていたが、見方を変えれば物腰の柔らかい好青年にも受け取り得るのだと、感心したくらいだった。
それが、どうしてか状況はある日一変した。
シルビアたちに話た頃にはある程度感情の整理はついていたが、正直あの時は我ながら完全にパニック状態だったと思う。
ファーリスのあまりにも尊大かつキツイ態度にひどく傷ついたマヤが、二三日は夜に泣きついてきたのも記憶に新しい。
…ほどなくして、恨みになってしまったようだが。
「うるせえ!テメーが犯人に決まってるんだ!絶対に許さねえ!!」
涙を散らし、泣き叫ぶように怒鳴るマヤは、完全に冷静さを欠いていた。ここでオレまで同じようにキレていてはいけない。
…あんなのでも一国の王子だ。一時的な感情で殴っても良い相手ではないという分別くらいはつく。
「やめろ、マヤ!まだだ!」
「黙れよ!こんな時にだけ兄貴面しやがって!オレもうガマンなんかできねえんだ!」
きっとエルザたちが掴んできた情報――そもそも王子は偽物――というのは本当なのだと思う。むしろそうでなければ説明がつかないくらい、ファーリス王子は冷酷な人間に豹変した。
とはいえウルノーガという前例がなければ恐らくオレも信じなかっただろうが、それにしてもマヤのキレっぷりは筆舌に尽くしがたいものだ。
……その溢れんばかりの殺気は、兄であるオレでさえ恐れるほどの迫力があった。
まるで禍々しいオーラすら感じるその様をオレはどこかで見たような気がするが、さすがに今その出処を思い出している場合ではない。
「……いいのかい?『ゴリアテさん』は今まさに死にそうなわけだが、そんな中ボクとケンカをしても」
再び暴走しかけたマヤを止めたのは、敵であるファーリスのそんな一言だった。
ふっとマヤから殺気が消える。辛うじて残っていた理性がストップをかけたらしい。いい子だね、とファーリスは再び微笑むと、こちらに向き直る。
「カミュ、マヤ。それにエルザも、かな。三人とも回復呪文が唱えられず『ゴリアテ』さんを治療できず絶望している。そう見て間違いないね?」
返事もできず押し黙っていると、ファーリスはぽむと手を打つ。それも気に食わないことにわざとらしく、だ。
「いいことを思いついた。こちらには衛生兵がいるんだ。だから助けてあげても良いよ」
なっ、とマヤが口を押さえる。
自分が何をしたかという自覚はあるらしい。
発言権はないのだと悟った妹の代わりに何が目的だと問う。
「キミたちには随分とひどいことをしたからね、せめてもの罪滅ぼしさ。…しかし、タダというわけにはいかないよ」
ファーリス王子はそこで言葉を一旦切ると、すっと指をさした。
その真っ直ぐな視線の先には、これまでのやり取りに一切参加していなかったエルザが座り込んでいた。
相変わらず茫然自失を保ったままでいる。
「エルザがボクのもとへ来る。それがたったひとつの条件だ。もちろん悪いようにはしないさ。ボクのお嫁さんだからねぇ」
砂漠の殺し屋の一件以降、朗らかで親しみやすいと評価されていた王子は、およそそのイメージとはかけ離れたねっとりとしたイヤな笑みを浮かべる。
「強制はしないさ。だが、本当に『ゴリアテ』さんを大切にしているなら、もう答えは出ていると思うがね」
あまりにも卑劣な条件に再々度怒り狂いそうになるマヤを、今度は羽交い締めにして抑える。
「ファーリス、エルザは今こんなだ。…まともな判断なんかできるわけが」
その時だった。急に魂が宿ったようにエルザが顔をあげる。
シルビアが倒れてから泣き続けた女の顔は、見ていられないほど痛々しく瞼が腫れ上がっていた。そのせいで幽鬼のようにさえ見間違うほどだ。そんなある種の不気味さを持って、血を吐くような声で、女はしかし淡々と言い返す。
「おまえの力なんか、誰が借りるか」
「なっ…エルザ?」
どうにも様子がおかしいエルザにファーリスは呼びかけるも、全身にどくばりでもまとったかのような雰囲気は変わらず。
そのまま続ける。
「畜生風情が人の言葉を喋るだけでも腹立たしいというのに、この私を娶る?…冗談じゃない。身の程を考えたことがあるかケダモノ。…もし少しでもあればその様な恥に満ちた言動など、口にもできぬだろうがな」
つい先ほどまで恋人の満身創痍に忘我のようになっていた女の言動ではなかった。
というか育ちのお陰でかなり甘いであろう、オレの判断基準をもってしても口が悪すぎる。むしろ言動がホメロスに寄りすぎだと思った。
「は…はは。か、彼女は…、し、少々錯乱しているようだね」
そんなエルザをファーリスはとことんポジティブに解釈した。
「一旦、ボクは離れた方が良さそうだ。答えはそうだな、 10分後。この先にある鏡の間で、エルザと二人きりで聞こう。とはいえなるべく早い方がいい。うちの兵士では、死人を生き返らせることはできないからね」
じゃああとで、とファーリスは妙にいい引きで足早に去っていく。そのあとを異様な数の兵士が隊列を成し、無言で追随する。…一体どこに待機していたのだろうか。
「まだ諦めてなかったのか…エルザのこと」
一方マヤは、この時ばかりはすっかりファーリスへの怒りを忘れているようだった。それほどまでの執着をエルザに持つ理由があるのには違いないのだろう。
その何かは皆目見当もつかなかったが。
その1分後。
本格的に意識を鮮明にしたエルザにより、あるとんでもない『奇跡』をオレたちは目の当たりにすることになり、それでシルビアは一命を取り留めた。
けれどその力は多分およそマトモなものではない。シルビアが目を覚ますまで待たず、それどころかラリホーすらかけてから居心地悪そうに偽者のファーリス王子のもとへひとり向かうエルザに、オレは言葉にならない不安を感じずにはいられなかった。