獣たちの宴
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「援護頼むぜ、エルザの姉御!!」
威勢のいいマヤちゃんの要請に私はあえて返事をしない。その時間すら惜しみ、集中。からの高速詠唱。
お馴染みの両手杖から放たれるバイキルトの魔力が、素早く小柄な彼女の身体を包み込む。
「すっげぇ!兄貴が言ってた通り、ほんとに魔法はえーんだ!!
なんだかおれ、テンション上がってきたぜ!」
両手に黄金色のツメを装備したマヤちゃんは、まだピオリムも唱えていないというのに誰よりも前へ飛び出す。
…にわかには信じられないほどの素早さで、残像すら見えた気がした。
「覚悟しな!」
しかし本当にたまらないのは先ほど現れた敵のごうけつぐまの方だ。突然眼前に躍り出てきた年端もいかない少女。
本来自分たちが狩る側でしかないはずであろういかにもか弱い存在が、その身をたわめ、にっと凶暴な笑みを浮かべる。
ずしゃずしゃずしゃ、と規則正しく物騒な音が三度。
熊のそれより遥かに鋭い黄金色のツメは、魔物の分厚いはずの毛皮を音と同じ数だけ、易々と切り裂く。
まるで猛獣の狩りだ。マヤちゃんの倍はあろうかという巨体のモンスターが、より残酷な獣に深く刻まれ地に倒れ伏す。
そしてそれきり、動かない。
言うまでもなく、絶命していた。
「…センスの塊ってレベルじゃないわよ」
シルビアさんが、唖然と、まるで信じられないものを見るような目をしていた。
この人も大概天才肌なのだけれど、恐らくそれすら凌駕するものであるらしい。
「カミュちゃんの妹だからってだけじゃ説明つかないわ」
「ビックリしたろ。オレもなんだ。…いつの間にか信じらんねえくらい強くなってた」
苦笑して肩を竦めるカミュくんの元に、マヤちゃんが駆け寄る。
たった今魔物を倒したとは思えないくらい、息一つ乱さずけろっとしたドヤ顔を見せつけながら。
……どうやら兄妹揃って化け物のような才覚をお持ちらしい。
『劣等感か』
くつくつと嘲り笑う声が耳元でして、思わず振り返る…も誰もいない。多分剣の霊の声だ。
暇があれば私を貶しめることに注力するような――しかし、それを気にするよりも先に剣を抜く。
「来る」
私が言うまでもなく、当然みんな気づいていたようだけれど。
しかしここまでにはきっと、まだ誰も至っていないだろう。
「気をつけて。魔法タイプが混ざってる」
むせ返りはじめる獣臭。その中に微かだけれど、強い魔力のにおいを感じた。存在としての気配はまだない。
……いや、それと呼ぶべきものならば、むしろあるのだ。
しかしながら、そいつが率いているのであろうごうけつぐまの群れの数が、あまりにも多かった。
彼らに擬態しているつもりかまでは知らないけれど、手下たちに完璧に紛れ込んでいるせいで、とにかくわかり辛かった。
「おいおい。オレたちはただ遺跡の発掘作業しに来ただけだってのに、ずいぶんな歓迎じゃねえか」
「でもさ、兄貴。つまりこれってビンゴってことじゃね?」
かわいい妹の問いかけに、カミュくんはにやっと唇を吊り上げる。
「きゃーん!なあにあのモノクロのクマちゃん!とってもかわいいわー!」
高まる緊張の糸を切ったのはシルビアさんだ。
彼の視線の先にはマヤちゃんが先ほど倒したごうけつぐまの、今度は大群。
しかしその内に一体だけ体格は似ていながらも、文字通り毛色が違う個体がいた。
通常のごうけつぐまの毛並みは埃っぽい灰色だが、そいつは透明感のある白を基調としている。
そしてどういうつもりなのか、まだらに大きな黒色の模様が入っていて、……確かに顔さえ見なければ滑稽なキャラクターじみていてかわいいと言えるかも知れない。
