獣たちの宴

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ホムラの村はサマディー王国からホムスピ山地を越えて更に東に位置する。周辺の火山の影響で温泉が湧く観光地として有名だ。
そこを目指すにあたり、当初は馬を足に使うことにしていたが、私のせいで見事に頓挫した。かと言って歩くには時間がかかりすぎる。
偽者のファーリス王子たちに追いつかれる可能性も低くなかった。
困りかけた矢先、サマディーの城下町を出てすぐの所に都合よく【首なしの騎士】ことデュラハンナイトが現れる。そこでゴリアテさん提案のもと、馬をいただいてしまうことにした。
残酷なような気もするけれど、人里の近くにいる魔物、という時点で危険度が高い。ゆえに充分討伐対象になり得たので何も問題ないのだ。
それから、先ほどゴリアテさんは乗馬を教えてくれると言ったけれど、私の失態のせいで当然そんな場合ではなかった。
だから確保したやたらとごつい印象を受ける黒馬には悪いが、二人乗りと相成ってしまうこととなる。
絵面としてはそこそこロマンチックではあったけれど、そこまでの流れが流れだったので、ゴリアテさんに後ろから抱かれているような状況になっていたに関わらず、寿命が縮む思いだった。
そのまま数時間夜明けのランナウェイを敢行した私たちは、ホムスピ山地の中ほどの休憩地――キャンプ場にたどり着く。
そこで。

「よう、久しぶりだな」

偶然にも見知った顔に出会ったわけである。

「カミュちゃん!また随分な偶然ねぇ」

こうして永らくご機嫌斜めだったゴリアテさんの顔に笑顔が戻る。私もほっとする思いだ。
カミュくん。すご腕の盗賊にして勇者の無二の相棒であるイケメン。あと育った環境がちょっと似ている。
そんな若干の親近感を持つ彼だが、会うこと自体は久しぶりだしゴリアテさんもそこは同じようだった。

「…へえ。今日はエルザもいるのか」

エルザ!?」

カミュくんがそう言った瞬間、横たわっていた小柄な影がガバリと起き上がる。

「アニキ!エルザがいるって!どこに!」

「…ここだよ。寝起きのくせに元気だな」

小柄で長い髪を高く結わえたその女の子は、きょときょととあたりを見渡してから、こっちに急接近。
そのすばしっこさとツリ目、けれどもとても整った愛らしい顔に、誰かと似たものを感じる。

「もしかして、あなたがマヤちゃん?」

妹がいるんだ、といつかカミュくんから聞いたことがある。
その時に一緒に聞いたマヤという名前で呼んでみると、彼女はおう、と無邪気な笑顔を浮かべた。

「おれのこと、知っててくれたんだな!
あんたのことはアニキから聞いてンだ、エルザのアネゴ!なんでもアニキのサポートがすげえとく――」

「マヤちゃん」

なぜか私を見てテンションを上げてくるマヤちゃんも謎だったが、底冷えするようなゴリアテさんの声も大概である。

「ごめんなさいね。エルザちゃんがとってもステキで、憧れる気持ちはよくわかるけれど。……残念ながら、アナタのお義姉ねえちゃんになることはないの永遠に」

「え、あ、うん。
…おれ、サポーターとして優秀なエルザさんに会ってみたかったんだ」

何言ってんだこいつといった風に、マヤちゃんは虚ろな目でテンションを急降下させる。それを聞き届けてから、ゴリアテさんはよろしいという風に笑顔で頷いた。

「……お前一体何をやらかしたんだ?シルビアのオッサン、メチャクチャ機嫌悪ィじゃねーか」

「あー、やっぱわかります?ちょっと、いやかなりやばめの……」

聞く側が嫌になるだろうという意味であまり話したくないことの顛末をそれでも語ろうとする。
と、その時もっとややこしい人物が現れた。

「なんだ。誰かと思えば勇者殿の薄汚いお友達ではないか」

私の魔力の一部を勝手に使い、ホメロスさまが具現化する。

「はあ?ホメロス!?なんでこんなところに…!」

予想通りというか、ホメロスさまを知る者が現在の彼を見た時にほぼ確実にする反応を、カミュくんも取ってみせた。
この人には散々苦渋を味わわされた彼の顔はもちろん険しいものだったが、それでも困惑の方が強い。

