獣たちの宴
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「さ、そうと決まれば早く寝ましょう。朝一番で――」
ぴんぽん、とチャイムが鳴った。
ゴリアテさんが取っていた部屋はセミダブルの個室で、サイズこそ大きなもののベッドは一つ。一緒に旅をしているアリスちゃんは現在ダーハルーネでシルビア号の管理をしているらしく、ここに来ることはまず有り得ない。
そんなわけで相変わらず流狼の旅をしている彼に私以外の客なんているはずがない。
「アタシが出るわ」
警戒心に声を低くし、ここの一時的な部屋主であるゴリアテさんがゆっくりとドアに向かう。私の魔力で可視化していたホメロスさまは、剣に姿を隠す。そして見通しが無駄に良い客室で隠れ場所なんか即座に見つからなかった私は、ベッドに潜り込んで寝たふりを決め込むことにした。
それら全てを確認してから、ゴリアテさんはドアを開ける。
「こんばんわ。夜分に申し訳ない。けれどキミに少し聞きたいことがあるんだ、ゴリアテさん」
聞き覚えのある声。ファーリス王子だ。
身を起こしてはバレてしまう可能性があったため、じっとしている他ない。それを後悔した。もっとちゃんと隠れておくべきだったと後悔したが、すぐに隠れる場所などなかったことを思い出した。
「え、ええ…。アタシに答えられることなら」
さしものゴリアテさんもたじろぐ。私もだけど、まさかファーリス王子自ら動くとは思っていなかったのだろう。少なくとも外見年齢は上の男のその態度に何を言うでもなく、王子は語り始める。
「今ちょっと人探しをしていてね。エルザと言ってボクの婚約者なんだが…。
少々お転婆で、先ほど逃げ出してしまったんだ」
「逃げた?またどうしてそんなことに?」
「彼女はあまり慣れていないそうなんだ。プロポーズしたら、顔を真っ赤にしてしまったよ。
もちろんそんなところも可愛らしくて魅力的なんだが…なにせ夜中だろう、心配で堪らないんだ」
ぬけぬけと嘘を語る王子もどきに腹が立つが、必死でなんとか抑える。
「それは…お気の毒にねぇ」
ゴリアテさんの声は同情する演技にしては、妙にのっぺりとしたものに感じた。ファーリス王子がその違和感に気づくはずもなくぺらぺらと続ける。
「そんなわけで先ほどからこちらも血眼で探しているんだ。
彼女は『ゴリアテ』という言葉を残していたゆえに――その名前を持つ人物のいる場所を中心にね」
ふつうにやべえと思った。先ほどは自分に喝を入れるため、とのダブルミーニングみたいな感じで、迂闊にゴリアテさんの名前を出したことを大いに後悔した。そりゃまあそうなるだろうと冷静さを取り戻した今なら思える。
現在自分にしか見えていないホメロスさまの幽霊が、何を軽率な行動を取っていると、侮蔑の表情を浮かべていた。
「そ、そう――。申し訳ないけど、アタシに答えられることは何もないわね。その、エルザなんて知り合い、いないもの」
「そうか、それは残念だ。ところで…そちらの寝ている彼女は?」
心臓が止まる思いだった。彼の部屋でのやりとりを思い出す。その注意深く周りを見ることができる性格。それに怯えて、身じろぎをしないことがやっとだ。
私がこんなにも拘わらず、ゴリアテさんはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに返す。
「あの子ね、線が細いけどれっきとした男の子よ。アタシのカレシ。ちょっと抱き潰しちゃってね。せっかく王子様が来てくれてるっていうのに、全然起きないの。困った子よね」
「は、はは…。そうかい。お楽しみのところ邪魔してすまなかったね」
それじゃ、とファーリス王子もどきの引き際はやたらと素直だった。
まああんなテンションであんな発言されれば誰でも引く。ゴリアテさんに持たれがちであろうイメージを利用した、非常にしたたかな機転だった。
「エルザちゃん」
ひとまずファーリス王子は完全に去ったのだろう。
それを確認したゴリアテさんは、私が潜り込んでいるベッドの側面に立つ。しかもあえての背中側。
「は…、はい」
「準備して。今すぐここを出ましょう。あれで騙しきれるほど、相手は甘くないわよ」
怒っているのかいないのか判別がつかないけれど、真剣であることだけはとにかく間違いない。
ゴリアテさんの顔を見られないまま身を起こす。今の間で乱れた髪を手ぐしで整え、立ち上がろうとした時。
「エルザちゃん、こっち向いて」
「ん?」
今すぐ出ようと言った人の顔が近い。
「は、む…!んっ」
唇を強引に割り開かれ、舌を挿入され、荒らされる。角度を変え、たっぷりと一分。
…お風呂で散々やってくれたよねなんてツッコミすら思いつかないほどに。
「今はこれくらいで勘弁しておいてあげるわね」
浅く呼吸を繰り返す私をじっと見つめ。
飽くまでゴリアテさんは優しい態度を見せる。
「ぜんぶ終わったら……、うふふ。楽しみにしておいて」
やっぱり怒っていた。たぶんゴリアテという名前を出してしまったことが原因だろう。
偽ファーリスをゆうに超える恐怖に震え上がる私のおでこに彼は優しいキスをくれる。
それから可憐にウインクして、さっさと準備に行ってしまう。
「自業自得ではあるがな……ここでそれか?」
ホメロスさまのドン引きした声がやけによく耳に残った。
知らないよそんなの。と返事するのもゴリアテさんが恐ろしくてままならないまま、口づけられたばかりのおでこを押さえる。さすがに今ばかりは幸せには浸ることができなかった。