「オッサン、ラッキーだな。あいつはあらくれパンダって言って、ごうけつぐまの転生体だ。滅多に見られるものじゃないぜ」
「あらぁ、そうなの。カミュちゃんったらすっかり博識になって。…うふふ、久々に期待できそうねぇ」
いつもの好奇心にきゃらきゃらとはしゃぐオネエ様口調。けれどそんなシルビアさんの双眸に、それ以上に鋭い光が宿る。
なんだかんだでこの人は根っからの騎士であり戦士だ。そのギャップとすらいえる性質の変化に、ぞくりとしたものを覚える。
……とはいえしかし一応喧嘩中だし、今はそれじゃないと私は頭を振る。そろそろピオリムでも唱えない――と。
「ゴリアテさん!」
けれども身体は自然に動く。
ごうけつぐまの群れの奥から、魔力が縮む気配がした。
そんなのに気づくことができるのはこの中では私か――いや私だけだ、実質。
ホメロスさまはこんな時に限ってうんともすんとも言わない。……もっとも、言ったところで今の彼に何ができるわけでもないけれど、とにかく。
どこからがそれが起きるまでに思考しきれたかは自分でも判断がつかない。
ただ私は四人に向けて撃たれたイオナズンを、自分一人で引き受けることしかできなかった。
「エルザちゃん!」
悲鳴じみたゴリアテさんの声が空気を先程よりずっと鋭く切り裂く。爆発をもろに受け、デルカダール軍支給の兵士の服は所々黒く焼け焦げている。
ぶすぶすと煙すら上がってたが、身体へのダメージ自体はさほどでもない。
肌が露出している手足などにそれなりの火傷を負って痛むが、精々それだけだ。動くのにもさして支障ないだろう。
埋めがたい劣等感はたしかにある。けれど私だってデルカダール兵として、これでも成長している。
三人とは比較にならないほど些細なものだが、自分の才能を伸ばしているのだ。
「平気だよ、今更。こんな程度」
受けた攻撃魔力を皮膚感覚で分析するあたり、そこまで魔法攻撃が得意なモンスターではなことが伺える。
極大魔法(イオナズン)の使い手でこそあるけれど、威力はそれにしては低かった。
『【常時マジックバリア】状態とでも言うべきかのう』
以前ロウさんにそう呼称されたことがある。その通り、私は元来攻撃呪文に強い。
それは有り余る自分の魔力が鎧のように身体を覆っているからで、ある程度は勝手に敵の攻撃魔力と相殺してくれる。
ちなみにバリアの厚さの調節も、近頃は多少なりとも利くようになった。
どうやら今は亡きホメロスさまから賜わったプラチナソードには、魔力調整に関する特殊な機能が付与されているらしい。
買うとなれば一生かかっても無理かもしれないほどの業物と思うと、あの幽霊の嫌味に堪える意義もあろうというものだ。
「ちっ。やっぱりヘルバトラーか」
カミュくんがイオナズンの主の姿を認め、舌打ちする。
下半身は魔獣、上半身は筋骨隆々の男の姿をした最上級の悪魔が、熊たちの主らしい。
「統率が取れているなら厄介かしらね。…エルザちゃん」
リベホイムの光。シルビアさんはまず間違いなくこの中で唯一のヒーラーになる。
いらないダメージを食らってあまり負担をかけないようにしなくてはならない。
「…一時休戦よ。できるわね?」
「シルビアさん。私、子どもじゃないんで」
そういうところがガキなんだと自分でも思ったが、目を合わせられない。
あからさまなため息を吐く彼をよそに、私はこれみよがしに息を吸い込む。
人数が多い。この場合は、バイキルトより手っ取り早い特技がある。
それがたたかいの歌。
まぎれもなくシルビアさんに習った旅芸人の特技だ。朗々としたデルカダールの凱歌に魔力を乗せて士気を上げ、実際に味方全員にバイシオンと同効果を与える。
みんなアタッカーができるパーティーなら間違いなくこちらの方が効率が良いし、喧嘩中の相手に教えてもらった特技だから使わない、なんて選択肢はない。