「カミュくん。話せば長くなるんだけど……できるだけ簡単に言うと、この人今私の剣に取り憑いてる幽霊なんだけど…」

「オレの剣だろう弁えろ小娘」

「…なんだそりゃ」

早くもホメロスさまをスルーしつつも、カミュくんは現状を理解できないようだ。
無理もない。ロトゼタシアにおいて、今のホメロスさまは圧倒的に非常識な存在でしかないのだ。
あの知恵に長けたロウさんですら、彼について何ひとつわからなかった。
……ただまあ、現在剣の持ち主であるところの私(に精神口撃してくる)以外には、基本的に無害なのようなので、グレイグさまの強い希望により放っておかれることにはなったけれど。
魔法とか色々教えてくれるし、今となっては師匠とすら言えてしまうだろう。

「この人、今は私の魔力がないと表に出て来られないくらい弱々しい存在でさ。
悪いことは何もできないから、いるくらいは許してあげてくれると嬉しい」

「お、おう…。なんていうか敵ながら哀れってやつだな」

とはいえカミュくんはそれでとりあえずは納得することにしてくれたらしい。ドン引きしつつも現状を受け入れてくれた。

「つーかめんどくせえおっさんたちだな。はやってんのか?」

一方でマヤちゃんの言動には遠慮がなかった。
かといって悪意もない毒舌は、しかしホメロスさま(とついでにもう一人)の心をいとも容易く抉ってしまうのであった。

「と、とにかくだ!大したもてなしもできねえが、シルビアもエルザも座れよ!急ぎの旅っていうなら止めねえけどよ」

なんとも言えない空気を素早く察知。カミュくんはかわいい妹のまずい言動を押し流すように着席を進める。
…と言ってもここはキャンプ場であり、椅子どころか敷物の一つもないのだけど。

「なんていうか久々で、わくわくしちゃうわね!」

ゴリアテさん、というより完全にシルビアさんの方のテンションだ。
さすが精神面に長けたソルティコの騎士だけあり、先のマヤちゃんの暴言に対して動じた様子はその瞬間以外には見られない。
なお、『おっさんたち』のうちナイーブな方はすでに剣の中に引っ込んでしまっている。

「それで……シルビアたちは、なんでこんな辺鄙な所に?まさかショーでもやろうってのか?」

パチパチと静かに燃える焚き火越しに、カミュくんは単刀直入に問うてくる。
最近はホメロスさまやゴリアテさんみたいな比較的迂遠な喋り方をしてくる人ばかりを相手にしているため、それがなんだか新鮮だった。

「それは私が答えるね」

ゴリアテさんが回答する前に私が口を開く。
元はと言えば私が言い出したことだ。私が答えるのが当然だった。

「私たち、本当はサマディーに泊まりの予定だったの。
ゴリアテさんはショーで、私はデルカダールの遣いって目的は違ったんだけどね。
…けど、問題がひとつ起きちゃって。っていうのもファーリス王子の様子がなんだかおかしくて」

「あの王子さんがおかしい?」

「私に求婚してきたの」

「なるほど。そりゃおかしい。…シルビアの機嫌も悪いわけだ」

カミュくんはにやっと笑うと、意外なことを言い出した。

「実はな、オレたちもおかしいと思っていたところなんだ。あいつのことをな」

そんな彼に妹が大きく頷く。

「アニキは最近ファーリスの王子様と仲が良くてさ、請け負ってるんだよ。古代遺跡の発掘作業。
元盗賊ってんで、ダンジョンの謎解きっていうのも得意だしな!」

「勇者と世界を救ったって肩書きは意外と使えてな。お陰で今じゃ王室付きのトレジャーハンター兄妹ってことになってる。
ま、実際のところ王子様の知識欲を満たすのがお仕事なんだが」

