獣たちの宴
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ホメロスさまの視線は、汚物を見るものと恐らく大差なかった。
気温と湿度が高いところで割と長い時間を過ごしたせいでのぼせかけ、冷えたタオルを頭に被っている私を睨みつける。
「貴様らの辞書に自重という単語はないのか?」
「うふふ。そんなものクソよって、アナタたちのお姫様が以前仰っていたかしらね」
色々つやつやなゴリアテさんがにっこりと笑った。相当にご機嫌さんのようだ。
「誰がマルティナ姫の話をしろと言った!」
幽霊のくせに目眩がしたらしい。ホメロスさまは俯き眉間を押さえる。
「だって、イヤだったんだもの…」
ゴリアテさんはそんな中ぽつりと言葉を洩らす。
「たとえ不可抗力でも、エルザちゃんから他のオトコのにおいがするなんて堪えられない」
「ゴリアテさん…」
今更ながら。罪悪感が膨れ上がる。
敵の正体を暴かねばならなかった。そのために選ぶことのできる手段など限られていたし、ゴリアテさんも先ほどそれを許してくれた。
――とはいえ、私が取るべきだったのはこれではなかった。間違ってしまったのだとばかり後悔してしまう。
こんなのほとんど、彼に対する裏切りと変わらないではないか。
「貴殿の感情論など、どうでも良いのだよゴリアテ嬢。エルザもだ。
よもや貴様、今度はサマディーより追われる身であることを忘れていたわけではあるまいな」
「あっ」
「…ゴリアテ殿、本当に悪いことは言わん。この脳髄を母親の子宮に忘れてきたかのような女はやめておくべきだ」
「問題ないわ。アタシ、介護って得意なの。やったことはないけれど」
「ああもう好きにしろ話を振ったオレが愚かだった!」
私がいない間に何があったのか知らないが二人は妙に打ち解けていた。と言っても相性の悪さは相変わらずだったけれど。
不思議に思うまま首を傾げて頭のタオルを落とす。それを手でキャッチしてから、私が改めて口火を切る。
「…で、そろそろ戦績発表したいんですが、大丈夫ですか」
ええ、とゴリアテさんが頷く。ホメロスさまは愛想がないけれど、いつものことだ。腕を組み、偉そうに私を見下ろす。
「話してみろ」
珍しく促されたと思ったらこの有様である。
不満ともつかないなんとも言えないものを抱えながら、事の顛末を語る。
「結果から言います。あの王子、間違いなくクロですね。
…あんな獣臭。人間からは絶対しないし、魔力のにおいだってひどいものでした」
「正体は暴けたの?」
「…無理でした。その点についてはあの魔物やけに自信満々で。私に人間じゃないってバレても、それを証明する手立てがないって…理解してて」
最後語尾は消え入りそうになる。戦績というのにはあまりに不甲斐ない報告だったからだ。
これだけ準備して、身体を張ってわかったのがファーリス王子が実は本当に魔物だったということくらい。なんだか落ち込んでしまう。
「…役に立たん女だ」
ホメロスさまが毒吐くのに反論ができない。
「ちょっとホメロスちゃん、エルザちゃんは一生懸命やったわ。…ね、エルザちゃん。他にはなかったの?