戦いに私情を持ち込まないのが私のいい所だ。
…でなければこの人たちと殺し合いなんてできなかった。
「おれはなんでもいいや。さっさとやっちゃおうぜ」
やはりいち早く飛び出るのはマヤちゃん。完全に特攻隊長の様相を呈している。
突っ走りながら手当り次第にごうけつぐまたちをなぎ倒し、一直線に頭と思われるヘルバトラーを狙う。
「あ、バカ!あいつ!」
カミュくんが置いてけぼりを食うなんて光景は私にとっては珍しいが兄妹にとっては日常茶飯事なのかも知れない。
そんな場違いなことを思いながらも私もシルビアさんも熊の相手をしながら後を追う。
過保護かもしれないが、そんなことはない。
実力もさることながら知能も高いヘルバトラーは、現存する中で最も危険なモンスターの一つなのだ。
「くーらーいーやがれーっ!!」
ヘルバトラーの眼前でいきなりマヤちゃんは高く跳ぶ。
カミュくんやシルビアさんも大概人間離れした身軽さを持つが、彼女は彼らとすら一線を画す。
何せ驚くことに予備動作が一切見えなかったのだ。
それはヘルバトラーの方も同様のようで、きょろきょろとなす術なく辺りを見渡す。
一瞬姿を消したようになっていたマヤちゃんだが、次に現れた時にはタイガークローのタメを終えていた。
狂暴な笑みと共に。ずしゃずしゃずしゃ、と同じ音が三度――……聞こえなかった。
「えっ」
マヤちゃんが困惑するのも無理はない。先ほどごうけつぐまを飴のように引き裂いたトラの爪の攻撃が、ヘルバトラー相手ではネコの爪にも劣る。
ほとんどノーダメージの相手の反撃の拳が彼女を捉えんとする。
彼女の過ぎるほどの素早さがかえって仇となり誰もその場へ追いつけず、どうしようもないその瞬間がひどくスローモーションに感じる。
「マヤ、下がれ。さすがのお前でも、そいつの相手はまだ無理だ」
否。少なくとも戦いにおいて、本当にどうしようもない事態はたぶんほとんどない。
何せこちらにはあの邪神を倒したメンバーが二人もいるのだ。
ヘルバトラーの太い腕がマヤちゃんを殴りつけるのを阻止したのは、シルビアさんが完璧なコントロールで投げた短剣。
毒を込めたこれが相手の上腕に刺さり、怯み悲鳴をあげさせる。
更にはそんなヘルバトラーを光の豪雨が襲った。
もちろん上級悪魔のこと、ダメージなんて大したことはないのだろうが、マヤちゃんが退る程度の時間なら充分以上に稼ぐことができる。
弾幕による目くらましも兼ねたシャインスコールを神技とも言える精度で撃てるのは、カミュくんをおいて他にはいない。
「マヤちゃん、こっち。あとは二人に任せて、私たちは熊狩りでもしていよう」
久しぶりに共闘する彼らの連携も見事なものだが、それを可能にしたのは私のピオリムがあってこそだ。
この呪文を二回、私より早く唱えようと思ったら、それこそやまびこの帽子でも持ってきて貰わないとレースにもならないだろう。
「あ、ああ。…ごめん」
しゅんとなって謝罪するマヤちゃんの手をそっと引く。
「大丈夫。マヤちゃんが無事で良かった」
「…うん。ありがと」
少ししおらしくなる彼女がかわいい。頭撫でたいなとか、不埒なことをつい場違いにも考えてしまう。
「エルザちゃん」
ぴしゃりとおそらく図らずも、その煩悩を打ち消す鋭い声。
「マヤちゃんのこと、頼んだわよ」
ごく真剣なシルビアさんの声にある情景を思い出す。彼に対する意地をこの時ばかりは忘れ、私は久しぶりに傭兵の気分になるのだった。
「確かに、頼まれました」
威勢のいいマヤちゃんの要請に私はあえて返事をしない。その時間すら惜しみ、集中。からの高速詠唱。
お馴染みの両手杖から放たれるバイキルトの魔力が、素早く小柄な彼女の身体を包み込む。
「すっげぇ!兄貴が言ってた通り、ほんとに魔法はえーんだ!!