皮肉に肩を竦め、しかし急にカミュくんは声を低くする。

「ところがだ。あの王子の態度、先週からころっと変わりやがった。やれダンジョン攻略の進捗が遅い、やれレポートが雑だ、態度が悪いってな。
……最後だけは否定できねえが……とにかく、こっちもいい加減ムカついてきたところにこれだ」

カミュくんは手刀で己の首を水平に切る。意味するところは、問わずとも明らかだ。
理不尽にも兄妹は仲良く、職を奪われた。

「ひどい話ね」

いくら王族とはいえ横暴がすぎる。そんな感情を込めてゴリアテさんは感想を述べる。…しかし。

「でも、カミュちゃんも正直勘付いてるでしょう、こういうの」

「そりゃもうな。とっくに慣れちまったよ、こんな展開。魔物のせいなんだろ、どうせ」

いつもの調子で皮肉を言うカミュくんの表情は、複雑だ。
勇者の相棒として、命懸けで邪神を討伐した結果がこれでは無理もない。

「…とにかくだ!」

何か言おうとしたのか。
口を無音で少しだけパクつかせてから、カミュくんは改めて強く音を出す。
そこには普段のシニカルさではなく、盗賊もとい現在職業トレジャーハンターとしての、飽くなき好奇心がにじみ出ていた。

「…先に言っておくが、オレたちはヤタの鏡を借りにホムラにはもう行ったんだ、さっきも言ったが理由は経験上だ。
だが、ヤヤクは渡してこなかった。ヤタの鏡はすでに力を失ったとかなんとか言ってな。
それが本当かどうかは、わかりようがねえ。今更勝手に拝借するわけにもいかないしな」

「おれはべつにそれで良いと思うけど」

「良くねえからなマヤ。兄ちゃんお前を犯罪者にはしたくねえんだ。いい子だから黙ってくれ。
……とにかく、この策はこれで詰みだ。どうしようもねえ」

でも。そこまで黙ってカミュくんの話を聞いていたゴリアテさんがそう口を挟む。
微かに、笑みを湛えてすらいる。

「そうでもないでしょう、本当は」

すっとカミュくんの目が鋭くなる。

「ご明察。ファーリス王子に聞いたことだが、実はこの辺りは火山活動が活発で地震が多いんだ。お陰で温泉がよく湧くんだが。
で、先週もちょっとばかり大きな地震が起きたんだが、それで出てきたのは新たな観光地じゃねえ。…ダンジョンだ 」

僅かに勿体ぶってそう言ったカミュくんのあとを引き継ぐように、マヤちゃんが懐から石の破片を取り出した。

「これを見てくれ」

何か記号のようなものと絵のようなものが刻んであるが、よくわからない。それは私なんかよりもよほど教養があるであろうゴリアテさんも同様のようだ。

「おれたちがホムラの要請で調査に行った時に持ち帰ったもんだ。その洞窟の古代文字なんだってさ。
おれたちにも何が書いてあるかさっぱりわかんねえけど、ファーリス王子とお付きの学者たちが調べあげて解読した。
『くまはここにいる』って書いてあるそうだ」