例えば……ほら、今サマディーの兵士ちゃんたちに追われてるって言っていたでしょう?彼らの様子とか」
ようす、と三文字だけをオウム返しする。唇を親指と人差し指で挟んで考え込む。
「そういえば、おかしかった、かも…」
ゆっくりとまばたきする。『メガンテ』を唱える前のあの光景。夜の玉座の間。ランタンの光。ファーリス王子もどきの演説。そしてバルコニー。かも、ではない。あれは確実におかしかった。
「あの王子、兵士たちの前で自分の正体がファーリス王子その人じゃないと認める発言までしてた。魔力もダダ漏れで、魔法に多少疎いような人でも気づきそうなものなのに!」
でも、兵士たちは誰も無反応だった。そう続けようとした私を手で制したのはホメロスさまだった。
「ふん、なる程な。つまりその場に居合わせた兵士どもに関しては、魔物の傀儡である可能性が高い」
そして言葉短く分析を語る。
「洗脳でもされているか、あるいは主君と同じ魔物か。ククク……、一体どちらだろうなあ?」
そしてなぜか楽しそうだった。
その理由というか悪意に気づいたのはすぐだったけれど、ゴリアテさんの方が頭の回転も結論を弾き出すのも早い。
「もしかして……サマディーはすでに魔物ちゃんたちに?」
「…可能性は高い。少なくとも王子に関してはすでに殺害されているだろう。魔物がその姿を得た以上、邪魔な存在でしかないからな」
ぴたりと無の顔になり、ホメロスさまは己の分析を淡々と語る。
「そんな…。ファーリスちゃんが」
砂漠の殺し屋退治の出来事を通し、情が湧いたのだろう。
「邪神を倒したのに、こんなことになるなんて…」
ゴリアテさんの語尾が切なく、掠れて消える。
「ホメロスさま。あいつが、ウルノーガみたいにファーリス王子の身体を乗っ取ったなんてことはないの?」
私はそれが見ていられなくて、少しでも彼に希望を示したくて、そう尋ねずにはいられなかった。
「なくはないだろうが、まずあり得ん。アレはウルノーガほど魔術に精通してはじめてなし得る高度な技だ。
それに引き換えヤツは、お前のメガンテもどきにすら気づかなかったのだろう?そのような雑魚が方法だけ知ったところで、猿真似にすら至らんさ」
そうですか、とだけ返す。
ゴリアテさんが落ち込むのも無理はなかった。
彼ら、勇者様たちが邪神ニズゼルファを倒すまでの物語とすら比喩できる壮大な旅。
所詮その断片しか知らずモブに過ぎない私でも、その過酷な使命に対しかけられる言葉は少ない。
…それにその結末の一つがこれでは。
きっとファーリス王子はどこかに監禁されているだけで健在だ。そんな脳天気な励ましの言葉を口にすることができない。
ゴリアテさんの恋人でありながら、私はなんて無力なのだろうか…………。
「ゴリアテさん。ホメロスさま。私は、…目の前のこれを解決したい」
自嘲がいよいよ口に出る前に、言う。自分のやりたいことを。自分のせいではないけれど、恋人が悲しんでいるのにどうすることもできない無力さからの逃避だとはっきり自覚する。それを差し引いても、この国をこのまま見過ごしたくはなかった。
「…たしかに、放っておいてもこのままもっと悪い方に向うだけね」
普段の明るさを取り払い、クールでもの静かにゴリアテさんが同意をくれる。
「どうせ次のショーまで日にちはあるわ。協力させてちょうだい」
「ありがとう、ございます」
「礼にはおよばなくてよ」
ふふんと自信たっぷりに笑うゴリアテさんから、先ほどまでの弱々しい感じは消え失せている。しかし彼が、早くも立ち直ったわけではないとは私でなくても、彼の人となりをちょっとでも知っていれば、理解できることだった。
「その方がエルザちゃんと長くいられそうだしねん」
そして優しい言葉に僅かに嘘が含まれることに私が気づかないはずがない。
ゴリアテさんは愛情が深い。それは私に対してはもちろん、対象は万物ではないかと思ってしまうくらいに。もちろん本物のファーリス王子もそこに含まれるだろう。
ゆえに、彼を殺し姿を奪ったと思われる魔物に煮えたぎる感情を持ったとしても不思議ではない。…そしてそれを、怯えさせてはいけないとでも思っているのか私に隠すのでさえも。
よろしくお願いしますと頭を下げ、ホメロスさまの方を見る。彼は彼で明後日の方を見つめていた。と言っても照れ隠しだのかかわり合いになりたくないだのそういう感情の類ではないようだ。
「…魔物の正体を暴く方法について考えていたのだが、まだ中途半端でな。…聞くか?」
ホメロスさまにしては違和感がするほど悪意のない口調だったが、それでも頷く。
「ウルノーガが健在だった頃に聞いた話だ。奴は己の憑依を完璧だと称した上でこう言った。『しかしあの鏡が存在すれば我も危ういやも知れぬ』。
…オレはそれを主君の命と受け取った。書物をひっくり返し、軍を動かし、『ラーの鏡』とやらを破壊するために立ち回った。
しかしついに発見することは叶わぬまま、悪魔の子の方が先にやって来た」
ホメロスさまとしては問題の解決の糸口の提示というよりも、もしかしたらただ誰かに聞いてほしかったのかも知れない。
「なるほど。ホメロスちゃんが言っているのはたぶん『やたの鏡』のことね」
「やたの鏡?」
聞き返すと、ゴリアテさんもいつもよりゆっくりとした口調で説明してくれる。私のためというよりも、詳細を思い出しながら、になったからだろう。