なんだかおれ、テンション上がってきたぜ!」
両手に黄金色のツメを装備したマヤちゃんは、まだピオリムも唱えていないというのに誰よりも前へ飛び出す。
…にわかには信じられないほどの素早さで、残像すら見えた気がした。
「覚悟しな!」
しかし本当にたまらないのは先ほど現れた敵のごうけつぐまの方だ。突然眼前に躍り出てきた年端もいかない少女。
本来自分たちが狩る側でしかないはずであろういかにもか弱い存在が、その身をたわめ、にっと凶暴な笑みを浮かべる。
ずしゃずしゃずしゃ、と規則正しく物騒な音が三度。
熊のそれより遥かに鋭い黄金色のツメは、魔物の分厚いはずの毛皮を音と同じ数だけ、易々と切り裂く。
まるで猛獣の狩りだ。マヤちゃんの倍はあろうかという巨体のモンスターが、より残酷な獣に深く刻まれ地に倒れ伏す。
そしてそれきり、動かない。
言うまでもなく、絶命していた。
「…センスの塊ってレベルじゃないわよ」
シルビアさんが、唖然と、まるで信じられないものを見るような目をしていた。
この人も大概天才肌なのだけれど、恐らくそれすら凌駕するものであるらしい。
「カミュちゃんの妹だからってだけじゃ説明つかないわ」
「ビックリしたろ。オレもなんだ。…いつの間にか信じらんねえくらい強くなってた」
苦笑して肩を竦めるカミュくんの元に、マヤちゃんが駆け寄る。
たった今魔物を倒したとは思えないくらい、息一つ乱さずけろっとしたドヤ顔を見せつけながら。
……どうやら兄妹揃って化け物のような才覚をお持ちらしい。
『劣等感か』
くつくつと嘲り笑う声が耳元でして、思わず振り返る…も誰もいない。多分剣の霊の声だ。
暇があれば私を貶しめることに注力するような――しかし、それを気にするよりも先に剣を抜く。
「来る」
私が言うまでもなく、当然みんな気づいていたようだけれど。
しかしここまでにはきっと、まだ誰も至っていないだろう。
「気をつけて。魔法タイプが混ざってる」
むせ返りはじめる獣臭。その中に微かだけれど、強い魔力のにおいを感じた。存在としての気配はまだない。
……いや、それと呼ぶべきものならば、むしろあるのだ。
しかしながら、そいつが率いているのであろうごうけつぐまの群れの数が、あまりにも多かった。
彼らに擬態しているつもりかまでは知らないけれど、手下たちに完璧に紛れ込んでいるせいで、とにかくわかり辛かった。
「おいおい。オレたちはただ遺跡の発掘作業しに来ただけだってのに、ずいぶんな歓迎じゃねえか」
「でもさ、兄貴。つまりこれってビンゴってことじゃね?」
かわいい妹の問いかけに、カミュくんはにやっと唇を吊り上げる。
「きゃーん!なあにあのモノクロのクマちゃん!とってもかわいいわー!」
高まる緊張の糸を切ったのはシルビアさんだ。
彼の視線の先にはマヤちゃんが先ほど倒したごうけつぐまの、今度は大群。
しかしその内に一体だけ体格は似ていながらも、文字通り毛色が違う個体がいた。
通常のごうけつぐまの毛並みは埃っぽい灰色だが、そいつは透明感のある白を基調としている。
そしてどういうつもりなのか、まだらに大きな黒色の模様が入っていて、……確かに顔さえ見なければ滑稽なキャラクターじみていてかわいいと言えるかも知れない。
「オッサン、ラッキーだな。あいつはあらくれパンダって言って、ごうけつぐまの転生体だ。滅多に見られるものじゃないぜ」
「あらぁ、そうなの。カミュちゃんったらすっかり博識になって。…うふふ、久々に期待できそうねぇ」