「くま?」

「まさか、ごうけつぐまのことじゃないわよねぇ」

「…結局そいつがどういう意味を持つのか、っていうのはわからず終いだ。追い出されちまったからな、オレたち」

カミュくんは皮肉に肩を竦めた。

「とはいえ、こっちも転んでタダじゃ起きるつもりはねえ。
サマディー領じゃないってんで調査を遠慮してたんだが、フリーになった今なら構わねえだろ」

「カミュちゃん!」

カミュくんのお気楽にすら聞こえる言い草にゴリアテさんの語気が強くなる。

「今からそれをするって!ファーリスちゃんのことは!」

「シルビア」

しかしカミュくんもまた強かった。
非難めいたゴリアテさんの指摘を受けてもなお揺らがない。ただ冷静に持論を展開する。

「平和になったからって、なまっちまったのか?もっとよく見てみろよ、……この石を」

取り乱しかけたゴリアテさんは、そこではっとしたように口許を抑える。私にはやはり意味がわからなかったが。

「この絵って…」

「そうだ。ソックリなんだよ、ヤタの鏡と。だから今攻略してみる価値のあるダンジョンなんだ。
もちろん、ヤヤクが持っているヤツがそうでなけりゃの話だが」

なるほど。こう、ラーの鏡だかヤタの鏡だか知らないけれど実物を知らない私は完全に置いてけぼりを食らっている。
マヤちゃんもそうじゃないかなぁとこっそり伺うけれど、本物のファーリス王子から直接話を聞いていただけにふつうに会話に参加できている。
というか多分この件に関しての知識量だけでいえば、ゴリアテさんにも勝るのだ。
完全完璧な隔たりと、劣等感を感じずにはいられない。

「…貴様もそんな顔ができたのか」

「ホメロスさま?」

耳もとで囁く声に返事をしてみるもそれっきり。

エルザちゃん、聞いてた?」

ほんとあの人何なんだろうと首を傾げていると、そうゴリアテさんに呼びかけられた。
言葉尻にいつもは感じられない鋭さというか、厳しさ。
話し合いにろくに参加してなかったのがまずかったのか、サマディーの件のことをまだ怒っているのか。…そのどちらもか。
なんとも言えない気まずいものを感じながらも、

「え、あ、ごめん。なんだっけ」

なんて正直に答えてしまう。
下手に知ったかぶりをするよりはマシかとは思った一方、ゴリアテさんは不機嫌だから、いよいよ怒らせてしまうかと一瞬震えた。
けれど実際はそんなことはなくて、ただ苦笑を見せるだけだ。

「…そりゃそうか。アナタも中々休めなくて疲れてるわよね。とりあえず寝ましょう。明日作戦は話すことにするわ」

どこか有耶無耶な言い方だった。
久々にゴリアテさんに会えたというのに、サマディーに来てから全く散々だ。結局ショーも見られなかったし、何より彼に嫌な思いをさせてしまった。
あまつさえ今気を使わせてしまっている。
そう遠くないであろう偽ファーリス王子との対峙の際には精々しっかり落とし前をつけてもらおう。自分への怒りの八つ当たりも兼ねて、だ。

「本当にごめんね、【シルビア】さん。おやすみ、また明日」

裏腹にほとんど無意識で出てきた言葉には後悔しかない。
けれども言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだとか、結局年下である私に気を使ってる大人な自分に酔ってるだけじゃないのかとか。
なんだかそういう怒りがふつふつと湧き上がってきたのも確かだ。

ほんとになんなんだよ。今の話し合いだって自分は結構楽しんでたくせに。それも私を放っておいて。挙句、会話に参加できないカノジョを咎める?ふつー!!

なんて、理不尽で低レベルな怒りを内心で爆発させる。彼の言うとおり、私は疲れているのだという自覚はある。だからこんなネガティブになるのだ。
……それだけ理解していても止まらなかった。そして止まらなかった以上、引き下がれなかった。
一瞬ぽかんとし、さすがに表情に剣呑なものが宿るシルビアさんに背を向け、さっさと寝転ぶ。

自分という女はなんて嫌なやつなのか。

後悔は続くけれど、いかんせん今日は体力を使いすぎた。そして固い地面で眠れないほど、私は育ちは良くない。
それを証明するように、すぐに睡魔に飲み込まれていった。
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