「ホムラのヤヤクちゃんっていう巫女が持っている不思議な鏡よ。あそこはすごく独特の文化があるから、ホメロスちゃんたちが気づけなかったのも無理はないと思うわ。
とにかく、この目で見たもの。あの鏡なら、姿を変えた者を元に戻すことができる!」
「じゃあそのヤヤクって人に鏡を借りれば!」
「ばっちり解決よん!」
思わずゴリアテさんとハイタッチする。魔物に論破されてしまった時は絶望を感じていたが、そこはそれ。大人たちの経験値ひとつで解決してしまうことに舌を巻く。
「…ってどうしたのホメロスさま」
「いやなんだ…まさかの個人所有というオチが堪えている…」
嫌味も皮肉もなく。それっきりホメロスさまは頭を抱え黙ってしまう。
「…意外と結構危ない橋を渡ってたのねぇ。ウルノーガちゃんも」
ゴリアテさんがそこに妙に同情的な感想を述べた。
ウルノーガ事件の詳細についてはさほど詳しいわけではないけれど、ヤヤクという人物がもしその気になれば、かの邪悪な魔道士の計画はいとも容易く頓挫していたのかもしれないと思うと、たしかになんとも言えない気持ちになった。
「じゃあ方針も固まったことだし、明日から早速ホムラの村を目指しましょうか。
…山越えしなくちゃいけないから大変だけど、馬ちゃんを使えば多少楽になるわ」
妥当な議論のまとめに、異論はない。
「けど、私乗馬できないよ」
「あら?グレイグったらいけないわね。右腕にするつもりだなんて言った口でまだそんなことも教えてないなんて。
…でも心配しないで。こう見えてアタシ、自信あるのよ。教える方にもね」
グレイグさまに不満を漏らすようで、どことなく嬉しそうにゴリアテさんは頭を撫でてくれる。そういえば以前ベロニカちゃんに聞いたことがあるけれど、彼は実は乗馬が大得意らしい。イレブンくんやグレイグさまのイメージが強すぎて霞んでいるけれど、彼はウマレースにおいてそれを圧倒する馬さばきを魅せたのだとか。
…いくらなんでも設定の盛りすぎだと思うけれど、この人だし仕方ない気はする。
「うふふ。エルザちゃんと乗馬デート。明日が楽しみだわあ」
うっとりと本来の目的を明後日の方にゴリアテさんはぶん投げた。正直ツッコミを入れたかったけれど、私も同じ気持ちではあったのでまあいいかなんて思う。我ながらちょっとおかしいんじゃないかというレベルの甘やかしだった。
気温と湿度が高いところで割と長い時間を過ごしたせいでのぼせかけ、冷えたタオルを頭に被っている私を睨みつける。
「貴様らの辞書に自重という単語はないのか?」
「うふふ。そんなものクソよって、アナタたちのお姫様が以前仰っていたかしらね」
色々つやつやなゴリアテさんがにっこりと笑った。相当にご機嫌さんのようだ。
「誰がマルティナ姫の話をしろと言った!」
幽霊のくせに目眩がしたらしい。ホメロスさまは俯き眉間を押さえる。
「だって、イヤだったんだもの…」
ゴリアテさんはそんな中ぽつりと言葉を洩らす。
「たとえ不可抗力でも、エルザちゃんから他のオトコのにおいがするなんて堪えられない」
「ゴリアテさん…」
今更ながら。罪悪感が膨れ上がる。
敵の正体を暴かねばならなかった。そのために選ぶことのできる手段など限られていたし、ゴリアテさんも先ほどそれを許してくれた。
――とはいえ、私が取るべきだったのはこれではなかった。間違ってしまったのだとばかり後悔してしまう。
こんなのほとんど、彼に対する裏切りと変わらないではないか。
「貴殿の感情論など、どうでも良いのだよゴリアテ嬢。エルザもだ。
よもや貴様、今度はサマディーより追われる身であることを忘れていたわけではあるまいな」
「あっ」
「…ゴリアテ殿、本当に悪いことは言わん。この脳髄を母親の子宮に忘れてきたかのような女はやめておくべきだ」
「問題ないわ。アタシ、介護って得意なの。やったことはないけれど」
「ああもう好きにしろ話を振ったオレが愚かだった!」
私がいない間に何があったのか知らないが二人は妙に打ち解けていた。と言っても相性の悪さは相変わらずだったけれど。
不思議に思うまま首を傾げて頭のタオルを落とす。それを手でキャッチしてから、私が改めて口火を切る。
「…で、そろそろ戦績発表したいんですが、大丈夫ですか」
ええ、とゴリアテさんが頷く。ホメロスさまは愛想がないけれど、いつものことだ。腕を組み、偉そうに私を見下ろす。
「話してみろ」
珍しく促されたと思ったらこの有様である。
不満ともつかないなんとも言えないものを抱えながら、事の顛末を語る。
「結果から言います。あの王子、間違いなくクロですね。
…あんな獣臭。人間からは絶対しないし、魔力のにおいだってひどいものでした」
「正体は暴けたの?」
「…無理でした。その点についてはあの魔物やけに自信満々で。私に人間じゃないってバレても、それを証明する手立てがないって…理解してて」
最後語尾は消え入りそうになる。戦績というのにはあまりに不甲斐ない報告だったからだ。
これだけ準備して、身体を張ってわかったのがファーリス王子が実は本当に魔物だったということくらい。なんだか落ち込んでしまう。
「…役に立たん女だ」
ホメロスさまが毒吐くのに反論ができない。
「ちょっとホメロスちゃん、エルザちゃんは一生懸命やったわ。…ね、エルザちゃん。他にはなかったの?