いつもの好奇心にきゃらきゃらとはしゃぐオネエ様口調。けれどそんなシルビアさんの双眸に、それ以上に鋭い光が宿る。
なんだかんだでこの人は根っからの騎士であり戦士だ。そのギャップとすらいえる性質の変化に、ぞくりとしたものを覚える。
……とはいえしかし一応喧嘩中だし、今はそれじゃないと私は頭を振る。そろそろピオリムでも唱えない――と。
「ゴリアテさん!」
けれども身体は自然に動く。
ごうけつぐまの群れの奥から、魔力が縮む気配がした。
そんなのに気づくことができるのはこの中では私か――いや私だけだ、実質。
ホメロスさまはこんな時に限ってうんともすんとも言わない。……もっとも、言ったところで今の彼に何ができるわけでもないけれど、とにかく。
どこからがそれが起きるまでに思考しきれたかは自分でも判断がつかない。
ただ私は四人に向けて撃たれたイオナズンを、自分一人で引き受けることしかできなかった。
「エルザちゃん!」
悲鳴じみたゴリアテさんの声が空気を先程よりずっと鋭く切り裂く。爆発をもろに受け、デルカダール軍支給の兵士の服は所々黒く焼け焦げている。
ぶすぶすと煙すら上がってたが、身体へのダメージ自体はさほどでもない。
肌が露出している手足などにそれなりの火傷を負って痛むが、精々それだけだ。動くのにもさして支障ないだろう。
埋めがたい劣等感はたしかにある。けれど私だってデルカダール兵として、これでも成長している。
三人とは比較にならないほど些細なものだが、自分の才能を伸ばしているのだ。
「平気だよ、今更。こんな程度」
受けた攻撃魔力を皮膚感覚で分析するあたり、そこまで魔法攻撃が得意なモンスターではなことが伺える。
極大魔法(イオナズン)の使い手でこそあるけれど、威力はそれにしては低かった。
『【常時マジックバリア】状態とでも言うべきかのう』
以前ロウさんにそう呼称されたことがある。その通り、私は元来攻撃呪文に強い。
それは有り余る自分の魔力が鎧のように身体を覆っているからで、ある程度は勝手に敵の攻撃魔力と相殺してくれる。
ちなみにバリアの厚さの調節も、近頃は多少なりとも利くようになった。
どうやら今は亡きホメロスさまから賜わったプラチナソードには、魔力調整に関する特殊な機能が付与されているらしい。
買うとなれば一生かかっても無理かもしれないほどの業物と思うと、あの幽霊の嫌味に堪える意義もあろうというものだ。
「ちっ。やっぱりヘルバトラーか」
カミュくんがイオナズンの主の姿を認め、舌打ちする。
下半身は魔獣、上半身は筋骨隆々の男の姿をした最上級の悪魔が、熊たちの主らしい。
「統率が取れているなら厄介かしらね。…エルザちゃん」
リベホイムの光。シルビアさんはまず間違いなくこの中で唯一のヒーラーになる。
いらないダメージを食らってあまり負担をかけないようにしなくてはならない。
「…一時休戦よ。できるわね?」
「シルビアさん。私、子どもじゃないんで」
そういうところがガキなんだと自分でも思ったが、目を合わせられない。
あからさまなため息を吐く彼をよそに、私はこれみよがしに息を吸い込む。
人数が多い。この場合は、バイキルトより手っ取り早い特技がある。
それがたたかいの歌。
まぎれもなくシルビアさんに習った旅芸人の特技だ。朗々としたデルカダールの凱歌に魔力を乗せて士気を上げ、実際に味方全員にバイシオンと同効果を与える。
みんなアタッカーができるパーティーなら間違いなくこちらの方が効率が良いし、喧嘩中の相手に教えてもらった特技だから使わない、なんて選択肢はない。