例えば……ほら、今サマディーの兵士ちゃんたちに追われてるって言っていたでしょう?彼らの様子とか」
ようす、と三文字だけをオウム返しする。唇を親指と人差し指で挟んで考え込む。
「そういえば、おかしかった、かも…」
ゆっくりとまばたきする。『メガンテ』を唱える前のあの光景。夜の玉座の間。ランタンの光。ファーリス王子もどきの演説。そしてバルコニー。かも、ではない。あれは確実におかしかった。
「あの王子、兵士たちの前で自分の正体がファーリス王子その人じゃないと認める発言までしてた。魔力もダダ漏れで、魔法に多少疎いような人でも気づきそうなものなのに!」
でも、兵士たちは誰も無反応だった。そう続けようとした私を手で制したのはホメロスさまだった。
「ふん、なる程な。つまりその場に居合わせた兵士どもに関しては、魔物の傀儡である可能性が高い」
そして言葉短く分析を語る。
「洗脳でもされているか、あるいは主君と同じ魔物か。ククク……、一体どちらだろうなあ?」
そしてなぜか楽しそうだった。
その理由というか悪意に気づいたのはすぐだったけれど、ゴリアテさんの方が頭の回転も結論を弾き出すのも早い。
「もしかして……サマディーはすでに魔物ちゃんたちに?」
「…可能性は高い。少なくとも王子に関してはすでに殺害されているだろう。魔物がその姿を得た以上、邪魔な存在でしかないからな」
ぴたりと無の顔になり、ホメロスさまは己の分析を淡々と語る。
「そんな…。ファーリスちゃんが」
砂漠の殺し屋退治の出来事を通し、情が湧いたのだろう。
「邪神を倒したのに、こんなことになるなんて…」
ゴリアテさんの語尾が切なく、掠れて消える。
「ホメロスさま。あいつが、ウルノーガみたいにファーリス王子の身体を乗っ取ったなんてことはないの?」
私はそれが見ていられなくて、少しでも彼に希望を示したくて、そう尋ねずにはいられなかった。
「なくはないだろうが、まずあり得ん。アレはウルノーガほど魔術に精通してはじめてなし得る高度な技だ。
それに引き換えヤツは、お前のメガンテもどきにすら気づかなかったのだろう?そのような雑魚が方法だけ知ったところで、猿真似にすら至らんさ」
そうですか、とだけ返す。
ゴリアテさんが落ち込むのも無理はなかった。
彼ら、勇者様たちが邪神ニズゼルファを倒すまでの物語とすら比喩できる壮大な旅。
所詮その断片しか知らずモブに過ぎない私でも、その過酷な使命に対しかけられる言葉は少ない。
…それにその結末の一つがこれでは。
きっとファーリス王子はどこかに監禁されているだけで健在だ。そんな脳天気な励ましの言葉を口にすることができない。
ゴリアテさんの恋人でありながら、私はなんて無力なのだろうか…………。
「ゴリアテさん。ホメロスさま。私は、…目の前のこれを解決したい」
自嘲がいよいよ口に出る前に、言う。自分のやりたいことを。自分のせいではないけれど、恋人が悲しんでいるのにどうすることもできない無力さからの逃避だとはっきり自覚する。それを差し引いても、この国をこのまま見過ごしたくはなかった。
「…たしかに、放っておいてもこのままもっと悪い方に向うだけね」
普段の明るさを取り払い、クールでもの静かにゴリアテさんが同意をくれる。
「どうせ次のショーまで日にちはあるわ。協力させてちょうだい」
「ありがとう、ございます」
「礼にはおよばなくてよ」
ふふんと自信たっぷりに笑うゴリアテさんから、先ほどまでの弱々しい感じは消え失せている。しかし彼が、早くも立ち直ったわけではないとは私でなくても、彼の人となりをちょっとでも知っていれば、理解できることだった。
「その方がエルザちゃんと長くいられそうだしねん」
そして優しい言葉に僅かに嘘が含まれることに私が気づかないはずがない。