戦いに私情を持ち込まないのが私のいい所だ。
…でなければこの人たちと殺し合いなんてできなかった。
「おれはなんでもいいや。さっさとやっちゃおうぜ」
やはりいち早く飛び出るのはマヤちゃん。完全に特攻隊長の様相を呈している。
突っ走りながら手当り次第にごうけつぐまたちをなぎ倒し、一直線に頭と思われるヘルバトラーを狙う。
「あ、バカ!あいつ!」
カミュくんが置いてけぼりを食うなんて光景は私にとっては珍しいが兄妹にとっては日常茶飯事なのかも知れない。
そんな場違いなことを思いながらも私もシルビアさんも熊の相手をしながら後を追う。
過保護かもしれないが、そんなことはない。
実力もさることながら知能も高いヘルバトラーは、現存する中で最も危険なモンスターの一つなのだ。
「くーらーいーやがれーっ!!」
ヘルバトラーの眼前でいきなりマヤちゃんは高く跳ぶ。
カミュくんやシルビアさんも大概人間離れした身軽さを持つが、彼女は彼らとすら一線を画す。
何せ驚くことに予備動作が一切見えなかったのだ。
それはヘルバトラーの方も同様のようで、きょろきょろとなす術なく辺りを見渡す。
一瞬姿を消したようになっていたマヤちゃんだが、次に現れた時にはタイガークローのタメを終えていた。
狂暴な笑みと共に。ずしゃずしゃずしゃ、と同じ音が三度――……聞こえなかった。
「えっ」
マヤちゃんが困惑するのも無理はない。先ほどごうけつぐまを飴のように引き裂いたトラの爪の攻撃が、ヘルバトラー相手ではネコの爪にも劣る。
ほとんどノーダメージの相手の反撃の拳が彼女を捉えんとする。
彼女の過ぎるほどの素早さがかえって仇となり誰もその場へ追いつけず、どうしようもないその瞬間がひどくスローモーションに感じる。
「マヤ、下がれ。さすがのお前でも、そいつの相手はまだ無理だ」
否。少なくとも戦いにおいて、本当にどうしようもない事態はたぶんほとんどない。
何せこちらにはあの邪神を倒したメンバーが二人もいるのだ。
ヘルバトラーの太い腕がマヤちゃんを殴りつけるのを阻止したのは、シルビアさんが完璧なコントロールで投げた短剣。
毒を込めたこれが相手の上腕に刺さり、怯み悲鳴をあげさせる。
更にはそんなヘルバトラーを光の豪雨が襲った。
もちろん上級悪魔のこと、ダメージなんて大したことはないのだろうが、マヤちゃんが退る程度の時間なら充分以上に稼ぐことができる。
弾幕による目くらましも兼ねたシャインスコールを神技とも言える精度で撃てるのは、カミュくんをおいて他にはいない。
「マヤちゃん、こっち。あとは二人に任せて、私たちは熊狩りでもしていよう」
久しぶりに共闘する彼らの連携も見事なものだが、それを可能にしたのは私のピオリムがあってこそだ。
この呪文を二回、私より早く唱えようと思ったら、それこそやまびこの帽子でも持ってきて貰わないとレースにもならないだろう。
「あ、ああ。…ごめん」
しゅんとなって謝罪するマヤちゃんの手をそっと引く。
「大丈夫。マヤちゃんが無事で良かった」
「…うん。ありがと」
少ししおらしくなる彼女がかわいい。頭撫でたいなとか、不埒なことをつい場違いにも考えてしまう。
「エルザちゃん」
ぴしゃりとおそらく図らずも、その煩悩を打ち消す鋭い声。
「マヤちゃんのこと、頼んだわよ」
ごく真剣なシルビアさんの声にある情景を思い出す。彼に対する意地をこの時ばかりは忘れ、私は久しぶりに傭兵の気分になるのだった。
「確かに、頼まれました」