ゴリアテさんは愛情が深い。それは私に対してはもちろん、対象は万物ではないかと思ってしまうくらいに。もちろん本物のファーリス王子もそこに含まれるだろう。
ゆえに、彼を殺し姿を奪ったと思われる魔物に煮えたぎる感情を持ったとしても不思議ではない。…そしてそれを、怯えさせてはいけないとでも思っているのか私に隠すのでさえも。
よろしくお願いしますと頭を下げ、ホメロスさまの方を見る。彼は彼で明後日の方を見つめていた。と言っても照れ隠しだのかかわり合いになりたくないだのそういう感情の類ではないようだ。
「…魔物の正体を暴く方法について考えていたのだが、まだ中途半端でな。…聞くか?」
ホメロスさまにしては違和感がするほど悪意のない口調だったが、それでも頷く。
「ウルノーガが健在だった頃に聞いた話だ。奴は己の憑依を完璧だと称した上でこう言った。『しかしあの鏡が存在すれば我も危ういやも知れぬ』。
…オレはそれを主君の命と受け取った。書物をひっくり返し、軍を動かし、『ラーの鏡』とやらを破壊するために立ち回った。
しかしついに発見することは叶わぬまま、悪魔の子の方が先にやって来た」
ホメロスさまとしては問題の解決の糸口の提示というよりも、もしかしたらただ誰かに聞いてほしかったのかも知れない。
「なるほど。ホメロスちゃんが言っているのはたぶん『やたの鏡』のことね」
「やたの鏡?」
聞き返すと、ゴリアテさんもいつもよりゆっくりとした口調で説明してくれる。私のためというよりも、詳細を思い出しながら、になったからだろう。
「ホムラのヤヤクちゃんっていう巫女が持っている不思議な鏡よ。あそこはすごく独特の文化があるから、ホメロスちゃんたちが気づけなかったのも無理はないと思うわ。
とにかく、この目で見たもの。あの鏡なら、姿を変えた者を元に戻すことができる!」
「じゃあそのヤヤクって人に鏡を借りれば!」
「ばっちり解決よん!」
思わずゴリアテさんとハイタッチする。魔物に論破されてしまった時は絶望を感じていたが、そこはそれ。大人たちの経験値ひとつで解決してしまうことに舌を巻く。
「…ってどうしたのホメロスさま」
「いやなんだ…まさかの個人所有というオチが堪えている…」
嫌味も皮肉もなく。それっきりホメロスさまは頭を抱え黙ってしまう。
「…意外と結構危ない橋を渡ってたのねぇ。ウルノーガちゃんも」
ゴリアテさんがそこに妙に同情的な感想を述べた。
ウルノーガ事件の詳細についてはさほど詳しいわけではないけれど、ヤヤクという人物がもしその気になれば、かの邪悪な魔道士の計画はいとも容易く頓挫していたのかもしれないと思うと、たしかになんとも言えない気持ちになった。
「じゃあ方針も固まったことだし、明日から早速ホムラの村を目指しましょうか。
…山越えしなくちゃいけないから大変だけど、馬ちゃんを使えば多少楽になるわ」
妥当な議論のまとめに、異論はない。
「けど、私乗馬できないよ」
「あら?グレイグったらいけないわね。右腕にするつもりだなんて言った口でまだそんなことも教えてないなんて。
…でも心配しないで。こう見えてアタシ、自信あるのよ。教える方にもね」
グレイグさまに不満を漏らすようで、どことなく嬉しそうにゴリアテさんは頭を撫でてくれる。そういえば以前ベロニカちゃんに聞いたことがあるけれど、彼は実は乗馬が大得意らしい。イレブンくんやグレイグさまのイメージが強すぎて霞んでいるけれど、彼はウマレースにおいてそれを圧倒する馬さばきを魅せたのだとか。
…いくらなんでも設定の盛りすぎだと思うけれど、この人だし仕方ない気はする。
「うふふ。エルザちゃんと乗馬デート。明日が楽しみだわあ」
うっとりと本来の目的を明後日の方にゴリアテさんはぶん投げた。正直ツッコミを入れたかったけれど、私も同じ気持ちではあったのでまあいいかなんて思う。我ながらちょっとおかしいんじゃないかというレベルの甘やかしだった。